キミナミさんの『深海は無い』から始まる何か。コミュニケーションってなんだろう?あるいは初音ミクの祈り。どうして初音ミクは撃たれたか?

最近ずっと、プレゼントのことを考えている。この記事はプレゼントになるか?とりあえずまえがきを、読者を想定して書いてみた。


まえがき

クラネさんという人がいる。海の人だ(←僕のレッテルです)。「自分の曲を誉め(褒めではない)てくれる人はいるけど、私は曲をもっと良くしたくて、誉め以外の言葉をリスナーから聞きたい」というようなことを言っていたらしい(伝聞)。

ニコニコは綺麗になった。弾幕じゃなくてコメント欄、昔はあったのかな?弾幕も「誹謗中傷」から「キワドイ」まで危ういコメントはブロック、削除されることになったという。ジョニさんという人がいる。曰く。その昔は「そこエコーじゃなくてリバーブだろう」みたいなコメントが来て「ちくしょーリバーブってなんだよ!」みたいな感じだったらしい(本人の言葉ではない。僕の脚色が入っている。ジョニさんはこんな言葉を使っていない←重要。言葉って怖い20251019追記)。そのキワドイコメントを自分なりに受け取って、曲を「もっといい」ものにしていった。という話を聞いたことがある。

(蛇足:システムが僕らを助けているのか、甘やかしているのか。正常なのか。システムはとりあえず、やわらかくあって欲しいと思う。)

僕は曲に興味はなくて、人間に興味がある(曲は人間を含む)。曲は表象でしかなくて、構造は人間だからだ。(←無理やりかっこよく言わなくてもいいんだぞ?)

ーーー

さて、キミナミさんのお話。

キミナミさんのX
https://twitter.com/imanimik


出会いのきっかけはぴちさんだった。(ぴちサーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!ごめんなさい



ぴちさんの「怖い」はこちらで聞けます。

時が満ちた。聴いてみた。

DMのやり取りである。

好きでもいいねでもないなら、何を語るか。一人の人間のやり方。(コミュニケーションにもたぶん色々あって、これは僕の中でまだ浅い方では無いかと思う。深海は無いですか?)

hitoiki

はじめまして!hitoikiと言います。『深海は無い』聞きました。ぴちさんのレビューで知りました。出会えてうれしいです。お見知りおきください^^

キミナミさん

はじめまして、キミナミです。 メッセージありがとうございます、曲聴いていただけて嬉しいです! hitoikiさんも曲を作ってらっしゃるんですね。今度聴いてみます!

hitoiki

お返事うれしいです^^あの曲を聴いてキミナミさんに興味を持っています。あの曲はキミナミさんが感じている「リアリティー」、現実感の描写なのでしょうか?僕にはそれが感じられました。(脳というよりも、身体に感じるものがありました)。お心のままに返事をいただけたらと思います(僕は「嫌だ」と言われても大丈夫な人なので嫌な時は嫌だと言ってもらって大丈夫です)

キミナミさん

そうですね、確かに、僕にとっての現実感を描写しているのだと思います。音楽らしいフォーマットを捨てる代わりに、僕が「声」に対して感じている肌触り?のようなものを忠実に再現しようと思いながら作っていました。

ご質問いただけて嬉しいので、少し詳しく書いてみます。

あの曲は僕が「声」というものに対して抱いているイメージを、なるべく率直に形にしようと思って作った曲です。 アニメキャラやボカロの声は、虚構の中から鑑賞者に媚びるべくして発せられる、用意周到でどこか現実離れしたものだと思います。 一方で、僕らが実生活で発する声は、その時々の身体の動きや精神の調子などに左右される、即時的で限定的なものだと思います。

僕はこの両者の間に何か暗い溝があるように感じます。人間はキャラクターに成れないし、逆もまた然り、という感じで。 しかし、この暗い溝が具体的にどのようなものなのか、僕はまだ言語化できていません。どうしようもなく埋められない距離があるようにも感じるし、少し別の角度から眺めれば途端に埋まってしまう瑣末なもののようにも思えます。 今回の曲は、その暗い溝について僕がイメージしている事とその流れを、なるべく崩さないままひとつの曲に仕上げることを目指しました。

