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【序章-1】 エンジニアとは何か。私の25年の実感が、たどり着いた場所 【エンジニアの卵に贈る、就活の書】

 この記事は「ITエンジニアの卵に贈る、就活の書」シリーズの一本です。シリーズ全体の目次はこちら(扉記事)からご覧いただけます。


 エンジニアを目指す学生のみなさん、こんにちは。クオリティアーツの池田です。

 ITエンジニアの卵に贈る、就活の書・序章-1の記事です。前回の「はじめに(扉ページ)」では、シリーズ全体の地図をお見せしました。今回からいよいよ、序章「エンジニアとは何か」の3本に入っていきます。フェーズ1「気づく」に入る前に、いちばん土台の問い、エンジニアとは、そもそも何者なのかを、丁寧にお話しする章です。

 「就活の書なのに、いきなり『エンジニアとは何か』の章?」と感じられた方もいらっしゃると思います。そう感じられた方も、この3本を先に読んでみてください。エンジニアという職業の輪郭を持たないまま就活を始めるのと、しっかり持って始めるのとでは、その後のすべてのフェーズでの、ものの見え方が違ってきます

 私は本記事で、私自身の25年の実感からお話を始めます。それが結果的に、世界の学会と、日本の国家資格と、専門職業の団体が長い時間をかけて合意してきた公の定義と、驚くほど重なっていた話を、順にお見せします。

 序章の3本を読み終えたとき、みなさんの中で、エンジニアという言葉の重みが、いまとは違うものに変わっていることを、私は願っています。

 新卒の就活中の方はもちろん、第二新卒として他社の面接に臨む場面でも、同じ土台になります。


1. 私が歩いてきた道のり

 学生さんに何かを語る前に、私がどんな道を歩いてきた人間かを、この連載の入口として簡潔にお伝えします。

 2002年、日立グループの一社に新人として入社し、組込みシステムの品質保証から社会人生活を始めました。日立グループの中で20年以上、ソフトウェアの品質・テスト・開発プロセス改善に取り組み、日立グループ横断のソフトウェアテスト分野主査として技術者育成にも関わりました。

 日立グループを卒業してからは、Webサービス/SaaSドメインへ。HR系事業会社ではSQE(Software Quality Enabler、品質支援の役割)、FinTech系事業会社ではCQO(Chief Quality Officer、品質の最高責任者)としてソフトウェア品質活動を管掌。並行して、伝統的な企業でCTO(Chief Technology Officer)を務め、経営の現場も内側から見てきました。個人事業主としてクオリティアーツを立ち上げ、スタートアップから大手メーカー、公共領域まで、幅広い企業への技術支援と伴走を続けています。

 執筆や技術者コミュニティ活動も、私の道のりの大切な柱です。NPO法人ASTER、長崎IT技術者会(NaITE)、WACATE(若手向け合宿型ワークショップ、初代実行委員長)、SQiP・AFFORDD(いずれも国内のソフトウェア品質の研究会)の運営委員として、業界全体の技術者育成に関わってきました。SQuBOK Guide(ソフトウェア品質の知識体系ガイド)や『実践ソフトウェアエンジニアリング第9版』などの共著・共訳を通じて、思考を公衆の言葉として残す仕事も続けています。

 そして、この記事を書いている2026年、私は筑波大学の博士課程に、学生として通っています。2024年に入学しました。加えて、技術士取得のための勉強も続けています。エンジニアとしての最高位である技術士に、私自身がまだたどり着いていないのです

 だから私は、この連載でみなさんに何かを語る立場でありながら、同時に、みなさんと同じように「学ぶ側」に立っている人間でもあります。25年の道のりを持ちながら、いまも学生。並走者と呼んでいただいて構いません。少し先を歩いていますが、同じ方向を向いて、一緒に歩いています。

2. 私の実感から始めます

 25年、いろいろな現場を内側から見てきて、私の中に育ってきた実感があります。それを、いきなり結論からお伝えします。

 エンジニアとは、公衆の福祉に対する責任を負う、高潔な高度専門職業です

 英語で言えば、プロフェッションという言葉で呼ばれる系譜です。日本語で言うなら、高度専門職業人、あるいは専門職。医師・弁護士・技術士などが同じ枠に属する職業の列です。

 「エンジニアがそんな高い職業だなんて、本当か?」と半信半疑の方も、いらっしゃると思います。私も、25年前、日立グループの一社に入社した頃には、この重みを全く理解していませんでした。「IT企業に入社したから、私はエンジニアだ」と、素朴に思い込んでいました。

 でも、25年歩いてきて、いろいろな現場で、いろいろなエンジニアと出会って、私が身体で実感してきたことがあります。エンジニアという職業は、入社した日にゴールが与えられる仕事ではなく、日々積み重ねて、少しずつ体に染み込ませていく仕事でした。

