【序章-3】エンジニアとして生き始める。ロックがジャンルではなく生き方であるように 【エンジニアの卵に贈る、就活の書】
この記事は「ITエンジニアの卵に贈る、就活の書」シリーズの一本です。シリーズ全体の目次はこちら(扉記事)からご覧いただけます。
エンジニアを目指す学生のみなさん、こんにちは。クオリティアーツの池田です。
ITエンジニアの卵に贈る、就活の書・序章-3の記事です。前回の序章-2では、世界基準のエンジニアと、日本の現状のギャップをお話ししました。世界の多くの国では「エンジニア」は独占された名前。私が海外で「エンジニアだ」と名乗って冷や汗をかいた実体験。ガラパゴスエンジニアという警鐘。これらを通して、みなさんの中にエンジニアという言葉の重みが、少しずつ根を下ろし始めているはずです。
序章の締めくくりとなる今回は、いよいよ、この連載を貫くいちばん大切な思想をお伝えします。エンジニアとは、職業ジャンルではなく、生き方である、ということ。生き方としてのエンジニアと、職業役割としてのエンジニアは、まったく別のものであるということ。この視座を持って就活を始めるかどうかで、その先の10年、20年の歩き方が、根本的に変わっていきます。
そして本記事は、続くフェーズ1〜フェーズ6のすべての土台でもあります。ここで語る思想が、以降のすべての記事の裏側に、いつも流れています。
新卒の就活中の方はもちろん、第二新卒として他社の面接に臨む場面でも、同じ土台になります。
1. エンジニアには、2つの意味がある
序章-1と序章-2を読んでいただいたみなさんに、いま、こうお伝えします。
「エンジニア」という一つの言葉には、実は2つの、まったく違う意味が混ざっています。
職業役割としてのエンジニア:会社が設けた職種、給与テーブルの一行、履歴書の職種欄、名刺の肩書き
生き方としてのエンジニア:公衆の福祉に責任を負う、プロフェッションを自分で背負って生きる人
世の中では、この2つが、しばしば混同されて使われています。IT企業に入社した学生さんは、その日から「新卒エンジニア」と呼ばれます。名刺に「エンジニア」と印字されます。ただし、それはあくまで職業役割としてのエンジニアであって、序章-1で語った公衆の福祉に責任を負うプロフェッションとしてのエンジニアには、その日にはまだなっていません。
この区別を、明示的に持っていることが、極めて大切です。学生さんに、暗黙のうちに伝わることを期待するのは、危険です。だから、あえて、はっきりと言葉にします。
1-1. 職業役割としてのエンジニアは、会社から与えられる
職業役割としてのエンジニアは、会社から与えられる立場です。
IT企業がエンジニア職として採用する
会社の給与テーブルに「エンジニア」という職位が定義されている
履歴書や職務経歴書の職種欄に「エンジニア」と書ける
名刺に「エンジニア」の肩書きが印字される
これらは、みなさんが入社した瞬間に、会社から自動的に与えられる立場です。世界基準では独占された名前ですが、日本では、この職業役割としてのエンジニアの呼称は自由化されています。だから、日本のIT企業に入社したみなさんは、その日から職業役割としてのエンジニアではあります。
これ自体は、悪いことではありません。日本の慣行の中で、みなさんが「エンジニア」という肩書きを持って社会に出ることは、自然なことです。問題は、これで終わってしまわないことです。
1-2. 生き方としてのエンジニアは、自分で選び取って背負っていく
生き方としてのエンジニアは、会社から与えられるものではありません。みなさん自身が、自分で選び取って、日々の判断と行動の中で、背負っていくものです。
公衆の福祉を、日々の判断のいちばん上に置く
依頼者や雇用者に対する独立性を保つ
継続的に学び続ける
業界に対して貢献する(技術書、論文、コミュニティ、後進育成)
同業者と共に、プロフェッションの質を守る
場合によっては、依頼者の意向に反してでも、公衆の福祉を守る
これらは、会社が自動的に与えてくれるものではありません。みなさん自身が、日々の場面で、意識的に積み重ねていく生き方です。
入社しただけでは、生き方としてのエンジニアには、まだなっていません。日々の判断の中で、この生き方を積み重ねていって、何年か十年か経ったある日、ふと「私はエンジニアです」と、自分の中で言えるようになる。そういうものです。
