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10年超えの国家公務員、未知との遭遇で価値観が激変する

第1章:国家公務員の日々

国家公務員として十数年、本職は『正解』のある世界で生きている。

そこは、法令、前例、予算、そして合理性がすべてを支配する、感情の介在しない真空地帯だ。

本職の人生のOSは、長年『性悪説』という、冷たく、しかし機能的なプログラムによって駆動していた。

「人は放っておけば楽な方へ流れ、嘘をつく生き物である。」 

本職はそう信じて疑わなかった。

本職の主戦場である官公庁は、巨大なチェス盤のようなものだ。

駒の一つひとつに感情を乗せていては、国家という巨大なシステムは回らない。

かつての本職の辞書には、情という文字はなかった。

あるのは『自分の案件をいかに成功させるか』だけである。

ある重要な案件の佳境、一人の部下がミスを連発した。

彼は必死だった。

徹夜で目を血走らせ、震える手で資料を作り直していた。

彼の「絶対にこの案件を成功させたい!」という情熱はすごかった。

ここで案件がうまくいけば、彼にとって素晴らしい成功体験となり、格段の成長を遂げることは火を見るより明らか。

しかし、本職の脳内コンピューターは冷酷に弾き出した。

「この案件に彼は不要」

本職は彼を会議室に呼び出し、表情一つ変えずにこう告げた。

「今日から別の担当をしてもらいます」

泣きそうな顔で部屋を出ていく彼の背中を見ても、本職は眉一つ動かさなかった。

運も実力のうち。

彼には上司運がなかっただけ。

運を凌駕するほどの実力を備えていなかっただけ。

結局のところ彼の実力不足。

これが『正解』である。

彼に限らず、本職は上司にも特別な感情はなかった。

当時の本職にとって、上司とは『尊敬する先輩』などではなく、単に攻略すべき『特定の癖を持つ生き物』に過ぎなかった。

本職の脳内データベースには、歴代の上司の攻略コマンドが完璧に構築されていた。

例えば、ある上司は典型的な『重箱の隅突き型』。

政策などの大筋が日本の未来をどう変えるか、そんな国家レベルの議論には目もくれない。

文章の『て、に、は、を』の使い方だけには異常な執着を見せる。

「いや、その修正でGDPが1円でも上がるのか?」 と心の中で激しくツッコミつつも、本職の顔は菩薩のようなスマイルである 。

このタイプに対し、本職はリソースの8割を資料の美装化に割いた。

そして、あえて一箇所だけ『お茶目な誤字』を仕込んでおく『生贄作戦』を多用した。

「おい、本職。ここ、誤字があるぞ。俺が直してやったからな」 上司が勝ち誇ったように指摘する。

本職は「失礼いたしました! さすがの洞察力です!」と深々と頭を下げる。

その瞬間、上司の承認欲求という名のゲージは満タンになり、本丸である重要施策の決裁印は、驚くほど滑らかに紙の上に押される。

それがプロの国家公務員の『正解』だと自負していた。

平日の夜は、ただ書類が上がってくるのを待つだけの、無機質な時間だった。

深夜、静まり返った庁舎。

響くのは「カタカタカタ」というキーボードを打つ乾いた音だけ。

そこには会話もなく、ただ液晶の光に照らされた無表情な横顔が並んでいる。

その無機質な打鍵音こそが、自分を社会の歯車として機能させている証明だと思い込んでいた。

職場で「家族が一番やねん。出世なんかほどほどでええんや」と口にする先輩たちは、もはや別次元の、あるいは知性の足りない生き物に見えた。

ああ、また出世できなかった言い訳に家族を使っているな。

本職は、斜に構え冷ややかな視線を送る。

当時の本職にとって、結婚や育児とは、自分の貴重な時間、資産、そして自由というリソースを削り、ひたすら『我慢』の上に成り立つ『自己犠牲の象徴』でしかなかったからだ。

