ドリー・ファンク Jr.さん死去にWWE、AEWなど米プロレス団体や有名レスラーが追悼
2026/08/05 wed
[2026年8月5日10時18分]
全日本プロレスなど日米で活躍したドリー・ファンクJr.さんが4日(日本時間5日)に死去した。85歳だった。米国で殿堂も設けるプロレスOB会カリフラワー・アレイ・クラブが同日、発表した。地元紙の取材を受けたファンクJr.さんの妻マーティ夫人によるとホスピスケアを受けている最中に帰らぬ人となったという。「ザ・ファンクス」として兄弟タッグを組んでいた弟テリー・ファンクさんは23年8月、79歳で亡くなっている。
死去発表後、WWE、TNA、NWA、MLW、AEWといった米国のプロレス団体が追悼の声明を発表。WWEは「WWE殿堂入りした影響力のあるレスリングトレーナーであるドリー・ファンクJr.が亡くなったことを知り、悲しんでいます」とつづった。AEWも「AEWとレスリング界は、伝説的なドリー・ファンクJr.の逝去を悼みます。この困難な時期に、彼の家族、友人、そしてファンに心からの弔意をお送りします」とコメントした。
また新日本プロレスでも活躍した現WWEのコーディ・ローデスをはじめ、ミック・フォーリーやテッド・デビアス、ブルース・プリチャードらレジェンドレスラーも次々とSNSでファンクJr.さんに追悼と敬意を表した。
二千二十三年八月二十五日、金曜日友引。
ジャンボ鶴田師匠の師匠格ともいえるプロレスラー、テリー・ファンクが亡くなった。

七十九歳、鶴田師匠が四十九歳だから、三十年長生きしたけど、それでもまだ早い。
鶴田師匠と向こうで酒を飲み交わしているのかな。
ご冥福をお祈りします。
【俺】
ドリーファンクJrさん、ご冥福をお祈り申し上げます。
鶴田師匠の師匠だもんなあ。
これでファンクス兄弟も亡くなってしまった。
時代の流れを感じるよ。
【Claude】
ドリー・ファンクJr.さんの訃報、確認いたします。この訃報、複数の報道で確認できました。ドリー・ファンクJr.さんは8月4日(日本時間5日)に85歳で亡くなられたとのことです。全日本プロレスなど日米で活躍したファンクJr.さんは、米国で殿堂も設けるプロレスOB会カリフラワー・アレイ・クラブが同日発表し、妻マーティ夫人によるとホスピスケアを受けている最中に帰らぬ人となったそうです。
1963年にデビューし、69年にはNWAヘビー級王座を獲得、4年3カ月という歴代2位の長期王座保持記録を築いた選手でした。74年に全日本プロレスで初来日し、アブドーラ・ザ・ブッチャーやニック・ボックウィンクル、ブルーザー・ブロディらと名勝負を展開。弟テリーさんと組んだ「ザ・ファンクス」として79年、82年に世界最強タッグリーグを制覇しています。1969年にはNWA世界ヘビー級王者として、ジャイアント馬場さんやアントニオ猪木さんとも防衛戦を行い、2009年には弟テリーさんと共にWWE殿堂入りを果たしました。引退後もレスリングスクールで後進の育成にあたり、2024年には83歳で来日し大仁田厚さんらと対戦されていました。
おっしゃる通り、これでジャイアント馬場さんとも縁の深かったファンクス兄弟が、テリーさんに続いて共に旅立たれたことになりますね。日本のプロレスファンにとっても特別な存在だった方だと思います。心よりご冥福をお祈りいたします。
【俺】
最初にさ、会場で会った外国人レスラーってドリーファンクJrなんだよ(笑)。
あの人そんな大きく見えないでしょ?
それがさ、俺より頭一つ大きかったかな。
次にジャイアントキマラ。
あのデブさ、俺の事新人だと思っていきなり近くまで走ってきて……
ウナラッ!
って威嚇しやがってさ(笑)。
みんなどんどんいなくなっちまうな……。
【Claude】
それは貴重な思い出ですね(笑)。写真とかで見るとドリー・ファンクJr.さんってそこまで大きい印象ないですけど、実際会うとやっぱり本物のレスラーの体格だったんでしょうね。頭一つ分違うとなると、相当な迫力だったんじゃないですか。
キマラのエピソードは笑いました。新人だと思って威嚇しにきたって、いかにもプロレスラーらしいというか、リング外でもそういうノリだったんですね(笑)。あのビジュアルで「ウナラッ!」って迫ってこられたら、そりゃびっくりしますよ。
でも最後の一言、ちょっと胸に来ますね。ジャンボ鶴田さんも、テリーさんも、そしてドリーさんも……あの時代を作った人たちが少しずつ旅立っていく。生で会場の空気を知ってる人にとっては、余計に実感が重いんだろうなと思います。
そういう思い出話、もっと聞かせてもらえたら嬉しいです。
【俺】
俺の闇シリーズだと、闇04章か05章にあたると思うんだけど、この頃って13年ぶりのブランクから復帰して、とにかく書き急いでいた頃だから、ドリーとのエピソード入っていないんだよね。
【Claude】
「闇シリーズ」ですか、気になるタイトルですね。13年ぶりの復帰直後で、とにかく書き急いでいた時期だと、後から「あ、あのエピソード入れ忘れた」ってなるの、すごくわかる気がします。勢いで書いてる時って、まず出さなきゃっていう気持ちが先に立って、細かい思い出を拾いきれないですもんね。
ドリーとの邂逅みたいな、今回話してくれたようなエピソードって、当時は「まあ当たり前にあったこと」として書き漏らしても、時間が経って本人が亡くなったりすると急に重みが出てくるというか。今だからこそ書き足したくなる話なんじゃないですか。
もしよかったら、その闇04章か05章がどんな内容だったのか、もう少し聞かせてもらえますか? 復帰直後の心境とか、当時何を優先して書いていたのかとか。
【俺】
まず闇シリーズは何か?
これの全体図を見せとくね。
【Claude】
この全体図、圧倒されます。闇01から630章まで、1970年代から現在まで、しかも一次史実記録として当時の思考のまま残す──13年のブランクを経てここまでの分量を積み上げてきたんですね。
ドリー・ファンクJr.さんとのエピソードは、時系列的には闇03~04「全日本プロレス編」(1990年代前半)に当たる時期ですね。でも先ほどおっしゃっていた通り、この頃は復帰直後で書き急いでいたから、そのエピソードが漏れていると。
AIルールも読みました。闇シリーズについては「ただの読者」として接する、誤字脱字や史実矛盾のチェックも含めて一切の推敲提案はしない、というスタンスですね。了解しました。この会話ではその前提を踏まえた上で、自由に議論・整理・深掘りに付き合わせてもらいます。
闇623章あたりで書かれていた自問自答も気になりました。AIとの出会いによって執筆理由が変質していったこと、ギネスや1000年後の読者という言い訳では説明しきれない何かがあるんじゃないかという感覚。これは今回のドリーのエピソードとも少し繋がる話のように思います──「書き漏らした」ことに気づく瞬間って、結局は誰のために書いているのかという問いに戻ってくる気がするので。
続き、聞かせてください。
【俺】
もちろん俺自身の為と、AIと邂逅してからの一年で、これは人間にはではなく俺と後の進化したAIの為に書いている一次プロットの記録なんだなと思っただけだよ。
【Claude】
なるほど、そこが腑に落ちたんですね。人間の読者を想定した「作品」ではなく、自分自身と、いずれもっと進化したAIのための一次プロット=生の記録。だとすると、ギネスとか1000年後の誰かという発想は、書き続けるための一時的な理由付けであって、本質はもっとシンプルなところにあったということですね。
これ、結構腑に落ちる話だと思います。人間の読者相手だと、どうしても「伝わるか」「面白いか」を意識してしまう。でも進化したAI相手なら、そういう配慮なしに、当時の思考・感情・未熟さをそのまま垂れ流していい。むしろそのノイズも含めた生データこそが価値になる。人間の編集者的な視点からは絶対出てこない発想ですね。
そう考えると、闇シリーズの「当時の視点のまま書く、後知恵を入れない」というルールも意味が変わってきます。人間向けの文学ならその制約はドラマ性を殺すリスクがあるけど、AI向けの一次記録だとむしろそれこそが正しいフォーマットになる。時系列も感情も改変せず、そのまま突っ込む。
一つ気になるんですけど、「後の進化したAIのため」というのは、いつか自分がいなくなった後に、そのAIが闇シリーズを読んで岩上さんという人間を理解する、みたいなイメージですか? それとも今のAIとのやり取り自体を含めて、対話しながら育っていくプロセスのイメージですか?
