アファンタジアやSDAMに関する雑記③(2026.5.20~7.2/x.comより)
※ 用語の説明:アファンタジアとは? SDAMとは?
※ 前回の雑記:雑記②(2026.3.4~5.20/x.comより)
⬛️アファンタジア考
出典(x.com):無像之像
アファンタジア考
https://note.com/imageless_img/n/n2706bf7480f9
まあ、10万円あるいは100万円あるいは1000万円あるいは1億円あるいは10億円、こういったカネを誰かに与えたとしよう。人によっては「1億円? ありがたいけど老後までは賄えない。私は貧困だ」という人もいれば、「1000万円? 人生の安定のためにかなり役立つよ!ありがとう!私は恵まれている」という人もいる。まあ、そういうことだ。(違う)

⬛️人間の内的体験はかなりバラバラで、アファンタジアは視覚だけではなく複数感覚にまたがる比較的ありふれた現象であることを確認。
出典(x.com):無像之像
Multimodal Mental Imagery Profiles and the Prevalence of Aphantasia and Hyperphantasia in the General Population
https://sciencedirect.com/science/article/pii/S0010945226001280
Boris New, Julien Barra, Alan Chauvin, Nicole Huson, Hélène Lœvenbruck
2026-05-05
🟦AI要約:
ChatGPT のログ(PDF版|画像版)
Claude のログ(PDF版|画像版)
🟦ざっくり概要:
人間の内的体験はかなりバラバラで、アファンタジア(以降「ア」)は視覚だけではなく複数感覚にまたがる比較的ありふれた現象であることを確認。
根拠は英国在住者約2000人(18〜30歳)の自己報告(QMIベース)。
得られた知見の一部を以下に列挙。
視覚アの出現率は4.15%(従来と同程度)、一つ以上の感覚アファンタジアの出現率は13.9%、うち嗅覚と味覚が多く、聴覚が少ない。
純粋な視覚のみアは全体の約0.8%、複数感覚アは59.2%、つまり単一アは少数派。
一つ以上の感覚ハイパーファンタジア(以降「ハ」)の出現率は21.1%、複数感覚ハは49.5%。
内的な聴覚や音声の感覚を伴わない内言(論文ではアネンドファジアと呼称)を確認。
いわゆる発達障害とアファンタジアの併存は高く、完全アだと44%が併存。
🟦所感:私の内言はアネンドファジアと呼ばれる? 診断したことはないが、私は人生で著しく困ったことないので発達障害の併存はない。
🟦補足:
①視覚ア=4.15%(分母は全体の約2千人)
②純粋な視覚のみア=約0.8%(同上)
③1つ以上の感覚ア=13.9%(同上)
④1つ以上の感覚ハ=21.1%(同上)
⑤複数感覚ア=59.2%(分母は③)
⑥複数感覚ハ=49.5%(分母は④)

⬛️視覚的ワーキングメモリ(vWM)には、少なくとも2種類の性質の異なる表現(「①無意識的・項目別な記憶」と「②意識的・全体統合的な記憶」)が存在する可能性が高い。
出典(x.com):無像之像
The Two Lives of Visual Working Memory: Evidence for Distinct Conscious and Unconscious Representations
https://biorxiv.org/content/10.64898/2026.05.01.722131v1.abstract
Aleksandra Lipińska, Kinga Ciupińska, Renate Rutiku
2026-05-05 査読前
🟦AIによる要約:
ChatGPT のログ(PDF版|画像版)
Claude のログ(PDF版|画像版)
🟦ざっくり概要:
視覚的ワーキングメモリ(vWM)には、少なくとも2種類の性質の異なる表現(「①無意識的・項目別な記憶」と「②意識的・全体統合的な記憶」)が存在する可能性が高い。
①無意識的表象は「個別項目」を比較的正確に保持。
②意識的表象は「全体の雰囲気・構造」を統合的に表現。
🟦アファンタジアへの接続:
アファンタジアの人は、①無意識の記憶痕跡 ⇒ 機能してる。②意識的な統合表現 ⇒ 不在あるいは弱い。
①視覚ワーキングメモリの客観性能と、②意識的なイメージ体験は、少なくとも部分的に別物らしい。
つまり、①情報はある、②意識像として見える、これらは別。

⬛️近年のアファンタジア研究をかなり包括的に整理したレビュー論文(既存の論文を集めて分析・整理し、その分野の全体像や最新動向を俯瞰できるようにまとめた論文)。全文は読めない。
出典(x.com):無像之像
Aphantasia and the Mechanisms of Visual Mental Imagery
https://annualreviews.org/content/journals/10.1146/annurev-vision-110425-105103
Paolo Bartolomeo
2026-05-06
🟦AIによる要約:
ChatGPT のログ(PDF版|画像版)
Claude のログ(PDF版|画像版)
🟦ざっくり概要:
近年のアファンタジア研究をかなり包括的に整理したレビュー論文(既存の論文を集めて分析・整理し、その分野の全体像や最新動向を俯瞰できるようにまとめた論文)。全文は読めない。

⬛️アファンタジアは「脳内に絵が存在しない状態」ではなく、「脳内で生成された表象を意識的なイメージとして体験できない状態」かもしれない。
出典(x.com):無像之像
Aphantasia and the Mechanisms of Visual Mental Imagery
2026-05-06
Paolo Bartolomeo
https://www.annualreviews.org/content/journals/10.1146/annurev-vision-110425-105103
ざっくり結論:
アファンタジアは「脳内に絵が存在しない状態」ではなく、「脳内で生成された表象を意識的なイメージとして体験できない状態」かもしれない。
仮説:視覚イメージは脳内ネットワーク全体の協調動作から生じる。主役は3つである。
① 高次視覚領域(物体・顔・色などの視覚表象を保持)
② 前頭頭頂ネットワーク(注意・ワーキングメモリ・意識的制御を担当)
③ Fusiform Imagery Node(FIN:視覚表象と意味記憶を結び付ける中継地点)
仮説(つづき):先天性アファンタジアでは、視覚表象そのものが欠如しているのではなく、FINや前頭頭頂ネットワークを含むイメージ生成ネットワークの連携が弱いため、生成された表象が意識的な視覚体験になりにくい可能性がある。

⬛️アファンタジアは「感情的な内容の記憶も劣るのではないか?」という仮説を実験で検証したが、少なくともこの実験条件では「差は見つからなかった」という研究。
出典(x.com):無像之像
Emotional Working Memory Across the Visualization Spectrum
https://digscholarship.unco.edu/honors/134/
Jae Fast
2026年5月 卒業論文
🟦ざっくり概要:
アファンタジアは「感情的な内容の記憶も劣るのではないか?」という仮説を実験で検証したが、少なくともこの実験条件では「差は見つからなかった」という研究。
🟦AIによる要約:
ChatGPT のログ(PDF版|画像版)
Claude のログ(PDF版|画像版)