本職の父もまた、国家公務員だった。

定年まで実直に勤め上げ、そのキャリアを活かして再就職し、週三日ほどの仕事をのんびりと満喫する。

たまに実家へ帰ると、父は真っ白なワイシャツ姿で庭の芝生を眺め、「合理的に定年まで働き切るのが一番だよ」と、まるでお手本のような言葉をかけてくる。

その背中は、本職にとっての『人生の完成予定図』そのものだった。

「お父さんの言う通りだ。合理的に、最短ルートでこの山を登りきる」

当時の食事は、その冷徹な人生設計の象徴だった。

深夜、1Kの無機質な部屋に帰り着く。

そこでの食事は、もはや『楽しむもの』ではなく『機体への燃料注入』だった。

卵かけご飯、鶏むね肉、そしてただの水。

肉を奥歯で噛みしめるたびに、顎に疲れが溜まっていく。

ふと、横目にテレビが見えた。

「……なんか、寂しそうなゴリラがテレビに出てるなぁ」 

だが、テレビは付けていない。

テレビに映っていたのは、暗い部屋で一人、黙々とタンパク質を咀嚼する、本職自身の姿だった。

反射する自分と目が合うのを避けるように、本職は最後の一口を流し込み、翌日の職務攻略のために、泥のような眠りにつく。


第2章: 離島の風と光

本職の人生設計は、それはもう、寸分の狂いもない『鉄壁の要塞』でした。

将来の年金受給額を十六進法で計算し、リスクヘッジという名の防波堤を幾重にも築き上げる。

そんな本職のロードマップにおいて、『情熱的な恋』や『電撃婚』なんていう不確定要素は、いわば『無謀な公共事業』に他なりませんでした。

しかし、どうしたことでしょう。

とある長期休暇中、沖縄の離島を旅しているとき。

妻と出会いました。

『未知との遭遇』である。

月の擬人化のようなオーラを感じた瞬間、本職の脳内財務省は、あろうことか白旗を振ってしまったのです。

「これは、国家の存亡に関わる緊急かつ重要な特例案件である」

あんなに厳格だった財務事務次官(脳内の本職)が、鼻息を荒くして判を突き、あっさりと特別予算を承認。

気づけば本職は、「この人と一秒でも長く一緒にいたい」という、コスパ度外視、計算不能な欲望に支配された一介の人間へと成り下がって……いえ、成り上がっておりました。

そこから決められていたかのように事が運び結婚しました。

結婚後、連休は夫婦二人で沖縄の離島へ通い詰めました。

本職が今までコンクリートジャングルでコツコツと積み上げてきた『合理性』や『前例踏襲』という名の砂の城が、エメラルドグリーンの波にザブザブと洗われ、もろくも崩れ去っていく場所。

それがこの島でした。

そこで出会った、島の大家族。

妻との出会いから立て続けの『未知との遭遇』。

この未知が普通で、本職の今までがおかしかったの!?

と錯覚するほどの頻度で未知と遭遇するこの島。

この大家族とのふれあいは、驚きの連続です。

時間は目安であってマストではない。

参加者の数はその瞬間の気分で変わる。

炭化した魚はもはやオブジェ。

そんな『合理性への冒涜』とも言える島のリズムに圧倒される本職に対して、

「本職さん、そんなに時計ばかり見てどうするの」

「海でも見ながら泡盛でも飲みなさい」

家長のおばぁが、顔をクシャクシャにして笑います。

不思議なことに、時計を見なくなった瞬間に、心が高揚している自分に気づきました。

島の子供たちも大人たちも、みんなでわちゃわちゃしながら、飲むお酒。

控えめに言って至高の時間でございます。

そこには、国家公務員の論理や六法全書では1ミリも説明できない『圧倒的な生への肯定』が、泡盛の香りと共に漂っていたのです。


いつしか島の子供たちは、本職を国家公務員ということだけで『裁判長』と呼び始めました。

「ねぇ、裁判長! 法律って、泥棒しちゃダメって書いてあるの?」

本職は、職業病ともいえる律儀さで背筋をピンと伸ばします。

「それはね、刑法第235条といってね、他人の財物を窃取した者は、十年以下の懲役または……」

淡々と語り始める本職を、子供たちは目をまん丸にして見つめます。

「へぇー! 裁判長すごーい! 本を見なくても全部知ってるんだね!」

まるで未知の生物を見るようなキラキラとした視線。

一方で、彼らは本職が一生かけても学べなかった『宇宙の真理』を、感覚的な言葉で突きつけてきます。

「でも、泥棒すると自分もみんなも寂しくなるからだめなだけなのにね!」

「そんなことより、裁判長、あの星が笑ったら、明日は大漁だよ!」

論理的根拠?皆無です。

気象庁のデータ?知ったことか。

だが、その言葉には、本職がデータの中に埋もれさせていた『生きた知恵』の輝きがありました。

本職が教えているのは『過去の誰かが決めたルール』の残骸。

けれど彼らが教えてくれるのは、『今、この瞬間の命の鼓動』そのものだったのです。

島の人々を見ていると、あることに気づきます。

彼らは何かを考えるとき、常に『自分』と『島』を並列に置いている。

「これは私にとって得か」という矮小な計算ではなく、「これは島を明るくするか」が判断基準。

これだっ!!

