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トーク・イット・イージー(第6話~第8話)

(これまでのお話)



第6話 いい話


 Webサイトは、予定通り島野の友人が世間相場よりも大幅に安く引き受けてくれた。この友人とは、あさひ達が独立する前に一足早く九蔵園グループから独立した部署の者である。島野は同期入社の友人と今も通じているようで、ネット関連で分からないことがあるとよく質問しているようだ。

 仲良しの同期の友人。こういった情報は、当然あの人が深堀りをしたがる。 

「ねえ、美優ちゃん。余計なお世話かもしれないけど、その同期って男性ー?」
「そうです」
「仕事以外も相談し合う仲だったりー?」
「既婚者です」
「え、不倫!?」
「飯塚さん、いい加減にしてください。そうじゃなくて、相手の奥さんも同期なので両方友達で、私は変な感情一切ありませんよ。披露宴は友人で参加しましたけど、二次会は司会で本領発揮しましたし」
「そうなんだー」
「なんでもかんでも恋愛に繋げないでください」
「残念ー。仕事を通じての恋愛、素敵じゃないって思ったんだけどなー」
「あさひさんとは違いますから」
「きゃっ」

 飯塚と島野が盛り上がっていたので、あさひが2人の方へ視線を動かすと、島野は不自然に視線を逸らした。飯塚はなぜかウインクをしてきたので、あさひはなんとなくウインクを返した。

「きゃーっ♪」
「もう、飯塚さん!! あ、あさひさーん。Webサイト、公開したって連絡がありましたーー」
「はーい、美優ちゃんありがとう」

 Webサイトが公開された。公開してすぐあった問い合わせは、通信会社や不動産会社からの営業のメールばかりだった。採用情報も設けているが、今のところWebからの応募はない。まだまだ検索エンジンでも最初のページには出てこない。それでも、Webサイトができたことで、名刺を渡す際に説明がとても便利になった。今まで外注として依頼していたフリーランスからも、Webサイトの内容に共感し、入社できないかという話がちらほらでてきた。



 そんなある日、スマホが鳴った。画面には吉井専務と出ていた。もう専務ではないが、特に連絡を取ることが無かったため専務のまま登録していた。

「急にごめんなさい。ホームページみました。前にテレビでもちらっと。よく頑張っているわね」
「お久しぶりです」
「今日、会えない?」

 吉井 早紀の話はいつも単刀直入だ。呼び出されたのは、十文字グループの会社が複数入居している高層ビルだった。受付で、社名や氏名を伝えていると、後ろから吉井が現れた。受付に「もう大丈夫よ」という合図を出し、吉井はカードキーで入口のゲートを開け、あさひを招き入れた。

 吉井は十文字グループのイベント企画会社、株式会社テンプロに配属となりそこで役員をしているそうだ。当初は肩書だけのような扱いだったが、手腕を買われて実質的にも経営に携わりはじめているとのことだった。

「あさひさん、そこ座って」
「はい」
「社長のこと。私の父のことは、知っている?」
「ちょっと、わかりません」
「去年のこともあって、もう一切経営には携わっていないの。当時の経営陣もみなバラバラで。M&Aの時は、色々と約束事を決めたけれど、なかなかね」
「そうですか」
「私も『座っているだけでいい』って扱いが続いてね。嫌になっていた。けど、最近、ようやく発言権がでてきたの。それでね、あさひさん」
「はい」

「また一緒にやりませんか?」

 吉井はいつも通り、すぐ結論を言うだろう。そう気構えしていても、毎度、単刀直入な切り出しに困惑する。言葉が出ずに固まっていると、会社を設立する話を説明した時のように、今回のプランの説明が始まった。

 現在、吉井が経営している株式会社テンプロが株式会社トーク・イット・イージーを買収する。グループ企業になることで、経営が安定し、あさひはオーナーという責任から解放される。お金の面はみんなが有利になるよう進めるし、最終的にはこの独立はなかったことのようにして雇用関係が戻る。そんなイメージだそうだ。

