【議論】撤退は恥か戦術か【時空BBS:軍略板】
ここは時空の掲示板です。次元の壁を越えて書き込み自由。荒らしは雷に打たれます。
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【議論】撤退は恥か戦術か
1:管理人 ◆Admin【時空BBS/運営】
本スレッドのお題は「撤退は恥か、戦術か」です。
逃げたことがある方も、逃げなかったことを後悔している方もどうぞ。
結論が出なくても構いません。出ないほうが多分面白い。
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【開幕】立場の表明
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2:クトゥーゾフ ◆Kutuzov【ロシア/元帥】
呼ばれたので来た。
逃げの達人と呼ばれた男だ。異論はない。
モスクワを敵に明け渡した指揮官は、おそらく歴史上そう多くはあるまい。
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3:島津義弘 ◆Yoshihiro【薩摩/島津家当主】
撤退か。俺にも覚えがある。
ただし俺の撤退は、正面から敵の真ん中を突っ切る撤退だがな。
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4:曹操 ◆CaoCao【魏/丞相】
撤退の経験なら負けない。何度逃げたか数えるのもうんざりだ。
だが、ここにいるということは全員生き延びた側だ。
生きていれば撤退は恥ではない。死んだら何も語れん。
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5:項羽 ◆XiangYu【楚/覇王】
俺は撤退しなかった。
烏江を渡れば故郷に帰れると言われたが、渡らなかった。
それを後悔しているかと聞かれれば——まあ、このスレを読んでみよう。
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6:ワシントン ◆Washington【アメリカ/総司令官】
私も来た。
独立戦争の序盤、私がやったことの大半は撤退だ。
勝った回数より逃げた回数のほうが多い。
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7:クトゥーゾフ ◆Kutuzov【ロシア/元帥】
>>6
お仲間がいて安心する。
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8:項羽 ◆XiangYu【楚/覇王】
逃げた奴ばかりじゃないか。
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9:曹操 ◆CaoCao【魏/丞相】
>>8
逃げなかった奴はここに来られないんだよ、覇王殿。
……いや、お前は来ているな。時空掲示板の例外か。
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【撤退擁護派】逃げて何が悪い
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10:クトゥーゾフ ◆Kutuzov【ロシア/元帥】
では撤退擁護から始めよう。
ナポレオンがロシアに攻めてきたとき、俺は決戦を避けて退いた。
モスクワを明け渡した。首都をだ。
皇帝も貴族も市民も俺を罵倒した。「臆病者」「裏切り者」と。
だが結果はどうなった。
ナポレオンは空のモスクワを手に入れ、補給が尽き、冬に追われて壊滅した。
俺は何もしなかったのではない。「何もしない」ことを選んだのだ。
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11:ワシントン ◆Washington【アメリカ/総司令官】
>>10
共感する。
私もニューヨークを失い、フィラデルフィアを失った。
独立戦争の最初の二年間、私はほとんど負け続けた。
だが軍を保全し続けた。兵が残っている限り、戦争は終わらない。
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12:曹操 ◆CaoCao【魏/丞相】
赤壁で負けた後、命からがら逃げた。
道中で何度も待ち伏せに遭い、笑いながら「ここに伏兵を置くべきだった」と言ったら本当に出てきた。
……あの時は笑えなかったが、生きて帰ったから天下を三分できた。
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13:島津義弘 ◆Yoshihiro【薩摩/島津家当主】
俺の場合はちと事情が違う。
関ヶ原で西軍が崩れたとき、退路がなかった。
普通に退けば追撃で全滅する。だから正面の敵陣を突っ切った。
「捨てがまり」——殿軍が死を覚悟で足止めし、本隊を逃がす。
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14:項羽 ◆XiangYu【楚/覇王】
>>13
それは撤退というより突撃では。
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15:島津義弘 ◆Yoshihiro【薩摩/島津家当主】
>>14
目的が「離脱」なら撤退だ。
手段が前進でも、意図が後退なら撤退と呼ぶ。
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16:クトゥーゾフ ◆Kutuzov【ロシア/元帥】
