巧みな手掛かりの配置と骨太なストーリー『葬送のフリーレン』というミステリ(ゼーリエとフリーレンの会話を例に)

※『葬送のフリーレン』のお勧め紹介記事です。ゼーリエとフリーレンの面接の場面に軽く触れていますが、ネタバレを最小限にするため違和感の指摘のみとしています。

巧みな手掛かりの配置

私はミステリとして『葬送のフリーレン』を読んでいるのですが、なぜそういう読み方ができてしまうのかと考えると、まず一つには、手掛かり(伏線)の配置がとても上手いからなのだと思います。

私は子供の頃にコナン・ドイルをよく読みましたが、ミステリ小説の熱心な読者ではありません。

そんな私でも、登場人物の背景をしっかり頭に入れて台詞を丁寧に読み込むと、意外なほどたくさんの情報を引き出すことができます。

たとえば、たった2コマのこのやり取りです。ネタバレにならないよう、違和感の指摘に留めます。(第57話、ゼーリエによるフリーレンの面接の場面)

※※ここからしばらくネタバレ注意※※

ゼーリエ「お前のような魔法使いが魔王を倒したとは到底信じられん」
フリーレン「私一人の力じゃないよ」

『葬送のフリーレン』第57話

このやり取りをサラッと読むなら、嫌味を言ったゼーリエに対してフリーレンがかっこよく反論した場面です。読者はフリーレンと仲間の絆を感じて感動し、ついでに意地悪なゼーリエもやっつけられたので良い気分になれます。

最初に読んだときは多くの方がこう理解すると思います。(私はそうでした)

しかし、実はそういう場面ではないと少し後にわかります。(第60話)

なぜなら、ゼーリエは弟子に対する深い愛情を持っていて(愛情を言葉にすることが不得意なだけです)、フリーレンに対してつまらない意地悪をするような人物ではないことがはっきりするからです。

では、なぜ、ゼーリエはこんなことを言ったのか?

そもそも、ゼーリエは「ヒンメルたち勇者一行が魔王を倒した」という子供でも知っている事実を無視して、なぜか「フリーレンが魔王を倒した」ことに疑問を呈しています。ゼーリエの真意がわかりません。

それに対して、フリーレンは「私一人の力じゃない」と、これもまた子供でも知っている当たり前の事実を答えています。これは確かにゼーリエの言葉に形式的には応えてはいますが、ゼーリエの真意に応えたものとは思えません。

二人のやり取りはどこか噛み合っていない、上滑りしているように見えます。

ということは、明らかに読者に何か重大な見落としがあるわけです。それは何なのか?

ネタバレになりかねないのでこれ以上の深入りは控えます。私の解釈を知りたい方は別記事を参照ください。(一回のアニメ視聴でこの疑問までたどり着くのは困難です。これが原作マンガで複数回読むことをお勧めする理由です。マンガを読んでアニメを観るのがベストです)

※※ネタバレ注意おわり※※

とにかく、具体例を使わずに説明するのは難しいため説得力がなくて申し訳ありませんが、4か月かけて『葬送のフリーレン』を読み込んだ読者として、作者がかなり巧みに手掛かりを配置していると私は断言できます。

しかも、この手掛かりの難易度の塩梅が程よくて、サラッと読んでしまうと気付けないけれども、自分の違和感にアンテナを張って丁寧に読めば「何かある」と気付くことができ、しっかり何度も読み込むと謎が解けるという具合なのです。

ここが『葬送のフリーレン』を読んでいてとても楽しいところです。(もちろん、何度読んでも涙が出てしまうシーンなどが幾つもあったりして、単に謎解きを楽しむだけの作品ではありません。アニメでは美しい劇伴も効果的で、かなり感情を揺さぶられます。)

骨太なストーリー

ミステリとして読めるもう一つの理由は、上述した巧みな手掛かりの配置からわかるとおり、作者が最後までしっかりと見通しを持って物語りを進めているという安心感です。

「ミステリ」だとすればこれは当然です。行き当たりばったりでミステリを書く人はいませんから。

『葬送のフリーレン』がミステリかどうかはさておき、本作は第1話の時点ですでに最終話までの物語の骨格が完全に出来上がっているタイプの物語です。

私は、作者(山田鐘人)の他の作品で読んだことがあるのは『ぼっち博士とロボット少女の絶望的ユートピア』だけです。

この『ぼっち博士』(2016)と『フリーレン』(2020)を比較すると、作者の物語の語り手としての力量にかなりの成長を感じます。(烏滸がましい言い方で恐縮ですが)

作品外のメタ的な情報や作家論には、基本的に私はあまり関心がないのですが、それでもこの変化にはいったい何があったのかと興味を覚えます。

自ら作画を担っていた『ぼっち博士』ですが、『フリーレン』では作画をアベツカサに委ねることで、物語りに集中できたということもあるのかもしれません。

『葬送のフリーレン』が完結した時には作者が表舞台で語ることもあると思うので楽しみです。

※このWikipediaの脚注からリンクされているブログに、作者の人となりを窺うことのできる記述がわずかにあります。


※『葬送のフリーレン』をまだ読んだことのない方へ

※『葬送のフリーレン』を女神の石碑編まで読んだ方へ

※『葬送のフリーレン』に関する記事をまとめています。ネタバレありです