【Log.1-05】因習村の生贄に選ばれたのだが 〜相手が変人先輩(男)な件〜
👀〈 怪奇同好会へようこそ 〉👀
~変人先輩と巻き込まれ俺の、受難な日々~
BLコメディ×オカルト / 6話完結
呪いは解けても、先輩の執着は解けない!? 「責任取れよ」と迫る先輩との、新たな(そして騒がしい)日常。
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第5章:百年の未練
俺の記憶は、蔵の中で途切れていた。 次に意識が浮上した時、俺は夜の海岸を走っていた。
(……え? なんで?)
自分の足が勝手に動いている。息が切れて苦しいのに、止まることができない。 夜風が頬を打ち、潮の香りが鼻腔を満たす。
俺の体は、まるで何かに導かれるように、あの場所――「禊(みそぎ)の洞窟」へと向かっていた。
『……行かなきゃ……彼が、待ってる……』
口から漏れる言葉は、俺のものではない。
でも、その声に含まれる切実な響きに、俺の胸は締め付けられた。
怖いというより、悲しい。
会いたい。
ただ一目、会って謝りたい。
そんな感情が、俺の心臓を支配していた。
ザザァン……ザザァン……。
波音が近づく。洞窟の入り口が見えてきた。
満潮時刻が近いのか、海水が足元を濡らす。
「待て! 悠斗!」
背後から、必死な声が聞こえた。
真白先輩だ。
俺(憑依された体)は立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
月明かりの下、息を切らして追いかけてきた先輩が立っていた。いつもの冷静な態度は消え、髪は乱れ、泥だらけだ。
「……悠斗、いや、そこにいるのは『彼女』だな」
先輩は荒い息を整えながら、一歩ずつ近づいてくる。
『……ジャマを、しないデ』
俺の口が冷たく告げた。
『私は、待たなきゃイケナイノ。ココデ、彼ヲ』
「彼はもう来ない。……いや、ずっと待っていたんだ。お前と同じように」
先輩はポケットから、あの懐中時計を取り出した。 銀色の鎖が、月光を受けてキラリと光る。 それを見た瞬間、俺の体から力が抜けそうになった。
『……ア……』
「これは彼が最期まで持っていたものだ。お前を裏切った罪悪感と、お前への愛を、あの日の、あの時間を封じ込めて……彼は一生、独身のまま生涯を終えた」
先輩の声は優しかった。まるで、泣いている子供をあやすような。
「村の掟も、他言無用も、すべてはお前の存在を『なかったこと』にさせないための、彼なりの抵抗だったんだよ。歪んだ形だったかもしれないが……彼は、お前を愛していた」
***
『嘘……嘘ヨ……』
俺の体は震え、涙が止まらなくなった。
憎しみではない。長い間、信じることができなかった愛を、ようやく受け入れることができた安堵の涙だ。
先輩は、躊躇することなく俺に歩み寄ると、俺の手を取り、その掌に懐中時計を乗せた。
「受け取ってくれ。これが、100年越しの『答え』だ」
時計の冷たい感触が、掌から心臓へと伝わる。
その瞬間、俺の脳裏に、知らない記憶が流れ込んできた。
……和服を着た若い男が、泣きながら海岸を見つめている。
……蔵の中で、震える手で時計を隠す背中。
……『すまない、愛している』と、何度も何度も呟く声。
あたたかい。
苦しいほどに、あたたかい。
『……嗚呼……』
俺の喉から、慟哭(どうこく)が漏れた。
それは怨念の叫びではなく、愛する人の名前を呼ぶ声だった。
俺の体から、黒いモヤのようなものがふわりと抜け出していくのが見えた。
モヤは月明かりの中で人の形をとった。
長い髪の、美しい女性の姿。彼女は懐中時計を胸に抱きしめ、真白先輩に、そして俺に、静かに一礼した。
その顔は、もう泣いていなかった。
満ち足りた、穏やかな笑顔だった。
「……行け。彼は待ってるぞ」
先輩が優しく告げると、彼女の姿は光の粒子となって崩れ、夜空へと吸い込まれていった。 後には、静かな波音だけが残った。
***
「……っ!」
憑依が解けた反動で、俺の体から一気に力が抜けた。
視界が暗くなり、膝から崩れ落ちる。
冷たい砂浜に倒れ込む――その寸前、温かい腕が俺を抱き止めた。
「っと。……お疲れ様、悠斗」
真白先輩だ。 先輩は俺を横抱きにするような形で支え、そのまま砂浜に座り込んだ。
「せ、先輩……重いですよ……」
「黙ってろ。俺も疲れて動けないんだ」
先輩の心臓の音が、背中越しに伝わってくる。
ドクン、ドクンと力強い。
俺は全身泥だらけで、涙と鼻水で顔もぐちゃぐちゃだろう。最悪だ。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
「……終わったん、ですかね」
「ああ。彼女は成仏した。……それにしても、まさか俺たちのデートスポットが心霊スポットだったとはな」
「デートじゃありません」
俺が弱々しくツッコミを入れると、先輩はクスクスと笑った。
そして、俺の髪についた砂を、優しい手つきで払ってくれた。
「怖かったか?」
「……はい。死ぬかと思いました」
「悪かったな。俺がもっと早く気づいてやればよかった」
先輩の声が真剣なトーンに変わる。
ふと見上げると、先輩は俺をじっと見つめていた。その瞳には、いつものふざけた色はなく、ただ真っ直ぐな熱が宿っていた。
「だが、約束する。これからは俺が守る。……100年前の彼みたいに、後悔だけはしたくないからな」
その言葉の意味を考えるよりも早く、先輩の顔が近づいてきた。
唇が触れるか触れないかの距離で、先輩は止まった。
俺の瞳に、先輩の顔だけが映っている。
「……悠斗」
「……なんですか」
「キスしてもいいか?」
「はあ!? い、今はそんな雰囲気じゃ――」
「拒否権はない。……生贄の特権だ」
先輩はそう囁くと、俺の返事も待たずに唇を重ねた。
潮の味と、先輩の体温。 頭が真っ白になる。
でも、俺の手は抵抗することなく、先輩の背中に回っていた。
月明かりの下、誰もいない海岸で。
俺たちは、100年前の恋人たちが果たせなかった「口づけ」を、代わりに交わしたのだった。
(続く)