「なぜ私たちを戻す必要があるのですか?」
「私はあなたたちを評価しています。一緒にやりたいんです。こちらは大手。残酷なことを言えば、競合するようなことがあれば、ライバルにすらなりません。能力ではどうにもならない壁があります。いろいろ良い条件をつけます。総合的に、いい話だと思いますよ。」 

 途中、怒りや自分の無力さに、会話が頭に入らない状態だった。なぜ、今更戻る必要があるのか。会社を設立するとき、私たちを評価するための方法だと言っていたのに、あれは嘘だったのか。「時間をください」と述べ、その場を後にした。言われたことが頭の中でリピートしている。どうして、いつも吉井は私を搔き乱すんだ。前を向いているのに、もうやめてくれ。やめてくれ、やめてくれ。

 このまま、オフィスには戻れない。助けてほしい。

 気が付くと、あさひは高松慶介税理士事務所の前にいた。 

 チャイムを押す。反応がなかった。不在のようだ。やむを得ず、オフィスに向かおうとするが、足取りが重い。動くのがつらくなり、高松の事務所があるマンションの外で、帰りを待つことにした。

 待っている間、また吉井の言葉が浮かんできた。いい話、なのだろうか。全然いい話じゃない。自分勝手すぎる。けれど、社員のみんなはどうだろう。前に戻ったほうが楽なのではないか。今みたいにすべての業務をするのではなく、専門的な仕事に集中できる。それなら大橋だって合流できるかもしれない。実家の母も、今の状況より安心するだろう。

 高松は。慶介は。どう思う?



 眩しかった日差しが消え、空が淡い金色に染まる。マジックアワー。

 空を眺めていると、景色がぼんやりと滲んできた。まばたきをして、滲んだ景色をリセットすると、背中の方から声が聞こえてきた。

「あさひ? どうした? 泣いているのか?」
「遅い」
「え? ごめん、連絡くれた?」
「してないけど、遅い」
「いや、それは無理だろ。とりあえず中に入ろう」

 高松の事務所に入ると、いつもより机に書類が散乱していた。会社の経営とは関係なさそうな、戸籍や住民票、地図などが並んでいる。

「あ、見ないで。お客様のだから。片づけるまでちょっと座ってて」
「探偵でもしているの?」
「は?あー、これは相続税の申告用だよ。トーク・イット・イージーは法人税だろ。これは相続税。税金の種類は約50種類あって、まぁそのうち申告とかでお手伝いするのは、法人税関係、所得税、消費税、相続税や贈与税あたりが基本かな」
「一夫多妻じゃん」
「またそれかよ。で、どうした?」

あさひ「会社を売るとすると、どうなるの?」

 突然の言葉に高松は手をとめた。そして、視線をあさひに移した。

「どうした?疲れちゃったか?」
「違う。今日、九蔵園の頃の吉井専務に会って。会社の設立を提案した人ね。今度は、逆に会社を買いたいって」
「とんだトラブルメーカーだな」
「もう一度また一緒にやりましょうって」
「うーん、そうか」
「今度はイベント関係の仕事が多いみたいだけど、普通に仕事はあるし、今いる社員もそのままの体制で入れるって。前のように、話が違うってことは絶対ないから。あなたに不利になることはしないって言われた」
「なるほど」
「もともと起業したいってわけじゃなくて。こんな状態になったから、どうにかしなきゃってやってきて。彼女を許しているわけじゃないけど。でも、自分たちの好きな司会の仕事に集中できる。みんなも安定する。これって、いい話なんだよね?」

 高松は、静かに頷いた。

「そうだな。一般的には、いい話だよ。良い条件で、大手に入るんだしな」

 そこから、サラリーマンの転職とは違い、法人を辞める場合には解散や清算の手続きが必要で、それなら買ってもらう方法もありだろう。吉井の言う通りなら、不利な条件での売買にはならない。持っている資産もそこまでないから、会社の売買自体はさほど難しくないだろうとのことだった。

