【新連載】小説「LOVERS」SAKUR(ai)o'n(サクライロ)編 #1 朝日差すアトリエとコーヒーの香り
2月2日より、小説「LOVERS SAKUR(ai)o'n編」新連載です。
本作は、ライブペイント画家のさくらと、即興ピアニストのリオンが、福岡のアトリエを拠点に、芸術を通して人々の心を再調律していく物語です。
静かな朝。博多の光の中で、二人の新しい日常が動き出します――。
↓↓ アトリエを構えるまでの物語(「LOVERS」外伝)はこちら ↓↓
第1話:朝日差すアトリエとコーヒーの香り
<さくら>
部屋に差し込む朝日のまぶしさで目が覚めた。
なぜだろう、ここの朝日は東京のそれよりもずっと優しく、温かいと感じる。それだけでも越してきて良かったと思う。
福岡暮らしも早1ヶ月。桜が散り、すっかり暖かくなってしまった四月。私の生活リズムもようやく整いつつある。
身支度を済ませた私はアトリエには行かず、まずはアトリエにほど近い福岡城跡の天守台に向かった。そこから朝日を見るためだ。
博多埠頭やシーサイドももち海浜公園のビーチから見る夕日の美しさは言うまでもない。けれど、天守台から見る朝日だって負けてはいない。
ここに立てば、朝の陽光に照らされた福岡市内が一望できる。それは、ここから始まる美しい未来都市の姿そのもの。私はそれを眺め、スケッチブックに写し取るのを毎日の習慣にしようと決めた。そうすることで、今日一日を太陽のように生きることができる氣がするから。
***
朝市でおいしそうな苺を見つけた私は、ひとパック購入してからアトリエに向かった。着くと、リオンくんは既に来ていてピアノを弾いていた。
「おはよう。今日も天守台に?」
「ええ、今日の朝日も素晴らしかったわ」
「さくらの顔を見れば、どれだけいい朝日だったか分かるよ。だって、キラキラしてるもん」
「ホント?」
「うん。音にするとこんな感じ」
リオンくんは私の機嫌の良さをピアノで即興演奏してくれた。目をつぶって聴くと、確かにさっき見た朝日がよみがえってきた。情景を音で伝えることができるリオンくんのことを私は心底尊敬している。
「そういえば、朝ご飯は食べた? 苺を買ってきたんだけど、一緒に食べない?」
私が尋ねると、リオンくんは首を横に振った。
「ここに来てからすっかり朝型になったおれだけど、寝起きの食欲のなさは相変わらずなんだよなぁ。苺はあとで食べるよ。さくらは?」
「うん。実は私もそんなに空いてない。なんだろう、ここの空氣を吸ってるとそれだけで満たされるっていうか」
「あはは、なんかわかる、それ。でも、さくらは食った方がいいぜ? 今だってずいぶん痩せてんだから」
「大丈夫。ありがとう」
リオンくんの優しさに感謝しつつ、微笑み返す。多分彼も同じだと思うが、芸術家は、食事よりも作品を生み出したりそれを共有したりすることのほうがずっと心の栄養になる。少々食べなくたって、それが原因で痩せたって、絵が描ければ私は別に構わない。
「あぁ、そういえば今日だったよな? あの人が来るのって」
リオンくんは思いだしたように言うと、ピアノを離れてスマホに手を伸ばした。画面を操作し、一通のメールを表示して私に見せる。そこにはこう書いてある。
――アトリエを、ワライバみたいな場にするための打ち合わせ――
そう。実は今日、私たちの思いを聞いた喫茶「ワライバ」のマスター、大津理人さんが、関東からわざわざここに赴いて直々に手ほどきしてくれることになっているのだ。
私たちのメインの仕事は「サクライロ」というユニットで行うライブパフォーマンスだが、拠点をここに移したのを機に、東京でやっていたのと同じような活動を、今度はアトリエを中心にやってみようという話になっている。そこから徐々に範囲を広げ、福岡、九州、そして全国、世界……と癒やしの輪を膨らませていく構想だ。
<リオン>
