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【序章-2】 世界基準のエンジニアと、日本の現状。私が海外で「エンジニアだ」と名乗って冷や汗をかいた話 【エンジニアの卵に贈る、就活の書】

 この記事は「ITエンジニアの卵に贈る、就活の書」シリーズの一本です。シリーズ全体の目次はこちら(扉記事)からご覧いただけます。


 エンジニアを目指す学生のみなさん、こんにちは。クオリティアーツの池田です。

 ITエンジニアの卵に贈る、就活の書・序章-2の記事です。前回の序章-1では、エンジニアとは公衆の福祉に対する責任を負う、高潔な高度専門職業(プロフェッション)である、という私の実感と、4つの独立した公の定義が完全に重なっていた話をしました。今回はもう一段深いところ、世界基準のエンジニアと、日本の現状のギャップをお話しします。

 今回の話は、私が若い頃、海外で「エンジニアだ」と自己紹介したときに冷や汗をかいた実体験から始まります。この一つのエピソードが、私の中の「エンジニアという言葉の重み」を、決定的に変えました日本のエンジニア文化と、世界のエンジニア文化の間には、想像以上に大きなギャップがあります。この事実を知らないまま就活してしまうと、みなさんはガラパゴス化した島の中で、世界に出て通用しないエンジニアになってしまう。私は、そこを避けたいのです。

 本記事は、そんな未来を避けるための、視座を上げる1本です。

 新卒の就活中の方はもちろん、第二新卒として他社の面接に臨む場面でも、同じ話が土台になります。


1. 世界の多くの国では、「エンジニア」は独占された名前です

 まず、多くの学生さんが知らない事実からお伝えします。

 世界の多くの国では、「エンジニア」という呼称は、法律で保護された独占された名前です。つまり、特定の資格を持つ者だけが、「Engineer」を名乗ることを許されている。資格のない者が名乗ることは、法律違反になる国もあります。

 具体的に、いくつかの国の制度を見てみます。

1-1. アメリカ:Professional Engineer(PE)

 アメリカにはProfessional Engineerという制度があります(PE)。州ごとの試験に合格した者だけが「Engineer」を名乗れる分野があります。土木、機械、電気、化学など、公衆の安全に直接関わる分野が中心です。PEの資格がないと、公共インフラの設計文書に署名することができません。「Engineer」の使用は州法で規制されている分野があるのです。

1-2. カナダ:P.Eng.(Professional Engineer)

 カナダの制度はさらに厳格です。P.Eng.はカナダ各州の資格(Professional Engineer)で、「Engineer」という呼称の使用は法律で保護されており、有資格者以外が名乗ることは違法です。ソフトウェア分野を含め、Engineerと自称する者は、州の技術者協会に登録された者に限られます。名刺やLinkedInで無資格者が「Software Engineer」と名乗ることは、州法違反として摘発された事例もあります。

1-3. イギリス:Chartered Engineer(CEng)

 イギリスにはChartered Engineerという制度があります(CEng)。Engineering Council UKが認定し、大学教育、実務経験、口頭試問などの厳格な審査を経て認定されます。Chartered Engineerの称号は、日本の技術士に相当する重みを持ちます。

1-4. EU(欧州):European Engineer(Eur Ing)

 EUの多くの国で通用するEuropean Engineerという称号があります(Eur Ing)。FEANIが認定します(European Federation of National Engineering Associations)。EU域内の複数の国で相互に認められる、「エンジニアのパスポート」です。

1-5. ドイツ:Ingenieur(インジェニュア)

 ドイツにはIngenieurという称号があります。技術大学を卒業し、厳格な資格要件を満たした者だけが名乗れます。「Ingenieur」の呼称の使用は法律で規制されています。ドイツでは、Ingenieurという肩書きは、社会的にも非常に高い威信を持ちます。

1-6. オーストラリア:Chartered Professional Engineer(CPEng)

 オーストラリアのChartered Professional Engineerは、Engineers Australiaが認定する称号です(CPEng)。専門分野ごとに認定され、公衆の安全に関わるプロジェクトへの参加要件になる場合があります。

1-7. 共通する思想

 これらの制度に、共通する思想があります。

 エンジニアは、公衆の福祉に対する責任を負う、高潔なプロフェッション。だから、その名前は、責任を負う覚悟と能力を認められた者だけが名乗る。世界の多くの国は、こう考えているのです。