ここまでに述べた制作意図と並行して、あの曲には僕の実生活に即した個人的な感情が断片的に盛り込まれています。 今の生活の日記をつけるような感覚と、昔の日記を読み返すような感覚を両立しながら、これまでの自分の生活をつぎはぎして新しく語り直すようなイメージで制作していました。

まとめます。 あの曲にはまず、二つの制作意図がありました。ひとつは、二種類の「声」の間にある暗い溝のイメージを描写する事。もうひとつは、僕のこれまでの生活について、時系列を撹拌しながら新しく語り直す事。 そして、この二つの意図が、曲の中で渾然一体となることを目指しました。自分の外側から聞こえる「声」について描くことと、自分の内側にある体験や記憶について描くことの見分けがつかなくなって、他人について語っているのか、はたまた自分語りをしているだけなのか、自分でも判別できなくなり、自他の区別が危うくなるような場所を目指しました。

hitoiki

お返事嬉しいです!あまりにも長文になってしまったので、推敲してから送りたいと思っています。

キミナミさん

👍

hitoiki

こんにちは^^削りきれなかったので分けて送ります(読みにくかったらごめんなさい)

あの曲を聴いた時に、僕は重みを感じました。キミナミさんの「考え」というより、キミナミさんの「感じ」がそのまま音に、構成になっているのだなと思いました。ぴちさんは「感じ」がわからなかったけど、感じた。最後まで聞いた。わからなさ以上の重みが、ぴちさんを「怖い」けど「聴いちゃう(?)」と言わしめたのかなと思っています。

お返事を読んで、その重みを僕は改めて感じ直しました。 ↓キミナミさんのお返事の理解

<どこか現実離れ>している声と現実の声に感じる違和感。僕の毛穴(頭皮)が開きました(体の毛穴は寒くて閉じたままです。急に寒くなりましたが、キミナミさんは大丈夫ですか?僕はちょっと元気ないです)。両者の深い澪。ボカロやアニメの声と、<僕らが実生活で発する声>の間にある<暗い溝>の中で、キミナミさんがあの曲を作ったことを想像しています。違和感の表明。唸りました。

そこに盛り込まれているキミナミさんの<実生活に即した個人的な感情>は、<暗い溝>に関するものか<暗い溝>とは別の場面の感情なのかわかりませんが、<暗い溝>(今の日記)のテーマに<実生活に即した個人的な感情>(昔の日記)が入ることで、あの曲の「コク」が出ているような気がしました。(僕の曲は後半の「感情」パートがなかったらのっぺりしちゃうなぁと思いながら)。料理の本質が味(旨み成分)だとすれば、タンパク質炭水化物脂質の歯応えあってのもの(渾然一体)、という言葉が出てきました。唸りました。

あるいは「私は花」からが本編、と言ってもいいのかな。。。(今、聞き直しています初音ミクが現実の会話に混ざったところで鳥肌。キミナミさんが歌って初音ミクが答える。逆転。うわー。唸ります。)

>今回の曲は、その暗い溝について僕がイメージしている事とその流れを、なるべく崩さないままひとつの曲に仕上げることを目指しました。

<なるべく崩さないまま>。ここに僕は「身体感覚」を覚えたのだと思います。頭で「理解」する以前の、皮膚感覚。僕にとってのこの曲の価値は、意味は、僕が表現の指針として脳に「語る」ことをしているのとは違う、<なるべく崩さないまま>経験を再現?するという表現のあり方を経験したことでした。「語り」をリアルにするための音を添えるのではなく。唸っています。ケミストリー!(もしかしたらその渾然一体感に意味を見出そうとして引き込まれるのかもしれません)。僕は「語る」ことに頼っていた(頼りすぎていた)気がしました。

↓まとめ直してみます。 二つの声への違和感(主題1)、←熱い。人間の声は、僕の関心ごとです。 キミナミさんの現実生活の感情日記(主題2)、←怪我はもう大丈夫ですか? のケミストリー。 「語る」のではなく、(小説の指南本に書かれているように?)「そのもの」を表現すること。

↓わかりかねていることば >自分の外側から聞こえる「声」について描くことと、自分の内側にある体験や記憶について描くことの見分けがつかなくなって

アニメの声や、怪我をするパート(怪我はもう大丈夫ですか?)が外側から聞こえる「声」のことかな、と思いました。あっていますか?

