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【連載小説】LOVERS #3 体の距離が遠い理由


前回のお話(#2)はこちら

前回のお話:

リオンとさくらを仲直りさせるための方法として取られた共同生活。半ば強制的だったものの、さくらは自身の成長のためにしばらくここで暮らすことを決意。彼女の強い思いを聞いたリオンも腹をくくる。
二人は互いの考えを伝え合ったあとで男女に分かれて寝る。男子用の寝室に向かったリオンは、なぜ残ることを決めたのかを問われ、自分の居場所がバンドしかないことを挙げる。歌えないリオンは一人で活動していく自信がなかったのだ。それを聞いた智篤は、本当は歌えるようになりたいと思っているのではないかと指摘。ここでの暮らしが歌うことへのコンプレックスを取る鍵になると告げ、消灯した。



7.<智篤>

 目が覚め、いつもと違う場所で寝ていることに氣付く。

(そういえば、リオンたちと共同生活を始めたんだっけな……。)

 枕元のデジタル時計を見る。午前五時五十分か……。本当はもう少し寝ていたいが、年齢のせいか早くに目が覚めてしまうとそこから追加で眠ることが出来ない。

 一方、若いリオンは、擦った揉んだしたせいで寝付くのが遅くなったからか、ぐっすり眠っているようだ。

 僕は一人先に起き出し、リビングに足を向ける。が、誰もいないと思っていたのに、既に一人起きている人物がいて窓の外をじっと見つめていた。

「早いな、さくら」
 声を掛けると、彼女は驚いた様子で振り返り「おはようございます」と挨拶をした。

「やっぱり、慣れない場所ではうまく眠れなくて……。カーテン越しに空が白々明けてきたのが分かったので、思い切って起きてしまおうと……。あ、麗華ちゃんはまだ寝室で寝ています」

「そうか」

「智篤さんの方は?」

「僕のほうはいつものことさ。遅くに寝ても早く目が覚めちまう。だから普段は誰の邪魔にもならないよう、また邪魔もされないよう、音楽スタジオで一人、弾き語りをして過ごすことにしている」

 言いながら冷蔵庫を開け、冷水を取りだしてコップに注ぐ。勧めると、さくらも欲しがったので別のコップに注いでやった。

「いいですね、弾き語り。今から弾くんですか?」

「ああ」

「あの……。邪魔にならないところにいるので、弾いている姿を描かせてもらえませんか? 私も、絵の練習がしたいんです」

「構わないよ」

「よかった」
 さくらは胸をなで下ろし、リビングに置いてあった鞄からスケッチブックと筆記用具を取りだした。僕が動き出すと、あとから付いてくる。



 邪魔されたくない、と言った僕がさくらの入室を許可したのは、彼女が氣配を消す達人だからだ。言い方は悪いかもしれないが、とにかく存在感が薄い。でも、僕としてはそのほうが付き合いやすい。

 ギターを弾いているときはすべてを忘れられる。唯一、魂だけになれる。きっと、絵を描いているさくらもそうに違いない。それが本物のアーティストだ、と僕は思っている。

 三十分ほど弾いて満足し、さくらもデッサンを終えたところでスタジオから引き上げる。

「無心で弾いている横顔、とても素敵でしたよ」
 さくらは描いた絵をすぐに見せてくれた。

 数十分で描いたとは思えないほどに精密。そして、実物よりもうんと凜々しい男がそこにいた。

「風景画が得意だって言ってたけど、僕に言わせりゃ人物画も充分うまいよ」

「ありがとうございます。でも、本格的に人物画と言うか、似顔絵を描くようになったのは皆さんと出会ってからなので、私としてはまだまだです……。そうでなくても美大では、モデルを見ながらデッサンするのが苦手で……。描くならやっぱり動きの少ない風景か、抽象画の方がいいですね……」

「誰にでも得意不得意はあるよ。自分ではまだまだと思ってるものの方が評価されることも、ままある」

「智篤さんにもあるんですか、そういう経験が」

「例えば……歌声とか」

「えっ?」
 さくらは目を丸くした。
「歌、得意じゃないんですか? ライブではあんなに堂々と歌っているのに?」

「拓海と二人でバンドを組んでたときはほとんどあいつが歌ってたし、実際、あいつの方がうまいからな。でもあいつは声を失っちまったから、今は僕が代わりに歌っているだけだよ。なのに、こんな僕の歌声が好きだと言ってくれる人がいる……」