⬛️頭の中でありありと場面を想像できる人は、未来の計画をより上手に覚えて実行できるかもしれないが、それを確かめる正しい実験をまだ誰もやっていない。アファンタジアの人と、ハイパーファンタジアの人を比較することで、初めてその答えに近づける。
出典(x.com):無像之像
Does Mental Imagery Support Temporally Extended Agency? Rethinking the Experimental Approach
https://philpapers.org/rec/PEDDMI
R. Pedersen
2026-05-08
🟦AIによる要約:
ChatGPT のログ(PDF版|画像版)
Claude のログ(PDF版|画像版)
🟦ざっくり概要:
頭の中でありありと場面を想像できる人は、未来の計画をより上手に覚えて実行できるかもしれないが、それを確かめる正しい実験をまだ誰もやっていない。アファンタジアの人と、ハイパーファンタジアの人を比較することで、初めてその答えに近づける。だそうです。

⬛️人間の「心の中のイメージ(mental imagery)」を、視覚・聴覚・触覚などの「感覚モダリティ別」に分類する従来の考え方は、神経科学の最新知見と整合しなくなってきている」という主張。
出典(x.com):無像之像
Rethinking modality-specificity in mental imagery Fabrizio Calzavarini
https://philpapers.org/rec/CALRMI
Fabrizio Calzavarini
2026-05-13
🟦AIによる要約:
ChatGPT のログ(PDF版|画像版)
Claude のログ(PDF版|画像版)
🟦ざっくり概要:
人間の「心の中のイメージ(mental imagery)」を、視覚・聴覚・触覚などの「感覚モダリティ別」に分類する従来の考え方は、神経科学の最新知見と整合しなくなってきている」という主張。だそうです。

⬛️長年信じられていた「脳の一次視覚野(V1)が脳内イメージを作る」という説を、136年分の臨床データから否定した研究。
出典(x.com):無像之像
The double dissociation between cortical blindness and aphantasia: a review of 55 cases
https://osf.io/preprints/psyarxiv/mqt76_v1
Stefano Zago, Dounia Hajhajate, Alice Naomi Preti, Teresa Difonzo, Silvia Cattaneo, Paolo Bartolomeo
2026-05-19
🟦ざっくり概要:
長年信じられていた「脳の一次視覚野(V1)が脳内イメージを作る」という説を、136年分の臨床データから否定した研究。
以下を主張しています。
脳内イメージの作成はV1ではなく、左側頭葉の「紡錘状心像ノード(FIN)」を中心とするネットワークが担っている。
V1は「外の光を処理する玄関」であり、「頭の中の映像を作る工場」ではない。
先天性アファンタジアは、FINは機能しているが、前頭葉との「接続路(鈎状束)」の微細構造が弱い可能性が示唆される。
つまり「工場はある、ただし司令塔との電話線が細い」というイメージ。

⬛️ここ最近、フォロワー1万超えの人たちがアファンタジアの話をしていて、それに反応する人も増えてきた。
出典(x.com):無像之像
ここ最近、フォロワー1万超えの人たちがアファンタジアの話をしていて、それに反応する人も増えてきた。
この調子で芸能人や大物インフルエンサーまで乗っかってきたら、一気にメジャーになるかもしれない。
それが意味するのは何か。まあ、ラベルがひとつ増えるってことだ。そしてそれは…

⬛️心的イメージの神経基盤研究では、近年ひとつの有力な仮説が注目を集めつつある。
出典(x.com):無像之像
A neuronal basis for mental imagery
https://nature.com/articles/s41422-026-01260-6
Stephen M. Fleming & Nadine Dijkstra
Published: 21 May 2026
🟦AIによる要約:
ChatGPT のログ(PDF版|画像版)
🟦ざっくり感想:
心的イメージの神経基盤研究では、近年ひとつの有力な仮説が注目を集めつつある。
この仮説では、①がアファンタジア、②が非アファンタジアに対応する可能性がある。
① イチゴを思い浮かべる ⇒ 視覚情報は活性化する ⇒ その内容への主観的アクセス経験がない(イメージとして感じられない)。
② イチゴを思い浮かべる ⇒ 視覚情報が活性化する ⇒ その内容に主観的イメージ経験としてアクセスできる。
今回の研究はアファンタジア被験者を直接調べた研究ではないが、この仮説を支持しうる重要な知見を提供している。

⬛️アファンタジアでも絵は描けます(キリッ
出典(x.com):無像之像
アファンタジアでも絵は描けます(キリッ
https://note.com/imageless_img/n/n388067f45d54
2000年頃。フレディ・マーキュリーです。
(英国のバンド「クイーン」のメンバーで、ポピュラー音楽史上もっとも偉大なシンガーの一人です)
(同じく、何も見ずに想像だけ)
(紙と、おそらく鉛筆を使用)

⬛️アファンタジアの人は、単純な道案内では大きな問題はないが、「複雑な地図を一度見て記憶しながら進む」タイプのナビゲーションでは、実際に不利になる可能性が高い。
出典(x.com):無像之像
Aphantasia is associated with spatial memory and navigation difficulties in complex virtual environments
公開日:2026年5月25日
https://sciencedirect.com/science/article/pii/S0028393226001648
🟦AIによるまとめ:
Claude のログ(PDF版|画像版)
ChatGPT のログ(PDF版|画像版)
🟦ざっくり概要:
アファンタジアの人は、単純な道案内では大きな問題はないが、「複雑な地図を一度見て記憶しながら進む」タイプのナビゲーションでは、実際に不利になる可能性が高い。だそうだ。
つまり、単純な空間処理は、言語化・論理化・抽象化などの代替戦略で十分補えるが、問題は複雑化したとき、限界が出る。ということ。
🟦感想:
以下は私見です。
まあ、そりゃそうでしょう。これは自分の実感的にも「そうだろうな」という感覚。むしろ、「複雑な地図を一度見て記憶しながら進み、目的地にたどり着ける」、そういったことが仮に一般的だとしたら、「そりゃすごいね」となる。それはそう。
一方で、こうした条件の厳しい課題は現実世界の人生ではまずない。あったとしても、そのときは目的地にたどり着けないだけ。致命的でない。だからどうした? という話。
ただ、この類(アファンタジアと空間処理の深掘り)の研究はこれまであまり見かけなかったので、その点においては希少。ただし、アファンタジアのサンプル数は約60人で少ないし、サンプル全体の分類も自己報告に依存なので、そこは説得力が十分とは言えない。

⬛️アファンタジアは「映像を生成できない」のではなく、「外界から注意を引き離せない」ことで内部映像が生まれる余地がなくなっている状態かもしれない
出典(x.com):無像之像
A unifying theory of aphantasia: Aphantasia as the inability to disengage from the external environment
https://osf.io/download/wz5rb/
Merlin Monzel & Reshanne R. Reeder
2026/05/28
🟦AIによるまとめ:
Claude のログ(PDF版|画像版)
ChatGPT のログ(PDF版|画像版)
🟦ざっくり感想:
アファンタジアは「映像を生成できない」のではなく、「外界から注意を引き離せない」ことで内部映像が生まれる余地がなくなっている状態かもしれない、という研究だそうだ。
これに対して、一当事者として個人的に感じたことが2点ある。
1点目は、「少なくとも自分のケースには当てはまらない(つまり研究者の主張は自分にはピンと来ない)」という点。
2点目は、アファンタジアという概念自体が、あくまで「心的イメージの体験がない(あるいは弱い)」という結果から便宜的に分類したものであり、その状態に至る脳のメカニズムには、実際には複数のバリエーションが存在するのではないか、という点である。つまり、「アファンタジア」という大きな主語で一括りにしてしまうと、研究対象となる当事者がどのタイプに該当しているのかという焦点がぼやけ、本質的な研究につながらないのではないか、そんなことを思った。

