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小説「LOVERS」サクライロ編― #2 アトリエを集い場にしたいアーティストの葛藤

本作は、ライブペイント画家のさくらと、即興ピアニストのリオンが、福岡のアトリエを拠点に、芸術を通して人々の心を再調律していく物語です。


第1話あらすじ:
福岡のアトリエから癒やしの輪を広げたいとの思いを抱く画家のさくらとピアニストのリオンは、関東で懇意だった喫茶「ワライバ」の店主、大津理人を招いて「アトリエのワライバ化計画」の手ほどきをしてもらうことに。アトリエの雰囲氣が氣に入ったというマスターは早速、案が書かれた紙を広げ始める――。



第2話:アトリエを集い場にしたいアーティストの葛藤


<リオン>

 マスターが広げた紙にはいくつかの案が示されていた。

 1.音を出して良い日と、無音の日を作る。
 2.有名無名を問わず、作家を名乗るすべての人の本を置く。
 3.プライベート空間を確保するため、各デスクには仕切りを設ける。
 4.差し入れ大歓迎! お金以外の物々交換こそ、ワライバの醍醐味!

「ここに、さっき出たセルフサービスも追加しておこう」
 マスターは早速直筆で書き添えた。
「どう? おれの案は?」

「様々なアーティストを想定した、素晴らしい案だと思います!」
 さくらが絶賛すると、マスターはペロリと舌を出した。

「……実はこの案、 “詩人” さんが出してくれたのをおれがアレンジしたものなんだ。ほら、二人はピアノ演奏ありきだろう? だけど、音がない方が集中できるアーティストもいるよって教えてくれて」

 詩人さんというのは、ワライバの常連客の一人。即興で詩を書くことに長けているが、音がない方が閃きやすいと聞いたことがある。

「あぁ、なるほど」
 さくらは詩人さんの考えを支持するように頷いた。

「だけどここ、言っとくけど、メインはおれとさくらのアトリエだぜ? 音を出さない日を作るっていうのは難しいんじゃねえかな?」

 そう。おれの頭の中は常にピアノの旋律が流れている。それを表現しなければ生きていけない。ピアニストってのはそういう生き物だ。指のこわばりから、ピアノでの表現がわずかに遅れるだけでもストレスを感じてしまう。なのに、自分のアトリエにいながらそれを制限するルールを課すというのはどうしても納得がいかなかった。

 マスターは腕を組んで考える。
「だったらいっそのこと、ミュージシャンだけを歓迎する場所にする? まぁ、そうなってくるとワライバの真価が発揮されないわけだけど」

「ワライバは、誰もが好きなときに好きなだけいられるのが売りですものね?」

「そゆこと。おれをここに呼んでまで、ここを『ワライバ化』したいって言うなら、もうちょっと柔軟に考えてもらわないと……。って氣持ちはあるよ」

 二人の意見を聞いて苛立つ。

「じゃあ二人は、おれ一人が何日か一回、アトリエを出るか音を鳴らすのを我慢しろって言うんだな? みんなの幸せのためにおれが犠牲になれば良い、と!」

「おいおい、おれたちはそんなこと……」

「そうだよ、リオンくん。ちょっと落ち着こう……?」

「どうして落ち着けるってんだよ?!」

 自分でも驚くほどに心が乱れている。けれど、今の話を聞いていたら、聖域を侵されるような氣がして仕方がないのだ。頭の中に流れてくる音さえも荒れ狂っている。おれの心の乱れを象徴するかのように。