「……セナちゃんのことですか?」

「……セナもその一人、かな」
 正直に答えると、さくらは小さく笑った。

「いいですね。お二人が信頼関係にあるのが分かります」

「…………」
 さくらの言葉が僕の胸をチクリと刺した。

 僕はどこまでセナを信頼しているだろう? どれほど愛しているだろう? 交際宣言をしてから既に一年は経過しているのに、僕は未だに彼女の求めに応じていない。つまりは肉体関係を持っていない。若いセナは溢れる思いを全身で表現したいらしいが、僕はその熱情を受け止められない。

 肉体に自信がないからではない。確実に僕の方が先に逝くと分かっているのに、彼女をつなぎ止めておくことがどうしても出来るだろう? それだけじゃない。僕はこれまで同様、これからもたぎるエネルギーのすべてを音楽に捧げたいのだ。そんな僕が万に一つ、セナの体に触れてしまったらきっと後戻りが出来なくなる……。世界征服という名の世界平和を果たすという野望も潰えてしまう……。

 セナのことは好きだ。可愛いとも思ってる。でも、願わくば僕以外の人に関心を持って欲しい。それが、僕なりのセナへの愛情表現だ。



 穏やかな会話をしながらリビングに戻ると、さっきまで寝ていた拓海とリオン、そしてレイちゃんが起き出したところだった。リオンは酷く不機嫌な顔をしている。おそらく拓海にたたき起こされたのだろう。それを見たさくらが表情を曇らせ、押し黙った。

「おいおい、せっかく爽やかな朝を迎えたってのに、苛立った空氣を巻き散らさないでくれよ」

 僕が思わず愚痴をこぼすと、リオンもリオンで反論してくる。
「いきなり起こされたこっちの身にもなってよ……。ったく、年寄りは朝が早いって聞くけど、本当なんだな。これじゃ身が保たないぜ……」

「ふん……。どうやらお前はずっと甘やかされて育ったらしいな。普段はどうか知らないが、ここではここのルールに従ってもらう。いつも言っているようにな」

「ちぇっ……。ルール、ルールって……。規則を破れって言ったのは兄さんじゃなかったっけ?」

「僕らが言ってるのは、常識を疑え、だ。間違えないでくれ」

「……めんどくさっ」
 リオンは心底嫌そうな顔で椅子に座った。

「まぁまぁ……。とりあえず朝ご飯にしましょうよ。食べたらイライラも収まるはずよ。はい、麗華特製の目玉焼きトースト。リオンが一番先に食べるといいわ」

 空氣を読んだレイちゃんがリオンの前に皿を置いた。

「飲み物はご自由に。みんなの分も今から作るわね」

「あ、私、手伝う」
 さくらは慌てて台所に行き、レイちゃんのサポートに回った。

 一人飯を食えと言われたリオンはまだふくれっ面をしている。仕方なく、拓海と僕がリオンと共に席に着き、話し相手になってやる。

 ――遠慮せずに食えよ。麗華の料理は絶品だぜ?

「そうそう。僕は彼女の手料理を食うようになって初めて、食事をすることの意味と大切さを知ったものさ」

 拓海と僕とが順番に言うと、リオンは疑いのまなざしを向けたまま、小さな声で「いただきます」と呟き、箸をつけ始めた。

「……確かにうまいけど、たかがトーストじゃん。出来合いのパンを焼いただけ。そんなものを食って何を悟れってんだよ?」

「うまいのは、レイちゃんの想いが乗っかってるからさ。リオンはそれも食べている」

「……そういうの、マジ勘弁」

 そのうちに人数分の食事が用意され、僕らもトーストにかじりついた。だが、場の空氣は最悪だった。僕らが話題を提供しても、リオンとさくらは無反応。それどころか目も合わせようとしない。