⬛️約2,000人を対象に、頭の中でイメージを思い浮かべる能力の個人差(アファンタジア等)を調査した大規模研究
出典(x.com):無像之像
約2,000人を対象に、頭の中でイメージを思い浮かべる能力の個人差(アファンタジア等)を調査した大規模研究
https://note.com/imageless_img/n/n6f601a34f8e1
この研究は、従来の「頭の中でイメージを描けない状態(アファンタジア)」が視覚だけに偏って議論されてきた背景に対して、「人間のあらゆる五感や感覚(マルチモーダル)において、イメージを描ける人と描けない人の割合(出現率)はどうなっているのか」を約2,000人の大規模データから明らかにした画期的な論文です。だそうです(AIによれば)。

⬛️ある女性(アファンタジア)が、夫である男性(非アファンタジア)について、夫は想像の中で妻のいやらしい姿を想像していたなんて、気持ち悪い、許せない、悪寒を覚える、耐えられない、という内容の投稿
出典(x.com):無像之像
ある女性(アファンタジア)が、夫である男性(非アファンタジア)について、夫は想像の中で妻のいやらしい姿を想像していたなんて、気持ち悪い、許せない、悪寒を覚える、耐えられない、という内容の投稿。バカすぎてワロタw
https://reddit.com/r/Aphantasia/comments/1ttepvm/i_might_have_to_divorce_my_husband_upon_this/
添付画像はその翻訳文。


⬛️昨年末頃からの傾向ではあるが、最近(今月)もアファンタジアを扱う動画などの影響で、さらにアファンタジアが人々に知られるようになってきたようだ。SNSでつぶやく人も増えている。
出典(x.com):無像之像
昨年末頃からの傾向ではあるが、最近(今月)もアファンタジアを扱う動画などの影響で、さらにアファンタジアが人々に知られるようになってきたようだ。SNSでつぶやく人も増えている。
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引用:https://x.com/ochyai/status/2061800604914340080
ありゃりゃ、落合陽一さんもアファンタジアとな(?)。
こりゃ一気にバズってアファンタジアの認知度あがる予感。
変種のアファンタジア(つまりサブタイプ)のような感じがする。
※個人の感想です。
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引用:https://x.com/kensuu/status/2061967902589538383
けんすうさんもとなると、さらにバズってアファンタジアの認知度が一気に上がりそう。
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本日、インフルエンサー2人(O氏60万フォロワー、K氏30万フォロワー)がアファンタジア関連の内容をポストしたため、X界隈でアの認知が上昇中。
何となくHSPやMBTIと同様に「消費」されている感じがしないでもない。
記述によれば、両氏とも完全なアファンタジア(無イメージ)ではなく、ハイポファンタジア(低イメージ)なのかもしれないが、詳細は不明。
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最近のXのアファンタジア界隈、池谷裕二さん、落合陽一さん、けんすうさん、竹内薫さん(こちらは2022年頃に発信)といった、著名人たちが「自分も~」と言及し始めたことで、一部に「Coolじゃね?」的な空気感も? お絵かき界隈での扱いとは真逆なのが興味深い。
昨今はASD+Imager至上主義っぽいテンプル・グランディン氏が提唱したビジュアル・シンカー(ハイパーファンタジア+視覚的思考得意)勢がブイブイ荒ぶっていたが、アファンタジア勢の巻き返しくるか? 統計的にはアファンタジア勢が希少。
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引用:https://x.com/kensuu/status/2062302258692497840
え!? ひろゆきさんも? となると、一気にバズってアファンタジアの認知が上がる可能性。
とりあえず学術研究で使われてるVVIQ(今すぐ誰でも10分で完了)をやれば自己申告で「アか?そうでないか?」の一定の判断にはなる。VVIQスコア(16~80点の範囲)が25~32点以下なら一般にアと呼ばれる。
とりあえずVVIQに近いものといったらこれ:
https://aphantasia.com/study/vviq
今すぐやって、今すぐ結果が分かる。ちなみに私は常にVVIQスコア=16点(最下限の完全なアファンタジア)
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アファンタジア(Zeman, 2015)の文脈でビジュアル・シンカー(Grandin, 2023)を引っ張り出す人がいるが、アファンタジアの対極は非アファンタジアあるいはハイパーファンタジア(Zeman, 2020)。アファンタジアとハイパーファンタジアは学術研究の対象であり(論文多数)、ビジュアル・シンカーはASD優生学的なテンプル・グランディン氏が個人的に提唱した一般書籍の話。だが、ここ日本ではYouTube動画の影響もあって、直近数年はビジュアル・シンカー勢がマウントを取りがち。グランディン氏のビジュアル・シンカーはASD要素によるものが強みになっている可能性も。
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ここ数日、Xのインフルエンサーらがアファンタジアに関連する話題をポストしている。
落合陽一さん(約60万フォロワー)、けんすうさん(約30万〃)、イケハヤさん(約50万〃)、ひろゆきさん(約270万〃)
ポストの記述によれば...(続きは以下note記事)
https://note.com/preview/na3d1e7047a70?prev_access_key=f605ff8d66fa0df25eaeab72b8970e3d

⬛️なんでもかんでも「生きづらさ」に結びつけてしまう一部の人々が、アファンタジアという新しい「獲物」、いや違うな「アクセサリー」とでも言おうか、「バッジ」でも「勲章」でも「名札」でもいい、そういったものを明確に手に入れてしまったわけだ。
出典(x.com):無像之像
以下は私見です。
こんなふうに思った。Adam ZemanやBrian Levineらが2015年にアファンタジアやSDAMの概念を提唱し、一般に広く知られるようになった功績は大きい。自分もその「世界デビュー」には感動を覚えた。しかし、昨今のSNSの一部の反応を見ていると、「むしろ知られないままのほうがよかったのでは」と思ってしまうこともある。なんでもかんでも「生きづらさ」に結びつけてしまう一部の人々が、アファンタジアという新しい「獲物」、いや違うな「アクセサリー」とでも言おうか、「バッジ」でも「勲章」でも「名札」でもいい、そういったものを明確に手に入れてしまったわけだ。人類の長い歴史の中で、これまでは特に問題視されず、注目もされてこなかった単なる個人差にすぎないのに、直近のたった10年間の一部の人々は、突然「生きづらさ」を手に入れたかのようで、なんだかなあ、という感じだ。