↓この曲に感じたリアリティーを改めて書く 頭の中の違和感、気がかりになっていることが日常にも現れる。渾然一体になる。時系列も何もなく。突然やってきたり突然なくなったりする。その(僕らの感じ方思い出し方の)リアリティーを、多分僕は感じたのだと思います。(少なからず、誰もが経験している現象を、<なるべく崩さないまま>曲にした。だからピチさんが受け取れたのかもしれない。(僕にとって大きな発見です)。 今聞き直して、初音ミク撃たれていることに気がつきました。(初音ミク倒れる音がしないことに「非現実」感を感じます。すごい込められている)

僕の感じたこと考えたことを書きました。感極まって長くなってしまいました。受け取ってもらえるだけでもうれしいです。

キミナミさん

ありがとうございます!!! これほどの感想をいただけるなんて、作者冥利に尽きます……

感想とても嬉しいです!そして、非常に参考になります。 hitoikiさんが曲の聴取体験を言語化してくださったお陰で、自分でも上手く捉えられずにいた感覚の見通しが一段良くなったように思います。 特に、「<暗い溝>のテーマに<実生活に即した個人的な感情>が入ることで、あの曲の「コク」が出ている」、という表現には、ハッとさせられました。興味深いメタファーです。たしかに、純粋な味覚だけでは物足りない。物質的(身体的?)な歯応えと絡みあうことで食の体験として印象的になる。 僕の実生活の中の身体性が、曲を咀嚼するときの身体性と結びついているのだろうと感じられました。

その他の点について。

> 怪我はもう大丈夫ですか?
大丈夫です!あの辺の描写は子供の頃の怪我の記憶などをかいつまんで作ったものなので、最近は怪我してません!

>わかりかねていることば
うまく伝わらなかった部分を補足してみます。(自分でも曖昧なので自信ないですが…) 声の「暗い溝」について描くことと、僕の実生活に即した感情について描くこと。これらはそれぞれ、「自分の外にある対象」について描くことと、「自分自身」について描くこと、に対応します。 そしてこれらは、自分が対象に「取材」することと、自分が勝手に「自分語り」することに対応します。 「取材」と「自分語り」は真逆の行為ですが、今回の曲では、「取材」してるのか「自分語り」してるのか、自分でもよく分からなくなるような表現を目指しました。

なので、アニメの声や怪我のパートは、ある場面のサンプリング、ある場面の客観的描写、という意味では「外側から聞こえる声」ですが、 自分の意見を代弁する声、自分の記憶から作った場面、という意味では「自分の内側の描写」なのだと思います。(微妙な説明になってしまいました。ご勘弁ください!)

>初音ミク倒れる音がしないことに「非現実」感を感じます。すごい込められている
そこ気づいてもらえて嬉しいです!製作中に「こんな細かいところ気づかれないだろうなあ」と思っていたので!よかった!

感想をいただけて嬉しい上に、新しい気づきまでくださって、本当にありがとうございます!

hitoiki

お返事うれしいです^^もらったお返事のお返事返しの前に、事務連絡(!?)です。キミナミさんとのやりとりをnoteの記事にしたいと(強く)思っています。キミナミさんを紹介したいのと、hitoikiの生き様の記録として。

1かまわないでしょうか?(今はDM上のやり取りなのでnoteという公の媒体への不安があるか心配です) 2DM上のやり取りをコピペしても大丈夫ですか?(同上) キミナミさんからOKをもらえる範囲で、僕のこの(感動)体験を書きたいと思っています。 3ダメな場合、DMしなかったふうにDMで聞いた話を(キミナミさんの言葉を言い換えて)書いてもいいですか?←ややこしい気がしましたが、がんばります。いや、ややこしいぞ? 4先端映像音楽表現投稿祭というものがあります。(自分にとっての)孤独、(自分にとっての)先端をテーマに持つ投稿祭です。過去作でも参加可能だそうです。お知らせとして。

