「誘われる」には賞味期限がある。
学生の頃は、何もしなくても予定が入っていたはず。
「今日、飲みに行かない?」
「今度みんなで旅行しよう。」
「ゼミの集まりがあるよ。」
誘いは、向こうからやってきます。
社会人になっても、
20代くらいまでは、まだそんな空気があります。
同期会。
歓迎会。
友人の結婚式。
誰かが企画してくれる。
誰かが声をかけてくれる。
だから、
自分から誘わなくても、
それなりに人と会えます。
でも、ある時期から、
少しずつ変わります。
結婚する人がいる。
子どもが生まれる人がいる。
転職する人がいる。
地方へ引っ越す人もいる。
休日もバラバラになる。
気づけば、
「あれ、最近誰からも誘われないな。」
そんな瞬間がやってきます。
「誘われる人生」には、賞味期限があります。
環境が人間関係を作ってくれる時期は、
永遠には続きません。
もう一つ、賞味期限があるものがあります。
それは、
「フットワークよく参加していれば大丈夫」
という考え方です。
誘われたら行く。
面白そうなら参加する。
頼まれたら顔を出す。
もちろん、それは素晴らしいことです。
私も若い頃は、
そうやってたくさんの人と出会いました。
でも、
それだけでは、
人生のハンドルは、
いつも誰かが握っています。
今日は誰に会うか。
どんな場所へ行くか。
どんな人間関係になるか。
全部、
誰かの企画次第です。
ある年齢を過ぎると、
それでは人間関係は広がりません。
むしろ、
少しずつ、確実に、縮んでいきます。
だから私は、
「参加する人」から、
**「誘う人」**になりました。
最初は勇気がいりました。
でも不思議なことに、
誘うようになると、
人生の景色が変わりました。
会いたい人に会える。
話したい人と話せる。
読みたい本を書いた人に会える。
一緒に仕事をしたい人と仕事ができる。
待っているだけでは、
起こらなかったことばかりです。
私は、
「誘う」という行為は、
単に、空いている予定を埋めることではないと思っています。
人間関係を、自分で育てること。
そして、
誰とどう生きるかを、自分で選ぶこと。
そのための行動です。
もし今、
「最近、人間関係が変わらないな。」
と閉塞感を感じているなら、
それは、能力の問題ではありません。
性格の問題でもありません。
もしかしたら、
まだ学生時代や20代の頃の、
「誰かが誘ってくれる前提」
のままなのかもしれません。
その前提を一つ変えるだけで、
人生は驚くほど動き始めます。
「今度、ご飯でも行きませんか?」
たった一通のLINEですが、
その一通は、
「誘われる人生」から
「自分で選ぶ人生」
への第一歩なのだと思います。
新刊
『「誘える人」がぜんぶ手に入れる』
には、
「断られない誘い方」だけではなく、
なぜ今の時代に、
「誘う力」が人生を左右するのかも書きました。
予約受付中です。
最後に。
あなたが最後に、
「誰かに誘われた」のは、いつですか?
そして、
あなたが最後に、「誰かを誘った」のは、いつですか?
その二つの答えを比べるだけでも、
今の人間関係が見えてくる気がします。
