【連載小説】「愛の歌を君に2」#2 くすぶる怒り
前回のお話:
原点である路上ライブを成功させた三人だったが、その様子を撮影した動画を見た麗華の所属事務所社長から「サザンクロスでメジャーデビューしないか」と声がかかる。拓海と智篤は端からメジャーで活動する氣などなかったが、話を断れば音楽業界から締め出されることが分かっている麗華は悩んでいた。胸の内を話すと、二人は笑いながらメジャーと対立すると宣言。その堂々たる振る舞いに勇氣づけられた麗華はついに事務所を辞める決意をする。
4.<麗華>
「どうなっても知らないからね……?」
社長と交わした最後の言葉が現実のものになるまで一週間とかからなかった。まず、定期的に通っていたボイストレーナーから契約を打ち切られた。理由を聞いても「ごめんね」と言うばかりで詳しいことは何も教えてもらえない。それならばと別のコーチを当たってみるも反応は同じ。ここでようやく辞めた事務所があたしを排除しようとしているのだと悟った。
しかし仲間は「想定内」だと思っているのかあまり氣にしていない様子だ。最初からインディーズでやってきた彼らにとっては自力が普通。組織に属し、従ってきたあたしとはそもそも考え方が違う。頭では分かっているつもり。だが、どうにも落ち着かない。
リビングでソファに凭れ天井を仰いでいると、拓海に顔を覗かれた。
――何考えてるか、当ててやろうか?
拓海は手話でそう言い、あたしの隣に腰掛けた。
――自分は、思い通りに音楽活動が出来なくなることを不安に思ってるのに、俺らがあっけらかんとしてるから困惑してる。……違うか?
「……あたり」
――心配するな。生きてる限り、打開策は必ず見つかる。俺らを信じろ。
「……だとしても、あたしはあんたたちのように、でんと構えていることが出来ないわ」
「それは多分、レイちゃんがメジャーの人間だからさ」
そこへ智くんも加わる。
「拓海の復活からここへの引っ越し、そして路上ライブと忙しい日々を過ごしてきたせいでこの頃は交流する時間がなかったけど、僕らにはインディーズ仲間がたくさんいるんだ。ライブハウスのスタッフたちとも親しい。僕と拓海が堂々としているのはそのせいだよ」
智くんの言葉を聞いた拓海は、「そういうこと!」と言わんばかりに笑みを浮かべて頷いた。
「仲間……か」
思い返してみればあたしはずっと一人で闘ってきた。業界の人はみんなライバル。ちょっと仲良くなった子がいても、そういう子は優しいから業界の厳しさに耐えきれずに去り、氣付けば心許せる人間はいなくなっていた。
それでも頑張って来れたのは支えてくれたファンと、陰ながら見守ってくれた「神様」がいたからだが、「シンガーソングライター・レイカ」を卒業した今はもう神様からの言葉や曲は降りてこない。慣れ親しんだ声が聞こえないことに寂しさを感じていたところへメジャー界のいじめが始まったのだから、不安になるなと言う方が無理である。
うつむくと智くんがしゃがみ込み、あたしの顔を正面から見た。
「レイちゃんは僕らが認めた歌姫だよ? ウイング時代から交流のある人たちに受け容れられないわけがない。大丈夫。みんなホントに氣のいい奴らばかりだ。何も怖がる必要はないよ」
その目の輝きを見れば彼が真実を語っているのは明白だった。
「……ホントに受け容れてもらえるのかな。元メジャーのあたしが」
――受け容れさせるさ。
拓海も自信たっぷりの表情で手を動かした。
「……分かった。そこまで言うなら会わせて。ちゃんと挨拶がしたいわ」
「もちろん。って言うか、そう言ってくれる日を待ってた。なぁ、拓海?」
拓海はうんうんと力強く頷くと、あたしの腕を取って立ち上がった。
――行こう、今から。
「え、今から……?」
――善は急げって言うだろ?