と本職の脳天から肛門にかけて磯の香りがする電撃が走りました。

日本は島国。

日本全体がここの島民たちのような考え方になったら最高である。

ついこないだの本職は、自分の案件のためだけに将来性のある部下を担当から外してしまった。

彼の成長が組織にとっての宝なのに……。

本職は、とんでもないことをしていたのかも知れない。

なぜか、ドストエフスキーの『罪と罰』の言葉をぼんやりと思い出した。

まずは自分を愛する。

その次に家族を愛する。

そして、友人やその家族を愛する。

近いところから愛の輪を広げていくのだ。

本職は、もう自分を愛した。

いいえ、自分ばかりを愛しすぎたのかもしれません。

愛の輪を広げたい。

そこから、本職の価値観は地殻変動を起こしました。

ギラギラとした『成果主義』から、誰かのために動く『利他主義』への移行。

するとどうでしょう。

脳の『RAS機能(脳幹網様体賦活系)』がフル稼働し始めました。

マインドフルネス瞑想や徳を積むことの素晴らしさに関する情報ばかりが、雨後の筍のように頭に飛び込んでくるではありませんか。

脳の機能マジでぱねぇ。

第3章:社会より隣を選んだ夏

この島にどっぷりと魅了された本職らは、更に足繁く通うようになりました。

もちろん腕時計は家に置いて。

そんな中、本職の人生において、これほどまでに清々しい『敗北』があったでしょうか。

かつての本職は、職場のデスクという名の聖域を守ることに文字通り命を削っておりました。

一般職員より大きいデスクに座り部下を見渡す。

これがステータスでした。

1ミリでも書類の山が崩れれば世界の終わりだと信じ、自分の席が誰かに浸食される恐怖に、夜な夜なうなされる。

そんな、悲しき『組織の歯車』の完成形でございました。

ところが、価値観の転換点というものは得てして唐突に、そして皮肉な形を借りてやってくるものです。

それは、夏季休暇で例の離島へ行き、心身ともに『島人』になりかけていた帰りのこと。

本職と妻は、新型コロナウイルスに罹患してしまったのです。

当時はまだ、二週間の出勤停止が義務付けられていた時代。

夏季休暇と合わせれば1か月弱。

サラリーマンの論理で言えば、これはもはや神隠しに等しい不在期間でございます。

普通、本職のようなガチガチのキャリア人間であれば、ここでパニックに陥るのが定石です。

「本職の不在により、あの重要案件の起案が滞るのではないか?」

「本職の居場所は、観葉植物の影くらいしか残っていないのではないか?」

ところが、窓の外をぼんやりと眺め、アクエリを啜りながら、本職の心に去来したのは、驚くほど平穏だったのです。

「……ずっとこのまま、妻の横にいられたら最高なのに」

自分でも驚きました。

決して出世への諦めではないポジティブな感情。

社会との繋がりが絶たれる恐怖よりも、目の前の妻が淹れてくれる、ゆずとはちみつの飲み物の温かさの方が、本職にとっては圧倒的に幸せだったのです。

『仕事に行かないと社会から取り残される』という強迫観念。

それは、今まで本職が勝手に背負い込んでいた、重くて役に立たない防弾チョッキのようなものでした。

ウイルスに倒れ、そのチョッキを脱ぎ捨てた瞬間、本職の魂はかつてないほどの軽やかさで、リビングのソファに深く沈み込んでいったのでございます。

病床に伏せながら、二人で高熱と喉の痛みの最強コンビと奮闘する日々。

「職場の評判なんてどうでもいい。自分がやりたいことをやる」

本職の脳内財務省が、ついに『人生の真の資産』を再定義した瞬間だったのです。

離島の精神で考えれば、プロジェクトの一つや二つの成否より、目の前にいる大切な人の眉間のシワが1本減ることの方が、遥かに価値がある。

本職が長年培ってきた冷徹な『合理主義』は、もはや『自分の出世』というちっぽけな戦場のためではなく、『妻の笑顔を最大化する』という崇高なミッションのためのツールへと、鮮やかな変貌を遂げたのです。