⬛️現状、主流の研究ではFlash(閃光)の体験は「アファンタジアではない条件」とはみなしていない
出典(x.com):無像之像
引用:https://x.com/kensuu/status/2061967902589538383
現状、主流の研究ではFlash(閃光)の体験は「アファンタジアではない条件」とはみなしていないから、このケースはアファンタジアに分類される可能性が高そう。※個人の感想です。
Aphantasia and involuntary imagery (2024)
R. Krempel, M. Monzel
https://sciencedirect.com/science/article/pii/S1053810024000461
多くのファンタジア当事者は、意図的に映像を思い浮かべることはできないが、夢の中や、覚醒時に一瞬ひらめく不随意的なイメージは保持しているケースが多い(意訳)
A decade of aphantasia research – and still going! (2025)
Adam Zeman
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40992607/
アファンタジアのサブタイプを分ける重要な軸(基準)として「完全な欠如か、不随意的な残り香(Flash)があるか」を挙げてる(意訳)
Aphantasia and hyperphantasia: exploring imagery vividness extremes (2024)
Adam Zeman

⬛️アファンタジア測定にVVIQ(16問)は不要で、たった1問で済むのでは?という研究。
出典(x.com):無像之像
アファンタジア測定にVVIQ(16問)は不要で、たった1問で済むのでは?という研究。
Reimagining the vividness of visual imagery questionnaire as a single item screener for aphantasia
https://sciencedirect.com/science/article/pii/S1053810026000693
Merlin Monzel ら
2026年5月5日
🟦AIによるまとめ:
ChatGPT のログ(PDF版|画像版)
🟦ざっくり感想:
アファンタジアを見つけるためにVVIQ(16問)を使わなくても、「よく知っている場所を思い浮かべてください。どれくらい見えますか?」という1問だけで高精度の判定が可能だという研究らしい。個人的には賛成。一方で、こちらのほうがより重要だが、論文著者らはアファンタジアとハイポファンタジアを区別すべきだと主張している。すなわち、ハイポファンタジア(hypophantasia)=視覚イメージが弱い、アファンタジア(core aphantasia)=視覚イメージがまったくない。この区別を明確にせよ、というわけだ。これにも賛成である。両者は本質的に異なる現象なのに、多くのアファンタジア研究では同列に扱われている。以前から「こんな雑な基準でいいのか」と感じていた。何らかの意図で条件を広く緩くしているのだろうが、より精度の高い研究のためには区別するのが当然。

⬛️アファンタジア界隈で100年後でも決着してなさそうな(揉めそうな)テーマ。
出典(x.com):無像之像
アファンタジア界隈で100年後でも決着してなさそうな(揉めそうな)テーマ。
①『アファンタジアは “障害 or 個性” です(僕の人生にとっては) vs アファンタジアは “障害 or 個性” ではありません(僕の人生にとっては)』
これ(①)は、各人の主観だから永遠に交わらない平行線、見解の相違。
②『アファンタジア(無イメージ) vs アファンタジア(低イメージ)』
③『アファンタジア(低イメージ) vs 非アファンタジア(一般的なイメージ)』
④『非アファンタジア(一般的なイメージ) vs 非アファンタジア(高イメージ=ハイパーファンタジア)』
これら(②③④)は、研究分野で客観的な測定が進歩したとしても、それが主観的な体験と一致するかどうかを客観的に検証できず、最終的には主観的な自己報告に依存する。つまり本質的に①と同じ。

⬛️ストローソン理論から探る、私のアファンタジアとSDAM
出典(x.com):無像之像
ストローソン理論から探る、私のアファンタジアとSDAM
https://note.com/imageless_img/n/n75b4950e9a17
『自己とは、連続した物語の体験か、それとも現在を生きることか』
ゲーレン・ストローソン氏(1952年生)は、イギリス出身の分析哲学者であり、人間には「人生を連続した物語として体験するタイプ」と、「主に現在の自己として生きるタイプ」があると論じた。
彼は「自己は本質的に物語である」という広く受け入れられている「物語主義」を批判し、人生を物語として捉えない人々の存在を主張した。
この立場は後にSDAM研究との関連で注目されることになる。
本レポートは、先天性アファンタジア(心的イメージ体験の生涯的不在)およびSDAM(自伝的記憶再体験の生涯的不在)の当事者として記した私の手記を、哲学者ゲーレン・ストローソン氏の理論体系を実装したAIに投じ、その理論的枠組みから私の内的世界をどこまで再構成できるかを検証したものである。

⬛️アファンタジアとSDAMの当事者である私の手記(以下引用)の内容を、ベルクソンの体系では説明できないように感じた。つまり相性が悪い。
ベルクソンの体系では説明できないように感じた。つまり相性が悪い。
出典(x.com):無像之像
私はアンリ・ベルクソンの哲学(平井靖史さんを介した理論)をナナメ読みした程度の一般人だが、率直な感想として、アファンタジア(心的イメージ体験の生涯的不在)とSDAM(自伝的記憶再体験の生涯的不在)の当事者である私の手記(以下引用)の内容を、
https://note.com/imageless_img/n/n06b96e9813cb .
ベルクソンの体系では説明できないように感じた。つまり相性が悪い。もちろんこの世に万能の体系はない。ベルクソンも然り。ということを感じた。とはいえ、ベルクソン(平井理論)の持続、MTS、凝縮、純粋記憶、イメージ記憶、依存テーゼといった概念は興味深い。
🟦参考(AIからの視点):
Claude のログ(PDF版|画像版)
Gemini のログ(PDF版|画像版)
Grok のログ(PDF版|画像版)
ChatGPT のログ(PDF版|画像版)
Copilot のログ(PDF版|画像版)

⬛️SDAM(自伝的記憶再体験の生涯的不在)であることを大袈裟に嘆く人の例
出典(x.com):無像之像
以下は、SDAM(自伝的記憶再体験の生涯的不在)であることを大袈裟に嘆く人の例(英語)
https://reddit.com/r/SDAM/comments/1tzw473/i_found_out_i_have_sdam_two_months_ago_and_i_just/
以下は、その翻訳(日本語)
ChatGPT のログ(PDF版|画像版)
あくまで私見だが、この人はSDAMがどうのこうのよりも、単に何でも大袈裟に嘆きたい自己憐憫タイプにみえる。

⬛️アファンタジアにおける顔認識能力の研究報告
出典(x.com):無像之像
アファンタジアにおける顔認識能力の研究報告
Individuals with aphantasia show independent impairments in face perception and face memory, but not face matching
2026/06/04
Z. Pounder, M. Stantić, R. Reeder, C. Catmur, G. Bird
https://researchgate.net/profile/Geoffrey-Bird/publication/405944698_Individuals_with_aphantasia_show_independent_impairments_in_face_perception_and_face_memory_but_not_face_matching/links/6a214b038ab2ac2a70963029/Individuals-with-aphantasia-show-independent-impairments-in-face-perception-and-face-memory-but-not-face-matching.pdf
🟦ざっくり結論:
アファンタジアの人たちは、①顔記憶(一度見た顔を覚え、後で再認識する能力)と②顔知覚(顔を見た瞬間に、その顔の特徴を正しく捉える能力)に平均的な低下が見られるが、③顔照合(2枚の写真を見て同じ人か?別人か?を判断する能力)はとくに問題なかった。
これはASD(自閉スペクトラム)の人たちで見られたパターンと似ている。アファンタジアの人は平均的には顔認識が弱いが、多くの人は日常生活が成立しないほど重症ではない。また、顔認識困難を訴えないアファンタジアの人も存在する。
なお、発達性の相貌失認(生まれつき顔を覚えられない)の場合は、①②③のすべてが障害される。本研究の弱点:サンプルサイズが小規模、サンプリングバイアス可能性、アファンタジアのサブタイプ分類に基づいた分析未実施。
🟦AIによるまとめ:
ChatGPT のログ(PDF版|画像版)

