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ラサフラメナ〈9. 服従〉 

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薔薇月の満月カーラ・タルニが遂にやってくる、朝。
霊山の空は濃い群青から薄墨色へと変わり、火口付近の霧が光を帯びて揺れていた。
火の巫女の初火の儀を支える、ラサフラメナの五人のグルたちは、朝靄の中を火口へと歩みを進めていた。彼らの任務は、毎年この朝、火口付近で霊草サティヴァ・エシュを採取すること。香りと感応の強さゆえに、この霊草は摘んだその日のうちでなければ、霊火に馴染まない——それが古くからの慣わしだった。
溶岩の眠る大地の熱。誰もが黙々と作業をする中、グル・ユラはゆっくりと立ち上がり、サティヴァ・エシュの束を懐に収めると、すぐそばで聖鉢を担いでいたジェイドに声をかけた。

「⋯⋯なんだろうな」
ジェイドは振り返る。
「どうしました、グル・ユラ」
グル・ユラは少しだけ眉をひそめ、採れたばかりのサティヴァ・エシュを見つめながら、低く、しかしどこか含みのある口調で呟いた。
「今年のサティヴァ・エシュは⋯⋯特にピンピンしていたよ。こんなに強く反応するのは、あまり記憶にない」
ジェイドは一瞬、口を閉じた。
師の声には、警鐘のような鋭さがあった。
ジェイドは黙って頷き、足元の土を固めるように一歩踏みしめた。

遠くでは、カーサプリアンカの方角に向けて薔薇の花びらが蒔かれていた。今宵、都市は再び静かに燃える。アーシャの初火を迎えるために。



初火の儀の夜、満月は雲ひとつない空に凛と浮かび、霊火の街全体を淡く照らしていた。
フラメナ寺院の最奥部——特別祈祷室。
この夜だけの特別な儀式が執り行われる。厚い香木の扉の内側には、あらゆる音が吸い込まれるような静寂と、乳香の甘く深い香りが満ちていた。

アーシャは、その中心にいた。

身に纏うのは、金星シュクラの色とされる眩いまでの純白。
古代からの様式を継ぐ、光の衣だ。装飾も縫い目も最低限。布そのものが光を抱いているようだった。長い髪はゆるく結い上げられ、おくれ毛が頬をなぞっている。

彼女の首元には、一粒の石。
それは、プリアンカの遺した形見のひとつであり、アーシャが最も気に入っていたものだった。磨かれてはいないが、深く濁りない紫が混じったような紅に、アーシャは「竜の血みたい」「ルビー、とかいう名前のやつかな?」としか思っていなかった。
五惑星パンチャ・グラハ温泉での香浴を終え、肌は月光のように滑らかだった。

特別祈祷室の中央には、石で組まれた寝台が据えられ、その上には霊草入りのクッションがいくつも置かれている。寝台の周囲は水の堀で囲まれ、浮かべられた蝋燭と無数の薔薇の花弁と数本のサティヴァ・エシュが、静かに揺れていた。水は香草で薄く染められ、香煙とともにふんわりと夢のような光景を映し出している。
巫女の兄、ジェイドが占星術で割り出した時刻きっかりに、ミカールは特別祈祷室の重い香木の扉を押し開けた。

ミカールが入室した瞬間。彼は、時が止まったように感じた。
白。その眩しさに目が追いつかない。
彼女がただそこにいるだけで、炎がひざまずき、香がひれ伏すようだった。
ミカールは言葉を失った。
巫女として、ひとりの女性として、祈りそのものであるかのように立つアーシャを前にして——所有ではなく、崇拝が芽生えた。

彼女の胸元で儚げに輝く紅い石に、ふと目を留める。

「⋯⋯その石は、ルベライトです。アーシャ様」
アーシャは小さく目を瞬いた。
「あ、こちらですか?母の⋯⋯形見なんです」
その答えにミカールの心が、今まで感じたことのない熱をじわりと帯びる。

ルベライト——それはルベルアティア王国の誇る、紅紫の奇跡。
無垢な石、加工されていない美、そのままの神性。それを彼女が身につけていたことに、ただただ言い知れぬ喜びが湧き上がる。

「私は⋯⋯」
ミカールは膝をつき、頭を垂れた。

「私は、あなたの奴隷です。アーシャ様。初火を、こんなにも美しく⋯⋯私に与えてくださって、ありがとうございます」

本来であれば、巨額の捧げ物をした側がこのように跪く必要はないはずだ。だがこの夜、ミカールの中にある何かが、完全にアーシャにひれ伏していた。彼は立ち上がり、そっとアーシャを両腕で抱きしめた。香の匂いと火の熱が混ざる中、彼女の存在そのものを確かめるように、深く、まっすぐに。

「アーシャ様⋯⋯あなたの初火を、ありがとう」
その囁きは、まるで契約の言葉のように静かに空間に溶けていった。
アーシャはその胸の中で、ほんのわずかに唇を動かした。

「⋯⋯ごめんなさい」

その声は、小さく、誰にも聞こえないほどだった。
ミカールにではなく、霊火にでもなく——アーシャの内側へと落ちていった。

その"ごめんなさい"の奥には、ほんの少し前、愛しき兄、ジェイドとのあの夜の記憶が、柔らかく、しかし確かに灯っていた。

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