東京にいた頃のおれは夜型で、太陽の日差しを浴びると目眩がすることもしばしばだった。なのにここへ来てからは、朝日を浴びなければ一日が始まった氣がしないと感じるまでになった。ほんの数ヶ月のことなのに、まるで心身共に生まれ変わってしまったかのようだ。けれどもおかげさまで体調も良く、こうして朝早くから活動できる。一日が始まるのが楽しみだと感じられるのは、ここへ越してきたお陰だ。
それだけではない。おれにとっては、さくらがこうして生き生きと笑っていてくれるのが何よりも嬉しいこと。それだけでピアノを弾く指も心も軽やかになる。心の居場所を持つことがいかに大切かを思い知る今日この頃だ。
***
マスターは昼過ぎにアトリエにやってきた。向こうの店で会ったときと変わらぬ氣さくさで挨拶をし、アトリエ内をぐるりと見て回る。
「良いじゃん、ここ。おれも氣に入ったよ。……あぁ、隼人も連れてくりゃ良かったかな。そしたら、ぱっといい案が提示できたと思うんだけど」
隼人、というのはマスターの双子の兄で、「ワライバ」の共同経営者だ。おれはあまり話したことはないが、理人さんとは対照的で哲学に精通し、とても聡明な人だと聞いている。
「すぐにいい案が出てくるなんて期待してないよ。今日は一日ここで過ごしてもらって、それで何か思いついてくれたらラッキー、くらいに思ってるから」
「そう? なら、遠慮なくここで過ごさせてもらうよ。……っと、コーヒー、淹れても良いかな? ワライバって言ったらやっぱりコーヒー、だろ?」
おれが砕けた口調で応じてもすんなり返してくれたマスターは、こちらも自分のペースで動き始めた。
アトリエにはあえてキッチンを備えていないが、絵筆を洗うための水道はあるし、IHコンロでお湯を作ることもできる。マスターはここにあるものと持参したドリッパーを使って手際よく3人分のコーヒーを淹れた。挽き立ての豆だからか、コーヒーの香りが部屋中に広がり、アトリエが一瞬のうちに喫茶「ワライバ」と化す。
「あぁ……。やっぱりマスターのコーヒーは格別ですね」
さくらがうっとりしながら言うと、マスターは満面の笑みを浮かべた。
「だろう? ワライバを再現するなら、こだわりのドリンクは必須だよ。あ、でもおれ思ったんだけど、おれが今、勝手に淹れたように、アトリエを訪れた人が自分で豆挽いて、淹れて、飲むスタイルもありだと思うんだよな。そしたら2人は自分の創作に集中できるだろう?」
「…………!」
マスターの発案に、おれたちは思わず顔を見合わせた。
「それ、いいじゃん!」
「マスター、それ最高です!」
あまりにも喜ぶおれたちを見てマスターはご満悦だ。
「良かった良かった。じゃあさ、こういうのはどう? おれが豆を取り寄せてる業者を紹介するから、そこの豆をここにも置いてもらってさ。あとはドリッパーとかケトルとかカップとかを二人に用意してもらう。それだけでもう、おもてなしの準備はバッチリだよ。コーヒーの香りが立つだけで、ここは立派な『ワライバ』になる。せっかくだから名前も貸そうか? 『ワライバ/アトリエONE店』……。なーんてな」
「え、ここを『ワライバ』にしても良いんですか?!」
さくらは目を輝かせた。マスターも嬉しそうに語る。
「実はさぁ、ワライバ2号店を持つの、密かな夢だったんだよなぁ。でも、おれんとこみたいな、喫茶店のくせに何でも請け負っちゃう店のコンセプトを理解してくれる人ってなかなかいないじゃん? でも、二人ならその理念を踏襲してくれると信じてるから、安心して名前を貸せる」
「へぇ、マスターにもそんな夢があったんだ?」
「そりゃあ、店を持ってる人間なら誰しも一度は抱く夢だよ。で、どうする?」
問われたおれはもちろん、「それなら遠慮なく」と返した。
「よし。そうと決まれば、アトリエのワライバ化計画もはかどるな! ここに来る飛行機の中で色々練ってきたんだよ、実は」
何も考えていないようなそぶりをしていたマスターは、持参した鞄から数枚の紙を取り出すと、早速テーブルの上に広げたのだった。
第2話:「アトリエを集い場にしたいアーティストの葛藤」はこちら
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