そしてもう一つ、大切なことを書き添えます。日々の判断で「生き方としてのエンジニア」を積み重ねる場面が、どれだけ日常のなかにあるかは、会社によって大きく違います。若手が技術選定に加われる。コードレビューが対話として機能している。ポストモーテムの文化がある。業務時間で技術発信ができ、勉強会参加や書籍購入を会社が支えている。
こういう場面を日常に持つ会社では、生き方としてのエンジニアの積み重ねが、自然に進んでいきます。就活で会社を選ぶという行為は、この積み重ねの場面を、日常のうちにどれだけ持てるかを選ぶ行為でもあります。
2. ロックがジャンルではなく、生き方であるように
私は、この「生き方としてのエンジニア」を、こんなふうに言い換えることがあります。
エンジニアは、職業のジャンルではなく、生き方である。ロックが、音楽のジャンルではなく、生き方であるように。
ロックというのは、単に音楽の一つのジャンルではありません。魂の自立、体制に迎合しない姿勢、自分で背負う覚悟。そういう生き方の呼称でもあります。「私はロックだ」と名乗る人は、ジャンルとしての音楽をやっているのではなく、その生き方を自分で背負って生きている、と宣言しているのです。
エンジニアも、これと似ています。IT企業の職業役割としてのエンジニアではなく、公衆の福祉に対する責任を自分の日々の判断のいちばん上に置いて生きる、その姿勢を背負って歩いていく生き方の呼称。「私はエンジニアだ」と自分の中で言える日は、この生き方を、自分で背負い始めた日です。
これは、日々の判断で自分が背負っていく生き方です。会社が与えてくれる立場ではありません。だから、入社した瞬間には、まだ手に入っていません。
3. 私自身の話と、「エンジニアの卵」という呼び方
私自身、自分をエンジニアと自然に名乗れるようになったのは、実は最近のことです。2002年、新人として入社したときは、「エンジニアとしての生き方」をまったく理解していませんでした。
そもそも、当時の日本では「エンジニア」「ソフトウェアエンジニア」という呼称そのものが、まだ広く浸透していませんでした。周りで飛び交っていたのは、SEという言葉でした。国家資格の名前としては情報処理技術者もありましたが、日々の現場で人を指す言葉は、圧倒的にSEでした。「エンジニア」という言葉が業界で自然に使われるようになったのは、私の体感では、その後のWeb系スタートアップ・ベンチャーが台頭してきた時代からです。
だから、当時の私に「エンジニアとしてのあるべき姿」というイメージは、正直、ありませんでした。プロフェッションとしての重みを、自分で背負っている自覚はありませんでした。それは私一人の話ではなく、当時の日本のIT業界全体の空気だったのだと思います。
25年の道のりの中で、私は少しずつ、生き方としてのエンジニアを自分で背負い始めていきました。そしてある日ふと、「私はエンジニアだ」と、自分の中で自然に言えるようになる瞬間が訪れました。この瞬間は、外から与えられるものではありませんでした。日々の判断と行動の積み重ねの中で、内側から、自然に立ち上がってきたものです。
みなさんにも、いつかこの瞬間が来ます。25年かかることもあれば、もっと早いこともあります。だから私は、この連載を通して、みなさんを「エンジニアの卵」と呼び続けています。「まだエンジニアではない」と言っているのではありません。みなさんが生まれつつあるエンジニアである、という意味です。卵は、生まれる前の姿ではなく、生まれつつある姿。就活は、その卵から生まれ出るための最初の一歩です。
4. エンジニアという生き方の、日常の具体像
「生き方としてのエンジニア」と言われても、抽象的で捉えにくい。そう感じる学生さんも多いと思います。ここでは、その生き方が日常のなかで、どんな姿として現れるかを、具体的に描いてみます。
朝、起きて、コーヒーを淹れながら、昨日書いたコードのことを思い出す。「あのバグの原因は、たぶんキャッシュの無効化タイミングだ」。歯磨きをしながら、ふと解決策の見当がつく。
通勤の電車で、Zennの新着記事を読む。海外エンジニアが書いたPostgreSQL の面白い解説記事。「あとで自分の言葉で書き直して、社内共有しよう」とメモを取る。
午前中、Pull Requestのレビューをする。同僚が書いたコードに、丁寧なコメントを2つ残す。1つは「ここのエラーハンドリング、こういう別解もあります」。もう1つは「テストケースの命名が丁寧で、読みやすかったです」。良かったところと改善提案を、対等な言葉で伝える。