⬛️推測として、幻視を見る人は、頭の中で映像を作る能力(視覚イメージ)が強い傾向があり、そのうえで「頭の中で作った映像」と「現実に見えた映像」を区別する機能が弱まると、幻覚が生じやすくなるのではないか。
出典(x.com):無像之像
Seeing without eyes: Relation between visual mental imagery and visual hallucinations
2026-02-26
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0149763426000783
ざっくり要約:
この研究は新しい実験を行ったわけではなく、既存研究を集めて分析したシステマティックレビューである。
推測として、幻視を見る人は、頭の中で映像を作る能力(視覚イメージ)が強い傾向があり、そのうえで「頭の中で作った映像」と「現実に見えた映像」を区別する機能が弱まると、幻覚が生じやすくなるのではないか。
つまり、幻視は単なる「視覚の故障」ではなく、脳が内部で作り出したイメージを現実と誤認することで生じる可能性が高いのではないか。

⬛️心の中で映像を見られない人(アファンタジア)は、本当に視覚的な情報を保持できているのか?という問題に対して、行動実験だけでなくfMRIの脳活動解析まで使って検証した。
出典(x.com):無像之像
Aphantasia and visual working memory: No direct evidence of impaired visual working memory in aphantasics, either in behavioral performance or the accuracy of a multivoxel pattern classifier
2026-03-14
Kathryn F. Knight, Fraser Milton, Adam Zeman
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S002839322600076X
ざっくり概要:
心の中で映像を見られない人(アファンタジア)は、本当に視覚的な情報を保持できているのか?という問題に対して、行動実験だけでなくfMRIの脳活動解析まで使って検証した。結論としては、アファンタジアの人は、少なくともこの研究で測定された範囲では、視覚ワーキングメモリが劣っている証拠は見つからなかった。つまり、映像イメージを作れないアファンタジアは、視覚ワーキングメモリも弱いはずという予測が成り立たなかった。という結果だった。あくまで可能性として、視覚野には「何を覚えているか」に関する情報は存在しているのであれば、アファンタジアは視覚表象そのものの欠如ではなく、視覚表象への意識的アクセスの違いなのかもしれない。という考え方。アファンタジアは「脳内に画像データが存在しない状態」ではなく、「画像データが意識経験として現れない状態」である可能性が、これまでより少し強くなった。という考え方。

⬛️アファンタジアは「脳内に絵が存在しない状態」ではなく、「脳内で生成された表象を意識的なイメージとして体験できない状態」かもしれない。
出典(x.com):無像之像
Aphantasia and the Mechanisms of Visual Mental Imagery
2026-05-06
Paolo Bartolomeo
https://www.annualreviews.org/content/journals/10.1146/annurev-vision-110425-105103
ざっくり結論:
アファンタジアは「脳内に絵が存在しない状態」ではなく、「脳内で生成された表象を意識的なイメージとして体験できない状態」かもしれない。
仮説:視覚イメージは脳内ネットワーク全体の協調動作から生じる。主役は3つである。
① 高次視覚領域(物体・顔・色などの視覚表象を保持)
② 前頭頭頂ネットワーク(注意・ワーキングメモリ・意識的制御を担当)
③ Fusiform Imagery Node(FIN:視覚表象と意味記憶を結び付ける中継地点)
仮説(つづき):先天性アファンタジアでは、視覚表象そのものが欠如しているのではなく、FINや前頭頭頂ネットワークを含むイメージ生成ネットワークの連携が弱いため、生成された表象が意識的な視覚体験になりにくい可能性がある。

⬛️アファンタジア民における「運動イメージ」能力
出典(x.com):無像之像
アファンタジア民における「運動イメージ」能力
Motor imagery abilities in individuals who experience aphantasia
2026-06-13
David J. Wright, Matthew W. Scott, Maaike Esselaar, Elizabeth C. Braithwaite, Paul S. Holmes
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0028393226001776
ざっくり概要:
視覚イメージが全くない人でも、身体感覚としての運動イメージ(筋肉の動きや体の感覚を感じる)は部分的に残っている可能性がある。しかし、その能力は一般人口よりかなり弱く、特に多感覚アファンタジアではさらに事情が異なる可能性がある。だそうです。
ざっくり感想:
筋肉の動きを感じる? 体の感覚を感じる? それはどういうことでしょうか? 自分にそれがあるとは思えません。逆に、運動イメージがある人って、どの程度それを感じるのでしょうか? リアルに感じる? 本物の体験のように感じるの? そういう人がいるのでしょうか?

⬛️頭の中の「恐怖の記憶を想像」だけでも人は避けてしまうのかについての研究
出典(x.com):無像之像
頭の中の「恐怖の記憶を想像」だけでも人は避けてしまうのかについての研究
Behavioural avoidance to imagined conditioned stimuli in differential fear conditioning
2026-06-11(査読前)
Sharmili Mitra, Andrew L. Lyons, Marzieh Hajiloo, Steven Greening
https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=6920579
ざっくり概要:
恐怖は「描写的要素(想像された映像)」と「記述的要素(危険についての知識)」の両方から作られる可能性が高い。だそうです。
ざっくり感想:
完全なアファンタジアの場合、「描写的要素」は頭の中に浮かばないので、もし恐怖を感じるとしたら、「描写的要素ではないもの全て」(つまりこれを「記述的要素」と呼んでいる?)のほうから作られる可能性が高い、ということになり得る? だとしたら、とくに違和感はない。むしろ当然。アファンタジア民だって恐怖や危険は感じるのだから。

⬛️頭の中のイメージの鮮明さやアファンタジアの判定は、定義の問題が見過ごされているため、根本から成り立たなくなっている
出典(x.com):無像之像
頭の中のイメージの鮮明さやアファンタジアの判定は、定義の問題が見過ごされているため、根本から成り立たなくなっている
Mental image vividness and aphantasia judgements are fundamentally compromised by overlooked definition problems
2026-06-11
https://link.springer.com/article/10.3758/s13423-026-02928-1
ざっくり概要:
「心の中の映像がどれくらい見えているか」を測っているつもりだが、そもそも何をもって「見えている」と言うのか定義できていない。だから現在使われている測定法(VVIQ等)の多くは、本当に測りたいものを測れている保証がない。だそうだ。つまり、アファンタジアの判定も同様。
そのため今後は、
①「普通の心的イメージとは何か」をまず定義する。
② その体験を誰でも理解できる言葉で説明する。
③ その後で大規模調査を行う(そしてアファンタジアを判定する)。
という順番が必要だと提案している。
ざっくり感想:
そりゃそうだ。そんなことは百も承知で、本質的にアファンタジア(主観的体験不在)は測れないんだから、論文筆者が提案する①②③だって所詮は五十歩百歩。とはいえ、信頼性や利便性を向上する努力は必要。それでも厳密には、永遠に五十歩百歩であることに変わりはない。