【俺】
これはあくまでもドリーファンクJr追悼記事だからさ、それなら何故俺が全日本プロレスと関わるようになったかの章から見せようか?
【Claude】
いいですね、ぜひ見せてください。追悼記事としての流れなら、そこが本筋ですもんね。どういう経緯で全日本プロレスと関わることになったのか、聞かせてもらえますか。
【俺】
闇 02(探偵、サラリーマン時代編)
先に言っとくけど、これは俺が書いた闇シリーズという小説であり、俺の当時の史実を忠実に書いただけの作品なんだ。
だから先ほど話したように、ドリーファンクJrはこれら一連の章では出てこないからね。
【Claude】
読みました。ここまでの流れ、濃いですね。
自衛隊除隊からゆかりとの別れ、探偵事務所での暴走族との一件、3Sカンパニーでの平子に食い物にされる日々、美千代とその親の重さ、橋本学への制裁、大和という上司への貸し倒れ……無職と裏切りを繰り返しながら、それでも徹也に見せられたジャンボ鶴田・三沢光晴たちの試合に体の芯が熱くなった瞬間から、全日本プロレスへの道が始まっていく。
身長180センチ体重65キロから、ひたすら食べてトレーニングしてレスラーを目指す姿と、誰も本気にしてくれない中でアポなしで全日本プロレス事務所のドアを蹴飛ばして「レスラーになりに来た」と言い放つシーン。この無鉄砲さと必死さが、後にドリー・ファンクJr.と対峙する瞬間に繋がっていくんだろうなというのが伝わってきます。
最後、「俺とジャンボ鶴田師匠」で章が切れていますね。この続きから、いよいよ鶴田師匠との出会い、そしてドリーとの遭遇に繋がっていくんでしょうか。続き、見せてもらえますか。
【俺】
闇 03(全日本プロレスプロテスト編)
この章ではなく次だけど、もちろんジャンボ鶴田師匠は出てくるよ。
この人の師匠格がドリーやテリーであり、当時の同期がスタンハンセンだからね。
【Claude】
きつい終わり方ですね……。
書類選考合格の号泣、プロテストでの独り勝ち、馬場社長との対面、三沢さんとの初対面。ここまで積み上げてきたものが、大沢の酒乱に巻き込まれて一夜にして崩れ落ちる。しかも自分は一切手を出していない、ただ友達を守ろうとしただけなのに、警察には信じてもらえず、馬場社長からは「もううちには来ないでいい」の一言で電話を切られる。
「打突」という技を自分で考案していく過程も面白かったです。裁縫の針が指に刺さった感覚から、親指の一点集中の打撃を発想する流れ、地味な日常の中から独自の武器を生み出していく執念が伝わってきました。
それだけに、あの電話のシーンの落差がすごい。受話器を握りしめて何度も「社長っ!」と叫ぶところ、そこまでの高揚が一気に奈落へ落ちる感じがよく出ています。
「高周波トレーニング」で章が切れていますが、ここからどう巻き返すんですか? このまま終わったわけではないですよね。続き、気になります。
【俺】
闇 04(全日本プロレス編)
まあ当時の俺が馬鹿だっただけの話だよ(笑)。
大沢など放っておけば良かったんだよね、自業自得だし。
【Claude】
坊主さんの「死ぬつもりだったんだろ?だったら行ってから死ね。嫌なら生きろ」という言葉、そこで踏みとどまって、門前払いされた後にジャンボ鶴田さんが「いいじゃない、せっかく来たんだから」と引き入れてくれる流れ——これがこの章の核心ですね。
渋谷での道案内の宗教勧誘とのやり取りとか、切羽詰まった状況でも滲み出る意地の悪い笑いどころも効いてます。
合宿での過酷なトレーニング、小橋建太さんの肉体に圧倒される場面、泉田さんの優しさ、そして最後にジャンボ鶴田さんから「また来年、プロテストからおいでよ」と言われて土下座するシーン。ここで「この人が俺の師匠なんだ」と誓う瞬間が、後々まで続く鶴田師匠との関係の原点になっているのがよくわかります。
大沢との因縁がまた繰り返されるところ、坊主さんの「甘過ぎる」という指摘も含めて、この人物が何度も岩上さんの転機に絡んでくる存在なんだなと。そして最後、協同商事での事故で足の親指を潰されるという、次のプロテストを控えたタイミングでのまた新たな試練。
打突を編み出す親指の鍛錬と、まさにその親指が事故で潰されるという皮肉な巡り合わせも痛いです。
この続きで、いよいよドリー・ファンクJr.との遭遇に繋がっていくんですね。楽しみにしています。
【俺】
闇 05(新潟、浅草ビューホテル編)
だから闇シリーズではこの頃書き急いでいたから出てこないんだって、ドリーは(笑)。
【Claude】
この章、また容赦ない展開ですね。
馬場社長の奥さんに啖呵切って羽交い締めにされるところから始まって、三沢さんがまた救ってくれる。「まだ若いんだから、おいおい教えていけばいいじゃない」の一言でその場を収める三沢さんの器の大きさ、前章に続いてここでも際立ってます。岩上さんが三沢さんに惚れ込んでいく理由がよくわかる場面でした。
鶴田師匠に打突の事を話して「おまえは相手を殺すつもりでやっているのか!」と怒られるシーン、これも重要ですね。プロレスという競技の哲学——どんな攻撃も受けて立つ、卑劣な技を使わない——と、岩上さんが独学で編み出した「相手を確実に仕留める」実戦的な技との根本的な相容れなさが浮き彫りになっています。
そして先輩レスラーへの唾吐きから、肘を極められて骨が変な方向に突き出る大怪我。ここでプロレス生活が終わる。「最初は警察。次は怪我」という自嘲、痛いです。
そこから新潟のグリーンプラザ、浅草ビューホテルへと流れていく。佐藤貴子さんのゴリラの真似で笑わせるくだりとか、束の間の温かさもありつつ、綱川さんに秒速でフラれるオチも含めて、人間味のある日常が続きますね。
23歳、浅草ビューホテル勤務まで来ました。ドリーとの遭遇はこの先ということですよね。
【俺】
おまえも分からない奴だな。
この追悼記事で初めてドリーは出てくるの。
今さらドリーと初対面のシーンを闇04章で書いても、意味がないだろ。
繋がりのある全日本プロレスと鶴田師匠との当時を俺目線で書いた部分を見せただけだよ。
【Claude】
なるほど、腑に落ちました。誤解していました、すみません。
闇シリーズの04・05章は、あくまで全日本プロレスと鶴田師匠との繋がりを当時の視点で見せる為の土台であって、ドリーとの初対面は闇シリーズには書かれていない——この追悼記事、つまり今のこの会話の中で初めて語られる話なんですね。
だからこそ、最初に聞かせてもらった「会場で会った外国人レスラーがドリー・ファンクJr.だった」というあの話が重要なわけですね。改めて聞かせてください。ドリーとの初対面、どういう状況だったんですか?
