スタンプ狂時代【行こ行こ#15】大阪万博2025
症状は突然あらわれた。
⸻スタンプラリー症候群。
誰が呼んだか知らないが、私の中でその病は万博初日の朝から静かに進行していた。
いや、東京で銭湯を巡ったり、方々の空港を訪れているから、既に発症していたのかも知れない。
そして午後には、取り返しのつかない「スタンプ狂時代」へと突入していたのである。
前回はこちら↓
入国管理官
万博公式スタンプパスポート(スタンプ帳)は、私の胸をときめかせた。
かつて空港の入国カウンターで、「バチン」と押してもらった入国スタンプを喜んで集めた。
現在は、指紋と顔認証で自動化された入国審査も、わざわざスタンプを押してもらう為に列に並ぶほどである。
そして私は今、パビリオン前のテーブルで、ハンコをバチンと押している。
この何が面白いのか?
⸻正直、よくわからない。
しかし、スタンプラリーは私の心を捉えて離さない。
東京銭湯スタンプラリー、JALのご朱印帳(御翔印)。
「いつか行こうに今日行こう」すら、スタンプラリーの副産物なのかもしれない。
最初のスタンプ
東口ゲート側にそれはあった。

「おすぞ!万博!」
ミャクミャクの愉快なスタンプをポンと押して、この旅は始まる。
次に押したのは、アメリカ合衆国。

一際大きなスタンプに戸惑いつつも、フリースペースに押した。
もう、これだけでそこそこの満足感に包まれた。
私は、最初の1ページ目から順に押していった。
カタール、UAE、カナダ、とコレクションは順調に増えていった。
UAEのレストランは1時間待ったので、カナダを押した時には午後に差し掛かっていた。
13時すぎには大人気パビリオン「イタリア館」の予約が取れていたので、たっぷり鑑賞し、イタリアの判を付くと、大分充実したラインナップになっていた。
北米、中東、ヨーロッパ。
バチカンを含めて6カ国のスタンプをニヤニヤしながら眺めていた。
…が、その時の私は知らなかった。
魅惑の“スタンプゾーン”が、存在することを。
イッツ ミー! マリオ!
午後、私は「コモンズ」なる存在にたどり着く。


そこは複数の国が共同出展するスペースであり、1つの国あたりの展示スペースはコンビニの半分くらいの大きさなのだ。

なんとひとつの建物で26個ものスタンプが押せるという夢のような場所。
私の目の前に広がったのは、7メートル間隔で並ぶスタンプ。
そう、それはもはやスーパーマリオのスター状態である。
「バチンッ!バチンッ!バチンッ!」
遠目から見たら、その時の私は音楽が流れ、点滅していたかもしれない。
「マンマミーヤ!」「ヒアウィーゴー!!」くらいは言ってたかもしれない。

午前中に6つだったスタンプが、たった15分で30を突破。
これは、もはや……合法…いや。やめておこう。
やめられない。止まらない。カッパえびせん。くらいの表現にしておこう。
そのくらいの快感に見舞われたのだ
ノーノーノーノーノー!?
調子に乗った私は、ページを次から次へスタンプで埋めていった。
1ページ目、2ページ目と増えていくごとに口角が上がる。
もはや「万博に来ているのか、ハンコ押しに来ているか」分からないくらいにだ。
だが、エジプトのパビリオンで事件が起きる。

「入場までには45分待ち」の表記。
古代エジプトが大好きな私は、パビリオンの展示が見たかったが、スタンプを押す強烈な使命感から、並ぶのを躊躇していた。
実はスタンプはパビリオンに入らなくても押せるところもある。
エジプトは、係の方がスタンプを持っており、時折出てきては押してくれるそうだ。
私は、列に並んでおきながら、係の人を待つことにした。
もし、長く待っていればスタンプだけ押してもらい、もし列が早く進めばパビリオンを見学しよう。
10分ほどして、列が早く進み、入口までやってきた。
と同時にスタンプの係りの女性が出てきた。如何にもエジプト人といった美しい方で、「スタンプを押したい方はいますか?」と聞いてくれた。
私はスタンプ帳の20ページ目くらいを広げて彼女の前に差し出した。
「ノーノーノーノーノーノー。」
「ブルー。」
…え?
よく見ると、スタンプ帳には色分けされたエリアごとのページがあり、スタンプはそこに押すべきだったのだ。