不明な点があればお知らせください^^

キミナミさん

noteの記事の件、全然オッケーです。むしろ嬉しいです! DMのコピペも問題ありません。

hitoiki

うれしー!です!今祈りについてあれこれおもいをやっているところです。またお返事は改めて・・・おやすみなさい^^

キミナミさん

👍

hitoiki

←イマココ

多分、ヴァージニア・ウルフの『波』に書かれていた「息づかい」の話をするかもしれない。断片的な音、一瞬で終わるギター。ノイズ。これを展開の速さという言葉で片付けたいとは思わなかった。この一瞬の息づかいの連続もしくは継続が、その変化が、きっと僕が『深海はない』に感じた「身体性」の正体なのかもしれない。(あ、返事書いちゃった。いやまだ別腹だ)。

しょぼんも、息づかい。


アルバムはここ↓

初音ミクの祈り(20251031加筆)

Rumoon さんのイラスト

https://x.com/Rumoon_cocoa/status/1694695118220185918

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hitoiki

>そしてこれらは、自分が対象に「取材」することと、自分が勝手に「自分語り」することに対応します。

リスナーの音楽体験として「内側(自分)の語りの声」と「外側(自分じゃない誰か何か)の語りの声」の区別だと理解しました。現実の声の様子をビデオカメラで撮ったような音声パートと、(仮想上の?)内側のキミナミさんの語りが交互にやってくるアニメパートを思い出します。

深海は無い。今このタイトルを回収しようとしてハッとして爆散しました。

1万メートルはマリアナ海溝ですね。一番深いところに、初音ミクがいる。「途方もない水圧を同じだけの力で押し返す私の身体のこと。忘れないで」。

Rumoonさんのこの絵を思い出しました。

https://x.com/Rumoon_cocoa/status/1694695118220185918

ふぅ。

この曲は、初音ミクの祈りで終わる。(hitoikiは爆散した)。聞き返すと、初音ミク、痛がってる。

(hitoikiは回復した)

キミナミさんは、やさしい人なんだな。と理解(不理解)しました。

どうして初音ミクは撃たれたか。国語の時間にしたいなぁと思いました。


この段はこの曲の核心部分だと思うのでズレがあってもいいのかなと思いながら(混乱しながら)書いています。

「ボーカロイドの口ぶりは、話す側から饐(す)えていく。ほんのちょっとの口ぶりで思い出すのはきらっきら」(「饐」の意味を探すのに一苦労しました。あえて隠した、と言ったらいいですか?(コレ公開して大丈夫ですか?))。

深海は無い。初音ミクの身体は水圧を押し返す海底(鉱物)。深海や海面を生み出す構造としてのボーカロイド。キラキラした海面。帰りたい深海。初音ミクがいるから帰りたい?(いや、海面にも初音ミクいるよなぁ・・・)

けど初音ミクがいる深海は無い。海底に触れることはできても。(タイトルは、初音ミクは「生きている」人たちへの問いだと僕は思いました。意味がわからなくてもタイトルを語ることによって人が無自覚に「隠された問い」を口に出すというのは、すごい仕掛けだなと思いました(個人的な感想です)。)

人と人ならどうだろう。などと、僕は取り留めもなく、思いを巡らせています。(混乱しています。)

キミナミさんとお話ししなかったら、ここまでこの曲を味わえなかったと思います。うれしいです。

もうこの歯応えがたまりませんんんん!!