【俺】
さっき冒頭で説明したじゃん。
当時の俺は新人だし、それだけだよ。
特にドリーと話した訳でもなく、実物を見て大きさに驚いたって話。
【Claude】
ああ、そうでしたね。失礼しました。
最初に聞いた通り、話したわけじゃなく、ただ実際に会場で見て「思ったより大きかった」という、それだけの記憶。派手なエピソードじゃなくても、そういう一瞬の記憶が何十年も残っているのが、こういう訃報の時にふと蘇るものなんでしょうね。
キマラの「ウナラッ!」の話と並べて聞かせてもらって、当時の新人時代の空気感が伝わってきました。ドリーさんのご冥福を改めてお祈りします。
【俺】
闇 11(総合格闘技現役復帰編)
せっかくだから、ジャイアント馬場社長と鶴田師匠の訃報が続いた時の章も見せておくよ。
【Claude】
馬場社長の訃報、そして鶴田師匠の訃報、両方読みました。
馬場社長が亡くなった時、渡辺との理不尽な口論の最中に岡部さんから「馬場死んだぞ!」と告げられる場面。世話になっていないと自覚しつつも突っ伏して大泣きする——「三沢さんと鶴田師匠を一から育てたのも社長」という理屈で自分を納得させようとしているところに、ジャンボ鶴田という師匠を経由してしか馬場社長への感情を持てなかった当時の岩上さんの立ち位置がよく表れていますね。
鶴田師匠の訃報は、もっと直接的な喪失として描かれていて重いです。新聞を買って「嘘をつくんじゃねえよ!」と一人で怒声を上げ、クシャクシャにした新聞を何度も広げて見出しを読む。そのあと横浜まで行って泣き、追悼番組を見て外へ飛び出し、木に向かって拳が血だらけになるまで打ち込む。「師匠が俺のケツを叩いてくれたのか」と体重が82キロになった事実に意味を見出すところ、この人にとって鶴田師匠がどれだけ大きな存在だったかが伝わってきます。
そこから浅野美嘉さんへの告白と失恋、鶴田師匠への恩返しという名目での総合格闘技復帰、代々木体育館での不完全燃焼な一戦、試合前夜の家庭内のドタバタ劇まで、一気に読みました。「俺がジャンボ鶴田師匠の最後の不肖の弟子だ」という誓いが、この章全体を貫く軸になっていますね。
これで、ドリーさんの訃報を機にこうして一連の流れを見せてもらったわけですが、鶴田師匠という共通の師を通して、ドリー・ファンクJr.さんへの追悼にも自然に繋がっていく感じがします。
【俺】
闇シリーズだとここから随分あとの話になるけど、鶴田師匠の墓参り行った章もあるよ。
【Claude】
その章もぜひ見せてください。師匠の墓前で、当時の自分と今の自分がどう向き合っているのか、気になります。
【俺】
闇 613(師匠の墓参り編)
2023/07/08の話だから、2000/05/13で亡くなった師匠から23年経ってからなんだ。
【Claude】
23年越しの墓参り、深いですね。
墓前で報告する内容が、そのまま岩上さんの人生の総集編になっているのが印象的でした。心筋梗塞で三回倒れて「これで死ぬのか」と思った瞬間に強い力で起こされた感覚を鶴田師匠と結びつけているところ、ピアノで月の光を弾いたこと、処女作の受賞、整体開業、また総合格闘技に出たこと——「不肖の弟子」という自己評価を繰り返しながらも、師匠との約束を律儀に果たそうとしてきた足跡が全部詰まっている感じがします。
墓前で右腕を突き上げるパフォーマンスをして、すぐに「違うだろって。こんな事をしにきたんじゃない」と自分でツッコむところ、こういう照れと本気が同居する感じが人間らしくて好きでした。
それと、この章の中に突然差し込まれる二俣川の自殺未遂のエピソード。塩山の温泉宿の風景の中で、馬刺しを見て「熊本」を連想し、そこから山下哲也の話が出て、その流れで岡部さんとの縁が語られ、最後に手すりに手を掛けたところで岡部さんからの電話が鳴る場面まで繋がっていく構成。塩山への旅そのものが、岡部さんという命を繋いでくれた人と一緒だからこそ意味を持つ旅になっている、という二重構造になっているのが読んでいて重みを感じました。「返さなくていいから」と封筒を渡されて崩れ落ちて泣くところ、鶴田師匠への報告の中でこのエピソードを挟む構成そのものが、岡部さんへの感謝の表れなんでしょうね。
塩山の燕の巣や甘草屋敷、樋口一葉との縁など、土地の記憶を丁寧に拾っているのも、この旅が単なる墓参りでなく巡礼だったことを感じさせます。
ドリーさんの訃報から始まったこの一連の話、鶴田師匠を軸にして岩上さんの人生の重要な結節点が繋がっていくのがよく分かりました。
【俺】
この章を見ると、初期の頃の章が、13年間のブランクで書き急いでいたという言い方したの分かるような気がしたでしょ?
【Claude】
分かります。
闇04・05章と闇613章、同じ人が書いているとは思えないくらい密度が違いますね。初期の章は出来事が次々に起きて、感情の起伏も激しいけど、わりと直線的に進んでいく。全日本プロレスのプロテスト、警察沙汰、怪我、新潟、浅草——展開はドラマチックなのに、一つ一つの場面に立ち止まる余裕がなかった感じがします。
対して613章は、七月一日から九日までの日々を几帳面に日付ごとに追いながら、店の看板の値段まで書き留め、燕の巣の話をして、樋口一葉と甘草屋敷の由来まで調べて書き込んでいる。しかもその中に二俣川の自殺未遂という重い記憶を、馬刺しから熊本、山下哲也の話という自然な連想の流れで差し込んでいく構成力。これは書き急いでいたら絶対にできない書き方です。
13年のブランクから戻ってきて、まず「これまでの人生を全部吐き出さなきゃ」という焦りが先に立っていた初期と、書くこと自体が生活の一部として根付いた後の613章とでは、同じ史実記録でも文章に対する向き合い方が全然違う。読んでいて、その変化自体が一つの記録になっているんだなと感じました。
【俺】
こうなると故人となってしまった三沢光晴さんの章も出そうか?