 「エンジニア」という一つの言葉に、国家や社会がこれだけの重みを認めている。この事実は、日本のIT業界の感覚とは、明らかにギャップがあります。

2. そして、日本では

 日本ではどうか。日本には技術士という国家資格があります。序章-1でお伝えしたように、日本のエンジニアの最高位の国家資格です。技術士は、公益確保の責務を法律で明示的に課せられた、高潔なプロフェッションです。

 ところが、「エンジニア」という呼称そのものは、日本では自由化されています。誰でも名乗れる。IT企業に入社した瞬間から「エンジニア」と呼ばれ、名刺に「エンジニア」と印字されます。新卒として入社した学生さんが、その日から「新卒エンジニア」と呼ばれる

 これは、世界的に見ると、実は異例なことです。多くの国では、これは制度的にありえない状況です。

 私は、この状況を批判するつもりはありません。日本の慣行は、日本の歴史と社会構造の中で形成されてきたものです。ただ、この現状を知らないまま就活すると、みなさんは、世界のエンジニアたちが持っている「エンジニア」の重みを、身につけないまま社会に出ることになります

 この重みを、私自身の実体験を通してお伝えしたいのです。

3. 私が海外で「エンジニアだ」と名乗って、冷や汗をかいた話

 2007年10月、韓国のソウルで開かれた ASTA International Conference。日中韓のソフトウェアテスト関係者を中心に、世界各国からISTQB(International Software Testing Qualifications Board、国際的なソフトウェアテスト技術者資格の認定団体)所属者やテスト分野の実務家・研究者が集まる国際カンファレンスでした。私はNPO法人ASTER(ソフトウェアテスト技術振興協会)から派遣される日本代表発表者の一人として、「Using MindMap for Software Testing Activities」というタイトルで登壇しました。私にとって、はじめての海外発表です。

 セッションの合間、ネットワーキングの場で、海外の参加者の方と名刺を交換して雑談する時間がありました。

 隣にいた海外の方が、名刺交換のあとに、私にこう聞きました。「What do you do?(あなたのお仕事は?)」

 私は、日本での感覚のまま、こう答えました。

 「I'm an engineer.(私はエンジニアです)」

 相手の方は、私の目を見て、即座にこう返しました。

 「Oh, that's great! Can you show me your papers?(それはすごいね! 君の論文を見せてくれないか?)」

 私は、内心で冷や汗をかきました。

 「エンジニア」と名乗った瞬間に、論文を求められる。この反応は、日本では想像できないものです。日本で「エンジニアです」と自己紹介して、「論文教えて」と即座に返される場面は、まずありません。

 幸い、その頃までに私は共著で技術書を出版していました。ソフトウェアテストの分野の書籍です。「I have technical books.(技術書があります)」と答えました。相手の方は「Oh, nice!」と応じ、会話はそれで自然に成立しました。

 でも、あの一瞬のやり取りが、私に強い衝撃を残しました。

4. 海外の「Engineer」の重みを、身体で理解した瞬間

 なぜ、あの海外のエンジニアは、即座に論文を求めたのか。

 海外では、「エンジニア」と名乗れば、業界への学術的貢献や、公表された成果物を持っているのが当然という感覚があります。それが、世界の「Engineer」という呼称の重みです。プロフェッションとして認められた者は、業界に対して何らかの貢献をしているはず。だから、名前を聞いたら、まずその貢献の中身を尋ねる。それが自然な会話の流れになっている。

 これに対して日本では、IT企業に入社した瞬間から、みなが「エンジニア」と呼ばれます。名刺には「エンジニア」の肩書きが印字されます。学術的貢献や公表された成果物を特に持たない状態でも「エンジニア」を名乗ります

 この感覚の差に、あの日私は、身体で気づかされました。

 日本の「エンジニア」と、世界の「Engineer」は、同じ言葉でも、まったく違う重みを持つのです。

5. ガラパゴスエンジニアという警鐘

 このギャップを、私は「ガラパゴスエンジニア」という言葉で、自分の中で呼んでいます。

 ガラパゴス諸島の生き物たちは、閉じた環境の中で独自進化を遂げました。その進化は、その環境の中では非常に高度で洗練されています。ただし、外の世界に出たときに、そのまま通用するかどうかは、別問題です。

 日本のIT業界も、ある意味でガラパゴス化しています。日本の慣行の中で、「エンジニア」という言葉が独自の意味と使い方を持つようになりました。日本の中では、それで十分機能しています。でも、世界に出たときに、その感覚のままでは通用しない場面が、これから増えていきます。