「こんな調子じゃ、先が思いやられるわね」
 レイちゃんがため息をついた。

「焦っちゃダメだよ、レイちゃん。二人の生活は始まったばかりだ。僕だって、レイちゃんを赦せるようになるまでにはかなりの時間を要した。温かい目で見守ってやろう」

「そうね……。でも、あの時は拓海の命がかかってたじゃない? 二人とは、置かれている状況が違うわ」

 ――俺は、二人を信じる。
 拓海が手話を使って言い、リオンとさくらの肩に手を置いた。しかし僕には、二人が拓海の手の重みを嫌がっているように見えた。




8.<セナ>

 兄と舞さんが暮らすマンションに押しかけて一晩泊めてもらったアタシは、居候の分際で一番最後に目を覚ました。リビングのソファで眠っていたのに、兄たちが食事の支度をしていることにも氣がつかない鈍感ぶり。のそのそと起き出すと「どこでも寝られるその精神には感服するよ」と兄に皮肉られた。

「そういえば、夕べはすんなり受け容れちゃったけど、よく考えてみたらリオンとさくらさんが彼らの家で共同生活を始めるなんて、冗談だろ? って思ってる」

「あー、わたしも同感。だって、あの仲よさそうな二人が喧嘩しちゃったんでしょう? これは想像だけど、リオンくんはさくらさんの一番大事な考え方を否定してしまったんじゃない? だとしたら、仲直りさせるためとは言え、強制的に同居させるのは逆効果じゃないかって……」

 兄と舞さんはリオンとさくらさんの共同生活について、それぞれ感想を述べた。が、アタシは首をかしげる。

「あの後どうなったのかは分からないけど、夕べはそのまま泊まったんじゃないかな。アタシの体感的に」

 双子だからか、リオンの感情が揺らいでいるときは何かしら、自分のものとは違う感覚がある。近くにいる感じもする。断言は出来ないけど、多分リオンはまだ彼らの家にいる。

「まぁ、あとで確かめてみればいいか……。今日の打ち合わせは昼からだったよな? それまではのんびりしていよう。セナが押しかけてきたせいで、こちとら寝不足だからなぁ」

 あくびをする兄の横で身支度を進めているのは舞さんだ。

「二人はゆっくりしていて。わたしは今日も仕事だから十時前にはここを出てくので」

「セナと二人……」
 兄はつぶやき、アタシの顔をじっと見つめた。その目は、オレを休ませてくれと訴えていた。

「……分かったわよぉ。アタシも舞さんと一緒に部屋を出ればいいんでしょう? 打ち合わせまで時間があるから、それまでワライバでお茶でもしてるよ」

「ああ、そうして」
 兄はホッとした様子で朝食の続きをとりはじめた。

「ワライバ」というのは、以前舞さんが働いていた喫茶店の名前である。彼女は現在、その店の一角で新たに事業を始めるための準備を進める傍ら、喫茶店業務のサポートをしている。

「あー、良かったら、わたしのメイク道具、使う……?」

 自身がメイクをしているからか、はたまたすっぴんのアタシの顔に違和感があるからか、舞さんが氣を回してくれた。でも、さすがに他人のメイク道具を使って顔を整えるほど図々しくはない。

「大丈夫、氣にしないで……。今日は、近所のコンビニで調達して済ませるから」

 肌つやにはそこそこ自信があるから、本当はすっぴんだって全然構わない。だけど、このあと兄さまに会うことを考えるとどうしても「ちゃんとしないと!」と思ってしまう。

(……氣を抜けない時点で、アタシも兄さまに心を許してないのかも。)
 すっぴんから、次第に綺麗に整っていく舞さんを横目で見ながらそんなことを思う。



 ワライバの場所や雰囲氣は、兄たちから聞いていてよく知っている。けれど、実際に足を踏み入れたのは初めてだった。

 店に入ると、初老の店主が顔を上げ、アタシと同年代に見える女の子が「いらっしゃいませ」と出迎えてくれた。

「おはようございます。今日はサザン×BBのセナちゃんと一緒に来ました。お仕事の時間までここにいたいというので」

 舞さんがアタシについて簡単な説明をしてくれた。ウエートレスさんが笑顔でアタシのそばに来てコーヒーを勧めるので、一杯注文し、店の隅の席に座った。

「ごゆっくりどうぞ」
 しばらくしてコーヒーを運んできた女の子は、アタシにとびきりの笑顔を見せ、店の仕事に戻っていった。

 店内は、野球中継が流れている以外はほかの喫茶店と変わらない。だが、とても落ち着いた雰囲氣で居心地は良かった。ただ、朝早いこともあり、アタシ以外に客がいない。舞さんは別室に行ってしまったし、取り残されたアタシとしては、そういう意味で少々居心地が悪かった。