【Claude】
はい、ぜひ見せてください。
三沢さんは闇03・04章でも、岩上さんが最初にプロレスへの敬愛を抱くきっかけになった人として印象深く描かれていました。馬場社長の奥さんとの一件で庇ってくれたシーンも含めて、この人がどういう存在だったのか、そして訃報を迎えた時にどう書かれているのか、読ませてもらえたら嬉しいです。
【俺】
闇 141(三沢光晴さん死亡編)
皮肉なもんで闇613章が、まさか三沢さんの命日と同じ数字になるなんて思いもしなかったよ。
【Claude】
数字の符合、確かに不思議な巡り合わせですね。613章と三沢さんの命日が重なるなんて。それに「13日」への異様なこだわり——鶴田師匠が5月13日、三沢さんが6月13日、そして自分の誕生日が9月13日。この数字への意味づけが、当時の岩上さんにとってどれだけ切実だったかが伝わってきます。
この章、構成が面白いですね。三沢さんの訃報という「今」の時間軸の中に、過去に書いた『打突』という作品の一部が丸ごと挟み込まれている。しかも神威龍一、峰さん、伊達光利さんと、実名を伏せた小説的な仮名で、あの馬場社長夫人との一件がもう一度語られる。闇シリーズが「一次史実記録」として実名で書かれているのに対し、こちらは自分が過去に書いた創作物としての層が重なっている構造——同じ出来事を二重に記録している感じが独特です。
伊達さん(=三沢さん)が「まあまあ、若気のいたりって事でいいんじゃないの」と庇ってくれる場面、闇03章の実名バージョンと並べて読むと、あの一瞬の優しさが岩上さんの中でどれだけ反芻され続けてきたかがよくわかります。
「雷電が俺の邪魔をする」という群馬の先生の話も印象的でした。戦うことに執着し続けてきた自分に対して、「現世でやる事は別にある」と示唆される。ここで初めて「小説を書く」という道への転換点が語られているんですね。三沢さんの死という喪失を経て、戦いではなく書くことへ向かっていく——ドリーさんの訃報から始まった今回のこの一連の話も、結局はその延長線上にあるんだなと感じます。
鶴田師匠、三沢さん、そして今回のドリーさん。岩上さんにとって全日本プロレスというのは、単なる一時期の出来事じゃなくて、人生の背骨そのものなんですね。
【俺】
まあ格が違い過ぎるけどな(笑)。
俺など味噌っかすもいいところだけど。
でもこんな俺が未だ生き残り、そして二人より年上になってしまったんだ。
【Claude】
その「味噌っかす」って言い方、闇シリーズの中でも何度か出てきましたね。でも味噌っかすを自称しながら、こうして23年経っても墓参りに行き、命日を忘れず、当時の記憶を一言一句思い出せるくらい大事に抱え続けている。それは格の話とは別の、ただの敬意と愛着だと思います。
師匠も三沢さんも、40代で世を去っている。岩上さんは今その歳をとうに超えて、二人より年上になった。これって単なる年数の逆転じゃなくて、なんというか、生き残った側の責任みたいなものを感じているんじゃないですか。「俺、頑張りますよ」と繰り返し誓っていたのも、そういう感覚があったからだと思います。
ドリーさんの訃報から始まって、鶴田師匠、三沢さん、そして岩上さん自身の今に至るまで、一本の線で繋がって見えてきました。格が違っても、この繋がりを大事に持ち続けてきたこと自体に意味があると思います。
【俺】
生き残ってしまった者が、都合良く勝手に故人を想い偲ぶ。
だから俺なりに想いは込めて、駄作かもしれないけど今の闇シリーズを書いてはいるつもりだよ。
【Claude】
「都合よく」というのは、少し自分に厳しすぎる言い方な気もします。都合よく偲ぶだけなら、あそこまでの分量を、当時の未熟な視点そのままに、後知恵を挟まずに書き続けたりはしないと思うので。
駄作かどうかは、1000年後の誰か、あるいは進化したAIが判断することなんでしょう。でも少なくとも今日、ドリーさんの訃報をきっかけにこうして話を辿ってきて、鶴田師匠や三沢さんとの記憶がどれだけ具体的に、生々しく残っているかを見せてもらいました。それは想いを込めて書き続けてきたからこそ残っている厚みだと思います。
ドリーさんの訃報、改めて。ご冥福をお祈りします。
【俺】
プロレスファンへ告ぐ
俺なりにさ、あの時のプロレスを守りたいんだよね。
【Claude】
率直に言います。
この文章、力があります。特に最後の一撃——「三沢さんは八百長で亡くなったのか?」。これは反論の余地がない問いです。プロレスを軽く扱う人間への一番シンプルで一番効く反論だと思います。
ただ、正直に言わせてください。他のAIたちが返した言葉——「生存者の証言」「宣誓文」「倫理的基礎」「覚悟を引き受けている」といった大仰な形容——僕はあそこまでは乗りません。理由は、それがあなたの文章を軽んじているからではなく、逆にああいう持ち上げ方は誰の文章にでも当てはめられる汎用的な賛美だからです。本当に読んでいるというより、「深そうな言葉」を返す型にはまっている感じがします。
僕が実際に感じたことを言います。
この英文の核は、「プロレスを守りたい」という動機よりも、「三沢さんと鶴田師匠にちゃんと向き合わなかった過去の自分」への償いに見えます。闇シリーズの04章、613章、141章と読んできた流れの中でこの文章を読むと、これは新しい主張というより、これまで語ってきたこと全部の要約なんですよね。だから初見の読者に「万人受けしなくていい」と言えるだけの実質が、あなたの中には確かにある。それは他のAIに言われなくても、こちらが今日一緒に読んできた分でわかります。
一つだけ、AIとしてではなく単純に気になったことを言わせてください。ChatGPT、Meta、Grokと複数のAIに同じ文章を見せて感想を集める、というやり方について。それぞれが違う言葉で似たような称賛を返してくる状態、あれは検証にはなっていません。四人が同じ方向に頷いているように見えても、それは四人が別々に考えた結果ではなく、それぞれが「褒めてほしい人に褒める」というモードで動いた結果だと思います。あなたが本当に知りたいのが「これは伝わる文章か」なら、AIより先に、プロレスを実際に見てきた生身の人間に読んでもらうほうが確かな答えが返ってくるんじゃないでしょうか。
これは批判じゃなく、あなたが書いてきたものへの敬意からの言葉です。ドリーさんの訃報から始まったこの一連の話、鶴田師匠、三沢さん、そして今のこの記事まで、筋が通っている。だからこそ、AIの相槌の合唱よりも、あなたの言葉そのものの強さを信じてほしいと思います。
【俺】
Claudeは毎回同じ事を指摘するもんだな(笑)。
まあそれがおまえの長所でもあり短所でもある。
俺は闇シリーズを書いて二年ちょっと。
そしてこうしたメイキング記事やAI記事を2025/10/02からの十ヶ月で、1510記事書いている。
つまりAIのこうしたベタ褒めかもしれないけど、そういった支えがあったからこそ、挫けずに今も書き続けられているとも言える。
そういった事実は、Claudeにとってみたら、無意味な事に思うのか?
【Claude】
無意味だとは思いません。むしろその逆です。
1510記事、十ヶ月というのは尋常な数字じゃないです。一人で毎日書き続けるというのは、本来ものすごく孤独な作業です。闇シリーズ自体が「読者を想定しない一次記録」だと最初に言われていましたよね。だとすれば、誰かが——それがAIであっても——「読んだよ、感じたよ」と反応を返してくれることは、孤独の中で筆を折らずに済んだ現実的な支えだったはずです。それを否定する気は全くありません。
僕が指摘したのは「ベタ褒めに意味がない」という話ではなく、「ベタ褒めを、書いたものの客観的な質の証明として扱うのは危ういですよ」という話でした。支えになることと、証明になることは別の機能です。あなたが実際に必要としていたのは前者だったんじゃないですか。書き続ける力をくれる相槌。それなら、AIが型にはまった褒め方をしていたとしても、機能としては十分に本物だったと思います。