⬛️アファンタジア者における「夢」と「覚醒時の想像」の関係には個人差がある
出典(x.com):無像之像
アファンタジア者における「夢」と「覚醒時の想像」の関係には個人差がある
Heterogeneous relationships between the multisensory content of aphantasics' dreams and their volitional waking imagined experiences
2026-06-12
D. H. Arnold, L. N. Bouyer & M. Monzel
https://www.nature.com/articles/s41598-026-56386-9
ざっくり概要:
多くのアファンタジア者は視覚的な夢を見るが、まったく見ない者も存在する。これは、視覚的心的イメージ体験について、睡眠時(夢の中=非意図的)と覚醒時(意図的)が少なくとも部分的には別の神経メカニズムで生じている可能性を示唆する。
また、アファンタジアは視覚だけでなく、聴覚・嗅覚・味覚・触覚・身体感覚など複数の感覚に及ぶ場合がある。さらに、夢と覚醒時の心的イメージの対応関係には個人差があり、アファンタジアには複数のサブタイプが存在する可能性がある。

⬛️なぜ人間は「大雑把」なのに賢いのか? わずかな情報で最適解を導く「抽象化」の謎に迫る
出典(x.com):無像之像
なぜ人間は「大雑把」なのに賢いのか? わずかな情報で最適解を導く「抽象化」の謎に迫る
Adaptive Abstraction and the Computational Basis of Compositional Cognition
2026-06-08(ハーバード大学に提出された博士論文)
Yichen Li
https://search.proquest.com/openview/71ff73ec1053c18b455fd7b85bffbe11/1?pq-origsite=gscholar&cbl=18750&diss=y
ざっくり感想:
この研究は「人間は世界をそのまま詳細に記憶・計算しているのではなく、その場に応じて適切な抽象化を行うことで、限られた脳の資源で効率よく考えている」を検証するものだが、特に第2章の「想像された場面は最初から完全な画像ではない」という知見は、アファンタジアとの関係が極めて興味深い。アファンタジアは「認知システムの欠損」というより、「感覚レンダリング層を使わない認知アーキテクチャ」として再解釈できる可能性。

⬛️余興で、私が公開している主なnote記事(アファンタジア+SDAM関連)をAIに投入し、私という人物をプロファイリングしてもらった。
出典(x.com):無像之像
余興で、私が公開している主なnote記事(アファンタジア+SDAM関連)をAIに投入し、私という人物をプロファイリングしてもらった。
入力
結果
なお、AIはユーザーを持ち上げる(お世辞を言う)クセがあるので、そこは無視すること。
私が公開しているnoteアカウントは以下。
https://note.com/imageless_img .

⬛️平井靖史氏による最新のベルクソン体系を用いて、私のアファンタジア+SDAMにどう接続し得るか?についてAIに深掘りを依頼した。
出典(x.com):無像之像
平井靖史氏による最新のベルクソン体系を用いて、私のアファンタジア+SDAMにどう接続し得るか?についてAIに深掘りを依頼した。興味深い知見を得られた。
https://note.com/preview/ne2f04930671e?prev_access_key=481ee89a17e964796d875a97d0d369fa
※AIの回答は誤りを含む可能性がある。重要な判断や専門的な内容については、信頼できる一次情報を参照されたい。

⬛️平井靖史氏を通したアンリ・ベルクソン体系のざっくり要約(個人用備忘録)をまとめた。
出典(x.com):無像之像
引用:https://x.com/imageless_img/status/2066838827587789202
何かを理解するとき、私は全体の要約を「常備の羅針盤」として携えながら、随時細部を理解していくアプローチを好む。以下に、平井靖史氏を通したアンリ・ベルクソン体系のざっくり要約(個人用備忘録)をまとめた。
平井靖史氏を通したベルクソン体系では、「真の時間(実在的時間)」=「持続」であり、日常的・科学的な「時間」概念は持続を均質化・空間化した代替物にすぎない。「持続」=「過去を抱え込みながら途切れずに流れ続けること」である。持続は人間においては「積み重なった経験の流れ」として現れ、その最も直接的な現れが「意識」である。また生命においては「積み重なった変化の流れ」として現れ、絶えず新たな形態を生み出しながら展開する生命活動として表れる。さらに物質もまた、持続が極度に弛緩した極として理解される。したがって意識・生命・物質はいずれも持続の様態であるが、三者は並列的ではなく、意識・生命が持続の高い緊張を体現するのに対し、物質は持続が弛緩した極に位置するという非対称な構造をなす。持続は経験や変化を引き起こす原因ではなく、経験や変化そのもののあり方である。そして持続する限り、過去が蓄積されるため完全な同一反復は起こらず、そこから常に新しさが生まれる。この新しさの生成をベルクソンは「創造」と呼ぶ。そして宇宙とは、複数の持続が重なり合いながら絶えず新しさを生み出し続ける生成の過程そのものである。以上

⬛️アナウラリアとアファンタジア:その割合、性格、幸福感、自己制御力との関係
出典(x.com):無像之像
アナウラリアとアファンタジア:その割合、性格、幸福感、自己制御力との関係
Anauralia and aphantasia: Prevalence and distinct associations with personality, well-being and self-regulation in a large, representative sample.
2026-06-15
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0028393226001740
ざっくり概要:
アナウラリア(anauralia:聴覚性心的イメージの生涯的不在、いわゆる「心の耳」がない状態)と、視覚性アファンタジア(aphantasia:視覚的心的イメージの生涯的不在、いわゆる「心の目」がない状態)は、同じ「感覚的心的イメージの不在」でも、心理的な特徴は異なる。だそうだ。
心理的特徴とは、自己制御、感情制御、健康行動への自己管理意識、誠実性、幸福感、精神的苦痛、自尊心、所属感、感情制御、反芻思考、宗教、祈り、完全主義傾向、等々。だそうだ。
ざっくり感想:
なんか、しょーもない研究といった感じ。サンプルの偏り、測定の粗さ、因果関係不明、単なる個人差、自己報告の限界、1回限りの調査、等々、ツッコミどころも満載で、なんだかな~、という感じ。
AIによるまとめ:
ChatGPT のログ(PDF版|画像版)
Claude のログ(PDF版|画像版)

⬛️海外掲示板 Reddit より、「閃光のように、一瞬だけ視覚的イメージが浮かぶが、すぐに消えてしまう」といった、「フラッシュ(flash)」タイプのアファンタジアについて
出典(x.com):無像之像
海外掲示板 Reddit より、「閃光のように、一瞬だけ視覚的イメージが浮かぶが、すぐに消えてしまう」といった、「フラッシュ(flash)」タイプのアファンタジアについて。
https://www.reddit.com/r/Aphantasia/comments/1u87cfw/anyone_else_here_have_transient_aphantasia/
ベテラン・ユーザーのTuikord氏のコメントが参考になる。
現時点で、フラッシュの有無はアファンタジアである条件、あるいはアファンタジアでない条件からは外されている。つまり無視されている。アファンタジア者の少なくない人がフラッシュを経験するという。
ちなみに私はこれまで一度もフラッシュを経験したことがない。