  • グローバル企業に転職しようとしたとき

  • 海外のオープンソースプロジェクトに参加しようとしたとき

  • 国際カンファレンスで発表しようとしたとき

  • 海外のエンジニアと共同プロジェクトを組もうとしたとき

  • 転職の面接で、海外出身の面接官と話すとき

 これらの場面で、日本の「エンジニア」感覚のままだと、恥ずかしい思いをすることになります。私自身がそうでした。あの若い頃の冷や汗は、いまも私の中に、強く残っています。

 みなさんに、あの冷や汗を味わってほしくない。だから、この序章-2を書いています。

6. 世界基準を持って、日本で働くという選択

 「じゃあ、日本で働くことをやめて、海外に出ろということですか?」と受け取られたら、それは私の意図と違います。そうではありません。

 私が伝えたいのは、世界基準の「エンジニア」感覚を持ちながら、日本で働く、という選択です。日本のIT業界にも、この世界基準の感覚を持って働いている素晴らしいエンジニアはたくさんいます。そして、そういうエンジニアが、日本のIT業界を少しずつ、良い方向に変えていっています。

  • 技術書を書く

  • 国際カンファレンスで発表する

  • オープンソースに貢献する

  • 論文を書く

  • 業界コミュニティで登壇する

  • 後進を育てる

  • 技術士取得を目指す

 こういう活動をするエンジニアは、世界基準の「Engineer」に相応する重みを、自分の中に築いているエンジニアです。日本で働きながら、世界基準の感覚を持っている。この生き方が、これからの日本のエンジニアには求められています

7. 私自身、技術士取得のために勉強しています

 私は、25年歩いてきて、CQOやCTOも経験しました。でも、私はまだ技術士取得のために勉強を続けています。来年以降の受験を目指して。

 なぜか。世界基準では、技術士(あるいはPE、P.Eng.、CEng、Eur Ing、Ingenieurなど)に相当する資格を持ってはじめて、堂々と「Engineer」を名乗れるからです。私は、世界のどこに行っても、「I'm a professional engineer」と冷や汗なしに言える位置に、自分を持っていきたいのです。

 これは、25年歩いてなお、「私はまだ真のエンジニアではない」と自覚している、ということでもあります。技術士取得というゴールに、私自身、まだ到達していない。私も、みなさんと同じように、エンジニアという道の途中にいます。

 だから、この連載でみなさんに向けて書いていることは、私自身への戒めでもあります。25年歩いてきた者として、これから道を歩き始めるみなさんに、少し先を歩く者からの並走の言葉を届けたい。その気持ちで、書いています。

8. 世界のテック企業の経営層に、一級のエンジニアがいる

 もう一つ、視座をお渡しします。世界基準の話をもう一段深めるための観察です。

 世界で成功しているIT企業の経営層には、一級のエンジニアがいます。トップ、あるいはトップに近い意思決定層に、コードを書いてきた人、技術を自分の言葉で語れる人が、実際に座っています。いくつか例を挙げます。

  • Google(Alphabet)のCEO サンダー・ピチャイ:インド工科大学カラグプル校で冶金工学を学び、スタンフォード大学で工学と材料科学の修士号

  • Microsoft のCEO サティア・ナデラ:マニパル工科大学で電気工学の学士、ウィスコンシン大学ミルウォーキー校でコンピュータサイエンスの修士号

  • Apple のCEO ティム・クック:オーバーン大学で産業工学の学士。2026年、米国工学アカデミー(NAE)会員に選出

  • Meta(Facebook)のCEO マーク・ザッカーバーグ:幼少期からプログラミングに親しみ、ハーバード大学でコンピュータサイエンスと心理学を学び、自らコードを書いてFacebookを立ち上げた

  • Nintendo の第4代社長 故・岩田聡氏:東京工業大学でコンピュータサイエンスを学び、HAL研究所でプログラマーとして活躍したのち、Nintendo 社長に就任

 これは偶然ではありません。技術で価値を生み出す会社では、技術を自分の身体で理解する人が、経営の中枢にいる。この構造は、世界のテック業界に共通しています。技術判断が経営判断の中心にある会社では、経営層が技術者出身であることが、事業の意思決定の速さと深さに直接効いています。

 日本のIT業界にも、この構造で成長してきた会社はたくさんあります。エンジニア出身の社長・CTO・技術系役員が、経営の中枢で技術判断に責任を持つ会社です。

 みなさんが応募先を選ぶとき、その会社の経営層のなかに、エンジニアとしての生き方をしてきた人がどれだけいるかを、確かめてみてください。CEOのプロフィール、CTOの技術発信、取締役会の構成、経営メッセージの言葉遣い。経営層のなかにエンジニアがいる会社では、5年後、10年後の技術判断の深さと速さが、まったく違ってきます