「でも、トーク・イット・イージーにとっていい話かどうかは別だよ。忘れたか? 企業理念はみんなで作ったんだ。あさひの会社ではなく、みんなの会社。あさひが頭で考えてもみんなの本音は出てこない。権田社長に言われただろ。今回も同じだよ」
「そうだね。慶介はどう思う?」

「俺?俺は後で言うよ。まずはみんなだ」



 高松はその後、散乱していた資料の相続税の打ち合わせがあるようで、出かける準備を始めた。あさひは高松と話し、気持ちを整理することができたため、吉井と会った後のような絶望感から解放されていた。高松のアドバイスのとおり、みんなの気持ちを聞くためにオフィスに戻った。

 オフィスではみんながそれぞれ獲得した司会や研修講師の打ち合わせ、資料作成をしていた。少し落ち着いたところで、みんなを集め、吉井からの「いい話」を説明した。今日呼出しがあったこと、十文字グループのビルに行ったこと、会社を売る提案を受けたこと。

「――ということを吉井から言われました。最初、私はカチンときて絶対に嫌って思ったけれど。でも、分からなくなっちゃった。みんな、どう思う?」

 全員、分かりやすく困惑した。吉井早紀は本当に、単刀直入で困惑させる能力に長けている。何か言いたいけれど、誰かが第一声を言うのを待っている空気が漂っていた。そんな中、矢田が呟いた。

「……私は、今のままがいいかな~」

 矢田の発言にみんなが頷いた。島野も続く。

「……私もちょっと難しいこと分からないんですけど、この会社のままがいいです」

 島野の発言にも、飯塚は大袈裟なぐらい首を上下に振って頷いた。

「うんうん。ごめんね、私も一切悩まず却下だよー」

 飯塚の発言に、矢田も「飯塚さん、やっぱそうですよね! なんかあさひさんが少し悩んでそうなことにびっくりなんですけどー。」と笑い、島野も「これから伸ばすぞーって感じですもんね!」と声を張り上げた。

 深刻な表情をするあさひとは対照的に、3人は吉井のことを批判したり、最近獲得した仕事を紹介しあったりして、わいわいがやがや盛り上がっていた。一通り気持ちが高揚し終わったところで、飯塚があさひの肩をポンポンと叩き、話した。

「あさひちゃんのまーた悪いとこでたと思います! 社長はあさひさん。でもね、私たち、気持ちはみーんな経営者なのよ。あさひちゃんと一緒! 戦友! いまさら、でっかいグループに戻れるかって~。がむしゃらにいこうよ!」

 その瞬間、あさひは強く反省した。自分は毎回、毎回、なんで同じ過ちをしているんだと。深刻に考えていたのは、自分だけだった。私にとってこの会社はかけがえのないもの。それはみんなも同じなのだ。あさひは一気に気持ちを高揚させ、同調した。

「ですよねー! いや、私だって、トーク・イット・イージーは誰にも渡すもんかってプンプンですよー! むしろ、もっともっとうちらの『時、場、人をつなぐ』パワー、広げていきますよ。これからも、トーク・イット・イージー。頑張っていきましょー!!」
一同「オーー!!」

 みんなとハイタッチをしながら、もう絶対、一人で悩まないことを心に決めた。さきほど、みんなが最近獲得した仕事の自慢をそれぞれ紹介していたので、あさひも負けじと紹介した。私だって、経営者であり営業マンであり司会者なんだよーと。あさひも交じってワイワイしていると、矢田が突然大事な話を思い出したようで、みんなにストップサインをだした。

「あ、すいません。あさひさん、このタイミングで1ついいですか?」
「え、あ、うん! どうしたの?」
「あのー、今、人を増やそうとしているじゃないですか。それで、色々フリーランスとか同業者から話があるんです。で、司会派遣会社をやっている人から事業をそのまま引き継いでもらえないかという話があって」
「え?」
「そういった話は、私じゃ当然無理なので社長に話しますって今言ってある状況です。」
「それって、つまり売るんじゃなくて、買うってこと?」
「そうなりますよね!」