 窓の外を見ながらため息を吐いていると、立ち去ったはずのウエートレスさんが近づいてきた。

「何か、悩みがおありのご様子ですね。舞ちゃんと一緒に来たところから察するに……バンドのお仲間のことでしょうか?」

「…………!」
 ずばり言い当てられ、困惑する。アタシとリオン以外のメンバーは店主と顔見知りだと聞くから、サザン×BBの内情を把握していてもおかしくはない。しかし……。

「……もしかして、舞さんから何か聞いてるの?」
 確か彼女と舞さんは従姉妹同士だったはず。疑いたくはないが念のため聞いてみると、彼女はゆっくりとかぶりを振った。

「舞ちゃんからは何も……。ただ、ため息を吐いている顔を見て、そうじゃないかなって思ったんです」

「めぐっちの観察眼はおれ以上だ。心を見抜かれちまった人は誰だって、めぐっちの優しさに触れて心を開いちまう。おれがめぐっちに、出産後も働いて欲しいと願っていた理由はまさにそれさ。あー、余談だけど、めぐっちには既に二人の子供がいるんだぜ? 全然そんなふうには見えないだろう?」
 店主がアタシたちの会話に加わり、補足説明をしてくれた。

(この子……。子供がいるんだ……。)
 幼子を育てているとは思えないほどに落ち着いた雰囲氣の彼女。きっと、優しくて頼りになる旦那さんが積極的に育児を手伝ってくれるのだろう。にわかに嫉妬心が湧く。

「あなたがここで特別視されているのは分かった。でも……。幸せな家庭を築いている人に、アタシの悩みが分かるはずがないわ……!」

 そう。彼女はアタシの対極にいる。愛する人と体を重ねることはおろか、一緒に暮らすことも叶わない。その苦しみが、夫と子供のいる彼女に分かるとは到底思えない。

 しかし、吐き捨てるように言ったアタシに、彼女はなおも笑顔を向けた。

「おっしゃるとおり、あなたがどのような苦しみを味わっているのか、私には分からない。でも、苦しんでいるのを見過ごすことも出来ないの。あなたがこのワライバで一人、コーヒーを飲む時間が癒やしになるならいつでもここに来て……。そう、言いたくて」

「え……」
 てっきり上から目線のアドバイスをされるものと思っていただけに、肩透かしを食らった氣分だ。ぽかんとしていると、店主がくすくすと笑った。

「コーヒーを頼まなきゃ、ただで一日居ることだって出来る。そんなお客は何人もいる。うちはそういう店」

「うそ……。頼まなくても……? それじゃあ、ちっとも儲からないじゃない」

「うちは儲けを度外視した変な店なの。お陰で経営はギリギリだけど、それでお客さんが救われるならおれは貧乏でも構わない。そういう氣持ちでやってる」

 店主の経営方針を聞き、ますます口があんぐり開いた。でも、なぜみんなこの店に吸い寄せられるのか、その理由がやっと分かった。

「……優しいんだね、このお店は」
 呟いてみたら、ちょっとだけ心が落ち着きを取り戻した。

「……ごめんね。キツいことを言っちゃって。あなただってきっと苦しみや辛さを経験してきてるはずなのに」

「私のことは、めぐ、、って呼んで。……そうね、もちろん私にもいろいろと辛い出来事があった。でも、それを乗り越えたからこそ、ここを訪れる人にそっと寄り添えると思うの。セナさんの心にも」

 自信に満ちたまなざしを見て、アタシにはおよそ想像もつかないような経験をしてきたのだと悟る。店主が言ったように、初対面でも悩みを打ち明けてしまう人の氣持ちも分かる。

「……このタイミングでここを訪れたのも何かの縁かもしれない。ねぇ、めぐさん。あたしの心に寄り添ってくれるというなら、今からする話を聞いてくれる?」

「うん、もちろん。聞いた話は誰にも言わないから安心して」
 そう答えた彼女は優しいまなざしを向け、アタシの隣に腰掛けた。


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※見出し画像は、生成AIで作成したものを加工して使用しています。


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