 エンジニアとは、公衆の福祉に対する責任を、自分の日々の判断のいちばん上に置いて生きる、その姿勢を背負って歩いていく道なのだと思います。私自身、いまも道の途中で、みなさんと同じ方向を向いて歩き続けています。

 書いた1行のコードが、誰かの生活を支える。設計した1つのシステムが、公衆の安全に関わる。改善した1つの仕組みが、多くの人のプライバシーを守る。エンジニアの仕事は、自分の手を離れたところで、公衆の暮らしに直接影響を及ぼす仕事です。だから、公衆の福祉に対する責任は、この職業の芯そのもの。ここを外して、エンジニアという職業は成立しません。

 これが、私の25年の実感です。

3. 面白いのは、公の定義と重なっていたこと

 もっと面白いのは、この実感を持ったあとで、私が公の定義を丁寧に読み直したときの話です。

 私は、コミュニティ活動やSQuBOK Guideの執筆、SQiP・AFFORDDの運営を通じて、若い頃から技術士倫理綱領IEEE-CS/ACM Code of EthicsIEEE Code of Ethicsなどに触れてきていました。触れてはいたけれど、正直に言うと、若い頃はその意味を、身体では理解していなかったのです。文字として知っていただけでした。

 25年歩いて、経営の立場も経験して、いま改めてこれらの文書を読み直すと、驚くべきことに気づきました。私が25年かけて実感してきたことが、そこに正確に書かれていたのです。

  • 私は、道を突き詰めた末に、これらの公の定義にたどり着いていました

  • 世界の学会と、日本の国家資格と、専門職業の団体が、長い時間をかけて合意してきたこと

  • それが、私が現場で身体で感じ取ってきたことと、寸分違わずに重なっていた

 こういう経験をすると、「これは正しい方向を指しているに違いない」という強い確信が生まれます。独立した4つの声が、同じ方向を指しているからです。私の実感、日本の国家の定め、世界の学会の合意、専門職業の団体の宣言。この4つが完全に一致するとき、その方向は、たぶん本当に正しいのです。

 順に、その4つの公の定義を、みなさんにお見せしていきます。

4. 技術士法(日本の国家資格上の定義)

 日本には技術士という国家資格があります。技術士のなかには情報工学部門があり、ソフトウェアやIT分野のエンジニアもここに位置づけられます。技術士は、日本におけるエンジニアの最高位の国家資格です。

 技術士法の第2条は、技術士の業務範囲をこう定義しています。

科学技術に関する高等の専門的応用能力を必要とする事項についての、計画、研究、設計、分析、試験、評価、または、これらに関する指導の業務を行う者

 長い定義なので噛み砕くと、専門的な応用能力で、計画から評価までを担う人。あるいは、その指導までを担う人、ということになります。

 そして、私が特に注目してほしいのは、技術士法の第45条の2公益確保の責務を定めた条文です。

技術士又は技術士補は、その業務を行うに当たっては、公共の安全、環境の保全その他の公益を害することのないよう努めなければならない。

 「公益を害さないよう努める」。これが、日本の法律が技術士に明示的に課している責任です。単に依頼された仕事をこなすのではなく、公共の安全と環境と公益を、業務のうえで守る責任を負う。国家が、そう明言しているのです。

 これは、多くの職業には課されない、特別な責任です。医師、弁護士、公認会計士、そして技術士。社会に対して独立した責任を負うことを、国家が法律で定めている職業は、そう多くありません。

5. 日本技術士会の技術士倫理綱領

 技術士の職業倫理は、日本技術士会が定めた技術士倫理綱領によって、さらに明確に示されています。綱領の第1条は、こう始まります。

技術士は、公衆の安全、健康及び福利を最優先に考慮する。

 「公衆の安全、健康、福利」を最優先に考慮する。この一文が、プロフェッションとしての技術士の芯です。依頼者の利益でも、自分の利益でも、雇用者の指示でもなく、公衆の福祉を最上位に置く。これが、高潔な高度専門職業に共通する誓いの形です。

 「最優先」という言葉の重みを、感じ取ってください。依頼者の要求が公衆の福祉に反するとき、どちらを取るか。この綱領は、公衆の福祉を取れ、と明言しています。プロフェッションは、依頼者の言うなりになる存在ではなく、公衆に対して独立した責任を負う存在である、ということです。

6. IEEE-CS/ACM Code of Ethics(ソフトウェアエンジニアの倫理規定)

 30年近く前に、IEEE Computer SocietyとACMという2つの学会が合意して作った、ソフトウェアエンジニアの倫理規定があります。「Software Engineering Code of Ethics and Professional Practice」というのが正式名称です。