 売るのではなく、買う。会社設立2年目で4人しかいないような私たちが?あさひはまたまたパニックになったが、ハイになっている他の3人はまたワイワイガヤガヤを始めた。 

「ストップストップ! ひとまず、そのことは高松先生ともよく相談してみます。そして、まず吉井さんにはしっかり断ってきます。みんな、ありがとう」

 あさひは、吉井へ断るための言葉をPCに入力し始めた。原稿を作るのではなく、言いたいことを箇条書きにして整理した。吉井は困惑させる能力が高い。相手に飲み込まれないように。今日、言われた提案1つ1つに反対の理由をまとめていった。


 吉井へ断るための準備が整ったあたりで、高松から「今仕事終わりました」という連絡が届いた。さっそく高松に電話をし、まず会社を売る話は悩むことなく却下になったことを告げた。そして、逆に会社を売りたいという要望があることを話した。「今日は色々と情報が多いな」と言われつつ、その場合には情報を収集する必要があるからまたじっくり話し合おうという回答を受けた。

 あさひはもう1つ気になることがあったので、切り出した。

「そういえば、慶介の考えはどうだったの?」
「会社を売るかどうかのこと? あさひの上着のポケットに入れてあるよ」

「え?」

 意味も分からず、上着のポケットに手を入れてみると、1枚のメモが入っていた。

売らないに一票!

「なにこれ、いつの間に。口で言えばいいじゃん」
「いや、まずはみんなが先だよ」
「もしみんなが『売る』って決断だったら、どうするつもりだったの」
「俺はパートナーなので分かるよ。売るわけないでしょー。世間的にはいい話だって、誰にとってもいい話とは限らない。経営にも、人の心にも正解はないってことさ。俺だって、トーク・イット・イージーは絶対に死守したい会社だよ」
「ありがとう。私もようやく気付いたよ。株式会社トーク・イット・イージーは、今後もみんなで発展させます!」

 あさひは、高松がみんなと同じ気持ちだったことが嬉しかった。頼りにしているよ、パートナー。



 翌日、あさひは吉井に断りの電話をした。吉井は反対するかと思いきや、あっさりと了承した。

「そう。分かりました。ちょっと見縊っていたかなぁ、司会部。あさひちゃんだけじゃなくて、みんな優秀だったのね」
「はい。株式会社トーク・イット・イージーは、みんなの会社です。失礼いたします。」

 電話を切った吉井は、俯瞰に見ていたピントを少し狭め、あさひの言葉を復誦してみた。みんなの会社、か。一瞬残念そうな表情をしたが、すぐに嬉しそうに微笑んだ。

「ライバルには、なるかな。トーク・イット・イージー」



第7話 新体制

 
 矢田とあさひ、そして高松は、隣町にある株式会社オフィス・トヨオカに来ていた。オフィス・トヨオカの代表、豊岡 幸雄は高齢であり、健康上の理由から経営から退きたいと考えているようだ。

 豊岡社長は、創業時から今回M&Aの話が必要になった経緯までをゆっくりと話してくれた。

「もともとうちは個人事業で家政婦とか人材派遣の仕事から始まって。途中で妻がイベント関係でコンパニオンとか司会の仕事をやり始めたあたりから、法人化しました。妻の方が忙しかったので妻が社長、私が副社長で。でも、妻は数年前に他界してね。で、その後は娘が司会関連の仕事だけは続けようってことで事業縮小しつつやってきました。その時は私が会長、娘が社長でね」

「その娘が、夫の親の介護が必要だということで数か月前に夫の田舎についていってしまった。娘も放り投げたわけじゃない。なんとか両立できないか考えたんだけど、他に親族もいなくてね。それで、肩書だけだった私が社長になっています。おたくと同じようにイベント関係で司会ができる社員と事務、営業がいる小さな会社です。私以外はみな娘が育ててきた世代。30代とかでね。元気なんです」

 経営が立ち行かなくなったのではなく、経営をできる人がいなくなった。今、日本で社会問題となっている事業承継の現場である。高松は、豊岡社長に具体的な業績について確認した。