自分以外の誰かの幸せが、自分にとって最も合理的な目的になる。 

それは、本職のOSにおける『最大級のシステム更新』でございました。

バージョン1(組織の奴隷)から、バージョン2(愛の合理主義者)への強制移行です。

第4章:未知(わが子)との遭遇

結婚5周年。

その記念すべき節目に、本職たちの人生設計図を根底から塗り替える、驚天動地の出来事が起こりました。

白黒のモニターに映し出された、小さな、本当に小さな豆粒のような影。

「すでにかわいい…」 妻と二人、息を呑んで見つめたその生命の輝き。

本当にぱねぇ『未知との遭遇』。

本職と妻は、敬意と親しみを込めて、この子に『ピーナッツちゃん』という仮名を付けました。

この瞬間、本職の脳内財務省は、新たに『ピーナッツちゃん育成・国家プロジェクト』を立ち上げたのでございます。

妻はお腹の中でピーナッツちゃんとの愛情を深め、本職は妄想のなかでピーナッツちゃんを育む、この上ない幸せな、そして、あの離島のような温かい時間を過ごしました。

その一方、本職が「1年の育児休業を取得する」と宣言した際、職場の反応は、南極の流氷よりも冷ややかなものでした。

「最近の若いのは、すぐ権利を主張するねぇ……」

「一人目から1年も休むのかい? 職場はどうするんだ」

そんな溜息混じりの声が、職場の廊下に木霊します。

(はい、まず本職はそんなに若くありません!)

(そして制度は一人目も二人目も区別しておりません!)

(3年育児休業できるところ、1年にしてやるんだから感謝しやがれ!)

本職は心の中で、憲法から労働基準法、育児・介護休業法などに準じている人事院規則に関する知識を総動員し、華麗に論破を完了しました…

もう一度言います、ビシッと『心の中』でね。

以前の本職なら『組織への忠誠心』や『職場の評判』と『本当にやりたいこと』の間で板挟みになり、胃を痛めていたことでしょう。

しかし、今の本職は違います。

瞑想で鍛え上げた鋼のメンタルと、離島で培った自分軸を併せ持つ、最強のモンスター。

そう、例えるならば『キングはぐれメタルスライム』へと進化を遂げていたのです。

周囲から放たれる嫌みの呪文や、同調圧力の物理攻撃。

それらを、ひらりと身をかわしてミスを誘い、たまに直撃を喰らっても受けるダメージはわずか『1』。

経験値(幸せ)だけを大量に抱えて、本職は颯爽と戦場(職場)を後にしたのでございます。

そして迎えた、運命の出産当日。

またまた『未知との遭遇』!(一体どれだけ未知があるんだ!?)