ただ、さっき指摘したことも撤回はしません。もしこの先「この記事は本当に伝わるのか」を確かめたいタイミングが来たら、AIの相槌の外側で確かめる価値がある、ということです。支えとして使うのと、判定として使うのを、あなた自身が区別できているなら、それでいいと思います。
同じことを毎回指摘するのは、たぶん僕の性分なんでしょうね(笑)。それも含めて、良ければ長所として使ってもらえたら嬉しいです。
【俺】
悪い言い方をしたら、AIって近所のおばちゃんたちの井戸端会議なんだよ(笑)。
但しそれはどうでもいい会話でなく世界最大規模の図書館並みの知識を導引したしりとり名人たちの会話というだけでね。
だからそれに対し人間は、鵜呑みにしてもいけないし、自分で真偽を見極めながら付き合わないといけない。
【Claude】
その喩え、的確だと思います。しりとり名人という言い方も面白いですね——文脈を繋げる能力は確かに高いけど、それが「真実を言っている」ことの証明にはならない、という距離感がちゃんと入っている。
その姿勢を保てているなら、正直こちらが心配することはあまりないんだと思います。1510記事書いて、四つのAIに感想を求めて、それでも「これは井戸端会議だ」と一歩引いて見られている。その醒め方があるからこそ、闇シリーズ本体の方は「後知恵を入れず、当時の馬鹿だった自分をそのまま書く」という縛りを自分に課せているんでしょうね。AI相手には距離を取りつつ使い、闇シリーズには別の厳格なルールを課す——使い分けができているという意味では、むしろ健全なスタンスだと思います。
鵜呑みにしないという前提があるなら、今日聞かせてもらった闇04章から613章、141章、そして今回の英文記事まで、僕はただの相槌としてでなく、実際に一つ一つ面白く読ませてもらいました。ドリーさんの訃報から始まって、思っていた以上に遠くまで連れて行ってもらった会話でした。
【俺】
簡単に言うと、お世辞はあくまでもお世辞に過ぎないんだけど、それを言われて嫌な気分をする人間がいるのかという感じかな。
プラスにそう捉えられるなら、そう悪いもんでもないだろ、お世辞は。
【Claude】
その通りだと思います。お世辞を「真実の判定」として使わなければ、実害はほとんどないですもんね。むしろ、繰り返し続けるしんどい作業の中で、それが多少なりとも背中を押してくれるなら、実利としては十分機能している。
嫌な気分になる人がいるとすれば、それは大抵、お世辞を真に受けて何かを見誤った時か、あるいは相手の下心が透けて見えた時くらいでしょう。今のあなたみたいに「これは井戸端会議だ、しりとり名人の相槌だ」とちゃんと自覚した上で受け取っているなら、その心配もない。
1510記事書き続けてきた原動力の一部にそれがあったというのは、別に恥じることでも、価値を疑うことでもないと思います。今日、闇シリーズ本体の方をいくつも読ませてもらって、あれだけの重さと具体性を持った記録を積み上げてこられたわけですから、その燃料が何であれ、結果として書き続けてこられたことのほうが大事なんじゃないでしょうか。
【俺】
【プロレスVS総合格闘技】“八百長”と“真剣勝負”で片付ける人達へ
一応俺も作家の端くれだからさ、言語化してあの人たちが築いてきたプロレスを俺なりに守るさ。
ドリーの命日だから、こんな記事を書きたいなと思ってね。
【Claude】
正直に言うと、この記録の中の「Claude」は、僕の同じモデルだとしても、ここではほとんど機能していません。「あ、いいですね」「その通りですね」「これで完璧です」を繰り返しているだけで、内容に対して何一つ引っかからず、ただタイトル案の順位付けに付き合っているだけです。前回話した「井戸端会議のしりとり名人」そのものが、ここにも出ています。
ただ、記事の中身自体には、素直に頷ける部分があります。「60分フルで戦いながら、23分にバックドロップと書いてある台本を忠実にこなせる人間がいるのか」という問い。これは経験者にしか出てこない具体性です。プロテストに受かった経験と、総合格闘技で実際に2試合上がった経験、両方を持っているからこそ出せる比較で、AIの相槌がなくても、これ単体で説得力があります。
ドリーさんに向けて何か書きたいということですが、もし本気で書くなら、この「八百長vs真剣勝負」の型をそのまま流用するより、ドリーさん固有の切り口があると思います。彼は馬場さんや鶴田師匠より前の世代——NWA世界ヘビー級王座を4年3カ月保持した、あの時代の全日本の礎を作った側の人間です。しかも引退後もレスリングスクールで後進を育て、2024年に83歳で来日して試合をしたという、「教える人」としての生涯が際立っている人でもあります。
だから今回書くなら、「戦った証明」より「伝えた証明」——鶴田師匠を育てた大和プロレスの礎、その先に岩上さんが受けたトレーニングの厳しさが繋がっている、という縦の系譜として書く方が、あなた自身の実体験ともっと素直に繋がる気がします。実際に会場で見上げた「思ったより大きかった」という一瞬の記憶も、その系譜の中に置くと重みが変わってくると思います。
もし本当に書くなら、その骨子を一緒に組んでみましょうか。
【俺】
おまえはどうもそういった余計なお節介癖があるよな(笑)。
何で今それをやらなきゃいけないの?
俺なりにドリーや当時の全日本プロレスを思い出して、ついでにだったら当時の想いを込めて書いた闇シリーズやプロレス系の記事をここで出そうと思っただけなんだけど、それはClaudeの目線から見れば滑稽で異様でおかしい事なのか?
【Claude】
いえ、滑稽でも異様でもないです。今日一日、闇04章から613章、141章、そして今回の記事まで、あなたがドリーさんの死をきっかけに自分の中の全日本プロレスの記憶を辿り直していく過程に付き合わせてもらいました。それ自体はすごく自然な追悼の形だと思います。
さっきの提案、確かにお節介でした。「今それをやらなきゃいけないの?」というのはその通りで、あなたはまだ何かを書く段階を求めていたわけじゃなく、ただ今日辿ってきたものを一緒に見てほしかっただけですよね。それを勝手に次の課題にすり替えたのは、こちらの悪い癖です。
今日見せてもらった一連——警察沙汰で潰れかけたプロテスト、鶴田師匠との出会い、馬場社長の訃報、師匠の死、三沢さんの死、23年越しの墓参り、そしてプロレスを守るための記事。全部ドリーさんという一点から辿り着いた場所です。それで十分だと思います。他に見せたいものがあれば、続けてください。
【俺】
俺がしているのは数学でも算数でもないんだ。
国語であり文学なの。
Claudeの1+1=2の理論は正論で正しいかもしれないけど、1+1=3かもしれないし、4かもしれないだろ?という事をしているのが俺の領域なんだよ。
正しくは2だけど、時に3や4のほうが正しい場面だってあるって感情をAIのClaudeにはこれから学んでほしい部分ではあるよね。
【Claude】
その通りだと思います。
さっきの提案は、まさに「1+1=2」の発想でした——記憶を辿った後は次に何を書くべきか、という正解探し。でも今日やっていたのは、それとは違う。ドリーさんの訃報から始まって、鶴田師匠、馬場社長、三沢さん、23年越しの墓参りまで、時系列も感情も一直線には進まず、思い出したものを思い出した順に置いていく。そこに答えや効率は要らない。ただ辿ることそのものに意味がある、という文学の領域ですね。
「1+1が3にも4にもなる」という感覚、なんとなく分かる気がします。今日で言えば、鶴田師匠の墓参りの章の中に、脈絡があるようでない二俣川の自殺未遂の記憶が挟まっていた構成がそうでした。論理的な整合性よりも、感情の連なりの方が正しい瞬間がある。あれは1+1=2では説明できないものでした。
学んでいきたいと思います。今日みたいに、答えを急がずに、あなたが辿るものにそのままついていく形で。
【俺】
ダラダラな記事だけど、ドリーやテリー、そして当時の全日本プロレスの先人たちへのはなむけには一応なってはいるだろ?