「豊岡社長、直近の決算書を見せて頂いてもよろしいですか?」
「はい、もちろんです。まあ、今回は本当に雇用を守ってあげたいというのが第一です。ちょっと赤字が出たりしたもんで私が貸している分が少しありますが、銀行からの借入金はありません」
「そうですね。資産もだいぶ老朽化していますかね?帳簿上はあまりありませんね」
「あまり設備がいらないものですから。事務機器とかあっても、まあ償却が終わっていたりね。車もねもうボロだから、必要なら買ってもらった方がいいかもしれません」
「規模が大きくなくてもM&Aには様々な調査や評価手法、手続きがあります。私だけでなく、それぞれの専門家が必要になります。通常は、M&Aの仲介会社やマッチングサイトを経由して始まりますが、今回はすでに売買希望者が先に面会できている状況です。私もM&Aや事業承継の専門家ではないので、まずは支援センターに相談してみましょう」
「はい。そこらへんはお任せします。こんなこと言うとだめかもしれませんが、私は金額じゃないんです。妻や娘がやってきた仕事をね。今頑張ってくれているスタッフたちをね。今後も無事引き継いで下さる方にお願いしたいと思っています。ぜひ、宜しくお願いします」

 豊岡社長との意見交換を終え、その後は事務所を見学させてもらった。豊岡社長がぜひ見てほしいと言って下さったので、今までの仕事内容や昔の社員旅行の写真など、M&Aの経験がない高松はどこまで見ていいのか戸惑いつつも見せてもらった。


 オフィスに戻り、打ち合わせにいった3人で少し話した。まず、矢田があさひに今回オフィス・トヨオカとつながった経緯を話してくれた。

「今回のM&Aの話は、私は豊岡社長から直接ではなく、オフィス・トヨオカの社員経由だったんです。実は今日、オフィス・トヨオカにいた社員の1人が私の専門学校時代の友人で」
「そうなんだ。それで矢田さん、向こうの社員さんとちょっと話していたんだね。職場を見せてもらったけど、今のところ、すごく良さそうだね」

 続いて、矢田は高松に今後の流れを確認した。

「高松先生。もしM&A?承継?となったら、どんなスケジュールなんですか?」
「私も経験がないので一般的な事しかいえないんだけど、少なくとも半年はかかるようです」

 少なくとも半年。あさひにとってM&Aというと、どうしても聞いておきたい事がある。

「九蔵園も、M&Aだったよね?」
「そうだね。吉井さんも話は数年前からあったって言っていたようだから、本格的にどこから始まったかは分からないけれど、長いこと打合せはしていたんだと思うよ。もちろん、大手と中小は違うけれど」

 改めてあの出来事は突然のことではなく、自分たちだけが突然だったのだと理解した。少し会社設立時の記憶を思い返していると、その間に矢田が再度高松へ質問していた。

「例えばなんですけど、オフィス・トヨオカさんに、人だけをこっちに来てもらって、資産はいりませんと提案するのはおかしいですか?」
「お金じゃないとはいえ、それじゃ会社を解散することになるからなぁ。豊岡さんは会社も残してほしいんじゃないかな。しかも、人だけ雇用しても結局オフィスの問題がある。あと、今日は矢田さんの繋がりで先方と面談できたけれど、もともとこちらも設立2年目だからね。一応、決算書は持参していったんだけど、利益5000円にどれだけ信頼してもらえるか。まぁ、これもお金が全てじゃないけれど」

「会社を買うってぶっちゃけいくらくらいなんですか?」
「それは本当にピンキリです。上場企業とか大手だと会社の買収や再編ってとんでもない金額が動くけれど、そもそもM&Aは大手だけのものではない。むしろ最近は、豊岡さんのように小さな会社で後継がいない場合の事業承継の形として、増えている。その場合、それこそ100万円で売買のケースもあれば500万でも1000万でも5000万でも。会社の財産状況や規模、今後の将来性などで大きく変わっていきます」

