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【新連載小説】LOVERS #1 すれ違う想い

本日より新連載LOVERSラバーズがスタートします! 
物語としては「僕は君に恋してる」~舞×ユージン編~ の続きになりますが、初見の方でも充分お楽しみいただけます!
今回は、大人の男女の恋愛を丁寧に描いていく予定。1話読み切りとしても楽しんでいただけるように、心情描写中心で進めていこうと思っています。

※第1話(今回)は、全員(4キャラ)登場のため長めとなっています!



<主な登場人物紹介>

水沢さくら(33):
職業は画家。ずっと売れずに悩んでいたが、ミュージシャンである伯母の麗華れいかの助けにより、バンドの生演奏に合わせて即興で絵を描くという、ライブペイントアーティストに転向。その道で成功を収め始める。麗華が属する「サザン×BBビービー」のバンドメンバーと懇意にしている。中でもリオンは良い刺激を与えてくれる仲間。

音村理恩リオン(22):
職業はミュージシャン。兄・ユージン(26歳、エレキ担当。現在は恋人の舞と同棲中)と、双子の姉・セナ(22歳、ボーカル&ピアノ。リオンと共同生活中)をきょうだいに持つ。過去には「ブラックボックス」という名で三人組バンドを組んでいた。現在は、「サザン×BB」に属する。リオンの担当は電子鍵盤キーボード。画家のさくらとは、同じアーティストとして尊敬し合う仲。恋愛感情はない。

音村星夏セナ(22):
リオンは双子の弟。いつでも一緒にいる。誰とでもすぐに仲良くなれる特技を持つ。同じバンドのメンバー、智篤ともあつと付き合っているが、年が離れすぎているためか、子供のように思われており、少し不満を抱いている。

智篤ともあつ(ボーカル&アコギ):
実年齢は内緒💕現在は「サザン×BB」というバンド名で活動。
三十年来の相棒、拓海たくみの病を機に、当時はまだメジャーで活躍していたシンガーソングライターの麗華を呼び戻し、無名時代と同名のバンド「サザンクロス」を再結成した。拓海を死の淵から救ったタイミングでなぜか20代の容姿に。そのこともあって、セナとは外見上、違和感なく付き合っている。しかし実年齢を思うと本氣になりきれず、セナを悲しませてばかりいる。


1.<さくら>

 ライブペイント画家として活動を始め、早一年が過ぎた。慣れたもので、今では緊張もせずに舞台に立ち、自由に筆を走らせることが出来る。描く絵も洗練され、よりシンプルに。これが私の絵だと自信を持って言えるものが増えて来たことで、作品への愛着も強くなってきた。

(どれもこれも、私の子。愛おしい……。)

 以前は生活のために、描いた絵はすぐに売った。顧客の要望に添った絵は、金にはなったが、今思い返してみればそこに私の想いは乗っていなかった。けれども、今は違う。お世話になっているバンド、サザン×BBビービーの生演奏を聴きながら描く絵には、彼らの音楽からにじみ出る想いはもちろんのこと、私と彼らとの思い出も乗っかっている。見ればその時の氣持ちや状況がありありと思い出せる絵を手放せるはずがなかった。

 しかし、彼らとともにステージ脇で絵を描けば、必ずと言っていいほど「売ってくれ」と迫ってくる人が現れる。私が「売れません」と首を横に振れば振るほど高値を提示してくる強者もいる。それでも私は自分の意志を貫き通す。それが私の信念だから。


◇◇◇


 ところが、今回の相手は違った。自身もピアニストとして活動する、私が身を置くゆうび奏社そうしゃ社長、西森有理沙にしもりありさ氏の依頼でライブペイントを行った際のこと。お客さんの一人が私の絵を氣に入り、今すぐ買いたいと言って目の前に現金を文字通り積んだ、、、のだ。

 なんとか社長に想いを伝えて交渉してもらい、その場では売らずに済んだ。けれど、現金を引っ込めたときの目は「オレは諦めないぞ」と言っているようで怖かった。

 その話を、仲良くしているサザン×BBのピアニスト、音村理恩リオンくんにすると、彼は開口一番「もったいないことしたなぁ」と言った。

「札束を積まれたのに売らなかったなんて、どうかしてるよ。おれなら売っちゃうな。だって、自分の作品を高評価してもらえたら嬉しいじゃん?」

 その反応は予想外だった。彼なら理解してくれると信じて発言したのに……。

 私にとって、仕事上がりにリオンくんと二人きりで食事をすることは、一日を楽しく終えるためのご褒美みたいなものだった。今日だって、レストランを自分で探し、予約した。なのに、そのすべてを台無しにされた氣分だ。