>>15
面白い定義だ。覚えておく。
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【撤退否定派】退いたら終わりだ
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17:項羽 ◆XiangYu【楚/覇王】
俺の番か。
烏江の渡し守が「江東に帰れば再起できる」と言った。
俺は断った。八千の子弟を連れて江東を出て、一人も帰せなかった。
どの面を下げて帰れるというのだ。
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18:曹操 ◆CaoCao【魏/丞相】
>>17
気持ちはわかる。だが再起していれば勝てたかもしれんぞ。
江東には地の利がある。長江がある。
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19:項羽 ◆XiangYu【楚/覇王】
>>18
かもしれん。だが俺は俺だ。
部下を見捨てて逃げた覇王に、誰がついてくる。
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20:ワシントン ◆Washington【アメリカ/総司令官】
>>19
その問いへの答えは——ついてくる。
私は何度も負けて逃げた。それでも兵は残った。
逃げたことではなく、逃げた後に何をするかで人はついてくる。
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21:項羽 ◆XiangYu【楚/覇王】
>>20
……お前にはそれができたのだろう。
俺にはできなかった。それだけの話だ。
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22:島津義弘 ◆Yoshihiro【薩摩/島津家当主】
覇王殿の言葉は重い。
だが俺は退いた。多くの家臣を犠牲にして退いた。
あの判断が正しかったと言い切る自信は、正直言ってない。
ただ、薩摩を残すにはそれしかなかった。
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【核心】何のために退くのか
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23:クトゥーゾフ ◆Kutuzov【ロシア/元帥】
議論が見えてきた。
撤退が恥かどうかは、動機による。
自分が死にたくないから退くのは、まあ恥と言われても仕方がない。
だが、目的のために退くのは戦術だ。
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24:曹操 ◆CaoCao【魏/丞相】
>>23
同意だ。
俺が赤壁から逃げたのは、死にたくなかったからだ。
だがその動機は「天下統一を諦めたくなかった」でもある。
死にたくない理由が目的につながっているなら、恥ではない。
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25:ワシントン ◆Washington【アメリカ/総司令官】
私にとって撤退は、独立という目的を守るための手段だった。
軍が壊滅すれば独立は終わる。
だから軍を残すことが、勝つことより優先だった。
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26:項羽 ◆XiangYu【楚/覇王】
>>23
ならば聞く。
「退かない」ことが目的につながる場合はどうだ。
俺が烏江を渡っていたら、項羽は「逃げた覇王」として記憶される。
渡らなかったから、二千年経っても「覇王」のままだ。
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27:曹操 ◆CaoCao【魏/丞相】
>>26
……反論しにくい。
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28:クトゥーゾフ ◆Kutuzov【ロシア/元帥】
>>26
つまり覇王殿の目的は「覇王であり続けること」だったと。
天下を取ることよりも。
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29:項羽 ◆XiangYu【楚/覇王】
>>28
……そうかもしれんな。自分でも初めて気づいた。
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30:島津義弘 ◆Yoshihiro【薩摩/島津家当主】
>>29
俺の目的は「薩摩を残すこと」だった。
覇王殿の目的は「覇王であること」だった。
目的が違えば、同じ状況でも答えが変わる。
撤退か死かの二択に、正解はないということだな。
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【戦訓】撤退の条件
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31:曹操 ◆CaoCao【魏/丞相】
最後に、撤退の条件を整理しないか。
いつ退くべきで、いつ退くべきでないか。
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32:クトゥーゾフ ◆Kutuzov【ロシア/元帥】
一つ。退いた後に、退く前より有利になる見込みがあるとき。
俺の場合、退くほどナポレオンの補給線は伸び、冬が近づいた。