心のままに(お返事はお心のままに)。

キミナミさん(20251105加筆)

>深海や海面を生み出す構造としてのボーカロイド。

確かに。僕はボカロから出発して「声」を捉え直そうとしているのかもしれません。まず「声」があって、その模倣としてボカロが作られた訳ですが、その流れを逆走している感覚があります。 そういう意味で、初音ミクは「海底」(海の下限を定めるもの、それが無ければ海が成立しないもの)である、と。

>初音ミクの身体は水圧を押し返す海底(鉱物)。

「鉱物」と例えるのが僕の感覚と違って面白いです。どういうことなのか気になります。

僕としては、「身体」や「水圧」といった表現でイメージしていたのは、 「ボーカロイドに『肉体』を想定するなら、それはどのようなものか」 という問いでした。

この問いは、僕の制作の根幹にあるものだと思います。

声優の声を音素単位で細分化し、自在なピッチ変化、並べ替えを可能にしたソフトウェアがあって、それをキャラの立ち絵でパッケージングしたものが(狭義の)ボーカロイドです。

何らかの声を聴くとき、聴き手は発声者の存在を想定してその声を聴くと思います。音が物理現象である以上、声には、その音源となる肉体が必要です。

ボカロの声においても、音源となる肉体が想定されるのですが、その形姿はとても複雑なものだと思います。

「まず声があって、その声の持ち主としてキャラクター(初音ミクとか)のビジュアルが喚起されるが、声自体は声優が発したものでありキャラクターのビジュアルとはなんら物理的?な関係は無く、しかしその声優の声も細断、加工、並べ替えといった手順を踏んだ原型を留めないものであり、そういう意味ではソフトウェアのアルゴリズムなんかもボカロの肉体の一部と言えるのか、それと同時にボカロの声はボカロPのメッセージの代弁者としても振る舞うわけで、そこに込められた想い?に重点を置くならソフトウェアの使い手(要するにボカロP)も声の発生源として無視できない。と思う一方でやっぱりボカロの声に含まれるキャラクター性は強力であり、なんならそのキャラクターイメージの大半は二次創作的に拡張されたものであるわけだから、それならボカロの肉体というのは二次創作の連鎖の奥の方まではみ出したものとしてあるのかもしれない。」

みたいな感じで、うまく捉えられません。

そして、自分でもよく分からないのですが、僕はこの複雑な肉体を物質的な実体として捉えてみたいと思っている気がします(多分)。

その肉体は、僕らが素朴にイメージする「身体」とはかけ離れた、混ぜこぜで、途切れ途切れで、ナンセンスなものだと思います。 そういうものの気配を一部でも引き出せないかなあ、と思うなかで、「深海」や「水圧」、「身体」みたいなモチーフが出てきたのだと思います。

長々と失礼しました。 hitoikiさんは「ボーカロイドの身体」というものについて、もしくはそれに関連することについて、何か考えることはありますか?

hitoiki

←イマココ


MOTHERさんの「自分を語る」(20251105加筆)

作品は一方的だ。そのあとどんな語りが生じるか。生じなければ、ならない。くらいに僕はおもっている。「自分を語る」の中で、僕らは自分を互いに作っていける。少なくともそのきっかけがあるとおもっている。MOTHERさんはこの記事の紹介ポストをリポストしたのでお礼のDMを送ったのが最初。

hitoiki

はじめまして。hitoikiと言います。リポストありがとうございました!僕の記事がMOTHERさんの何の役に立てたか僕は知らないのですが、何かの役に立てたのかなとおもっています。

MOTHERさん

hitoikiさん、はじめまして!MOTHERといいます。DMをくださりありがとうございます! (まだ私は、記事の中の言葉を自分の歯で噛み砕く以前におはしの持ち方から試行錯誤するところにいるため、その全てを吸収しきれたとはとても言えませんが)hitoikiさんの記事のおかげで私の頭の中に新たな一筋の光が差し、またひとつ影が伸びて、像を成しました。本当にありがとうございます! ごめんなさい、長くなってしまうのですが、記事を拝読し思ったことを話させてください。(長文のため画像で失礼します。)