「……リオンくんには、作品への愛着はないの?」

「んー。おれの場合、作品は形に残らないからなぁ。曲が売れてなんぼって言うか、お金と交換してなんぼって思ってるから」

「……じゃあもし、大事にしている電子鍵盤キーボードを売ってくれって言われたら? それも売っちゃうってこと?」

「おれの電子鍵盤キーボード? んー、どうかな。あんな古いのでも価値を見いだしてくれる人が現れたら売っちゃうかも。で、新品を買って次の曲作りに取りかかる。おれならね」

「……愛着、ないんだ」
 彼のことは、ミュージシャンとして尊敬していた。けれど、今のやりとりで尊敬は失望に変わった。

「じゃあ……。じゃあ私と一緒に仕事をしているのも、お金になるからなのね?」
 そんなことは思っていないのに、カッとなった勢いで言ってしまった。

「はぁ? なんでそうなるの? さくらと仕事してるのは、互いを高められるからであって……」

「信用できない」

「なんで?」

「なんで、って……」
 鎮めようと思った怒りはしかし、彼が口を開けば開くほどに内から吹き出してくる。自分でもどうしようもないほどに。

「仕事道具も作品も自分の『魂』でしょう? それを易々と手放す人だったなんて、正直言ってがっかり。……もう、一緒にはいられない」

 私は食事の途中にもかかわらず席を立ち、自分の食費をテーブルに置いて店を飛び出した。




2.<リオン>

 なぜ、さくらがあんなにも怒ったのか、おれには理解できなかった。アーティストだって、売れなきゃ趣味でやってる人と同じ。名が、作品が売れて、初めてプロを名乗れる。おれは、世のニーズに応え、活躍し続けられる人間でありたい。そのためならば、さっきの話じゃないが、電子鍵盤キーボードだって売る。それのどこが悪いってんだ?

 残されたおれは、さくらが置いていった金を回収してスマホケースに挟み込むと、二人分の会計を済ませて自宅マンションに戻った。部屋には既に、同居している双子の姉、セナが帰宅していた。

「あれ? もう帰ったの? さくらさんと一緒にご飯してくるんじゃなかった?」

「それがさぁ……」
 さっき、さくらと口論になった出来事をセナに話して聞かせた。同情されるかと思いきや、セナはさくらの肩を持つ氣らしい。

「アタシがその場に居たら、リオンらしい考えだなぁって笑い飛ばしただろうけど、さくらさん、真面目だからなぁ。……ちゃんと謝った?」

「謝るも何も、自分が悪いことを言ったって自覚がないのにどうして謝れるんだよ? おれはおれの考えを言っただけだぜ?」

「そういうところが良くないんだよ、リオンは。だから、いつまでも男としてみてもらえないのよ」

「…………! なんでそうなるんだよっ?! いつも言ってんだろ? おれはさくらのこと、そういう目で見てないって」

 セナはいつもそうだ。さくらと頻繁に会うのは好きだからなんだろう? って言う。男と女は親しくなったら付き合うもの、って決めつけはマジで勘弁して欲しい。

 しかし、セナの反論は続く。
「あんたはさくらさんの氣持ちを考えてみたことがあるの? あの人、普段は感情を表に出さないけど、あんたのこと好きなんだと思う。アタシには分かる。だけど、あんたがあんまりにも子供じみてるから、なかなか好きって言えないのよ」

「どうしてセナにさくらの氣持ちが分かるんだよ? 直接聞いたってことなら理解も出来るけど、憶測で語るのはよせよ。だいたい、どうしてセナは、おれとさくらをくっつけたいわけ? おれに恋愛させて何が楽しい? おれの人間関係に口出しするのはやめてもらいたいね!」

「分からず屋はあんたの方よ! 人の氣持ちも理解できないで、良くもミュージシャンを名乗れるわね! いくらピアノがうまくても、そんなんじゃいつかファンにも見放されちゃうんだから!」