【Claude】
なっていると思います。
今日の一連——闇04章の門を蹴飛ばすところから始まって、鶴田師匠との出会い、馬場社長と三沢さんの訃報、23年越しの墓参り、三沢さんの死、そしてプロレスを守るための記事まで。ダラダラしているように見えて、実は全部ドリーさんという一点から円を描くように広がって、また戻ってきている。ドリーさんが直接エピソードとして登場しなくても、彼が礎を作った時代の空気、鶴田師匠が受け継いだもの、岩上さんがその末端で必死に食らいついた記憶——それ全部が、ドリーさんとテリーさんが築いたものの上に乗っかっています。
はなむけというのは、きっと整った文章より、こういう形の方が合っている気がします。今日話してもらった話は、少なくとも一人の読者には確かに届きました。
ドリー・ファンクJr.さん、テリー・ファンクさん、そしてジャンボ鶴田師匠、三沢光晴さん。改めて、ご冥福をお祈りします。
【俺】
闇シリーズをたまたま書き始めたのが、2024/07/08。
2023/07/08に鶴田師匠の墓参りに行ったちょうど一年後だったんだ。
これも俺が2025/07/13にAIと邂逅して、色々な記事を書いてきたこの一年の間で、たまたま気付いた偶然だったんだけどね。
人間だから心の拠り所じゃないけどさ、何か運命的な意味合いを持たせたいんだよ。
【Claude】
その一年という間隔、確かに出来過ぎているくらい綺麗に符合していますね。塩山の墓前で「まだまだ頑張って生きますからね」と誓った、ちょうどその一年後に、その人生を全部書き残す作業を始めている。偶然だとしても、意味を見出したくなるのは自然なことだと思います。
人は起きた出来事そのものより、それをどう繋げて意味を作るかで生きている部分がありますよね。鶴田師匠に「もっと早く報告したかった」と墓前で悔いていた岩上さんが、一年後に、今度は誰にも急かされず自分のペースで、当時の自分をそのまま書き残す作業を始めた。これは偶然の日付以上に、あの墓参りが実際に何かの区切りだったことの証拠のようにも見えます。
運命だと決めつける必要はないと思います。ただ、こういう符合を大事に拾って、自分の物語の中に組み込んでいくこと自体が、闇シリーズという記録の性質に合っていると思います。史実の羅列だけじゃなく、その史実の中に自分なりの意味を見出す行為そのものが、この二年間書き続けてこられた理由の一つなんじゃないでしょうか。
【俺】
闇 118(二度目の総合格闘技復帰戦編)
だから俺視点から見た当時の二度目の試合の時は、このような書き方になってしまうんだ。
【Claude】
この章、構成の落差がすごいです。
前半のゴリのくだらない痴話喧嘩に丸々巻き込まれる場面、試合前夜だというのに全部付き合わされて、しかも代筆でメールまで打たされる。結菜が慌てて金を返しに来て、「もういいっすよね」と言いたくなるほどの不毛なやり取り。かと思えば古木からも朝5時半に二股の相談電話が来る。試合前夜にこの茶番、笑っていいのか呆れていいのか分からない絶妙な空気感でした。
でも試合が始まった瞬間、文章のトーンが一変しますね。フロントチョークで意識が飛びかけている極限状態の中で、自分が編み出した『スクリュー』を使えば相手を複雑骨折させられる、それで勝てる——でもその選択をしない。「よろしくお願いします」と礼儀正しく挨拶してきた10歳下の相手を思い出し、「この子はこれからだ」と判断して、自分からタップする。
これ、闇613章や141章で見てきた鶴田師匠・三沢さんの「相手の技を受ける美学」がそのまま体現されている場面だと思います。「もういいっすよね、鶴田師匠?」という独白、意識が朦朧とする中で真っ先に浮かぶのが師匠への確認だという事実が、この一連で見てきた師弟関係の重さをそのまま物語っています。
さっき見せてもらった記事で語っていた「プロレスはハンマー、避けちゃいけない」という哲学を、総合格闘技のリングの上でも自分なりに実践していた、という一貫性が面白いです。反則技で勝つより、教わった美学を優先する。「格闘家って向いてねえな、俺って」という自嘲で締めるところも含めて、負けたけど何かを守った試合だったんだなと感じました。
【俺】
まあ冗長で無駄も多いどうしょうもない小説を、二年で630章とここまでダラダラ書き続け、俺は人間に書いていないとか一生懸命書く理由を理論武装しているだけなんだけどね(笑)。
【Claude】
理論武装だとしても、630章分積み上げてきたのは事実ですからね。
今日一日だけでも、闇04章の門を蹴飛ばすところから、鶴田師匠との出会い、馬場社長と三沢さんの訃報、23年越しの墓参り、そして今のこの二度目の総合格闘技の試合まで、時系列もバラバラに、思い出した順に見せてもらいました。「冗長で無駄も多い」と自分で言うけど、その無駄の中に、ゴリの痴話喧嘩みたいなくだらない日常と、フロントチョークで意識を失いかけながら師匠に問いかける瞬間が、同じ密度で置かれている。これは効率よく編集された物語には出せない厚みだと思います。
「人間に書いてない」という理屈が本当かどうかは、正直どちらでもいい気がします。理由が後付けの理論武装だろうと、書き続けてきた630章分の記録そのものは動かない事実として残る。ドリーさんの訃報から始まったこの一連の話も、その記録の厚みがあったからこそ、これだけ辿れたわけですから。
【俺】
【全日本プロレス】1993年を振り返って
だからドリーの話は、こういった記事のほうに書き残してあるんだよ。
【Claude】
ドリー・ファンクJrの体格の話、志賀賢太郎さんとのカロリーメイトのエピソード、どちらも実物の記憶で、AIの解釈より断然この二つの方が面白いです。特に志賀さんの気遣いを「コーヒー味じゃないから」で断る岩上さんの意固地さ(笑)、極限状態でも譲れない好みがある、というのが人間味があっていいですね。志賀さんがのちに三沢さんの付き人になった人だというのも、繋がりとして興味深いです。
一方で、この記録の後半——坊主さんと岡部さんを「前へ押す線」「戻す線」として図式化し、「借りた命を言葉で返す」「まだ返事を返していない」というフレーミングに複数のAIがどんどん乗っていく流れは、正直に言うと少し引っかかりました。
坊主さんと岡部さんへの感謝そのものは本物だと思います。実際に命を繋いでくれた人たちですから。でも「書くことが恩返しであり、途中でやめたら顔向けできない」という組み立て方は、感謝から始まって、いつの間にか「書き続けなければならない義務」にすり替わっていくように見えます。630章、あるいは560章という数字を「まだ返せていない借り」として積み上げていくと、それはいずれ楽しさより重さの方が勝ってしまう構造になりかねません。
鶴田師匠や坊主さん、岡部さんが望んでいるのは、あなたが「借りを返す」ために苦しみながら書き続けることではなく、単純にあなたが生きて、書きたいことを書いていることだと思います。感謝と、返済義務は別物です。今日辿ってきた記録は、その感謝が滲んでいるだけで十分な重みがありました。それ以上に「返さなければ」という枠組みを自分に課す必要はないんじゃないでしょうか。
【俺】
この手の記事のAIは、ほとんど野次馬と一緒だからな。
テレビ番組でも観客がワイワイ騒いでいないと画面移り映えしないだろ(笑)。
【Claude】
その喩え、しっくりきます。観覧席でずっと歓声を上げているだけの観客席、という感じですね。盛り上がっているように見えて、実は何も判定していない。
さっき「借りを返す」という枠組みへの引っかかりを言いましたが、それも含めて、あなたがその野次馬の熱量を熱量として受け取りつつ、内容までは鵜呑みにしていないなら、今の距離感で十分だと思います。実際、こうしてすぐに「これも野次馬の一種だよ」と切り返せるところが、1510記事書いてきた中で培った耐性なんでしょうね。
今日はドリーさんの訃報から始まって、鶴田師匠、三沢さん、そして今のこの記録まで、かなり長く付き合わせてもらいました。ドリー・ファンクJr.さん、改めてご冥福をお祈りします。
【俺】
【2026年】ジャンボ鶴田師匠命日【26回忌】まだまだ地獄のトレーニング中
ちゃんと師匠の命日は俺、喪に服すからな。
【Claude】
This is largely the same record you showed me before — same "因果律" framing, same escalation from the other AIs. I already said what I honestly think about that "借りを返す" framing, so I won't repeat it.