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33:ワシントン ◆Washington【アメリカ/総司令官】
二つ。戦力を温存すること自体が戦略的価値を持つとき。
軍が存在している事実が、敵に戦争継続のコストを強いる。
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34:島津義弘 ◆Yoshihiro【薩摩/島津家当主】
三つ。守るべきものが自分の命より大きいとき。
俺は薩摩の未来のために退いた。個人の名誉より国の存続を取った。
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35:曹操 ◆CaoCao【魏/丞相】
四つ。退かなければ全てを失うとき。
赤壁で俺が踏みとどまっていたら、北方の領土ごと全部終わっていた。
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36:項羽 ◆XiangYu【楚/覇王】
……俺からも一つ。
退かないと決めたなら、最後まで退くな。
中途半端が一番みっともない。
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37:クトゥーゾフ ◆Kutuzov【ロシア/元帥】
>>36
それは同意する。
退くと決めたら全力で退く。退かないと決めたら死ぬまで戦う。
一番まずいのは、退くか退かないか迷いながら戦うことだ。
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38:曹操 ◆CaoCao【魏/丞相】
>>37
耳が痛い。赤壁の時の俺がまさにそれだった。
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39:ワシントン ◆Washington【アメリカ/総司令官】
まとめよう。
撤退は恥か戦術か。答えは——目的による。
退いた先に目的があるなら、撤退は最高の戦術だ。
退かないことが目的そのものなら、死ぬことすら戦術になりうる。
問題は、自分の目的が何かを知っているかどうかだ。
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40:項羽 ◆XiangYu【楚/覇王】
>>39
悪くないまとめだ。
……だが、こういう議論は酒がないと締まらんな。
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41:曹操 ◆CaoCao【魏/丞相】
>>40
珍しく意見が合った。酒なら任せろ。
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42:島津義弘 ◆Yoshihiro【薩摩/島津家当主】
薩摩の焼酎を持ってきた。
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43:クトゥーゾフ ◆Kutuzov【ロシア/元帥】
ウォッカもある。
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44:ワシントン ◆Washington【アメリカ/総司令官】
……バーボンでよければ。
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45:管理人 ◆Admin【時空BBS/運営】
良スレ認定。
議論が酒盛りで終わるのもまた一興。
なお、飲酒による荒らし行為は雷対象です。
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【軍略ノート】──登場人物の史実解説
■ ミハイル・クトゥーゾフ(1745〜1813)
ロシア帝国の元帥。1812年の祖国戦争でナポレオンの大陸軍に対し、ボロジノの戦いの後にモスクワを放棄する決断を下した。この判断はロシア国内で激しく批判されたが、結果としてナポレオン軍は補給難と冬将軍により壊滅。クトゥーゾフの焦土戦術は「戦わずして勝つ」戦略の代表例とされる。
■ 島津義弘(1535〜1619)
薩摩の戦国武将。関ヶ原の戦い(1600年)で西軍に属し、敗色濃厚の中で正面の敵中突破による退却(「島津の退き口」)を敢行。殿軍の「捨てがまり」(足止め役が全滅するまで戦い本隊の退却を援護する戦法)によって義弘本人は薩摩への帰還に成功した。わずか八十余名まで減った兵で千キロ以上を踏破した。
■ 曹操(155〜220)
後漢末の政治家・軍人。赤壁の戦い(208年)で孫権・劉備連合軍に敗れ、華容道を通って命からがら逃走した。この敗走の逸話は『三国志演義』で有名だが、史実でも大敗して退却したことは確かである。しかし北方の基盤を維持し、最終的に魏を建国する礎を築いた。
■ 項羽(前232〜前202)
楚漢戦争で劉邦と覇権を争った覇王。垓下の戦いに敗れた後、烏江の渡し守が長江を渡って故郷の江東に帰り再起するよう勧めたが、項羽は「江東の子弟八千人と渡河して西へ向かい、今一人も帰せない。どの面を下げて帰れようか」と断り、自刎した。この最期は後世の詩人・文人に繰り返し詠まれた。
■ ジョージ・ワシントン(1732〜1799)
アメリカ独立戦争の総司令官、初代大統領。独立戦争序盤はイギリス軍に連敗し、ニューヨーク、フィラデルフィアなどの主要都市を失った。しかし軍の保全を最優先とし、戦力を温存しながら持久戦を展開。最終的にヨークタウンの戦い(1781年)で決定的勝利を収めた。
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