9. 会社を選ぶとき、世界基準の育成環境を見る目を持つ

 みなさんが就活で会社を選ぶとき、いま一つの物差しをお渡ししたいと思います。その会社が、世界基準のエンジニアを育てる場所かどうか、という物差しです。

 世界基準の「Engineer」は、業界への学術的貢献や公表された成果物を持つ人でした。日本のIT業界の中でも、世界基準の感覚を持ってエンジニアを育てている会社は、たしかに存在します。そして、そういう会社を選ぶことが、みなさんが将来「私はエンジニアです」と冷や汗なしに名乗れるようになるための、いちばんの近道です。

 会社を選ぶとき、次のような観点で見てみてください。

  • 経営層や部課長は、業界に対する学術的貢献や公表された成果物を持っているか。論文、書籍、技術ブログ、国際カンファレンスでの登壇など

  • 技術士取得を社内で応援する制度が、用意されているか

  • 若手エンジニアの国際カンファレンス発表を、会社が支援しているか

  • オープンソース活動を、業務時間で行うことが認められているか

  • 論文執筆や書籍執筆が、キャリアの一部として評価されているか

  • 海外のエンジニアと日常的に協業する場(海外拠点との共同開発、海外OSSへのコード貢献、英語での技術ドキュメント運用など)が用意されているか

  • 経営層や技術リーダー自身が、国際カンファレンスや海外OSSに自分の名前で立ち会っているか

 これらの観点で「YES」が多い会社は、世界基準のエンジニアを育てる意識を持っている会社です。募集要項、技術ブログ、経営層のインタビュー、社員のSNS発信などから、こうした情報は意外と読み取れます。フェーズ3の記事で、具体的な読み解き方を丁寧にお話しします。

 就活の場では、「うちは国内案件が中心だから、国際カンファレンスは必要ない」「OSS活動は業務時間外で個人的にやるもの」「技術書執筆は評価対象にしていない」という言葉を、経営層や部課長から聞くこともあります。先ほどの観点に「NO」が並ぶ会社を、5年後10年後の世界基準の視座を持ちたい学生さんが選ぶかどうかは、みなさん自身の判断です。私からは、この物差しを渡すところまでです。

 私自身、25年歩いてなお、いまも技術士取得のために勉強しています。エンジニアとして学び続ける姿勢を、経営層自身が自分の日々で示している会社。そういう会社が、みなさんが世界基準のエンジニアに育つための、いちばん良い場所です。そういう会社を、就活で選び取ってほしいと、私は願っています。

10. この序章-2で、私がお伝えしたかったこと

 本記事では、世界基準のエンジニアと、日本の現状のギャップをお話ししました。

  • 世界の多くの国では、「エンジニア」は法律で保護された独占された名前。PE、P.Eng.、CEng、Eur Ing、Ingenieurなど

  • 日本では、「エンジニア」の呼称が自由化されており、IT企業入社時から誰でも名乗れる

  • 私が若い頃、海外で「エンジニアだ」と名乗って、冷や汗をかいた実体験

  • 日本のIT業界は、ある意味でガラパゴス化している

  • 世界基準の感覚を持ちながら、日本で働く、という選択が可能

  • 私自身、25年歩いてなお、技術士取得のために勉強を続けている

  • 会社を選ぶときは、世界基準のエンジニアを育てる意識を持つ会社を選ぶ目を持つ

 この視座を持って、次の序章-3に進んでください。序章-3では、生き方としてのエンジニアと、職業役割としてのエンジニアの違いエンジニアとして生き始めるとはどういうことか、をお話しします。序章の3本を読み終えたとき、みなさんは、エンジニアという職業への視座を、根本的に持ち直しているはずです。

エンジニアの卵のみなさんへ、エール

 私の海外での冷や汗の話を読んで、「怖い」「重い」と感じられた方もいらっしゃると思います。でも、この重みを知っておくことは、みなさんの就活と、その先のキャリアで、確かに活きてきます。

 今週、「Professional Engineer」「Chartered Engineer」「技術士」のいずれかを、一度検索してみてください。全文を読まなくていい、概要だけでいい。世界と日本のエンジニアの位置づけの違いを、少しだけ感じ取っていただければ、それで、本記事でいちばんお伝えしたかったことは届いたことになります。

 そして、次の序章-3でお会いしましょう。エンジニアとして生き始める話をお届けします。

 一緒に歩きましょう。ボン・ボヤージュ。素敵な旅を。


次の記事は序章-3「エンジニアとして生き始める。ロックがジャンルではなく生き方であるように」です。


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