第32話「『足す』より『整える』——血液栄養検査の結果を聞いた日」
第32話「『足す』より『整える』——血液栄養検査の結果を聞いた日」
── 足りないものが見えたとき、いちばんに思い浮かぶのは「補う」こと。でも、その前に ──
圭さん:1966年生まれ、エンジニア
益子(まこ)先生:70代の女性漢方医
(養生訓を書いた貝原益軒の流れをくむ家系)
足りないものが見つかると、人はすぐ「足そう」とします。でも体は、足し算だけでできているわけではないのかもしれません。
※この記事は医療行為や診断を目的としたものではありません。
不安が強い場合や症状が続く場合は、医療機関への相談をおすすめします。
今日の3行まとめ
血液栄養検査は、足りないものを細かく見つけるのが得意(部分を見る目)
でも体は全部つながっているから、一つひとつ別々に足すより、まず土台を整えるという考え方がある
一気に補おうとせず、おおもと(脾胃・暮らし)から底上げする目線を持ってみる
話の始まり
圭さん
「先生、このあいだの血液栄養検査、結果が出たんです」
益子先生
「あら、出たのね。どんなお話だった?」
圭さん
「ええ。健診ではずっと『異常なし』だったんですが……こまかく見てもらうと、足りなめのものが、いくつかあったんです」
益子先生は、お茶を一口含んで、ゆっくりうなずきました。
益子先生
「そう。前に話したとおりね。範囲の内か外か、という線の手前に、体のささやきはたくさんあるの」
圭さんの気になること
圭さん
「いちばん『なるほど』と思ったのが、亜鉛というミネラルが足りない、と言われたことで」
益子先生
「亜鉛。——それで、何か思い当たることがあったのね」
圭さん
「はい。亜鉛は、皮膚や、傷の治りに関わるものだそうで。
そう聞いて、若い頃からの霜焼けや、最近の足の湿疹が、ふっと頭に浮かんだんです」
圭さんは、少し言葉を探しながら続けました。
亜鉛が足りない
ほかにも、いくつかの栄養素が、少しずつ足りなめ
体の代謝のペースも、少しゆっくりめだと言われた
圭さん
「それで、つい思ったんです。足りないなら、その亜鉛とやらを、サプリで足せばいいのかなと」
益子先生
「ふふ。そう思うわよね。——でもね、お医者さまの見立ては、少し違ったんでしょう?」
圭さん
「よく分かりましたね。そうなんです。いきなり個別に足すのではなくて、まず体全体の働きを底上げしましょう、と」
益子先生の話 ――「見つける」のが得意なものと、その先
益子先生
「血液栄養検査というのはね、とても目の細かい網なの。たくさんの項目を拾って、『これが足りない』『これは少なめ』と、こまかく見つけてくれる。そこが、すごいところ」
圭さん
「ええ。一つひとつ、はっきり名前がついて出てきました」
益子先生
「そうね。足りないものを、部分に分けて、細かく見つける。これは西洋医学の、いちばん得意とするところなの。だからこそ、亜鉛のような小さなサインも見逃さない」
益子先生は、湯のみを両手で包みながら、少し間をおきました。
益子先生
「ただね。見つけたあと、それを『一つずつ、別々に足していく』のが、いつもいちばんいいとは限らないの」
圭さん
「と、言いますと?」
益子先生
「亜鉛が足りない。だから亜鉛を足す。ほかも足りない。だからそれも足す——そうやって足し算を続けていくと、体を『部品の寄せ集め』みたいに見てしまいがちなのよ。でも、足りなめのものがいくつも重なっているときはね、たいてい、それを取り込んで使う側の力——土台のほうが、少し疲れていることが多いの」
圭さん
「土台が疲れている……。それは、どうしてなんでしょう」
益子先生
「特別な理由がいるわけじゃないのよ。年齢を重ねれば、受け取る力は、誰でも少しずつ変わっていくものなの。そこに、これまでの暮らしの積み重ね——食べ方、眠り方、忙しさ——が、そっと重なっていく」
益子先生は、窓のほうへ目をやって、少し間をおきました。