昼休み、社内Slackで別チームのエンジニアから相談を受ける。「◯◯の設計で迷ってて、少し話を聞いてもらえますか」。予定を調整して、午後30分の1on1をセットする。自分の時間を、同僚のために少し譲る。
午後、本番環境で小さなアラートが上がる。すぐ調べて、影響範囲を確認する。幸い実害はなかったが、原因の追跡と、次に同じことを起こさないための仕組みの提案を、Issueに書き残す。犯人探しではなく、仕組み改善の議論として。
夕方、コードレビューで自分のPRに指摘を受ける。「この命名は誤解を招くかもしれません」。素直に受け止めて、命名を変えるコミットを積む。指摘してくれた同僚に、「なるほど、そのほうが伝わりますね」と返信する。
退社後、家で技術書を10ページ読む。付箋を貼る。土曜に、その章の内容を試すコードを書く予定。
週末、地域の勉強会にLT登壇。5分間、自分が試したことを話す。懇親会で、初対面のエンジニアから「その視点、私も同じ壁にぶつかってました」と声をかけられる。連絡先を交換する。
こういう1日が、生き方としてのエンジニアの、日常の姿です。派手なことは何一つ起きていません。ただ、コードと、人と、仕組みと、丁寧に向き合っている。この積み重ねの中で、生き方としてのエンジニアは、少しずつ立ち上がっていきます。
同じ職種、同じ役職でも、こういう日常を送っている人と、そうでない人は、明確に違います。何が違うか。日々の判断のいちばん上に、何を置いているかが違うのです。公衆の福祉、コードの品質、同僚への敬意、学び続ける姿勢。これらを日常の判断の起点に置いているかどうか。この差は、5年、10年で、明らかな形になって表れます。
5. 学生時代に、生き方としてのエンジニアを始める入口
「生き方としてのエンジニアは、社会人になってから始めるもの」と思っている学生さんが、多いかもしれません。ただ、実はそうではありません。学生時代からでも、生き方としてのエンジニアは始められます。
むしろ、学生時代に始めておいた方が、社会人になってからの立ち上がりが、はるかに速くなります。学生時代の入口は、たとえば次のような場面です。
授業や研究で書いたコードを、公開の場(GitHub)に置く:世界のエンジニアと同じ土俵に、自分の名前を置く体験
他人のOSSに小さな貢献をする:typo修正、ドキュメント改善、翻訳。自分の外の世界に、少しだけ手を貸す体験
学んだことを、技術ブログに書き残す:次に学ぶ誰かのために、自分の言葉で残す体験
勉強会に参加する(聴くだけでもよい):自分と同じ道を歩く他人の存在を、実感する体験
勉強会でLT登壇する:自分の学びを、他人の学びに変える体験
同じ技術を学ぶ仲間と、対話する:学生同士のペアプロ、輪読会、ハッカソン
これらは、フェーズ2の各論で丁寧に扱う実践です。ハウツーとしてのフェーズ2ではなく、生き方としてのエンジニアを始める入口として、これらの実践を捉え直してみてください。
こうした学生時代の入口が持てるかどうかは、周囲の環境にも影響を受けます。良い大学、良い研究室、良い勉強会コミュニティ、良い先輩、良いバイト先。これらに囲まれると、生き方としてのエンジニアの入口が、日常のなかに自然に現れます。逆に、こうした環境から遠い場所にいる学生さんは、自分から意識的に外の世界に手を伸ばす必要があります。
もし、いま自分の周囲にそうした環境が薄いと感じたら、インターネットの向こう側の世界に、意識的に手を伸ばしてください。GitHub、Zenn、Qiita、Speaker Deck、connpass。この向こう側には、生き方としてのエンジニアを歩いている先輩たちが、たくさんいます。オンライン勉強会、Discord コミュニティ、Slack コミュニティ。地方や海外にいても、繋がれる場は開かれています。
6. 生き方としてのエンジニアを、10年、20年、30年続けるとは
もう1つ、みなさんに伝えたいことがあります。それは、生き方としてのエンジニアを、10年、20年、30年と続けるとは、どういうことかという話です。
私は25年、この道を歩いてきました。振り返ると、続けるためには、いくつかの支えが必要でした。
6-1. 支え1:学び続ける習慣
技術は、常に変化します。10年前に主流だった技術の多くが、いまは背景に退いています。10年前には存在しなかった技術(TypeScript、Kubernetes、生成AIなど)が、いまの主戦場です。この変化についていくためには、日々の学びを、生活の一部として続ける必要があります。
週に何時間、月に何時間、学びに使うか。この時間を、意識的に確保し続けるかどうかが、10年後のみなさんの姿を大きく分けます。
