農業の近代化が目指した技術とは?
『風景をつくるごはん:都市と農村の真に幸せな関係とは』(真田 2023)「第8章 地域の環境が生み出す個性ある石積み」を読みながら、「有機農業」を非科学的として無視してきた近代化(農業試験場)技術の背景にあった思惑について考えてみました。
まずは、石積み技術の変遷の紹介から始めます。
石積み技術の変遷とそれを求める社会システム
明治時代の土木事業で使われていた経験に基づく「空石積み(石と石をコンクリートやモルタルで固めることもなく、石だけでつくられる伝統的な石積み)」技術は、石どうしをコンクリートやモルタルで固めながら積む「練石積み」に置き換わっていきました。
コンクリートの材料が標準化され技術がマニュアル化されるにつれコンクリート工法の信頼度が高まり、熟練した技術を持たなくても石を積めるようになったのです。
材料は統一され、基準が作られる背景には、それを一律に管理したいという思惑がある。
石積みが弱いから、欠点があるから、その技術が捨てられたのではない。規格化ができる、計算できる、誰でもできる、という、技術に求められる価値観の変化によって、石積みが表舞台から消えていったのである。設計基準がないから空石積みができないということの背景には、設計基準を必要とする社会システムがあるということでもある。
高度経済成長期に造った構造物が早期に劣化してしまうのは、コンクリート技術のマニュアル化だけでなく、不足するインフラを速く・安く・大量に整備するための技術に変化したことも原因と言われています。
昔のコンクリートは基本人力により施工がなされました。水の量を極力抑えた硬いコンクリートを多くの人の手で丁寧に締め固め、密実なコンクリートを造り上げました。一方、戦後を経て高度経済成長期に入ると、圧倒的に不足するインフラを速く、安く、大量に整備し、経済大国として欧米に追い付くことが優先されるようになりました。
建設現場では急速に機械化が進み、これに合わせてコンクリートも機械施工しやすいものへと変わりました。たとえば、工場から現場に到着した生コンクリートを、コンクリートポンプ車を使って、迅速に現場内で運搬できるよう、水を多く使ったやわらかいコンクリートが使われるようになりました。その結果、以前のものに比べてコンクリート構造物の耐久性が低下したと言われています。
篤農家が地域の農業技術を普及した時代
明治時代以降、農業に関する試験研究も組織的に行われるようになりました。
海外から農業の専門家を招聘し、多数の種子・農具を導入、試作・試験するための農事試験研究施設を1893年に設置したことがその始まりです。
しかし明治時代初期までは、篤農家が地域の農業技術のリーダーでした。
農事試験場が全国に設立される以前は、篤農家が私的に研修を行うなど、技術の普及と人材育成の中心的な役割を担っていました。
西洋農学を学んだ新農学士が台頭してくると、経験に基づく篤農家の技術と、科学的根拠を重視する新農学との間で、技術的な衝突も見られたそうです。
今日の試験場技術のように、技術のマニュアル化を通して一律に管理しようとする思惑があったのではないでしょうか。
試験場で開発された新しい技術や品種の普及においても、地域の篤農家や彼らの子弟が技術指導員や普及員として重要な役割を果たしました。
篤農家は日本の近代農業の発展において、試験研究の礎を築き、技術普及の原動力として、農業試験場と深く関わっていました。
農業試験場技術の普及
各地の篤農家を試験場に集め、サツマイモの栽培技術を比較したことがあったそうです。
結果は、試験場技術による栽培法の収量がもっとも多かったそうです。
篤農家の技術は、住んでいる地域の土壌や気候に適していても、場所が異なれば、その成果が発揮できなかったようです。
科学的根拠に基づく試験場技術の台頭です。
各道府県の農業試験場では、育成した品種、新しい栽培方法、病害虫防除に関わる成果を普及に移す農業技術として公表しています。
ある県の専門技術員(当時)から、試験場の普及に移す技術は「だれが行っても、失敗しない技術でなければならない」「農家に技術を考える余地はない」と言っておられました。
石積みと同じように「規格化ができる、計算できる、誰でもできる」技術が求められたのです。
篤農家技術を見直そう
農業試験場では、農地の生態系を単純化することで、技術を規格化し「だれでも、どこでもできる」技術を普及してきました。
環境を保全し、持続可能な農業に求められるのは、農地生態系を複雑なまま理解し、現場に応じた対応ができることです。
現に、各地の有機農家は現場に応じた技術を開発しながら、研修を通して新規就農者を育成してきました。
試験研究者は、有機農家を含む篤農家の技術を再評価していただきたいと考えます。
篤農家と協力し持続可能な技術開発を
試験場の試験研究者は、篤農家と協力し、生物と非生物環境が複雑に絡み合う生態系(複雑系:生物的要素+環境要素 ≠ 要素単体の総和)の科学的理解を深めることで、各地の篤農家が培ってきた技術を再評価し、地域限定であっても普及可能な持続的農業技術として位置づけ直してはいかがでしょうか。
参考資料
真田純子(2023)『風景をつくるごはん:都市と農村の真に幸せな関係とは』農文協.