「それとこれとは関係ないだろ?!」

「関係あるよ。プライベートが安定してこそ、仕事のパフォーマンスも上がる。兄さまはいつだってそう言ってるわ」

「ったく……。兄さま兄さま、って……。セナは盲信しすぎ。おれに言わせりゃ、セナの良くないところはそこだね」

 絶対に釣り合わないと分かっているはずなのに、セナは親ほど年の離れたバンドメンバー、智篤ともあつ兄さんに思いを寄せている。一応、付き合ってることにはなってるが、兄さんの方は冷静で、熱を上げているセナを諭すように接している。そんなこともあって、セナは兄さんの言うことは大抵受け容れ、信じている。少なくともおれにはそう見える。

 兄さんを引き合いに出したからか、今度はそっちで怒られる。

「そういうリオンは人の言うことやアドバイスを全く聞かないじゃないの。自分が一番正しいって、それこそ盲信してる。大人数でバンド組んでるんだから、少しは歩み寄る努力をしてほしいものね。でなけりゃ、今度はこっちからあんたを放り出すことになるかもしれないわ。一人でやってちょうだい」

「そ、そりゃないぜ! おれが歌えないの、知ってるだろう?」

「歌えないなら、得意のダンスでも披露すればいいじゃない」

 セナは意地悪くもそう言った。かつて、自分で作った曲に振りを付け、ダンスパフォーマンスした動画がバズったことがある。それを機におれだけが音楽事務所に引き抜かれそうになり、セナとおれの兄貴との三人で組んでたバンドが解散の危機に陥った過去がある。幸いにしてその話はなくなり今に至るわけだが、時折恨みがましく話題に出されることがある。

「ピアノ演奏と作曲より得意なことがあるもんか」

 今はサザン×BBで自分の才能を最大限発揮できている。この環境が氣にいってるおれとしては、メンバーがなんと言おうと出て行くつもりはない。もっとも、おれを失えばかなりの損失になるはずだから、簡単に出て行けとは言わないだろうけど。

「なるほど。あくまでも自分は凄腕のピアニストだって言いたい訳ね?」
 セナは腕を組んだ。
「それならやっぱり、さくらさんとはちゃんと和解してもらわないと。あの人だって今や、サザン×BBには欠かせない画家さんだもの。リオン一人の我が儘のせいで離れていっちゃうようなことがあればみんなが困っちゃうわ」

「……うまいこと話を繋げやがった。分かったよぉ。謝ってくりゃあいいんだろ?」
 今帰宅したばかりだが、仕方がない。このまま反論し続けたところで、口でセナに勝てないのは分かってる。玄関にとって返したおれは、靴をはき直して部屋を出た。



 しかし、電話を掛けてもさくらは応答しなかった。アトリエにも行ってみたが不在だった。

(なんだよ……。せっかく出向いてきたってのに……。)

 捕まらないのでは会いようがない。闇雲に探し回っても埒があかないし、日を改めてもう一度訪ねるしかないか……。

 そう考えて帰路につこうとしたときだった。

「電話……? さくらからかな……?」
 着信音に驚いて慌てて通話ボタンを押した。しかし、電話口の声はさくらとは別人のものだった。




3.<智篤>

 さくらが突然やってくるのは珍しいことじゃない。だが、今日はどうも様子が違っていた。聞けば、リオンの発言に苛立ち、感情をぶちまけてきてしまったのだという。

 事情を知り、さくらの伯母に当たる、我がバンドの歌姫、レイちゃんが慰める。

「それでいいのよ。さくらちゃんはこれまでずっと、自分の氣持ちに素直になれずに我慢してきたじゃない? 伯母であるあたしに対しても。だけど、リオンにはちゃんと言えた。うん、すごいことよ」

「そうかな……?」

「そうよ。ともくんだってそう思うでしょう?」
 話題を振られた僕は、さくらの方に体を向けて頷いた。

「今聞いたとおりのことをリオンが言ったのだとしたら、あいつはさくらのプライドを傷つけたことになる。それこそ、魂を冒涜した。さくらが怒るのは当然だし、反省するならあいつの方だと僕も思う」

