自己紹介②|22歳、ピアノと声楽に歩き出した私ー"無謀"から始まったトンデモ音楽人生
やっぱり音楽がやりたい。
大学卒業を目前にして、本格的なレッスンを受け始めました。無謀、なぜ今さら?そんな周囲の視線を振り切ってひたすら進んできた私のトンデモ音楽人生の続きです。
🔸幼少期からの話はこちら
たった3ヶ月で音楽科受験?!
🔹「やっぱり音楽がやりたい」その一心で
卒業も間近になってきた大学4年の秋、ある短大の音楽科受験を決めました。周囲の大人達からはなぜ今更という冷ややかな反応ばかり。でも、その声を振り切って進みました。自分の「やりたい」に賭けてみたかった。いや、それしかもう頭に無かったと言ったほうが正しいかもしれません。
🔹卒論と受験、ダブル修羅場の秋
父が急逝した高2の夏以降、生活は一変。経済状況は厳しく、奨学金と家庭教師や塾講師のバイトで大学に通っていました。
そんな私が卒業後さらに音楽の道を志す?
学んでいたのは、九割以上が教師になっていく教育大学。安定の道はいくらでも選べるのに。
しかも受験までの期間はたったの3ヶ月。今更ながら、自分の無謀さに呆れます。そして、よくやったねと自分で自分を褒めてあげたい。
🔹切羽詰まったけれど
音楽の道に進みたい
じゃあ、どうする?
今やれることは何?
出来ない理由を考えている余裕なんて無かった。音楽をやりたい。それだけ。やれることをやるだけ。
🔹焦りながらも心は晴れやかだった
大学4年の秋、卒論の追い込み時期。卒論を仕上げなきゃという焦りと不安を抱えながらもピアノの練習室にこもり、冷たい北海道の風に吹かれながら声楽とピアノの先生のレッスンに通う日々でした。空いた時間は独学で楽典を猛勉強。問題をひたすら解いていました。

この集中した3ヶ月の勉強で後の基礎力が一気に鍛えられました。音楽人生の土台となっています。
親身になってくださるピアノと声楽の先生方に助けられ、卒論への焦りは抱えていたけれど、音楽に向かっている時の心の内はいつも嬉しくて嬉々としていました。ようやく本当にやりたいことをやっているのですから。
🔹向き合った時間は全て未来へ繋がる宝物
結果、声楽専攻で合格。受験科目は声楽、ピアノ、聴音、視唱、楽典に加え国語、英語、小論文だったと記憶しています。学科は過去問に目を通したくらいで挑みました。
肝心の卒論はなんとか合格点をいただけ、無事大学卒業。
結局短大には入学せず、北海道教育大学札幌校の特設音楽科に聴講生として1年在籍。授業料は一単位数千円という支払い方。家庭教師のバイトでなんとかなる。
この時の音楽科受験の経験は後の音楽活動にしっかり生きています。年月が経つほどそう強く感じます。あの3ヶ月の集中した勉強。音楽に向かう喜びと緊張に満ちた猛烈なスタートダッシュ。でも息切れせず、その後の40年に繋がっています。あくまでマイペース。経験すること全て無駄なことなんて、ひとつもない。
ここから私の音楽の道が始まります。和声と音楽史などを学んだ一年の聴講生を終え、札幌で音楽教室講師として採用されました。ピアノ指導者としての第一歩を踏み出します。
🔹まとめ:やりたいならやってみよう
やりたかったらやったらいい。周囲に何を言われても挑戦したらいい。頑張っていたら応援してくれる人はちゃんとそこにいる。本当にそう思います。
ピアノって大人になってからでも弾けるようになるの?、好きなことをやって生きていくなんて無理なのかな・・・。
そんなあなたの背中をそっと、いや、グイっと押すことが出来たら、何より嬉しいです。
🌿最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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礒山久理/プロフィール
音楽好きな父の影響でクラシックを始め様々なジャンルのレコードを聞いて育つ。音楽教室講師を経て礒山久理ピアノ教室を主宰。生徒の心に寄り添い、楽しみながら上達するピアノレッスンを実践し多くの生徒を育てている。
30代よりバレエピアニストとしてのキャリアを重ね、「バレエとピアノの素敵な関係」「ブルクミュラーフェスティバル(2014年音楽之友社主催)」NHK「ららら♪クラシック」へ出演。又「ティータイムコンサート」等ソロピアニストとしても活動を継続。
「クロワゼ」等バレエ雑誌のほかメディアでの紹介多数。
ピアノを黒河好子、霧生トシ子、田中まり子、アキレス・デッレ・ヴューニュの各氏に師事。北海道教育大学、幼児教育専攻。メンタルヘルス協会心理カウンセラー資格保持。
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