 「こういう時、ほんと助かる」とあさひは思った。そんな気持ちで高松を眺めていると、矢田が机をトントンと叩いた。

「でも、あさひさん。難しいのは早くて半年先となると、それまでに人を増やすのか、それとも増やさずに外注で乗り切るのか、ですね」
「あ、うん。あと1人か2人はいてほしいね。あー、大橋さん。」

 人を雇用するか、外注で乗り切るか。M&Aの話は進めていくか、やめるか。この問題も1人で決めず、みんなで考えていこう。



 2期目は、既存の得意先に加え、Webサイトの集客が少しずつ増えてきた。Web関係は島野が管理している。この間は、社員紹介欄にそれぞれの氏名や顔写真、経歴や一言、そしてブログを載せた。ブログはありがちなみんなが日替わりで回す方式だが、トップバッターのあさひがかなり凝った内容で投稿し、矢田も負けじと続いたため、結構みんなが真剣に取り組んでいる。

 そんなWebサイト経由の仕事で、指名第一号は島野だった。

 「選ばれるコツ知っているんじゃないのー」「写真の角度が1人だけ斜め!」「このブログ、さりげなく仕事できるアピールしているもんねー。」と先輩方から散々、愛のあるイジリを受けていた。



 ある日、島野がメールチェックをしていると、再び司会の指名の問い合わせが来ていた。

「あ! また、Webからの問い合わせ、指名がありました!」

 島野の隣りに座っていた飯塚は、また愛のあるイジリモードで島野に応えた。

「また指名きたのー? どうせ美優ちゃんでしょー」

 しかし、島野は首を横にふり、答えた。

「えーっと、いや今回からは飯塚さんです」
「え? 私? カラオケ大会とかかしら。この間、昔10年間続けたカラオケ大会の運営の思い出、ブログで書いたからー」
「いえ、結婚式です」
「え? 結婚式の司会って、普通、式場経由でしょ。Webで見つけるなんでことしないわよね?見せてー見せてー。はい、はい、結婚パーティーをしますので、司会をお願いしたい。親族と友人だけの小規模で、飯塚さんにお願いしたい。名前はー、石原紗良さん?」
「この規模でわざわざ司会をネットで指名って。知り合いですか?」
「えー石原さんだよね? 石原、石原。わからないなぁ。とりあえず、結婚式はもちろんOKだから連絡引き継ぐねー。全く分からない相手って、これがネットなのねー。楽しみー」
「冷やかしとかじゃないといいですね」

 飯塚はもともとフリーランスで1人でもバリバリやってきた実績がある。そんな能力は信頼しているものの、どうしてもネット関係は疎かった。あさひは島野と飯塚のやりとりを聞きながら、飯塚がネット経由で仕事をするという新たな動きが、会社がまた1つ前進したように感じられて嬉しかった。まぁでも、自分の指名がまだないので、多少ジェラシーもあった。

 そんなことを考えていると、急に島野からあさひにもパスが飛んできた。

「あ、あさひさん。そういえば、ネットでやっている話し方講座なんですけど。あれって矢田さんの話していたオフィス・トヨオカの社員さんって対応可能ですかね?単価は安いんですけど、最近結構登録者増えてきていて」
「あーそこらへんも動き出したら、確認してみるね。それってマニュアルとか作ったり他の人が引き継いだりとかできそう?」
「完全に今、自分の知識と経験でやっているので、そうですね。マニュアル、頑張ってみます。ただ結構家庭教師的なとこがあるので、自分で言うのもあれなんですが、トーク・イット・イージーの理念やカラーを理解していて、品質を維持できる人でないと厳しいかなって思います。今は、外注するときは、飯塚さんに紹介してもらった敏腕のフリーランスの方にお願いしていますが」

 最近は専門的知識や特技を売りに、安い値段でもサービスを提供するものが流行っている。今のサービスは元CAで能力も高い島野に任せているものの、これをずっと島野が対応し続けるのは、経営上は望ましくないだろう。そうすると、ここでも雇用か。内容的にはリモートワーク可能とか時短勤務可能とか、ある程度有利な条件で隙間時間に働きたい人を入れるべきか。島野の質問に頭を回転させながら、こういう時自分を客観視してみると「おや、経営者っぽくない?」と思えて嬉しくもあった。