「…………」
「悩んでる暇はないよ、レイちゃん。人生は有限なんだからね」
智くんの言葉を聞いたあたしは拓海と目を合わせた。不安げに見つめていたからか、拓海は「そんな目で見るな」とでも言うかのようにかぶりを振ってあたしを抱いた。
拓海の胸から心臓の鼓動が聞こえる。ドク、ドク、ドク……。規則正しく動いてるのを感じていると、智くんが言う。
「……確かに一緒に過ごせる時間は延びた。だけどこの時間はいつまでも続くもんじゃない。……拓海が声を出せるならきっとそう言うだろうし、僕もそう思う」
「そうだね……。拓海の体温を感じられるのって、当たり前じゃないんだよね」
そうだよ、と言うかのようにその腕があたしを強く抱く。
「ありがとう、拓海。智くん。インディーズ界のこと、いろいろ教えてちょうだい」
「オーケー」
智くんは嬉しそうに答え、あたしと拓海のギターを渡してくれた。
――さすがは智篤。俺の心情を完璧に言語化してくれたお前はもはや心の恋人だぜ。
「ふん……。君の考えは単純だからな。発言のパターンなど知れてる」
拓海の手話を読み取った智くんはそう返してそっぽを向いたが、嬉しい氣持ちを素直に言えないだけだと言うことは、あたしも拓海も分かっている。
呆れたようにため息をついた拓海だが、あたしのときよりも嬉しそうに智くんの肩を抱き、玄関に向かったのだった。
5.<拓海>
夕方。ライブハウスの開店準備中に俺たちは店を訪れた。入るなり、「あ!」と声があがる。
「拓海さん、智さん。お久しぶりっす! 今日のライブ、見に来たんっすか?」
バイトでバンドマンのユージンだった。五年くらい前に知り合い、俺たちを兄のように慕ってくるかわいい男だ。
「今日はメジャー出身のレイちゃんに、インディーズ仲間やここのスタッフを紹介したくてね」
智篤が来店の理由を説明すると、ユージンは子どもみたいにガッツポーズをした。
「じゃあ、オレのことも紹介してもらえますよね! 今日、バイトで良かったー! いつか麗華さんとしゃべりたいって思ってたんですよー! ……オレ、ユージンって言います。ブラックボックスって名前のバンドでエレキ弾いてます。七年前にウイングのライブ見て一目惚れして、絶対ここで一緒にやるんだって仲間を説得して……。そのあとは色々ありましたが、対バンの夢が叶ってからというもの、ずっと仲良くさせてもらってるんですよ」
「ユージンくんって言うのね。あたしはレイ……」
「あーっ! 名乗らなくても……! 麗華さんのことはよーく知ってます。なにせおふたりがずっと……ライバル視してた人ですから。まさかその麗華さんとかつてのバンド名で一緒にやるなんてね……。年末のライブで集まったバンドグループはみんなびっくりしてましたよ。あの日はその話を聞きたかったんだけど、智さんが具合悪そうに店を出て行くのを見た人がいて、みんなで心配してたんです。それきり姿も見なくなったし……」
「ああ……。そいつは悪かったな……。おかげさまでこの通り、若返って戻ってきたぜ」
智篤はにやりと笑い、俺と肩を組んだ。
「拓海は声が出なくなっちゃったけど、それ以外は超がつくほど元氣だから」
「ええっ!! 拓海さん声なくしちゃったんですか!! 病氣か何かですか? かすれた声が好きだったのに、残念だなぁ……。もしかしてしばらくここに顔を見せなかったのってそのせい?」
「まぁ、そういうことになるかな……」
「そっかぁ……」
ユージンは本当の残念そうにため息をついた。期待に応えられないのは俺も辛いが、声を代償しになければ死んでいたし、そうなっていた場合、声はおろかこうして会うことも出来なかったのだから仕方がない。
――心配するな。俺が歌えなくても智篤が歌ってくれるし、俺はその分ギター演奏でみんなを楽しませるから。
手話で話すと、智篤が読み取ってユージンに伝えてくれた。彼は「ホントに声が出ないんだ……」とつぶやいたが「じゃあ、ここへ来たついでに次のライブの予約もしていって下さいよ。オーナー呼んできますから」と言って店の奥に向かいかけた。
「その必要はない」
いつからいたのか、呼びに行くまでもなくオーナーはすぐ近くに立っていた。
「あ、オーナー。サザンクロスさんがきて……」
「ユージン。いつまでしゃべっている? 開店の準備を進めろ」
「ひぃっ……! 分かりましたぁ……」
強面ですごまれたユージンは肩をすぼませると、いそいそと仕事に戻っていった。
「さて……」
オーナーは俺たちに向き直ると、長い前髪を掻き上げた。その仕草は悪い話が始まる前兆。俺も智篤も身構える。
「単刀直入に言おう。残念だが今後、サザンクロスには出入りを遠慮してもらう。理由は分かるな? 正直、心苦しいよ。だけど、私はここのオーナーだからね。他のバンドを守るためにもそうするより仕方がないんだ。分かってくれ」
「…………!」
俺たちは顔を見合わせた。まさかオーナーから「出禁」を告げられるとは……。なぜこんなことになったのか想像するのは容易だったが、正直な話「嘘だろ?!」って感じだ。俺の思っていることを代弁するかのように智篤が息巻く。