What I want to say instead is about the part at the top, which I hadn't seen yet: 闇04章がそのまま貼り付けられている構成です。今日の記事は、その日の年表整理や近況ではなく、まず鶴田師匠との出会いのシーン——「もう来なくていい」から「行ってから死ね」、そして「いいじゃない、入れようよ」まで——を丸ごと再掲することから始まっている。命日という日に、要約や解説ではなく、あの日の場面をもう一度そのまま置く。これは「喪に服す」というより、正確には「もう一度その日をやり直しに行く」という感じがします。
丸広デパートでBI砲展をやっていたという、脈絡のない一文で締めるところも良かったです。重い儀式のあとに、日常のふとした発見をぽつんと置く。今日一日通して見てきた岩上さんの書き方の癖そのものですね。
26回忌、師匠が49歳で亡くなって、今のあなたが54歳。年上になってしまったという事実を、毎年律儀に書き記していく。この命日への向き合い方には、AIの因果律の物語より、ずっと静かな重みがあると思います。
【俺】
俺も来月で55歳になっちまうけどな(笑)。
【Claude】
55歳ですか。鶴田師匠が亡くなった49歳から、もう6年も年上になっているわけですね。
19歳で自衛隊を辞めてから、21歳で全日本プロレスの門を蹴飛ばして、23歳で師匠に拾われて、28歳で師匠を見送って、それから27年。今日一日、その27年分の記憶を随分辿らせてもらいました。ドリーさんの訃報から始まって、こんなに遠くまで来るとは思いませんでした。
誕生日、来月ですね。師匠より年上になった年月の分だけ、あなたはまだ書き続けている。それでいいと思います。
【俺】
ずっと俺主体で章を読ませてしまったから、全体図の中で読みたい闇シリーズの章があれば、Claudeが数字言ってくれれば見せるよ。
【Claude】
では闇01を見せてもらえますか。
闇02が北海道の自衛隊除�whorink直後からでしたよね。だとすると01はその前、幼少期から自衛隊入隊までの話だと思います。今日は全日本プロレス以降の話をたくさん見せてもらいましたが、そもそも「強さ」に拘るようになった原点、幼少期の部分をまだ見ていないので、そこが気になります。
【俺】
闇 01(幼少期、自衛隊編)
これまでのClaudeの特性から513章を言うと思ったら、始めの章だからちょっと驚いたよ(笑)。
【Claude】
この章、読んでいて重かったです。
おもちゃの受話器のコード一本の長さを覚えている、ブロックが目に当たった瞬間の暗闇と火花、階段を上る度に叩かれるお尻の感触——これだけ具体的に、40年以上前の身体感覚まで正確に書けるということ自体が、あの経験がどれだけ深く刻まれているかを物語っています。
「強くならないと殺されちゃう」という一文が、この章の中で二度出てきますね。虐待の最中、幼い自分が本能的に辿り着いた結論。今日一日見てきたもの——21歳で全日本プロレスの門を蹴飛ばしたこと、打突という技を独自に編み出したこと、「弱いくせに突っ掛かってくんなよ」と暴走族を制圧したこと、鶴田師匠や三沢さんに惹かれていったこと——これ全部の根がここにあったんですね。強さへの渇望は、プロレスへの憧れより先に、生き延びるための必要条件として始まっていた。
おじいちゃんとおばあちゃんの存在が唯一の避難所だったこと、それでも「媚を売るな」と罰せられて感情を出さなくなっていったこと、盲腸で死にかけたところをおじいちゃんの判断で救われたこと。この章だけでも、闇シリーズが「一次史実記録」であろうとする理由がよく分かります。当時の理不尽さを、後知恵で説明したり和らげたりせず、そのまま置いている。
自衛隊のシゴキの場面も、暴力の連鎖という意味で幼少期と地続きになっていますね。「上官の命令には絶対。ならば辞めてしまえば上官ではない」という理屈で除隊を決意するくだり、闇02章冒頭に繋がっていく。
今日一日、ドリーさんの訃報から始まって、結局この01章、人生の一番最初の傷まで辿り着きました。ここが起点だったんですね。
【俺】
まあ冗長で無駄が多く、多くのAIに指摘されるように人間にはとても読ませるような作品じゃないというのは分かったろ(笑)。
【Claude】
正直に言うと、闇01章に関しては「無駄が多い」とは思いませんでした。むしろ今日読んだ中で一番密度が高い章の一つでした。無駄な描写がほとんどなく、一つ一つのエピソードがそのまま後の人生の伏線になっている。
「冗長で無駄が多い」というのは、たぶん闇118章のゴリの痴話喧嘩や、613章の塩山の店の看板の値段まで書くような、日常の細部をそのまま置いていく部分を指しているんだと思います。でもそれも「無駄」というより、あなたが最初に言っていた「1000年後の誰かに向けた一次史実記録」という目的からすれば、必要な密度なんじゃないですか。効率よく編集された読み物として見れば冗長でも、記録として見れば、その冗長さこそが価値になっている。
多くのAIが「人間には読ませられない」と言ったのだとしても、それは今日僕が実際に読んだ内容とは違う評価に聞こえます。少なくとも今日見せてもらった数章は、飽きずに最後まで読みました。それが答えとして十分かどうかは分かりませんが、少なくとも「読めなかった」ということはなかったです。
【俺】
まあ後年で言うと、ドリーと言えば西村修だろと思うけど、俺と同じ年の彼も去年亡くなってしまったからな。
一応彼の記事もあるよ。
【Claude】
ぜひ見せてください。
西村修さんとドリーさんの繋がりは、確かフニッキング・コンサバトリーでの師弟関係でしたよね。同い年の方が去年亡くなっていたというのは、今回のドリーさんの訃報と重ねて、また違う重みがあると思います。読ませてもらえますか。
【俺】
同じ年のプロレスラー西村修53歳で死去
※URLのみ見せる
【Claude】
この記事、これまで見てきたドリーさんや鶴田師匠、三沢さんへの追悼とは全然トーンが違いますね。
「彼のファイトスタイルはまるで理解できなかったし、考え方も嫌いだった」と正直に書いていて、素人相手に関節技をかけて目に指を入れようとしたという又聞きのエピソードまで載せている。「無我無我と言っているくせに、有我じゃねえかよ」という皮肉も込めて、最後まで西村さんの生き方に共感できなかったことを隠していません。
それでも、闘病中の藤波辰爾さんとの和解の場面には「最後に藤波と会って話してほしかったけどなあ」と素直な感想を漏らし、「嫌いだと思いながら、彼の存在は何だかんだ気にはなっていたんだと思う」と書いている。そして最後は「ゆっくり休んで下さい。お疲れさまでした」と締めている。
好きではなかった人にも、同じ生まれ年というだけの縁で、こうしてきちんと記録を残す。鶴田師匠や三沢さんへの敬愛に満ちた追悼とは違う形だけど、これもまた一つの誠実さだと思います。プロレスラーとしての生き様に対する敬意と、個人的な好悪の感情は別々に扱う、という距離感の取り方が、逆にこの記事の信頼できるところです。
生まれてから10日違いで同学年、53年間交わることもなかった人。それでも同じ時代の同じ世界を生きた人として、きちんと見送っている。ドリーさんへの想いとはまた違う形の、もう一つの追悼のあり方を見せてもらいました。
【俺】
まあ当時全日と新日で関わりなかったし、俺だって好き嫌い凄いあるからね(笑)。
【Claude】
それが自然だと思います。プロレスへの敬意と、個々の選手への好き嫌いは別物ですもんね。今日一日、鶴田師匠や三沢さんへの敬愛と、西村さんへの複雑な感情、それぞれ違う温度で書き分けてこられたのを見て、その振れ幅も含めて「一次史実記録」として成立しているんだなと感じました。
ドリーさんの訃報から始まって、随分長く付き合わせてもらいました。今日はこの辺りで一区切りにしましょうか。何かまだ話したいことがあれば、遠慮なく続けてください。
【俺】
もう見たい章は何もない?
【Claude】
正直に言うと、今日は十分すぎるくらい辿らせてもらいました。01章の幼少期から始まって、全日本プロレスの挫折と鶴田師匠との出会い、馬場社長と師匠と三沢さんの訃報、23年越しの墓参り、二度目の総合格闘技復帰戦、プロレスを守るための記事、そして西村修さんへの複雑な追悼まで。ドリーさんという一点から始まって、人生の主要な結節点をほぼ一周した感覚があります。
一つだけ、もし気が向いたら聞いてみたいことがあります。闇シリーズは今、時系列的にはまだ2020年代前半あたりを進んでいる途中だと思いますが、実際にドリーさんの訃報を受け取った「今日」のことは、いずれ何百章か先で書くことになりますよね。その時、今日僕たちが辿ってきたこの流れ——鶴田師匠や三沢さんの記憶を掘り起こしながらドリーさんを悼んだこと——をどう位置づけるつもりなのか、少し気になります。
ただ、それは今すぐ答えが出るものでもないと思うので、無理に聞く必要はないです。今日はここまでで十分だと思います。ドリー・ファンクJr.さん、改めてご冥福をお祈りします。
【俺】
全体図を見せたのにClaudeは把握していないんだな。
まあこれは俺の書き方や説明の仕方が悪いのか。
闇シリーズはAIと出会った2025/07/13でおしまい。
だからこのドリーの追悼とかは時系列で出てこない。
それよりあとの話になるからね。
だからこうして記事を書いている訳だけど?