 この規定は、8つの原則で構成されていますが、その第1原則が次の一文です。

Software engineers shall act consistently with the public interest.
(ソフトウェアエンジニアは、公衆の利益と一致するように行動しなければならない)

 8原則のうち、いちばん上に置かれているのが公衆の利益です。8つの原則を、順番に挙げます。

  1. Public(公衆)

  2. Client and Employer(依頼者と雇用者)

  3. Product(製品)

  4. Judgment(判断)

  5. Management(マネジメント)

  6. Profession(職業)

  7. Colleagues(同僚)

  8. Self(自分自身)

 依頼者、雇用者、製品、判断、マネジメント、職業、同僚、自分自身。エンジニアが責任を負うすべての方向のなかで、公衆の利益がすべての上に立つ。これが、ソフトウェアエンジニアの職業倫理の骨格です。

 依頼者と雇用者よりも、公衆が上に来る。この順序を、じっくり味わってください。世界の学会が、正式に、こう合意しているのです。

7. IEEE Code of Ethics(技術者一般の倫理規定)

 IEEEは、ソフトウェアエンジニアに限らず、技術者一般の倫理規定も定めています。その第1項は、こう始まります。

to hold paramount the safety, health, and welfare of the public
(公衆の安全、健康、福利を最上位に置くこと)

 またしても、公衆の安全・健康・福利を最上位に置く。世界の技術者の倫理規定が、口を揃えて同じことを言っています。

8. 4つの独立した声が、同じ方向を指している

 技術士法、技術士倫理綱領、IEEE-CS/ACM Code of Ethics、IEEE Code of Ethics。4つの独立した声が、それぞれ違う言葉で、同じ一つのことを言っています

  • 日本の国家の法律が言い

  • 日本の技術士の団体が言い

  • 世界のソフトウェアエンジニアの学会が言い

  • 世界の技術者の総合団体が言う

 すべてが同じ方向を指している。エンジニアとは、公衆の安全・健康・福祉に対する責任を、業務のすべての上に置く人である

 これほど揺るぎない定義を持つ職業は、社会のなかにそう多くありません。プロフェッションと呼ばれる職業の系譜だけが、この重みを持っています。

 そして、私は25年歩いた末に、この方向にたどり着きました。日々の実務、経営の判断、後進の育成、コミュニティ活動、執筆活動、それらすべての場面で、「公衆の福祉に照らして、これは正しいか」という問いが、私の中で自然に立ち上がるようになりました。この問いを持つことが、プロフェッションとして立つ、ということです。

9. 医師・弁護士・技術士と同じ列に、エンジニアは並ぶ

 このような、公衆の福祉に対する責任を最上位に置く職業を、社会はプロフェッションと呼びます。日本語では高潔な高度専門職業、あるいは専門職業人という言葉で表されます。医師・弁護士・技術士・公認会計士・薬剤師・獣医師など、社会が長い時間をかけて「特別な倫理を負う職業」として認めてきた列です。

 プロフェッションに共通する特徴は、次のようなものです。

  • 公衆の福祉を最上位に置く倫理綱領を持つ

  • 専門知識体系(Body of Knowledge)を持ち、その習得に長い時間を要する

  • 継続的な学習と自己研鑽の責任を負う

  • 同業者に対する責任(後進の育成、業界の質の維持)を負う

  • 依頼者や雇用者に対する独立性を保つ

  • 場合によっては、依頼者の意向に反してでも、公衆の福祉を守る責務を負う

  • 業務の結果に対する、社会に対する説明責任を負う

 医師が、患者を診るときに、病院の経営や自分の利益ではなく、患者と公衆の健康を最上位に置く。弁護士が、依頼人を弁護しながらも、司法制度と社会正義への責務を負う。技術士が、公共の安全と環境を守る責務を負う。エンジニアも、これと同じ位置にいるべき職業です。

 依頼者から言われなくても、公衆の福祉を優先する。場合によっては、経営層の要求に反してでも、公衆の安全とプライバシーを守る。これが、エンジニアという職業を選ぶということの、本当の意味です。

 ここで、そっとした観察を一つ添えます。この視座を組織全体で共有できている会社と、経営層が「技術のことは現場に任せている」「若手はまず言われたことをきちんとやってくれればいい」と口にする会社では、5年後、10年後の育つ環境の差が、驚くほど大きくなります。

 前者では、若手も公衆の福祉に照らして、これは正しいかという問いを日々の判断に持ち込めます。前者の経営層は、自社が扱うシステムが公衆に及ぼす影響を、自分の言葉で語ります。金融、医療、公共交通、自治体、教育。社会に長く残るシステムを預かる会社では、モダナイズの計画も、アクセシビリティ(障害のある方、高齢者、外国語話者への配慮)への向き合い方も、経営層が自分の言葉で語ります