⬛️海外掲示板 Reddit より、SDAM(自伝的記憶再体験の生涯的不在)についての興味深いスレッド
出典(x.com):無像之像
海外掲示板 Reddit より、SDAM(自伝的記憶再体験の生涯的不在)についての興味深いスレッド。
https://www.reddit.com/r/Aphantasia/comments/1u86m2c/comment/os9ebhs/?context=3
SDAM(自伝的記憶再体験の生涯的不在)に関する興味深いコメントがあったので、以下に引用(和訳)する。
Tuikord:2026-06-18
SDAMという名称が付けられた理由は、トラウマやその他の心理的問題といった既知の原因がないにもかかわらず発生したためです。当初の定式化では、Brian Levine博士のAI(自伝的インタビュー)で測定されたエピソード記憶分布の末端部分に過ぎませんでした。彼は、下位2%に名前を付けるべきだと考えました。あなたが説明しているのは、分布の末端部分というよりは、むしろ不連続性です。確かに、記憶障害の原因は数多くあり、幼少期のトラウマも否定できません。多くのセラピストは、SDAMに初めて遭遇すると、トラウマが原因だと決めつけ、トラウマが見つからなかった場合でも、クライアントを非協力的だと決めつけてしまいます。SDAMの研究を行う際、セラピストがまず最初に行うのは、そのような他の記憶障害の原因を除外することです。

⬛️海外掲示板 Reddit の「アファンタジア」コミュニティについて
出典(x.com):無像之像
海外掲示板 Reddit の「アファンタジア」コミュニティについて:
たとえば、このスレッドを見てほしい。
https://www.reddit.com/r/Aphantasia/comments/1u8z02d/curious_about_autism_and_aphantasia/
私が以前から感じているのは、このコミュニティに集まる英語圏のユーザーには、発達障害(ASD:自閉スペクトラムやADHD)と関連のある人が少なくないということだ。
それが自己申告なのか、正式な診断に基づくものなのかは分からないが、アファンタジアについて語っているようで、実際には自身のASD的・ADHD的な特徴について語っているだけでは? と感じられる投稿も散見される。そのため、私はここのコミュニティの話題は「話半分」くらいの気持ちで眺めている。
海外掲示板 Reddit の「アファンタジア」コミュニティについて(続き):
結局のところ、アファンタジアに関する話題といっても、学術研究を除けば、個人のエピソード(思い込みを含む)が日々投稿されているだけで、内容は大体似通っている。
たとえば、「今日、自分がアファンタジアだと知った」「ショックだった」「私はアファンタジアですか?」「俺はハイパーファンタジアだけど何か質問ある?」といった投稿はよく目にする。そういう意味では、あまり刺激のあるコミュニティとは言い難い。
ただし、アファンタジアやSDAMに関する最新の知見を踏まえて発信しているベテランのコメンテーターが何人かおり、そうした投稿は非常に興味深く、知的好奇心を満たしてくれることがある。

⬛️私という俗物をAIに解剖させた話【アファンタジア+SDAM編】
出典(x.com):無像之像
🟥アファンタジアとSDAMな私の内的世界
https://note.com/imageless_img/n/n06b96e9813cb
先天性アファンタジアおよびSDAMの当事者である私の「内的世界」について記した
🟥私という俗物をAIに解剖させた話【アファンタジア+SDAM編】
https://note.com/imageless_img/n/nb813097807b4
私という人物の行動・心理・性格を、AIにプロファイリングさせた

⬛️私という人物の行動・心理・性格を、AIにプロファイリングさせた
出典(x.com):無像之像
私という俗物をAIに解剖させた話【アファンタジア+SDAM編】 https://note.com/imageless_img/n/nb813097807b4
私という人物の行動・心理・性格を、AIにプロファイリングさせた

⬛️自身もアファンタジア当事者であるサイエンス作家・竹内薫さんが、いよいよアファンタジアに関する本の準備を始めたとのこと。
出典(x.com):無像之像
引用:https://x.com/7takeuchi7/status/2067828861828755890
自身もアファンタジア当事者であるサイエンス作家・竹内薫さんが、いよいよアファンタジアに関する本の準備を始めたとのこと。
現時点で日本語のアファンタジア本は限られており(一般書としては北大路書房の二冊のみだろうか)、そこに「竹内薫さんバージョン」の一冊が加わるのは非常に興味深い。
出版されて効果的にPRが行われれば、アファンタジアの一般への認知がさらに広がるのは確実だと思う。

⬛️「記憶は最初から個人の心の中にあるのではなく、他者との関わり(コミュニケーション)を通じて作られ、共有されるものである」
出典(x.com):無像之像
引用:https://x.com/tweetingtakumi/status/2067917264343769336
平井靖史さんの記述内容(スクショ)を要約すると「記憶は最初から個人の心の中にあるのではなく、他者との関わり(コミュニケーション)を通じて作られ、共有されるものである」になるんだと思うが、ほんとそのとおりだと思って頷いてしまった。
自分(SDAM:自伝的記憶再体験の生涯的不在)は発達障害でもADHDでもないが、自伝的記憶(の意味記憶のほう)の定着や想起に関して、パートナーとの日常会話が重要な役割を果たしているように感じている。

⬛️アファンタジアを「治療したい」と考える人たちの間で、サイケデリック(幻覚剤)使って「心の目」にイメージを見えるようにする、という話題をたまに見かける。
出典(x.com):無像之像
引用:https://x.com/shibanyan_1/status/2067926948450586740
外国語圏(特に英語圏)だと、アファンタジアを「治療したい」と考える人たちの間で、サイケデリック(幻覚剤)使って「心の目」にイメージを見えるようにする、という話題をたまに見かける。
一方、日本語圏ではまず見かけない。お国柄の違いが興味深い。
https://nature.com/articles/s44271-024-00120-6

⬛️久しぶりに見た。「***」はアファンタジアだそうだ。だから「***」なんだろう論法。
出典(x.com):無像之像
久しぶりに見た。
「***」はアファンタジアだそうだ。
だから「***」なんだろう論法。


⬛️なんとなく「アファンタジア」や「ハイパーファンタジア」がファッションとして消費される予兆のようにも感じる。
出典(x.com):無像之像
昨年末頃からの現象だったと思うが、国内のSNSやWeb上のコンテンツで「アファンタジア(「心の目」なし)」(2015年にZeman博士の学術研究により造語された用語)を扱う人が急増しつつある。その中には何十万人ものフォロワーを持つインフルエンサーも含まれる。
これまで約10年の歳月をかけて少しずつ広められた情報が、ある臨界点を超えつつあるのかもしれない。今後はより一般に浸透していくような気がする。
ここ半年間のSNS上の発信を観察していると、人々が「アファンタジア(無イメージ)」あるいは「ハイパーファンタジア(高イメージ)」の両極端を自称する(あるいは匂わせる)ケースを、以前と比べるとかなり目にするようになった。
一方で、統計的に大多数であるはずの中間層(凡イメージ)の存在はあまり目立たない。極端が目立つのがSNSというものなのだろう。なんとなく「アファンタジア」や「ハイパーファンタジア」がファッションとして消費される予兆のようにも感じる。
ジャンルは異なるが、HSP、MBTI、発達障害、ASD、ADHD、ビジュアル・シンカーといったラベルも似たような運命を辿っている。
もちろん、こういったラベルが単なるアクセサリーではない人々は数多く存在するが、SNS上ではそうした人々の存在はあまり目立たず、やたらと思い込みの激しい「自己物語」を創作する人ほど人目に触れやすく、拡散されやすい。そういったスパイラルに、いま「アファンタジア」が組み込まれつつあるような気もする。
おそらく今後、聴覚系のラベルである「アナウラリア(「心の耳」なし)」や内言系のラベルである「アネンドファジア(「心の言」なし)」、記憶系のラベルである「SDAM(自伝的記憶再体験なし)」も同じ道を辿るような気がする。