本職はかつてないほどの無力感に苛まれておりました。

これまで『論理』と『効率』で世界を支配してきたつもりでしたが、生命の誕生という神秘の前では、本職の持論など路傍の石も同然。

ついに響き渡った、「おぎゃあ」という産声。

初めてその腕に抱いた我が子は、温かくて、壊れそうなほど脆くて、そして圧倒的に『正解』の形をしていました。

その瞬間、本職の心の中にあった「人間は隙を見せれば他人を蹴落とす生き物だ」という、ひねくれた『性悪説』は、宇宙の彼方へと霧散したのです。

「……ああ、この世は、なんて善意に満ちているんだ」

我が子の無垢な瞳を見つめただけで、本職は全人類を許し、愛せるような境地に達しました。

これからは『性善説』こそが本職のバイブル。

我が子が生きるこの世界は、優しくて美しい場所でなければならない。 そうでなければ、本職の計算が合いませんから。

いざ育児が始まると、本職の『綺麗好き』という概念は、もはや狂気の域に達しました。

対バイキンにおける徹底抗戦。

特に、ミルクの吸い口、いわゆる『乳首』に対する配慮は、NASAのロケット整備士も裸足で逃げ出すレベルの精密さでございました。

『ピジョン』や『コンビ』といった名だたるメーカーの除菌剤を揃え、キッチンはさながら化学実験室。

煮沸消毒された乳首を、滅菌済みのステンレス製ピンセットでミリ単位の精度で引き上げます。

本職の『鉄の管理』に死角はありませんでした。

少なくとも、本職はそう確信しておりました。

しかし、生後半年の我が子は、そんな父親の潔癖なロジックを、たった1秒で粉砕したのです。

ある日、ミルクを自分で飲みたいと、小さな手で哺乳瓶をせがむ我が子。

「よしよし、お父さんが完璧に滅菌した最高傑作だよ」と渡した瞬間。

我が子は何を思ったか、そのピカピカの飲み口で、床に転がっていたぬいぐるみの『ねこくん』をグリグリと入念にこねくり回したのです。

そして、本職が静止する間もなく、満面の笑みで「ちゅぱちゅぱ」と飲み始めました。

「本職とバイキンの闘いとは一体…」

呆然と立ち尽くす本職。

しかし、次の瞬間には笑うしかありませんでした。

清潔さという定義さえも、我が子の『好奇心』という圧倒的なパワーの前では、ただの些細なこだわり。

本職の『鉄壁の管理』は、我が子の『好奇心』に完敗を喫したのでございます。

育児というハッピーラビリンスには、どんなに合理的な計算をしても解けない謎があります。

深夜、我が子が火がついたように泣き止まない夜。

本職が最新の育児書に基づき、黄金比の角度で抱っこし、心拍数に近いリズムで揺らしても、我が子は「なんか違う!!」と言わんばかりにギャン泣きを続けます。

しかし、見かねた妻が、産後のまだ万全ではない身体で我が子を抱き上げた瞬間。

ピタッ。

魔法です。

それまでこの世の終わりを嘆いていた我が子が、嘘のように静まり返り、穏やかな寝息を立て始めるのです。

「保持する角度は本職と変わらないはず。」

「揺れの周波数も本職の方が安定していた。」

「なのに、なぜだ……」

そのとき、本職は痛感しました。

子供は、みんな母の細胞の一部から尊い生命となる。

40週間程度、母のお腹の中で一緒に過ごす。

まさに子供は母の分身であり、母子は一心同体。

子供にとって、母は神様であり、唯一の心の拠り所。

父は、そんな神様の横にいる、よく分からないおじさん。

そりゃ完璧に計算しても、神様には勝てないわけだ。

でも、それでいい。

本職は自分の『無能さ』を認めることで、初めて本当の意味で『父親』になれた気がした。

そして、本職は大きな決断を下しました。

あんなに大好きだったビールを、ピタリと止めたのです。

かつては週末の一晩で6本以上飲みあげていた黄金色に輝くロング缶。

風呂上がりの一口は、人生の数少ない報酬でした。

かつての自分が見たら、「そんな楽しみも捨てて、人生損してるぞ」と鼻で笑ったことでしょう。

しかし、本職の脳内シミュレーターは一滴のアルコールも許容しません。

「もし抱っこの時に一瞬の千鳥足で我が子を落としたら?」

「もし急に体調が悪化して冷静な判断ができなかったら?」

その可能性が『0.001パーセント』でもあるのなら、ビールの価値はゼロになります。

それが今の本職の究極の『リスクマネジメント』なのです。

驚くべきことに、禁酒による喪失感はありませんでした。

むしろ、ビールの『泡』が消えたことで、本職の感覚は研ぎ澄まされていきました。

夜泣きのときは、我が子が怖い夢でも見たのではないかと心配だから抱っこする。

嘔吐したときは、慣れない生理現象で不安だろうから、安心させたいと思い、ゲロまみれになりながらも抱っこする。

これらは決して我慢などではなく、やりたいからやる。