「はぁっ?! なんでだよ。最初期からここで歌ってきた僕たちを排除しようってのか?! ずっと味方だと思ってたのに……!!」
「だから、心苦しいと言ったじゃないか。もちろん、個人的には味方でいるつもりだし、これからも応援していきたい氣持ちはある。ただ、ここでは歌わせられないって話だ」
「それは……あたしが所属していた音楽事務所の指示ですか?」
麗華の問いにオーナーは「想像に任せる」とひと言だけ呟いた。
「……がっかりだよ。オーナーだけはどんな事があってもメジャーと闘ってくれると信じていたのに」
「それは若い頃の話だ。これだけ多くのバンドマンが出入りする店になった今となっては、一バンドの野望より店の方が何倍も大事なんだ」
ライブハウスの創設と時を同じくして結成した俺らとオーナーとは同年代。付き合いが長いこともあり、最も心許せる人物のひとりだった。そのオーナーから言い渡された、ライブハウス出入り禁止令……。この胸の痛みと怒り、憎しみにも似た感情は、麗華に裏切られたときに感じたものと同じだった。
智篤はなおも睨み付けながら言う。
「……僕らを見捨てるってのか」
「生き残れるよう手は尽くす。その代わり、ここへは足を踏み入れるな。……ほとぼりが冷めるまでは」
「くっ……。おい、拓海も何か言ったらどうなんだ……?」
――言いたいことはお前が全部言ってくれた……。それと……手話じゃ俺の怒りは十分の一も伝わらねえから……。
俺だって出来るものなら反論したい。だけどこの感情をうまく手話で表せそうになかった。
そう、俺たちは激怒している。が、麗華の方はどうだろう。おそらくこんなことになってしまった責任を感じているはず。その証拠に麗華はさっきからうつむきっぱなしだ。
――お前のせいじゃねえよ。大丈夫。若い頃、こういうことは日常茶飯事だった。でも、なんだかんだ言ってなんとかしてきた。だから今度もきっとなんとかなる。
「……ごめん」
俺たちが頼りないからだろうか、麗華はぽつりと謝った。
「最後の挨拶だけは許そう。だが、開店前には出て行ってくれよ」
オーナーはそう言い置くと、近くにいた一人の男に何やら耳打ちをしてから去っていった。
6.<智篤>
とても最後の挨拶などする氣分じゃなかった僕らはすぐに店を出た。
「ごめん、レイちゃん……」
僕は本来の目的が果たせなかったことを詫びた。もちろんレイちゃんがそんなことを氣にするはずもないが、彼女に責任を感じて欲しくなかったから先手を打った。
「なんかモヤモヤするから、この足で歌っていきたいな……」
「そうね……。あたしも歌いたい」
――じゃあ、地元に帰ったら弾くか。本音を言えばすぐに弾きたいところけど、都内は取り締まりのお巡りが多いからな……。
「まったく、面倒な世の中になったものだ……」
僕らが学生の時分には路上で自由に弾き語りが出来たのに、最近は使用許可を取らないとおおっぴらに活動出来なくなった。地方はそこまで厳しくないが、都内では夜ごと警察官がうろうろし、たむろする若者に声をかけまくっている。それが犯罪防止に役立っているならいいが、ミュージシャンの側にしてみれば年を追うごとに「表現の自由」が奪われ、生きづらさも増していると感じる。
そうやって湧き上がる想いや感情に蓋をするから余計に不満が溜まるのに、それが分からない連中がいる。僕を含め、今やこの国の大多数が噴火寸前だ。もし僕らの不満が一斉に噴出したらおそらく誰も止めることはできないだろう。
僕らの使命はこの、不満を抱く人たちをこちら側に引き込み、一緒になって自由を奪う奴らに「NO」を突きつけること。そのためには従順な家畜でいることをやめ、どうすれば生きやすい国になるか自分たちの頭で考え、行動していかなければならない。
言われたとおりに動くだけ、というのは確かに楽ちんだ。しかしその代償として自由な発言を奪われ、競争心をあおられ、時間に追われるよう仕向けられ、心身共に病氣にさせられる。そこに幸せはあるのか? 僕の答えは「NO」だ。
(こちとらぁ、歌で死にかけの男を救ったんだ。僕らに出来ないことなどないってことを証明してやる……!)
駅前でしゃがみ込んでダベる若者に声をかける警察官を横目で見る。
「……ちっ。外で自由にしゃべることすら許されねえのかよ。腐ってんな、この世の中は」
――おいおい、ちょっと前までのお前が顔を出しかけてるぜ? 氣持ちは分からんでもないが、間違ってもツバなんか吐き捨てるなよ?
憎々しげに言ったからか、拓海は身体を張って僕の行く手を阻んだ。
「まさか。僕の武器は歌とギターだぜ? ♪つまんねえ人生にツバを吐けー、つまんねえ世界を終わらせろー……」
本当にツバを吐く代わりに、僕は警察官に聞こえる声量で「オールド&ニューワールド」のサビを歌った。
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