巨匠の絵に触れて、改めて手描きの良さを知る
わたしの誕生日に休みを取ってくれた主人と一緒に、折しも今日まで開催の「東の夢二と西のミュシャ―STYLE of BEAUTY―」夢二郷土美術館×堺 アルフォンス・ミュシャ館」に行ってきました。
夢二は岡山県出身の画家。結婚してから岡山で暮らし始めて15年になりますが、実は美術館に足を運んだのは初めて。
というのも、二人とも、夢二ではなくミュシャの絵のファンだから😅。でも、本日までの会期ということだったので、滑り込みセーフ! 本当にラッキーでした。
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館内は撮影禁止だったため、ミュシャの絵をご紹介することはできませんが、筆致が素晴らしく、特に晩年、祖国チェコに戻ってからの絵は圧巻。また、スケッチ一つとっても精密で、その観察眼には驚かされました。1000円で観覧できたことに二人して大満足。
夢二の絵にも触れておくと、こちらは筆の柔らかさと、マンガのような可愛らしい大きな目が、大正時代の穏やかな雰囲気を感じさせました。精密さはミュシャとは比べ物になりませんが、何氣ない動作や日常に焦点を当てているところ、祖国(故郷)への深い愛情には共通点を感じました。また、自身の絵に詩を添えており、私も参考にしたいと感じましたね。
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折しも昨日、AI学習素材として自分の作品を提供することに関して疑問を投げかける一遍の詩を投稿したところでした。
今日、巨匠の絵を見て改めて、やはり人の手で生み出されたものの良さ、温かみ、迫力というものを痛感すると同時に、私自身もこの手で形あるものを残したい、という衝動に駆られました(※ミュシャが活躍した時代には印刷技術が進んでおり、彼の描いた絵は大量に印刷されていますが、ここで言っているのは原画の話)。
現在、WEB上に投稿するときは、整った美(既存のフォント)、見栄え良く加工された写真が人々の興味を引きやすい。それがわかっているので、わたしも好んで用います。
しかし、実際には筆やペンを握って紙に筆致を残したい。人の評価は関係なく、AIが台頭してきたこの時代だからこそ、あえて手で書きたい。そのように思うのです。
人に見られることに主眼を置くとどうしても「うまく描かなければ」とか「流行りに乗らなければ」とか思って自分らしく描けなくなるけれど、自分が描きたいものを描く、と割り切ってしまえばいい。それがオリジナリティーになるし、AIには真似できないと思うから。
私自身、独学で絵を描く程度。書道だって学童期に学んだきりで、なんの級も段も持っていないけれど、それでいいのかな、と思い始めています。
とにかく今は、「描きたい、書きたい!」
下手だと言われようが、自分の手を動かして形作ったものをこの世に残したい。そんな衝動にかられています。
AIの発達した時代に、時代に逆行しているように思う方もいるでしょうが、分かる人にはわかるはず……!
やり方は模索しますが、この夏は紙に描(書)いて作品づくりをしていきたいです。



本日、無事に41歳を迎えました。万歳💓
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