私はすでに60以上のスタンプを、全部間違った場所に押していたことになる。
無情にも、青いエリアのスタンプは満杯。
エジプトのスタンプは容赦無く「フリースペース」に押された。

膝から崩れ落ちた。
その後、エジプトパビリオンを見学したのだが、正直内容は覚えていない。
不注意から、せっかくのスタンプラリーを台無しにしていたのだ。
筆者大地に立つ
自分の間抜けさを呪ったし、もう一冊買って押し直そうか?とすら考えた。
けれど私は、立ち上がった。
そして言った。
「押してしまったものはしょうがない」
押し間違いも、人生だ。
心ここに在らずで万博を見て回るより、不揃いでも精一杯スタンプを押し切ろう。
万博ガンダムに様に、膝を付いている暇はない。
「スタンプを押し切る」という日本語に若干の違和感を抱えつつ、スタンプの第二幕が開けた。

数を稼ぐ起死回生
パラパラとあらためてスタンプ帳をみる。
すると最後の方に【関西館】の表記。
なんと3ページに渡り、スタンプがある。
ひとつのパビリオンで18ものスタンプが連続で押せるのだ!
しかも押す場所が決まっているので、18マスがピッタリ綺麗に埋まる。
これは気持ちいいに違いない
私は早足で関西パビリオンに向かった。
パビリオンの前で愕然とする。
そう、完全予約制なのだ。
そして予約枠はもう無い。
気付かなければ幸せだったかもしれ無い。
埋まることの無い関西パビリオンのページを、そっと閉じた。
コモンズ全制覇へ
その後、私は怒涛の勢いでコモンズA、B、C、D、F…と巡る。
(Eは未使用の様だった)
そしてこのマイナーなコモンズには、スタンプ狂を加速させるアイテムがあった。
多色刷りである
パスポートの最後の辺り、大きな余白と中心にミャクミャクが両手を広げて笑っている。
ガチャン!スタンプを押すと…

この様に、青い模様が加わるのだ。
この段階で、葛飾北斎の香りがプンと立ち込めるのだが、一旦見なかったことにする。

地図を見ると5つのコモンズと、国際機関館を含めた6つを押して完成なのだという。
「きっとEも含めての6だったのだろうなぁ」
などと仕事病まで併発しつつ、スタンプをクリアしてゆく。
地図だと近そうに見えるが、実際は直線で行けず、だいぶ歩くことになる。
しかしこれはただの移動ではない、そこら中にパビリオンが並ぶのだ。
見ては感激し、パビリオンのスタンプも収集し、時には見学する。

夜もとっぷり暮れた頃。
遂に会場周遊重ね押しスタンプは完成した。

見事な出来栄えである。
達成感も手伝って、コモンズ案内係の方とお話しする。
「1日でコモンズのスタンプ全部押した人、初めて見ました。」
嬉しい。
確かにコモンズはマイナーというか、派手さはない。人気が高くないのも無理はない。
けれど、この小さなスペースに1国を代表して展示をしている。
その国には、人がいて、暮らしがあって、宗教があって、言語があって、たくさんの喜びと痛みがある。
幾つものの民族、風習、宗教、言語、文化がある。
本来のその国の膨大なディテールを想像し、世界の広さに圧倒される。
このスタンプ1つに無数の物語が集約している。
そして、この小さなスタンプ帳に、世界があるのだ。
そして私は、スタンプ帳を閉じる
私の万博スタンプ帳は、全部順番がズレている。
でも、それでいいのだ。
子どもの頃、科学者になりたくて、大学まで行き人工衛星の研究をしてた。
しかし、今は絵を描いたり文章を書いたりして暮らしている。
まるで「間違った場所にスタンプを押す人生」を歩いてきたようだ。
でも、それが無駄だったとは思えない。
日々面白いし、楽しい。結構気に入っている。
こうして夜の帳が降りる頃、私は静かにスタンプ帳を閉じ、同時にスタンプ狂時代も、終焉を迎えたのである。
次回
追記、数ヶ月を経てもう一回行きました!
記事:まるのすけ
付録:スタンプコレクション





































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