益子先生
「だから、土台が少し疲れているのは、圭さんが何かを間違えたからじゃないの。ここまで、一生懸命に生きてきた——その証でもあるのよ」
東洋医学の見方 ――まず、おおもとを底上げする
益子先生
「東洋医学にはね、表に出ている困りごとを一つずつ追いかけるより、まず、おおもとを立て直す、という考え方があるの」
圭さん
「おおもと、ですか」
益子先生
「そう。体を支える力そのものを底上げして、『自分で整える力』を取り戻していく。これを『扶正(ふせい)』——正しい力を、扶(たす)ける、とも言うの」
東洋医学では、食べたものを取り込み、体の元気のもとを作り出す中心を「脾胃(ひい)」と呼んできました。
栄養を、ただ口から入れるだけでは足りません。それを受け取り、体じゅうへ届ける側の力が整っていてこそ、はじめて生きてきます。
益子先生
「漢方でね、全体をゆっくり底上げするのも、同じ考え方なの。足りないものを一つ撃ちにするんじゃなくて、土台ごと、そっと持ち上げる。そうすると、上に乗っている小さな不足が、いつのまにか気にならなくなっていることがあるのよ」
圭さん
「なるほど……。お医者さまも、いきなり個別に補うより、漢方と、土台を支える栄養を少し、という方針でした。
ばらばらに足すんじゃなくて、まず受け取る力を整える、ということなんですね」
益子先生
「そう見ることができるのよ。『足す』より『整える』。——どちらが正しい、という話ではないの。見つけるのが得意な目と、底上げするのが得意な手。両方あると、心強いでしょう」
日常に当てはめてみると
圭さん
「言われてみれば、仕事でもそうなんです。
不具合が一つ出るたびに、その場しのぎで直していくと、いつまでも追いかけっこになる。
でも、おおもとの設計を整えると、こまかい不具合が、まとめて静かになることがあって」
益子先生
「ふふ、エンジニアさんらしいたとえね。体も、案外それに近いのよ。
一つずつ足して埋めていくのも大事。でも、土台がくたびれているときは、まずそこに手を当ててあげる。
順番が、少し違うだけなの」
圭さん
「この歳になっても、自分の体は知らないことばかりだなあ」
今日のテーマを一言でまとめると
足りないものを「足す」前に、
受け取る土台を「整える」
今日からできる、ひとつの養生
「補う」前に、土台に目を向けてみる
サプリや検査がなくても、今日からできることがあります。
「何が足りないか」を探す前に、「ちゃんと食べて、休めているか」を一つ振り返る
食事は、量を足すより、よく噛んで、消化に負担をかけない一品を選んでみる
足りないものが気になったときほど、まず土台(眠り・温め・胃腸)をいたわってあげる
益子先生
「足りないものを見つけると、つい『早く埋めなきゃ』と焦るの。
でもね、いちばんの近道は、急いで足すことじゃなくて、受け取る側を整えてあげることだったりするのよ」
何かを足すのは、いつでもできます。
その前に、ここまで一緒に生きてきた土台を、ひとつねぎらってあげる。それだけで、体は少し働きやすくなります。
話の終わりに
圭さん
「検査を受ける前は、足りないものを見つけて、片っぱしから埋めれば安心だと思っていました。
でも今日の話で、なんだか肩の力が抜けました。
自分の体を、欠けた部品の集まりじゃなくて、ひとつの『土台』として見てあげればいいんですね」
益子先生
「いい受け取り方ね。数字は、答え合わせじゃなくて、体との会話のきっかけ。
足りないところを責めるためじゃなくて、ここまで頑張ってきた体を、もう少し楽にしてあげるために使えばいいのよ」
益子先生
「ただ、気になる症状が続いたり、急に体調が変わったりしたときは、自分で抱えこまずに、お医者さんに相談してね」
「一日ひとつでいいの。小さな養生を続けましょ」
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