それだけに過ぎない。

本職は今、組織の看板も、酒精の勢いも借りることなく、ただ『父親』として立っています。

混沌(カオス)で、不衛生で、計画通りにいかない毎日は、本職がこれまで愛してきた『合理的な世界』とは真逆の場所にあります。

けれど、ここには確かな『正解』があります。

「裁判長、今日は何の法律で遊ぶ?」

そんな島の子供たちと一緒にわちゃわちゃする、我が子の未来を夢見ながら。

本職は、ピンセットを置き、あえて素手で哺乳瓶を消毒します。

バイキン万歳。カオス万歳。

……育児、マジでぱねぇのでございます。

第5章:かつての自分へのげんこつ

妻の体調が優れない、初夏の静かな夜。

本職は、ギャン泣きの我が子を抱きかかえ、都会の狭いベランダへと出ました。

外気を浴びると泣き止む習性がある我が子。

育児書でみた完璧な角度とリズムでゆらゆらしながらスクワット。

コトン…

胸の中に、温かくて確かな重みを感じた瞬間。

我が子の小さな呼吸が、深い眠りのリズムへと変わりました。

鼻をくすぐるのは、ミルクと汗を混ぜ合わせたような、我が子独特の甘くてやんちゃな香り。

マンションの隙間を吹き抜ける風が、少しだけ火照った本職の頬を撫でていきます。

ふと空を見上げれば、そこには月が浮かんでいました。

排気ガスに霞む都会の空にあっても、その光は、あの離島の浜辺で見たものと同じく、ただ静かに、そして圧倒的に美しかった。

そして、ふと窓を見ると、子供を抱っこした幸せそうに微笑むゴリラが写っていた。

不意に、数年前の自分を思い出しました。

深夜2時。

蛍光灯の下、鶏むね肉を口に運び、無機質な色のない食事を摂っていたあの頃の自分。

当の本人は、それが『都会で戦うエリート戦士の肖像』だと勘違いしておりましたが、今振り返れば、あれはどう見ても、檻の中で出口を探して途方に暮れている『寂しいゴリラ』そのものでした。

ただ効率だけを追い求め、組織の歯車として摩耗することに快感を覚えていた。

今の本職なら、迷わずその過去の自分に近づき、愛を込めて、思いっきりげんこつを食らわせてやりたい。

「おい、そこの寂しいゴリラ。よく聞け」

「お前が今、歯を食いしばって耐えている『合理的な判断こそ正解』と思い込む苦行。」

「その正体はな、後に判明するんだが……とんでもない『幸福な正解』の準備期間だったぞ!」

あの頃の自分には、きっと理解できないでしょう。

ビールを断ち、睡眠時間を削り、バイキンとピンセットで戦い、神様の横で右往左往する日々が、なぜ『幸福な正解』と呼べるのか。

けれど、今の本職は知っています。

合理性の極北にあるのは、冷徹な数字ではなく、この腕の中にある『温もり』だったのだと。

1年の育休が終わり、職場で久しぶりにある先輩に再会しました。 

かつて本職に『家族の大切さ』をコテコテの関西弁で説いてくれた恩人です。

当時、本職は『また精神論か』と右から左へ受け流していたのですが、今は、五臓六腑に染み渡りました。

「いやぁ、本職くん。娘がな、昔は『パパ絶対に死んだらあかんで!』って泣いてたのにな、今は『パパ、はよ死んでほしい。』って平気で言いよるねん」

先輩は、そう言ってガハガハと笑いました。

一見、悲劇的な会話です。

しかし、その奥にある先輩の眼差しは、慈愛に満ち溢れていました。 

「それでもな、むっちゃかわいいねん。理屈やないんや」

その不条理な愛の形。

「死ね」と言われてもなお、その存在のすべてを肯定し、愛おしむという、論理学が爆発して四散するような感情の正体。

今の本職には、それが痛いほどわかります。

たとえ将来、我が子に「お父さん、うざい。」などと蔑まれようとも、本職はきっと「その反抗的な眼差しもまた、成長の証である」と、脳内財務省にポジティブな決算報告を上げるに違いないのです。

本職はいま、妻と子供がいない生活なんて、1秒も考えられません。

そんな人生意味がないとまで思えます。

神様よ…もとい妻よ、本職の価値観を変えるきっかけを与えてくれて、ありがとう。

あの島よ、立て続けにこの未知との遭遇を演出してくれて、ありがとう。

我が子よ、その存在だけで本職の価値観をこれでもかというくらい変えてくれて、ありがとう。

もともと子供は好きだったけど、ここまで骨抜きにされるなんて聞いてないぞ!

かつて、深夜のオフィスで「カタカタ」と虚しく響かせていたキーボードの打鍵音。

それを捨てた本職は今、我が子の「おぎゃあ」という夜泣きに全神経を集中させています。

なぜなら、それが人生において最も『合理的』であり、かつ、宇宙で最も『美しい正解』だと、細胞レベルで確信しているからです。



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