「智篤さんまでそう言うなら、ちょっと安心です。実は、ここでもリオンくんと同じことを言われたらどうしようかと……」

「そう言われる心配がないから来たんじゃないのか? 僕らなら同意してくれると」

「……あはは。皆さんには私の考えなんてお見通しですよね」
 さくらは小さく笑い、うつむいた。
「正直におはなししますが、さっきリオンくんから着信があったんです。でも、何を話せばいいか分からなかったし、声を聞けばまた怒りが込み上げてくる氣がしたので無視してしまいました。……悪い女ですよね、私」

 ――そんなことはない。冷静になる時間は必要だよ。

 拓海が手話で伝えた。彼は病が原因でその声を失っている。手話がよく分からないさくらのために、僕が通訳する。

 ――もしかしたら、リオンは謝ろうとしていたのかもしれない。でも、冷静さを欠いた状態で電話を受けてもいい話し合いにはならないよ。

「そうですね。おっしゃるとおりです。でも、今こうして皆さんに想いを伝えたら少し落ち着きました。改めてこちらから電話してみようと思います」

「電話を掛けるの? なら、あたしがしてあげる。あの子にはどうしても言ってやりたいことがあるから」

「え?」
 その場に居た全員が固まった。

 ――何を言うつもりなんだ? お節介伯母さんになるのはやめろよ、麗華……。嫌われるぜ……?

 拓海が正直に伝えるも、彼女が一度決めたことを取り下げるとは思えなかった。案の定、彼女は強氣の発言をする。

「何を言うつもりか、って? 決まってるじゃない。さくらちゃんの心はお金では買えないってことを教えてやるのよ。あの子、なーんにも分かってないみたいだから」

「ちょ、ちょっと麗華ちゃん。いいってば、私のことは……。もう、なんとも思ってないんだから」

「ほら、またそうやって自分の氣持ちを押し殺そうとする。ダメよ、一度決めたことはちゃんと貫き通さないと。それとね、リオンに言ってやりたいのはさくらちゃんのことだけじゃない。これからも一緒に活動する上で、メンバーの考えはちゃんと一致させておかないと後々面倒なことになる。だから、今のうちにきちんと話し合っておく必要があるとあたしは思うの」

 確かにレイちゃんの言うとおりだと思った。今日蒔かれた種は、最初は小さかったとしても放っておけばやがて取り返しが付かなくなるくらい、大きな問題という花を咲かせてしまうかもしれない。

「そこまで考えているなら、いっそのこと、ここへ呼びつけるか。もし謝るつもりがあるなら、たとえ今どこにいようが飛んでくるだろう」

「じゃあ決まりね」

 そういうなり、レイちゃんはさくらのスマホを奪い取り、勝手にリオンに電話をかけ始めた。



 話していたとおり、飛ぶようにやってきたリオンの顔は困惑に満ちていた。レイちゃんの言いつけとは言え、僕らに取り囲まれた状態で謝罪しなければいけないのだ。僕がリオンの立場だったら逃げ出してしまうかもしれない。だからだろう。リオンは自分の精神を安定させる「お守り」と言わんばかりにセナをお供に連れてきた。

 性別は違えど、この世に生を受けた瞬間からずっと行動を共にしてきたという双子ふたりは、互いの感情の揺らぎを瞬時に感じ合うのだと聞いたことがある。しかし、そばにいれば、不安や悲しみを感じても癒やし合うことが出来るのだ、とも。

「リオンから話を聞いて、謝りに行かせたところだったの。まさか、さくらさんがここに駆け込んでいたとは思わなかったけど」

 セナはそういいながらも僕の方にちらちらと視線を向けた。彼女が僕のそばに来たがっているのが分かった。が、今はまずリオンの謝罪が最優先。僕は視線に氣づかないふりをしながら話を進める。

「さくらは自分の行いが正しかったのかが分からず、僕らに意見を求めに来たんだ。でも、僕らの出した結論は、さくらの行動は間違っていなかったと言うこと。……リオン。お前の言い分もよく分かる。だけど、その台詞はさくらに対して言っていいものではなかった。僕らに対しても同様だ。僕らは金のために仕事をしていない。自分の魂の叫びを表現するためにアーティストをしている。もし、うんと稼げるアーティストになりたいというなら一人で活動してくれ」