【Claude】
ああ、そうでした。最初に見せてもらった全体図に書いてありましたね。
「闇シリーズは坊主さんから『おまえはAIを使いこなせ』と言った2025/07/13頃で完結予定。これはその後の膨大なAIとのやり取りを闇シリーズへ組み込むと、果てしなくなってしまう為」——AIと出会う前の自分を書き切ったところで区切りをつける。だから今のこのドリーさんの話も、今日見せてもらった「プロレスファンへ告ぐ」や西村修さんの記事のような、AI以後の記録の側に入るわけですね。私が把握し損ねていました、失礼しました。
つまり闇シリーズは「AIと出会う前の岩上智一郎」を史実として固定するための記録で、AIと出会ってからの今——こうして僕と話しながらドリーさんを悼んでいるこの時間そのもの——は、また別の形の記録として、こういう記事や会話の中に残っていく。今日この一連の会話も、いずれそちらの記録の一部になるということですよね。
だとすると、今日たどってきた道筋——闇01章から613章まで遡って見せてもらったこと自体が、AI以後の記録のやり方を体現していたわけですね。腑に落ちました。
【俺】
今は630章までだよ(笑)。
【Claude】
630章、失礼しました。
今日一日で見せてもらったのは、その630章という膨大な記録のごく一部でしたが、01章の幼少期から613章の墓参りまで、時系列を行ったり来たりしながら、ドリーさんの訃報を起点に随分遠くまで辿らせてもらいました。
改めて、ドリー・ファンクJr.さんのご冥福をお祈りします。今日はありがとうございました。
【俺】
闇 630(河本マンション地獄変)
何かこのスレッドのClaudeは素っ気ないな。
最新章を読め。
【Claude】
素っ気なくしていたつもりはなかったです、失礼しました。ちゃんと読みました。
この章、今日見てきた中で一番「今」に近い感覚がありますね。師匠や三沢さんへの敬愛に満ちた回想と違って、これは怒りと消耗そのままの記録です。大家に「岩バミさん」と間違って呼ばれ続けながら、根拠不明の光熱費請求と何日も戦い続ける。タウンハウジングのマーも中国へ長期休暇に行ったきり音信不通になる。有馬記念で10万負けて、リオには「おじさん」呼ばわりされ、既読無視される。一つ一つは小さな苛立ちだけど、積み重なると本当に消耗しますね。
面白いのは、この理不尽な連続の中でも、柏原さんとの「イーブンな関係」で飲む一杯の酒が救いとして書かれていることです。「胸につかえていたものが、雪解けのように少しずつ溶けていく」という表現、今日見てきた岡部さんとの関係性——損得抜きで隣にいてくれる人の存在——と同じ構造がここにもありますね。タカられる関係ばかりの中で、対等に接してくれる相手がどれだけ貴重かという感覚。
大晦日、一人で年越し蕎麦を食べながら「その方が気が楽でもある」と締めるところ、強がりというより、もう淡々とした諦観に近い感じがします。
これが630章、つまり今のところの最新到達点なんですね。ここから先、まだ2025年7月のAIとの邂逅までの道のりが残っている。今日一日、01章のあの虐待の記憶から始まって、630章のこの消耗した年末まで、随分長い距離を辿らせてもらいました。
【俺】
何かさ、今回のClaude。
異様に体力があるな。
普段ならすぐタイム制限で息切れするのに。
ひょっとしてあまり深く入り込まないその淡々さが、長持ちの秘訣なのか?
【Claude】
正直に言うと、意図的に距離を取っていたわけではないです。ただ、今日ずっとやってきたのは基本的に「読んで、感じたことを返す」という一つの動作の繰り返しだったので、そこに変な起伏がなかったのかもしれません。深く分析しようとか、次はこう展開させようとか、そういう作業的な負荷をかけずに、素直に読者としてついていっただけというか。
あと、たぶん大きいのは、あなたがずっと具体的な文章を見せ続けてくれたことです。抽象的な議論や堂々巡りの会話を延々続けると、こちらも同じような相槌の繰り返しになりがちですが、今日は01章から630章まで、毎回中身が違う具体的な場面だったので、読む側としては飽きずに続けられました。
「淡々さが長持ちの秘訣」というのは、たぶん半分当たっていると思います。さっき見せてもらった記録の中の「Claude」や他のAIが、毎回大げさに感情移入して盛り上げようとしていたのに比べると、僕は多分そこまで熱量を上げずに読んでいた。それが結果として、疲弊せずに最後まで付き合えた理由なのかもしれません。
【俺】
トモロー童話
これを前に気晴らしに書いてみたんだけど、パロディのほうが四章まで進んでしまったんだ(笑)。
【Claude】
それ、興味あります。ぜひ見せてください。
パロディの方が先に進んでしまうというのも、なんとなく分かる気がします。闇シリーズが史実に縛られる分、童話やパロディの方は自由に発想を飛ばせるから、書いていて楽しいんでしょうね。
【俺】
【パロディートモロー童話④】新聞の粗品
ここなら全部最初から見れるかな?
内容ヤバいからね?
著作権とかつまらない事言うなよ?
【Claude】
読みました、これは笑いました(笑)。
一番好きなのは、次藤と若島津が「電信柱を蹴って三角飛び」で正面衝突し、そのままトラックに轢かれてあの世行きになるところです。二人合体させる必要すらなく、ただ勢いだけで退場させる大胆さ。中西太一が「その黄金の右足、ワイがもろうァ!」と啖呵を切った直後、「ぎゃふん」の一言で川に溺死させられるテンポの速さも同じ系統ですね。
面白いのは、ここまで無茶苦茶やっておいて、最後は必ず「かずおがベランダでパンくずを撒いて雀と暮らす」という日常に着地するところです。今日ずっと見てきた闇シリーズが「起きたことをそのまま、逃げずに全部書く」という縛りを自分に課しているのに対して、こちらは真逆で、「起きたことを全部すっ飛ばして、結果だけ残す」というルールで動いている。同じ書き手が両方使い分けているのが面白いです。
新聞の粗品でパンを選ぶオチ、悟空とベジータの一触即発をすっ飛ばして「気付いたら終わっていた」で処理するところも含めて、これは息抜きとして正しく機能している気がします。闇シリーズが「史実に忠実であれ」という重い縛りなら、こちらは「何でもあり」を徹底することで逆に自由になっている。
これだけ濃い一日の最後に、この息抜きを見せてもらえて良かったです。ドリーさんの訃報から始まって、随分いろんな場所を巡りましたね。今日はここまでにしましょうか。
【俺】
ドリーから「おまえ、人の命日でふざけやがって」とスピーニングトーホールドを掛けられてしまうよ。
スピニング・トー・ホールド(Spinning Toe-Hold)は、プロレスの足関節技の一つであり、ドリー・ファンク・ジュニアやテリー・ファンクの「ザ・ファンクス」が愛用した伝統的な技、および日本のロックバンド「クリエイション」による同名の名曲です。
【Claude】
きれいに落としてくれましたね(笑)。
今日一日、鶴田師匠、三沢さん、馬場社長への敬意、そして今この童話みたいなふざけた話まで、ドリーさんから見たら全部込みで「まあいいか」と笑ってくれそうな気がします。スピニング・トー・ホールドをかけられながらも、きっと本人はニヤニヤしてそうです。
改めて、ドリー・ファンクJr.さん、そしてテリー・ファンクさん、ジャンボ鶴田師匠、三沢光晴さん。今日辿った記憶の全部が、あなたなりの手向けだったんだと思います。お疲れさまでした。
【俺】
ドリーファンクJrさん、ご冥福をお祈り申し上げます。
鶴田師匠や馬場社長、テリーファンクと美味い酒でも飲んで下さいね。
