【第3章】 NICU①|似た者母娘
この日から、妻は「MFICU」、息子は「NICU」での入院生活が始まり、私にとっては、久々の “ひとり暮らし” となった。
(つい2週間前に、例の隔離生活はしていたが...)
初日のこの日は、妻と息子の面会に加え、医療チームからの経過報告の予定だったが、県外から義母も駆けつけてくれることになっていた。
妻のいる「MFICU」の面会は、
「1日1回2名まで、13時~17時の中で30分」
というルールであり、対象は “ 配偶者か両親(義両親)” 。
しかし、息子の「NICU」の面会は、
「13時~20時、回数及び時間無制限」
というMFICUと比べると緩いルールだが、こちらは対象が “両親のみ”…
つまり、義母は “孫” に会うことが出来ないのである。
義母は職業柄、多忙の日々を過ごしているため、中々時間を取ることが難しく、今回も非常に貴重な時間。
“孫に会わせてあげられないこと” が、私としては申し訳なく、歯がゆい気持ちであった。
だが、義母はそれでも “娘の顔だけ見に行く” と、僅か30分のために県外から来ると言ってくれたのだ。
そして、正午過ぎに病院の最寄り駅で義母と待ち合わせをし、面会前に一緒にランチを食べることに。
義母は、昨日丸一日対応だった私の身体のことも案じており、焼肉をご馳走してくれた。
そんな中、私も焼肉を頬張りながら、朝からドタバタだったことや、手術の話も含め、写真や動画も共有しながら、「運命の1日」を改めて義母に話す。
新しい命の誕生に、義母も私も改めて感動し、そして、“感謝” の思いでいっぱいだった。
昼食を終えた私たちは、面会時間に合わせて病院へ。
そして、すぐに手続きを済ませ「MFICU」へと入室した。
義母と妻も久々の再会… “感動の再会” になるかと思いきや、そこは似た者母娘。
互いにあっけらかんとしている(笑)
しかしながら、おしゃべりな妻よりさらに “おしゃべりな義母” 。
息子の話、帝王切開の話、術後の話、世間話… と、あらゆる話に飛躍していき、母娘の会話は途切れることなく続く...(笑)
妻もつい昨日、ハイリスク妊婦として、“命懸けの出産” を終えたばかりのはずだが、それを全く感じさせないほど元気であった。
また、後に聞いた話だが、“全前置胎盤で 「35週5日」までお腹にいた” のは、その病院では最長記録だったとのこと。
そういった強さは、間違いなくこの母親(義母)から受け継いでいるんだろうと改めて感じる...(笑)
そんな中、あっという間に母と娘の楽しいひとときは、終了時間を迎えた。
そして、すぐ仕事に戻るということで、足早に病院を出た義母だったが、改めて多忙の中、この “30分だけ” のために来てくれたことは、本当に感謝しかない。
義母を見送った後、私たちは息子のいるNICUへ移動することに。
しかしながら、妻は帝王切開の翌日であり、よく言われる“交通事故レベル” の身体の損傷を負っている状態…
義母と話している間はベッドにいたため、そう感じさせなかったものの、やはり “後陣痛” と闘っていたようだった。
正直、車椅子に移るだけでも一苦労。
面会はまだしも、医療チームの説明は私だけで対応することも考えたが、妻も一緒に聞きたいという。
“息子に早く会いたい”
“息子のためなら何でも乗り越えられる”
という母親の「愛」と「意志」…
妊娠中から、“妻は愛に溢れる母親” だとずっと思っていたが、いざ息子が誕生してからというもの、その「強さ」というものをより感じるようになった。
それは、妻が発する “ことば” も去ることながら、“空気感” とでも言うのか、そういうものが間近にいると、犇々と伝わってくる。
そして、車椅子を押しながらNICUの入口へ到着。
面会の手続きをし、夫婦揃って人生初の「NICU」へ入っていく…
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