ものすごく長々と書いてしまいました。全然収集のついていない散文でお恥ずかしいです。こんなに長く自分の感じていたことを伝えることがあまりないので、なにかご気分を害してしまっていたら申し訳ありません。このように色々なことを考える機会を記事を通して与えて下さりありがとうございました!そして、DMをしてくださったことで改めてもう一度自分の中で咀嚼することもできました。本当にありがとうございます。

hitoiki

お返事ありがとうございます。(もし僕がDMを出さなかったらこの場はなかったと思うと寒気がします。ブルブル)。まずは感謝を!何よりもMOTHERさん自身の言葉で語ってくれたことに。 アニメっぽさの話で気になるのが、ディズニーじゃなくてなんだっけ、あ、ピクサーだ。ピクサーの映画に出てくるような「表情」とか「振る舞い」はわかりやすい記号ですよね。幼児のための表現を、今は大人(ではなく大きな子ども)も享受している、と思うと不思議に思います(ブルブル)。アニメという表現の、制約なのかもしれません(正確には予算の問題)。 僕の話はさておき。MOTHERさん自身の金縛りの経験から始まって、文化祭や美術展でMOTHERさんの感じたこと、考えたことがわかりとてもうれしく思います。リアリティーを感じます(なにそれおいしいの?おいしいんだよ!)。『深海は無い』のリアリテイーと同じくらいの衝撃でした(え??)。明日公開予定の記事で「自己を語る」について書いています。まさにこのことなんだよなぁ。と思いました。

>私は記号化、二次元の平面さを限りなく愛し
それでもいろんなきっかけで信仰?に違和感を感じたのですね。「自分の像」の話で言えば、記号に慣れることで、僕は「自分を語れなくなる」と言いたいかもしれません。岡本太郎が「綺麗なものは芸術ではない」みたいなことを言っています。彼も記号を使いますが、本質的にはその記号が「本当のこと」から離れてしまったり「本当のこと」を隠してしまうとき、自分を見失うのかもしれないな、などと思いました。(声のことを言えば、僕らはもうすでに日常生活で「自分の声」で喋っていないのかもしれないです。)

>深い溝
僕はそういう感じ方をしていなかったので新鮮でした。深い溝に落っこちる、と思えば、引っ張りあっているのかもしれませんね。(もしくは勝手に僕らが落ちているか)。 何度も噛み締めたくなる、ということは、あの曲はMOTHERさんにとってとても大事なものなのだと思います。こうしてお話をしながら、大事に感じるようになる、ということもあると思います。僕たちは、お話しをすることで、お互いに大事なものを見つけたり、大事にしたりできるんだと思います。なので、僕からもMOTHERさんに感謝を^^←記号 思えば・・・ボカロ曲といわれているものも「かっこいい」記号や「すごい」記号や「イカしてる」記号や「かわいい」記号で溢れているのかなぁ、などと思いました(ブルブル)。ボカコレ2025夏666曲レビューの記事(僕が書いた記事です)では、記号化を超えて「語る」ものが「変調・祈り」のカテゴリーに入っているのかもしれません。 こちらも長くなりました。(このDM、『深海は無い』の記事にコピペしてもいいですか?とても貼りたい。です。)

とても貼りたい←僕は、「自分を語る」に尻込みしている人が、「え?語っていいの?」と思う場所があちこちにできたらいいなとおもっているのです。MOTHERさんはその生贄としてぐへへへ(←半分冗談です。ただネットにもこういう使い方があるんだって、知らせたい気持ちがあります。

すみませんクソデカ感情を出してしまいました。断ってもらっても大丈夫です。心配事などあればお聞かせください。

MOTHERさん

わあ!!本当にありがとうございます。頭が丸ごと脱皮しちゃいそうなくらい嬉しいです!(お話って本当に楽しいです)嬉しくなってしまってなかなかお返事のための言葉が書き出せませんでした。記事にコピペしていただいて大丈夫です!