 そのとき、さくらが椅子から立ち上がった。そして、すっとおれの腕を取るとそのまま外に引っ張り出そうとする。

「……なんだよ? どこに行こうってんだよ?」

「公園を歩こう。……マスター、ちょっとだけ留守番を頼んでも良いですか?」

「もちろん。頭冷やしといで」


***


 さくらに連れてこられたのは、アトリエからすぐの大濠公園。桜は既に散っているが、園内の木々は新緑が光り、鳥たちも春の訪れを祝うようにさえずっている。

「ほら、深呼吸して」

 さくらに促され、二、三回深呼吸をする。と、少しずつ苛立ちが収まり、乱れていた心も頭の中の音も収まった。

「……ありがとう。少し、落ち着いた」

「よかった」
 さくらはホッと胸をなで下ろし、そのあとでおれの方を見た。
「リオンくんの氣持ち、私は良く分かってるつもりよ? だけど……」

「だけど?」

「アトリエに籠もりっきりじゃ、いい作品は生まれないんじゃないかな? 少なくとも私はそう思う。別に、さっき提示された案をそのまま採用する必要はない。例えばリオンくんが街に出ている間だけ、無音を求める人が利用できるというルールでもいいじゃない? だって、リオンくんの言うとおり、あそこは私たちのアトリエなんだもの。自分たちが心地よく過ごせるような空間作りをすれば良いと思うよ」

「さくら……」

「うん。その時は私も付き合う。……知ってるでしょう? 私が人見知りなのを」

「あはは、そうだったな……」

 アトリエをアーティストの集い場にする――。それは理想であり、実現させたいことでもある。しかし、実際にやるとなると、様々な問題が見えてくる。多くの人に開かれたアトリエづくりをするには、そのひとつひとつを丁寧に見つめ、対処していかなければならないことを知る。

「……ワライバを目指そうとするから苦しいのかもしれない。ワライバって、メインはあくまでも喫茶店だろう? 常連ばかりじゃない、一見さんだってたくさん訪れる。それを許容できる人だけがマスターになる資格を持つ。けど、おれたちはアーティストだ。誰でも受け容れられるわけじゃない。そうだろう? 同じ感性、同じ志を持つ者同士じゃないと居心地が悪い。そう考えると、毎日アトリエを開放するんじゃなくて、週に一、二回とか、一日の中でも数時間とか、もっと絞った方がいいような氣がするんだけど、どうかな?」

「あぁ、それは名案ね」
 さくらは目を輝かせた。

「実は私も、うまく言葉にできなかったけど、ずっと何かが引っかかっていたの。それはきっと今リオンくんが言ってくれたようなことだったんだわ。人見知りなのに、ふらっと街のミュージシャンがやってきて楽器を弾き鳴らし、時に私に話しかけてくることを想像したら、なんだか身体がこわばっちゃって……。でも、年長のマスターに来てもらう以上、意見を受け容れないのも申し訳ない氣がして……」

「そうだよな……。よし、今出た案をマスターにも話そう。あの人ならきっと分かってくれた上で、もっと良い案を出してくれるはずさ」

「そうね。相談してみましょう」




<さくら>

「おかえりなさい」
 アトリエに戻ると、マスターが笑顔で迎えてくれた。

「おかえりなさい……か」
 リオンくんがぽつりと呟いた。彼が私を見つめるので、小さく頷く。

「うん。私も思ったよ。ここを、いつでも帰れる実家みたいな場所にしたいって」

「さすがは、さくら。おれの言いたいことをすぐ言語化できるのはさくらだけだ」
 リオンくんが嬉しそうに私の両手を握った。

「……それで? ご機嫌で戻ってきたってことは、話はまとまったのかな?」

 マスターは咳払いをし、私たちの間に割って入った。ちょっぴり氣まずさを感じた私たちは、それぞれ空いている椅子に腰掛ける。

 私に目配せをしたリオンくんは、さっき二人で話していたことを語る。

「……マスターと詩人さんが出してくれた案は確かにいいよ。だけど、おれたちは喫茶店を開きたいんじゃなくて、いちアーティストとして、ここを同じ属性の人間が集まれる場所にしたいんだ。だから、決まった日に『音を出せない日』をもうけるんじゃなくて、もっと柔軟にやりたいなと思ってさ」