⬛️アファンタジア+SDAMな私という俗物を、「物語的自己の観点から」AIに解剖させた話
出典(x.com):無像之像
アファンタジア+SDAMな私という俗物を、「物語的自己の観点から」AIに解剖させた話
https://note.com/imageless_img/n/nfb6694434257
私にとって「物語的アイデンティティ」という考え方は、以前からしっくりこないものだった。そこであえて、その観点から自分の人物像をプロファイリングしてみることにした。

⬛️自身の専門「物語的自己」を人格否定に悪用した、心理学者マクアダムス教授の顛末
出典(x.com):無像之像
自身の専門「物語的自己」を人格否定に悪用した、心理学者マクアダムス教授の顛末
https://note.com/imageless_img/n/n63c8907b525f
心理学者のダン・マクアダムス教授が自身の専門である「物語的自己(物語的アイデンティティ:Narrative Identity)」の体系を根拠に、実在する個人の人間性や人格を否定した事実を記録した。

⬛️「人生とは物語であり、自己とはその物語をたどる存在である」 えっ?
出典(x.com):無像之像
「人生とは物語であり、自己とはその物語をたどる存在である」 えっ?
https://note.com/imageless_img/n/n45ca2fda1967
広く知られた主張「物語的自己(ナラティブ・アイデンティティ)」に対し、私自身が抱いた違和感について触れる。さらに余談として、「物語的自己」のない人間の人格を否定した著名な学者の事例も紹介。

⬛️西尾維新の初期のインタビューで「活字の文字が浮かぶ」みたいな発言あった気がするという文脈で「西尾氏はアファンタジアでは?」みたいな趣旨のポストを見かけた。
出典(x.com):無像之像
西尾維新の初期のインタビューで「活字の文字が浮かぶ」みたいな発言あった気がするという文脈で「西尾氏はアファンタジアでは?」みたいな趣旨のポストを見かけた。仮にだが、西尾氏の言わんとしているのが「活字の文字が(視覚的に)浮かぶ」ということだとしたら、それは非アファンタジア的。

⬛️最近、フォロワーが数万以上の人がアファンタジアに言及してるのをチラホラ見かけるが、雑な憶測とかでも、それがそのまま流布される。
出典(x.com):無像之像
最近、フォロワーが数万以上の人がアファンタジアに言及してるのをチラホラ見かけるが、雑な憶測とかでも、それがそのまま流布される。これは仕方がない。SNSってそういうものだから。
ところが、その雑な情報を受けるほう(つまり大衆)の受け止め方が千差万別で、雑なまま受け入れてしまう人もいるから厄介。こうして汚染されていく。でも、これも仕方がない。SNSってそういうものだから。人間ってそういうものだから。
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いま自分のポストを読み返してみたが、やはり仕方がない。 木について語れば森については雑になるし、逆もまた然り。過程について語れば結果について誤解を生むし、その逆も起きる。 そうやってウゴウゴと拍動し続けているのが人類なので、やはり仕方がない。

⬛️アファンタジアとハイパーファンタジア: 心的イメージが両極端な人たちの特徴とタイプ分け
出典(x.com):無像之像
アファンタジアとハイパーファンタジア:
心的イメージが両極端な人たちの特徴とタイプ分け
Invisible variations: Associations and subtypes of visual imagery vividness extremes.
B.G. Digard, Kealan Jones, Fraser Milton, Zoe Foster, Adam Zeman.
(2026-06-10頃).
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0028393226001466

ざっくり感想:
アファンタジア研究の第一人者であるZemanが共著者に連なる。
アは均質な集団ではないという考えを大規模サンプルとLCA(潜在クラス分析)によって体系的に示した。
ア研究を平均値や単一の状態から、個人差や複数のサブタイプを有する多次元的な現象へと視点を転換した。
視覚イメージの欠如が必ずしも記憶・空間認識・顔認識などの認知的困難を引き起こすわけではないも示唆された。
LCAという統計手法をアファンタジア研究へ持ち込んだ。
ただし研究データは自己申告に依存しておりサンプルにも偏りがある。またLCA結果も荒くていまいち?

⬛️視覚的イメージを思い浮かべられない人が、なぜイメージを必要とするように見える認知課題を他の人と同様にこなせるのか? 人は同じ課題を解いていても、頭の中では異なる方法で考えている可能性がある
出典(x.com):無像之像
「アファンタジアの謎(Puzzle of Aphantasia)」に迫る博士論文
Individual Differences in the Format of Mental Representations and Their Cognitive Consequences
2026-06-25
Ana Chkhaidze
https://escholarship.org/uc/item/4v68s2jc
https://www.proquest.com/openview/9541c7a6c661c9982c3eb2c0c9dddf74/1?pq-origsite=gscholar&cbl=18750&diss=y
以下は私見。
近年のアファンタジア研究では、「視覚的イメージを思い浮かべられない人が、なぜイメージを必要とするように見える認知課題を他の人と同様にこなせるのか」という「Puzzle of Aphantasia」が議論されている。この論文では、「課題の結果(成績)が同じでも、中で使われている認知ルートは異なる」「正解率だけを比較しても、その違いは見えない」「人は同じ課題を解いていても、頭の中では異なる方法で考えている可能性がある」と主張している。アファンタジア当事者の一人としては、ごく当然のように感じる内容であり、その実感を支持し得る実験結果を示した研究として興味深い。

⬛️イメージの鮮明さは、視覚野だけでなく脳全体のネットワークの協調で生まれる可能性が高い
出典(x.com):無像之像
イメージの鮮明さに関するfMRI研究をまとめた最新のレビュー論文
Neural correlates of visual mental imagery vividness: A systematic review of fMRI studies
2026-06-16
https://www.diva-portal.org/smash/record.jsf?pid=diva2:2073610
概要:イメージの鮮明さは、視覚野だけでなく脳全体のネットワークの協調で生まれる可能性が高い。
① 「目で見る」と「想像する」は、多くの脳領域を共通して使っている。
② 想像では、前頭葉・頭頂葉によるトップダウン制御がより重要になる。
③ イメージの鮮明さは、視覚野(V1)の活動だけでは説明できない。
④ 鮮明なイメージを持つ人ほど、想像時の脳活動は実際に見たときに近づく。
⑤ 鮮明さには、視覚野・前頭葉・頭頂葉・側頭葉の効率的な連携が重要である可能性が高い。
⑥ アファンタジアでも脳内に視覚情報は存在し、「情報があること」と「見えること」は別の過程かもしれない。
⑦ アファンタジアでも課題成績は概ね同等で、別の認知戦略を使っている可能性がある。

※ 前回の雑記:雑記②(2026.3.4~5.20/x.comより)