いただいたお返事を、私の中でちゃんと咀嚼したいです。(時間がかかってしまうかもしれないけど)hitoikiさんがDMを送ってくださったおかげです。私は一人で喋りすぎていたのかもしれない…と、ちょっと過去をふりかえってみて思えました。(一人で喋るのも楽しいし大事ですが)それくらいこの会話で得られた質量がありました。

色々な興味深いことをお話しして下さりありがとうございます。(ピクサーのデフォルメ表現についてや、岡本太郎の言葉や、記号のあり方、そしてそれら記号に溢れたボカロなど 私のもっていた知識や経験と点つなぎされたような感じがします)自分を語れなくなるという言葉、私の中にもとても馴染みました。それに、確かに記号化は本質(本当のこと)を踏まえた上での省略なので、この記号だけが二次配布されていて誰も疑問をもてないような状況が、なにより怖いのかもしれません…。と自分は思いました。私もその中にいるかもしれないけれど。 作品に活かしたいです!活かします。 とにかく、ありったけの感謝を!!ありがとうございます!!!

hitoiki

←イマココ。「自分を語る」は結構きついというか軽くないからどこかでパッと終わってもいいし、ぬるぬると続いてもいいような気がする。お互いにちょうどいい感じで。

あとがき


ぴちさんがきっかけだった。ぴちさんにはごめんなさいした。人を失うことは、僕にとって痛いことだ。お互いの「ちょうどいい」が重なるところで出会いたい。やさしく歩きたい。

ごめんなさいの仕方の参考として(僕のメッセージだからいいよね?)

閑話休題。

Lifitoryさんが合成音声と人間の声への問いを表す曲を作っていたことを思い出す。合成音声を使うという表現形式について考えるきっかけに。人間の声の価値を問いかけてもいいだろう。

そういえば、最近、高校演劇を見た。リアルで。偏差値が高い高校ほど、「体が死んでいる」現象があった。「体が死んでいる」とは、「体」が語っていない、と言ったらいいか。そこから出てくる声も、故に死んでいる。(死んでいる状態を、喋らされている、動かされている、と言ったら伝わるだろうか)。

もう一つ。声や体の表現がアニメっぽかった。声の規範や身体表現の規範がアニメになっているのだとしたら。どうしたら、僕らは僕らの声を思い出せるだろう?役を演じるのではなく、自分の知らない誰か(自分を含む)と重ねながら、感じようとしながら、自分を生きる舞台として、僕は「演劇」という言葉を使いたい。生きるべき自分がいないなら、「演劇」ではなくなんと言おう?ああ、「芝居」!??僕は「演劇」ができているだろうか。僕は「演劇」がしたい。

世界を変えるのは、大変だ。まずは、自分が変わらなくてはいけない、という点で。(一番強力で難解なアルゴリズムは自分自身であるようだ)。


僕は今まで、無作為に合成音声を使っていなかったか。そんなことを今、感じている。

参考記事

クラネさんとの後日談

リスナーの皆さんへ




(いや何も言わないんかい)


僕はあることがきっかけで(´ω`)ショボンについて考えたことがある。

(´ω`)ショボンは息づかいだ。自分の状態を伝える記号だ。(Xのいいねよりも意味がわかる)。けれども、ネットに転がっているAAでは表現できない深さ、多様な感情経験があるようにも思う。

そこで僕は最近、()とか←を使ってこの息づかいを積極的に、意図的に表そうとしている。文字を書きながら感じている感情、不安、ユーモアでもいい。(ユーモア?←こんな感じ

自分が何を感じているか。レビューをするなら、自分がその曲でどんな経験をしたのかを文字で表してはどうだろう。すごい、かっこいい、「ここがいい」ではなく、感情を。思考を。なぜ「自分にとって」その曲に価値があるのか。価値を感じるのか。それがすごい、かっこいい、好きの一言だけで、何が伝わるだろう?

僕にはよくわからない。←お前の文章もな!

「あなたの息づかい」を、言葉に込めてほしい。(すごい、かっこいい、好きは、多分、呼吸が浅い時に出てくる言葉だ。言葉を探してみてほしい。深く息をして)。



僕はぴちさんのこの投稿に、ぴちさんの深い呼吸を感じて、この曲に興味を持ったのです。そして、DMを送ったのです。(ぴちさぁあーーーーーーーああぁぁっぁぁああああ!!!!!!!!!!ん!)




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