 後者では、その問いを持ち込む余地そのものが、日常の会話から抜け落ちていきます。この差は、経営層と部課長の日常の言葉遣いに、いちばん正直に映ります

10. エンジニアの高潔さが問われる、具体の場面

 「そうは言っても、日々の仕事でそこまで意識する場面はあるのか?」と正直、疑問に思う方もいらっしゃるでしょう。実際には、エンジニアの日々の業務の中に、公衆の福祉に対する責任が問われる場面は、想像以上に多く存在します。いくつか、抽象化して紹介します。

  • プライバシーの場面:個人情報を扱うシステムで、経営層が「もっとデータを集めよう」と言ってきたとき、公衆のプライバシーとの兼ね合いをどう考えるか

  • 安全性の場面:医療機器、自動車制御、公共交通のシステムで、テストが不十分なまま出荷しようとする圧力が働いたとき、公衆の安全をどう守るか

  • 透明性の場面:不具合が発覚したときに、公衆にどう伝えるか、隠さずに開示できるか

  • アクセシビリティの場面:障害を持つ人、高齢者、外国語話者など、あらゆる公衆が公平に使えるシステムをどう作るか

  • 持続可能性の場面:環境負荷の高い設計を、より持続可能な選択肢に切り替えられないか

  • セキュリティの場面:脆弱性が発見されたとき、公衆に対する影響をどう最小化するか

 こういう場面で、「公衆の福祉を、いちばん上に置いて考える」という一呼吸を、自分の中に持てるかどうか。それが、プロフェッションとして立つ、ということだと私は思います。決して簡単ではありません。日々の業務のなかで、この一呼吸を毎回持てるエンジニアは、そう多くありません。私自身、若い頃はできていなかったし、25年歩いたいまでも、できていない場面があります。

 でも、この一呼吸を、意識の片隅に置いておくかどうかで、10年、20年経ったときの、エンジニアとしての姿がまったく違ってきます。

 みなさんが選ぼうとしているのは、この一呼吸を、意識の片隅に置き続ける職業です。この視座の高さを、就活のはじまりから持っていてほしいのです。

11. この序章-1で、私がお伝えしたかったこと

 本記事では、私の25年の実感が、公の定義と重なっていた話をしました。

  • エンジニアとは、公衆の福祉に対する責任を負う、高潔な高度専門職業(プロフェッション)である

  • この実感は、私が25年の道のりの中で身体で得たもの

  • そしてこの実感は、4つの独立した公の定義(技術士法、技術士倫理綱領、IEEE-CS/ACM Code of Ethics、IEEE Code of Ethics)と正確に重なっていた

  • プロフェッションは、医師・弁護士・技術士と同じ列に並ぶ、社会が特別な倫理を負う職業として認めてきた系譜

  • エンジニアの日々の業務の中に、公衆の福祉に対する責任が問われる場面は数多く存在する

 この視座を、まず本記事の入口で持っておいてください。

 次の序章-2では、この視座を、もう一段深いところに持っていきます。世界基準では「エンジニア」という呼称は、資格を持つ者だけの独占された名前であること。そして、私自身が若い頃、海外で「エンジニアだ」と名乗って冷や汗をかいた実体験日本の「新卒エンジニア」の感覚と、世界基準のギャップ。ここに、みなさんの就活の視座を、決定的に高くする材料があります。

エンジニアの卵のみなさんへ、エール

 エンジニアという職業が、これほど高潔な位置にあることを、はじめて知ったという学生さんもいらっしゃると思います。「そんな重い職業に、自分が就いていいのだろうか」と感じる方もいるでしょう。

 でも、この重みを知ったうえで、この職業を選ぼうと決めた瞬間から、みなさんはもうプロフェッションの列に並んでいます。完璧である必要はありません。25年歩いてきた私も、いまだにこの重みと向き合い、技術士取得のために勉強を続けています。大切なのは、この視座を持ち続けること

 今週、技術士倫理綱領か、IEEE-CS/ACM Code of Ethicsを、一度だけ検索してみてください。全文を読まなくていい、第1条だけでいい。「公衆の福祉を最優先に置く」という一文が、みなさんの心の片隅に残れば、それで、本記事でいちばんお伝えしたかったことは届いたことになります。

 そして、次の序章-2でお会いしましょう。世界基準のエンジニアの話をお届けします。

 一緒に歩きましょう。ボン・ボヤージュ。素敵な旅を。


次の記事は序章-2「世界基準のエンジニアと、日本の現状。私が海外で「エンジニアだ」と名乗って冷や汗をかいた話」です。


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