「京大卒」親なら一度は迷う?―子育てのジレンマとウェルビーイングの科学
子どもの可能性は広げてあげたい。でも、自分の価値観を押しつけたくはない。
子育てや教育について、「これで良いのだろうか」「頑張っているのに、なぜかすっきりしない」と感じたことはないでしょうか。
今年11月7日(土)に開催する「京都大学ホームカミングデイ」では、同窓生向けの特別企画として、親子参加型の交流イベント(京大親子ラボ in KuSuKu)を開催します。
子どもたちが京大の研究者による体験型のアカデミック・プログラムに参加している間に、大人は、心理学・社会学の先生による対談や、子育て世代の同窓生との交流の機会に。未就学のお子さま向けの託児所もご用意しています。

今回は、そのテーマの背景をひも解きながら、子育ての迷いを考えるヒントを探ります。
ぜひ気になるところから読んでみてください。
1.「教育熱心すぎる親」になりたくない、でも—
お子さまを持つ同窓生のお話を聞くと、教育への関心は高い一方で、子どもには「自由に好奇心を広げながら育ってほしい」と思っている方が多いように感じます。
最近の過熱する中学受験文化などにはやや違和感がある。でも、その後の過ごし方や環境を選べるメリットはわかる部分もある。
「自分が大学で選択肢が広がったと感じているからこそ、子どもにも同じ選択肢を与えたい」という気持ちと、「子どもに強要したりプレッシャーはかけたくない」という気持ちが同居しているのではないでしょうか。
社会や働き方が大きく変わる中で、自分がたどってきたルートも疑った方がよいのかも?という思いもあるかもしれません。
小児脳科学者の成田奈緒子氏は『高学歴親という病』(講談社)の中で、高学歴の親ほど「干渉・矛盾・溺愛」のリスクに陥りやすいと指摘しています。理解力が高く先を見通せるがゆえに、先回りして手を出してしまい、かえって子どもの自立を妨げてしまうことも。
学歴やキャリアがあるゆえのジレンマと、親と子の幸福度をどう考えるか。その根っこにある構造をひも解くヒントを、京大の心理学・社会学の研究から探ります。
2.「幸福度が低い国・日本」の意外な真実
「日本人の幸福度は低い」——そんなランキングを、どこかで目にしたことがある方も多いと思います。
でも、これには重大なからくりがあると指摘するのが、京都大学人と社会の未来研究院の内田由紀子教授です。内田先生は文化心理学を専門とし、「幸福とは何か」を国際比較の視点から研究してきました。
その知見は『日本人の幸せ―ウェルビーイングの国際比較』(中公新書)などの著書にもまとめられています。
明らかになったのは、世界で広く使われている幸福度の尺度が、欧米型の価値観に基づいて設計されているということ。
欧米型の幸福尺度は「自己実現できているか」など個人の達成や自立を軸に幸福を測ります。ところが日本を含む東アジアの文化では、幸福の感じ方が少し違う。
「平凡だけど、安定した毎日を送っている」
「まわりの人と一緒にいられる」
「誰かを幸せにできている気がする」
こうしたバランスと調和の感覚こそが、日本人の幸福感の核心にあると言います。
内田先生らはこれを「協調的幸福感」と名づけ、独自の尺度(IHS)を開発。この尺度で測りなおすと、日本人の幸福感は変わってきます。
「日本人の幸福度が低い」のではなく、幸福の「測り方」が違っただけ(そもそも、ランキングで比べる考え方が適切でない)かもしれないのです。
🎥 参考動画:【文化心理学編】京大先生、質問です! 内田由紀子(人と社会の未来研究院)
ではこの話、子育てとどうつながるのか。
「協調的幸福感」の土台にあるのは、安心感や「周囲とうまく調和できている」という感覚です。
周りとのバランスや調和が幸福の土台にあり、子育ては自分一人で完結しないため、「まわりと地続きでいられていない」「子どもや周囲に負担をかけているのではないか」といった感覚は幸福感の減少につながりやすい。
一方で、協調的価値観だけではなく「自分で意思決定する」「ユニークで自律した人間になってほしい」という願いもあります。この構造が、迷いや不安も生み出しやすくしているのかもしれません。
3. 頑張れば乗り切れる?―「保育所に預けるのは罪悪感がある」は本当か
また、人間・環境学研究科の柴田悠教授は、社会学の観点から、子育ての悩みや疲れを 「個人の努力の問題」ではなく「社会の設計の問題」として捉えます(参考記事)。
柴田先生はデータ分析から、長時間労働を減らし時間の余裕ができてはじめて、親が子どもに丁寧に向き合える余裕が生まれると指摘します。
子育てに伴う負担から幸福度が下がる現象を「親ペナルティ」と呼び、日本は特に、子育て支援の薄さや長時間労働からそれが構造的に生じやすい国だと指摘します。
長時間労働が前提となる働き方の中で、夫婦どちらかが労働時間を抑えるか、共に稼いで外注に振り切るかという選択を迫られる構造が続く限り、努力や気合で一定乗り切れるとしても、余裕は生まれません。