6-2. 支え2:外の世界とのつながり
1つの会社の中だけに閉じていると、視野が狭くなります。社外のコミュニティ、勉強会、カンファレンス、OSSコントリビューション。これらの外との接続を、細くても切らさずに続けることが、長く歩き続けるための支えになります。
私自身、NPO法人ASTER、長崎IT技術者会(NaITE)、WACATE(初代実行委員長)といったコミュニティに関わり続けてきました。会社の枠を超えた仲間との対話が、私を何度も救ってくれました。
6-3. 支え3:健康と生活の土台
どんなに志が高くても、身体と心が壊れてしまえば、続けられません。睡眠、運動、食事、家族との時間、休息。これらの生活の土台を、若い頃から丁寧に扱うことが、長く歩き続けるための、いちばん地味で大切な支えです。
私自身、20代の頃に無理をして、後で健康を崩した経験があります。若いうちは何とかなっても、40代、50代になると、若い頃の無理が身体に返ってきます。新卒1年目のみなさんに、この点を早めに伝えておきたい、と思って書いています。
6-4. 支え4:後輩への伝えるサイクル
10年、20年と続けていくと、いつか自分が、後輩に伝える側になります。自分が学んだことを、次の世代に伝えるサイクルが回り始めると、続けることの意味が変わってきます。
自分のためだけの学びから、後輩のためにもなる学びへ。この転換が、40代、50代の私を支えてくれています。みなさんも、いつかその立場に立ちます。そのとき、みなさんが伝える側として持っている中身は、いま学生時代に積み上げているものが、そのまま土台になります。
私が「エンジニアの卵に贈る、就活の書」を書き続けているのも、この支え4の実践です。25年前の自分に伝えたかったことを、いまの学生のみなさんに、少しでも早く届けたい。この願いが、この連載の底に流れています。
7. この序章-3で、私がお伝えしたかったこと
本記事では、この連載を貫く思想の芯をお話ししました。
エンジニアには、2つの意味が混ざっている:職業役割としてのエンジニア(会社から与えられる)と、生き方としてのエンジニア(自分で選び取って背負っていく)
ロックがジャンルではなく生き方であるように、エンジニアも生き方
「エンジニアの卵」は、まだエンジニアではないのではなく、生まれつつある姿
序章の3本を、これで読み終えました。序章-1ではエンジニアとは何か、序章-2では世界基準と日本の現状、序章-3では生き方としてのエンジニア。これらを土台にして、いよいよ次からは、就活の具体的な6つのフェーズに入っていきます。
8. 次からは、就活の6つのフェーズへ
次からのフェーズは、就活の実践編です。
フェーズ1:気づく(大学3年目・春〜夏)業界と職業を知る
フェーズ2:作る(大学1〜4年目の長期戦)作れる自分を作る
フェーズ3:接続する(大学3年目・秋〜冬)応募先を絞る
フェーズ4:確かめ合う(大学3年目・冬〜大学4年・春)選考の中でも対等に確かめ合う
フェーズ5:決める(大学4年・春〜夏)内定を選び取る
フェーズ6:歩き出す(大学4年・秋〜卒業)社会人になる準備
これらの記事のなかで、具体的なハウツー、TIPS、判断基準を丁寧にお話ししていきます。それらすべての裏には、この序章で語った思想が、いつも流れています。
エンジニアの卵のみなさんへ、エール
序章の3本を通して、みなさんの中で、エンジニアという言葉の重みが、いままでとは違うものに変わっているはずです。序章の入口では、「エンジニア=コードを書く人」というイメージだった方も、序章の出口では、「エンジニア=公衆の福祉に責任を負って生きる人」というとらえ方が、みなさんの中に育っているはずです。
この視座を、大切に持って、フェーズ1に進んでください。フェーズ1、そしてその先のすべてのフェーズで、この序章の思想が、いつも裏側に流れています。
今週、いま自分が持っている「エンジニアという言葉のイメージ」を、少しだけ、紙かノートに書き留めてみてください。序章を読む前のイメージと、読んだ後のイメージ。そのギャップが、みなさん自身の視座の変化の記録になります。半年後、就活が本格化した頃に、その記録を見返してみてください。きっと、また違うものが見えているはずです。
一緒に歩きましょう。ボン・ボヤージュ。素敵な旅を。
次の記事はフェーズ1「気づく」です。
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