 続けて、レイちゃんも自分の意見を言う。

「智くんの言うとおり。……リオン。あなたにはかつてのあたしと同じ匂いを感じる。だから、どこまで自分の力が通用するか試したいと思う氣持ちも理解できるし、報酬が多ければ多いほど認められたと感じる氣持ちも大いに分かるわ。でもね……。
あたしたち、サザン×BBが目指しているのはそこじゃないのよ。あたしたちは、自分たちの音楽でどれだけ多くの人を感動させられるか、喜ばせられるか。そこに焦点を当ててるの。自分だけが裕福になることや、人氣を得てちやほやされることを理想とするなら、残念だけど一緒に活動することは出来ない。たとえあなたの能力が優れていたとしても」

「……音楽性の不一致が理由で、何度も自身の属するバンドを追い出されてきた父親のようにはなりたくないんでね。今回は自分の考えを引っ込めて謝ることにするよ。だけど、おれの考えが変わることはないと思う。それだけは言わせてもらうよ。……さくら、さっきは言いすぎた。傷つけちゃったなら、ごめん」

 リオンはきっちり自分の考えを述べたあとで謝罪した。しかし、さくらはすぐに返事をせず、しばらくリオンの顔を凝視していた。

「……申し訳ないけど、今のリオンくんからは誠意が感じられない。ただ単に、ごめんと言えばいいと……そう思っての発言にしか聞こえなかった」

「…………!」
 その場に居た全員が息を呑んだ。さくらは今度はセナに問う。

「……教えてちょうだい。リオンくんは心から反省している? セナちゃんになら分かるよね?」

「…………」
 問われたセナはしばらくのあいだ、さくらと見つめ合っていた。が、やがて観念したかのように口を開く。

「……さくらさんの言うとおりだと思う。今のことでさらに氣を悪くさせてしまったなら、アタシが謝る。ごめんなさい……」

「セナちゃんは謝らなくていいんだよ。私が怒っているのはリオンくんの発言に対してだから」

 それを聞いて、さくらが絵描きとして揺るぎない自信を持って生きているのだと知る。その自信をつけさせたのはリオンに違いない――二人は互いにアーティストとして尊敬し合い、それぞれの腕を高めてきた――が、だからこそ彼の考えは理解しがたく、また受け容れられないのだろう。

 さくらの冷たい視線がリオンを差す。こんなさくらは初めて見た。場の空氣が緊張し、誰も動けずにいると、レイちゃんがそれを払うように声を発する。

「さくらちゃん。リオン。それぞれに頭を冷やしなさい……と言いたいところだけど、おそらくそんなことをしても憎しみを増大させるだけでしょう。そこで、あたしから提案なんだけど、しばらくのあいだ、二人ともここで一緒に生活してみる、ってのはどう? そうすれば、今よりもお互いのことを深く理解できるし、いい作品も作れるようになると思うの。あたしたちがそうだったように」

『ここで暮らす……?!』
 リオンとさくらの声が重なった。

「いくら麗華ちゃんの提案でも、それだけは無理よ!」

「そうだぜ。生活するってことは、寝食を共にするってことだろ? 一日二日ならともかく、しばらくってことになると……。そうだ……! セナが一緒なら考えてもいい。セナだって、おれがここにいる間、あの広い部屋で一人きりなんて耐えられないはずだ……!」

「セナはダメ。リオンと離れて過ごすことが大事なんだから! ……ってことで、早速今日から同居開始ね!」
 レイちゃんがぴしゃりと言うと、今度はセナが頬を膨らませる。

「何でよ、レイさま! 何でアタシだけ除け者に……? ひどいじゃない!」

「セナ。これは単なる合宿じゃないの。さくらちゃんとリオンの成長のためにやろうって言ってるの。わかってちょうだい」

「…………」
 セナが僕に視線を投げ、なんとか言ってくれと訴えかけた。しかし僕はセナを擁護できない。

「レイちゃんの言うとおりだ。これは恋愛ごっこじゃない。そうだな、たとえて言うならこれは、すれ違ってしまった想いを修復するための儀式。そう考えてくれないか」

「……兄さまの馬鹿っ!!」
 目に涙を浮かべたセナは、そう言い放って家を出て行った。



4.<セナ>

 兄さまがああいう態度を取ることは分かっていた。でも、はっきり言われてしまうとやっぱり傷つく。

(苦しい……。苦しいよぉ……。)