自分を責める前に、社会の構造がそれを難しくしているのかもしれない——そんな客観的な視点を与えてくれます。柴田先生のデータ分析による政策シミュレーションでは、労働時間の短縮が出生率にも影響するという試算も示されています。
📄 参考資料:これからの「生産性向上策」と「少子化対策」|柴田悠
先生の研究には他にも印象的なデータがあります。
0〜2歳の時期など幼児期に集団保育に通った子どもは、他者と調和する能力(社会情緒的スキル)が高まるという既存の知見に加えて、30代になっても孤立しにくい傾向があります。
早期から子どもを保育所に預けることへの罪悪感を持つ親は少なくありません。しかし先生の研究や関連研究は、保育の利用が親の育児ストレスを減らし、子どもの発達にとってもむしろプラスになり得ることを示しています。
これまで物事を自力で解決してきたからこそ、仕事にも子育てにも真剣に向き合いたいと思うほど、自分で抱え込みやすくなります。
でも、こうした研究が示すのは、「頼ることへの罪悪感を手放すこと」が、親自身のウェルビーイングを守る第一歩だということ。そして、「完璧に頑張る親」よりも、「社会の手を借りてゆとりを持っている親」のほうが、子どもは幸せかもしれない。
時短勤務、保育所など、使える制度や周囲の手を借りることは、甘えではなく、「親ペナルティ」を和らげ、子どもの幸せを守る一つの選択です。
🎥 参考動画:【個人の働き方と幸せ編】京大先生、質問です! 柴田悠(人間・環境学研究科)
4.「京大卒」が微妙に邪魔をする—子育てで言えない悩みを抱えるとき
進学、キャリアを積み重ね、子育てもしている。一方で京大卒という属性だからこそ、悩みを話しにくくなる面もあるかもしれません。
「子どもの可能性を伸ばしたい」「自分も京大に行けて良かった」という気持ちがある一方で、「勉強は強要せず、自由に育ってほしい」との間で揺れる。
そして、こうした悩みは意外と周囲に話しにくい。
普段の生活圏で口にすると、こちらはそんなつもりはなくとも、「自慢」や「贅沢な悩み」と捉えられてしまう懸念がある。
「京大まで出ているのだから、得ているものがたくさんあるでしょう」
「お子さんも優秀なはずでしょう」
というフィルタで見られることもある。また、そうした周囲の見方が子どもへのプレッシャーにならないかも気にかかります。
もちろん、これは京大卒の方に限った話でも、共通する性質でもありません。ただ、似た境遇の人と話す機会が少なく「言えない悩み」を抱えたまま、子育てを続けている人もいるのではないでしょうか。
今回のイベントに登壇する内田先生と柴田先生は、現役の子育て世代でもあります。また、こども家庭庁の「こども家庭審議会・基本政策部会」でも委員を務めており、この「子どもと保護者のウェルビーイング」は日本の政策上の議題でもあります。「自分だけが悩んでいる」と思いがちな感覚は、実は社会全体の重要な課題としても扱われています。
イベント当日は、そうした知見だけでなく、京大の同窓生でもあるお二人自身の「自分はどうしているか」というリアルな話も聞かせていただく予定です。
5.続きは、京大で
昨年のホームカミングデイでも、現役世代の同窓生の交流会を開催し、好評をいただきました(前回のレポートはこちら)。
今回はテーマを絞り、子育て世代の同窓生の皆さま向けに、研究の知見も交えながら安心して話せる交流の場としています。
内田先生・柴田先生による「親子のウェルビーイング」をめぐる対談に加え、参加者どうしの交流も予定しています。共通するバックグラウンドを持つ同窓生だからこそ、普段は話しにくいリアルな本音も含め、ざっくばらんに語り合える時間にしたいと考えています。
「子どもがいるから、土日のイベントは難しい」という同窓生に向け、当日は小学生以下のお子さま同伴の参加も大歓迎!
会場となるのは、学童施設・京都大学キッズコミュニティ「KuSuKu」。研究者が安心して育児と研究を両立できるよう設けられた学童施設です。
小学生のお子さまは、アカデミック・プログラム「ジュゴンやイルカ、ペンギンの鳴き声を聞いてみよう!」へ。京大の研究者と、海の生き物の声を手がかりに、「科学の現場」の面白さに触れられる機会です。未就学のお子さまには託児所もご用意しています。

子どもたちが新しい世界に触れている間に、大人たちは、同窓生とも交流しながら、少し立ち止まって考えてみる。
この日が、親子それぞれにとって刺激と新たな発見のある一日になれば。
詳細・参加申込は、ホームカミングデイ特設サイトで8月下旬よりご案内します。
秋の京都で、同窓生の皆様のお越しをお待ちしています!
📣 プログラム名:京大親子ラボ in KuSuKu
📅 開催日:2026年11月7日(土)午後/会場:京都大学キッズコミュニティ「KuSuKu」