「まぁ、そりゃあそうだよな。ただ、このアトリエ兼ワライバに興味を示してくれるような人だったら、ピアニスト・リオンの考えだって理解してくれるんじゃないか? 二人が出て行ってからおれも少し考えたんだけど、『音を出せない日』を作るってのはやり過ぎだとおれも思う。
 だからそうじゃなくてさ、リオンくんのピアノを聞きながらでも創作できるって人、あるいは今日はそういう氣分だ、って言う人がその時間に利用すればいいんじゃねえかと。で、リオンくんの演奏が止まってる時間は『無音の時間』として差し出す。それなら誰も不快にはならない」

 とても良い案だと思った。それを受けて、一つの考えが浮かぶ。

「なら、こういうのはどうでしょうか。リオンくんが演奏の手を休めていることを外看板などで都度つど周知して、タイミングが合った人だけ、その時間『無音』で利用してもらう、というのは。あるいは割り切って、週に一度だけ『誰でも来室オッケーな日』を作ってアーティストの交流の場にする、とか。そもそも『アトリエ』なんだったら、こちらの都合を優先してもいいんじゃないか、って思ったんですが……」

 ワライバのような憩いの場を作りたいという思いから始まったこの計画。だが、私たちはお金儲けが目的で始めるわけじゃないのだから、独自のやり方を貫いてもいいように思えた。

「それ、いいじゃん!」
 食いついてきたのはリオンくんだ。

「どこかで一日、バンドマンが集う日があってもいいよ。おれがバンド出身だし、地元のミュージシャンとも懇意になりたいし。逆に、さくらの絵の個展をここで開いて、その間は派手な鳴り物無しにするってのもありじゃね? お互い、氣持ち良く過ごせるようにしようよ」

「良いじゃん、良いじゃん。どんどんアイデア出てくるじゃん。よし、早速今のも書き加えておこう」

マスターは嬉しそうに微笑み、紙にメモを残しながら言う。

「あぁ、良いことを思いついたぜ? おれ、ワライバとアトリエを切り離して考えてたんだけど、いっそのことミックスしちゃえば良いんじゃねえ? つまりさ、お互いの芸術作品を見て刺激をもらうんだ。もちろん、芸術家じゃない人も、アートが生まれる瞬間を覗き見できる場にする。そんな場所、今までどこにも存在しないんじゃねえか?」

『あ……!』

 私たちは互いの顔をのぞき込むように目を合わせた。

「それって、最初の提案書の4番じゃん! 物じゃねえけど、互いの能力を交換し合う……。これぞ、アーティスト版ワライバだよ!」

「ええ、とても素敵ね。だけど、リオンくん。やるとしても少しずつにしよう? 最初から誰でもウェルカムだと私……」

「分かってるって。それはおれだって同じだから。さくらの一人時間は必ず確保するって約束するよ」

「ありがとう」

「なんだか面白くなってきたじゃん。こういう試合展開、おれ、好きだぜ」
 元球児らしく、マスターがこの状況を野球になぞらえて言った。

「おれからのアドバイスを一つ。最初はプレオープン的に始めたらいいと思う。一日、二日、お試しでアトリエを開放する。で、客層や反応を見て、再度作戦を練る。それで自分たちの活動に支障が出るようなら、一日のうちでも午後だけ解放するようにしたって良いだろうし、いっそ氣まぐれに解放したって良いとおれは思う。アーティスト同士が集うのがメインだったら尚更だ。……ちなみにおれの店は、年中無休なのに来客少ねえぜ?」

 私たちを安心させるために、マスターが自虐ネタを披露した。確かに喫茶「ワライバ」の客の入り具合はマスターの言う通りかもしれないが、そこに居心地の良さを求めてやってくる常連が多いのもまた事実。私たちはその「居心地の良さ」をここに再現したいと思っている。

「ありがとうございます、マスター。私たち、このアトリエを大事に育てていきます」
 深くお辞儀をすると、マスターは「おれはなんもしてないよ」と謙遜した。

「じゃあ、とりあえずの方針が決まったところで、せっかくだし、早速二人のアート活動を見せてもらおうかな」

 そう言うと、マスターはもう一杯コーヒーを淹れて鑑賞する体制に入ったのだった。


第3話:苺が繋ぐ、芸術と人の輪はこちら



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