 この恋は最初から綱渡り状態だ。アタシが何度も想いを伝え、結果的に兄さまが折れて付き合ってくれた形。だからどんなときも、何を言っても、兄さまにしてみれば「しょうがないなぁ、セナは」なのだ。

 子供扱いされてるのは分かってる。辛い。苦しい。でも、ただのバンド仲間に戻るのも嫌。そんな感情の波にいつも揺られている。

 兄さまたちの家を飛び出したアタシは、近所に住む兄・ユージンとその恋人が住むマンションを訪ねた。悔しいけれどリオンの言ったとおり、一人きりの自宅マンションへやに戻っても生きていける氣がしないから。

 もう夜が更けている。いくらミュージシャンが夜型とは言え、恋人と暮らしている兄は寝る支度をしていた。面倒くさそうな兄に比べ、恋人の舞さんは緊急性を感じたのか、すぐにアタシを引き入れ、話を聞いてくれた。

「兄さまの言いたいことも分かるよ? だけどリオンは同居できて、恋人のアタシが出来ないのには納得いかないよ!」

 憤るアタシの言葉に頷く舞さん。それに対し、兄はあくびをしながら愚痴をこぼす。

「それで怒ってるのか。だからって、なんでオレんとこに? 舞さんもいるんだぜ? それもこんな時間に……。ちょっとは空氣読めよ」

「まぁまぁ、ユージン、落ち着いて。セナちゃんはユージンしか頼れなかったんじゃない? ね、そうでしょう?」

「舞さん、分かってるぅ! 頼りになるお兄ちゃん。可哀想な妹をどうか慰めてください! おねがーい!」

「慰めるって言うか……。お前、今夜ここに泊まる氣だろう? ホント、一人きりの部屋で過ごすの苦手だもんな、セナは」

「さすがはお兄ちゃん! アタシの考えてることは何でもお見通しね!」

「勘弁してくれよ……」
 兄は深いため息をついた。

「大人なんだからさ、すぐにオレを頼るんじゃなくて、少しは自分で考えてから行動に移してもらいたいもんだね。ともさんの顔色を窺うんじゃなくて、それがセナの想いならちゃんと、自分は兄さまと暮らしたいんだって言ったらいいじゃん。オレたちを巻き込まないでくれる?」

「酷い! お兄ちゃんまでアタシに冷たく当たるなんて! このまま一人きりの部屋に帰ったらきっと、寂しがり屋のウサギみたいに死んじゃうわ。それでもいいの?!」

「んな、大袈裟な……」

「大袈裟じゃないんだから……!」
 感情が涙となってあふれ出した。さすがにまずいと思ったのか、兄は狼狽え始めた。それを見て舞さんがとりまとめる。

「ユージン、今夜はとりあえず泊めてあげようよ。困ったときはお互い様、でしょう?」

「舞さんがそう言うなら……」

「ありがとう、舞さん!」

「ただ、寝る場所はソファしかないんだよね。それでもいいなら」

「全然平氣。ベッドで寝たいなんて、贅沢なことは言いません! ホントにありがとう!」
 アタシは何度も何度もお礼を言った。

「やれやれ……。はやいとこ、リオンとさくらさんの関係が元通りになって、セナがここを出て行くことを祈るよ……」

 察しのいい兄は、アタシが今夜だけでなく、しばらく居候するつもりだと勘づいているらしい。でも、今の言い回しから想像するに、追い出すつもりもないようだ。

「ありがとう。やっぱりお兄ちゃんは頼りになるね。ここへ来て、良かった……」
 早速ソファの状態を整えてくれている兄の背中に向かって言った。

「いいよ、いいよ……。ここにも、オレを頼ってくれる可愛い人がいるから。一人増えたところで大して変わりゃしない」

「えっ……?! そ、それってわたしのこと……? もー、ユージンったら……!」
 兄の惚氣のろけ発言に恥じらう舞さん。目の前でラブラブする様子を見せつけられたアタシは、やっぱり頼る人を間違えたかも……と思ってしまったのだった。



続きはこちら(#2)から読めます

※見出し画像は、生成AIで作成したものを加工して使用しています。


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