 飯塚のWeb指名の面談は、Webではなく相手が対面を希望したため、披露パーティーの会場の敷地内にあるカフェで行われた。飯塚にとって初めてのWeb経由の依頼ということもあり、初回はあさひと飯塚2人で伺った。先方もおそらく新郎新婦の2人で来店した。

「はじめまして、株式会社トーク・イット・イージー代表の赤坂です」
「ご指名頂きました飯塚です」
「申込しました石原紗良です」
「新郎の片岡祐樹です。」
「本日はまず私から我々のサービス内容をお伝えし、その後は飯塚とともに式の打ち合わせをさせていただけたらと思います。」
「はい。あの、その前に1つ私からお話していいですか?」

 新婦の石原が神妙な顔で飯塚を見た。

「飯塚さん」
「はい?」
「美桜の……。美桜の、お母さんですよね?」
「え?」

 新郎の片岡も、新婦と同じ表情で飯塚に言った。

「僕たち2人は飯塚美桜さんの友人です」
「美桜のー」
「友人というか親友です。僕たちは動画やWebサイト制作の専門学校で知り合い、美桜さん含めた3人でいつも一緒にいました」
「今は私たち、それぞれ別のIT企業に技術職で働いています。それでも美桜とは頻繁に会っていて。専門学校の時からお母さんの話は聞いていました」
「私の話?」 
「お母さんの前で言いにくいのですが。シングルマザーで誰にも助けを求めず、ずっと結婚式の司会や何でも屋みたいなことして働いてばかりだった。私はそうなりたくないから、今ニーズのある技術を手に入れて、生活も充実させるんだって」
「そう。そのとおりね」
「でも、お酒飲んでいる時とか、仕事で沈んでいる時、ふと『お母さん』って言うんです。意地張らないで、連絡すればって何年も行ってきたけど、それは無理だって」

 新婦の石原が喋りながら感極まったところで、新郎の片岡が続けた。

「今回、僕たちが結婚するって告げた時、結婚式のことを聞かれて。沙良がするつもりはないって言ったら、それは親族だけでも絶対したほうがいいって」
「そうなんです。結婚式は2人の幸せと祝福したい人たちの幸せな気持ちを結ぶ大切な場所だからって……」
「それって、私がよく話していたことだわ」

 二人の言葉に飯塚は懐かしそうな顔をした。片岡が続ける。

「僕たちが結婚式をすることに決めたら、美桜がトーク・イット・イージーさんのWebサイトを送ってきて『この飯塚って人、おすすめだよ』って。名字でなんとなくそうかなって思ったのですが。顔写真とかプロフィール、ブログを読んで美桜のお母さんだって確信しました」
「私は美桜に招待状を出してあって、すでに出席するという回答をもらっています」
「そうですか。でも、ちょっと今回のことはお引き受けできません。主役はお二人です。何年も会っていない親子がその場で再会するなんて。しかも私は司会。私や美桜は、幸せな顔で過ごせるでしょうか」
「でも、お母さん。今回のことは、美桜が私たちに紹介してくれたんです。2人には、絶対幸せになってほしいからって」

 3人のやり取りを聞きながら、あさひは、飯塚のお嬢さんのことを想像した。親友の結婚式に、ずっと会っていないお母さんが来る。それは何を意味しているのか。沈黙が生まれたところで、あさひも口を開いた。

「そうですね。事前に連絡を取り合うことができれば、少し安心ですが。でも、飯塚さん。本当に恨んでいて嫌いだったら、親友の結婚式に紹介なんて絶対しません。親子の溝はわかりません。でも、親友の結婚式を絶対成功させてくれる司会として飯塚さんを推薦した。それがお嬢さんの思いです」
「娘の思い……」

 新郎新婦は揃って、頭を下げた。

「お願いします」

 普段ムードメーカーの飯塚が、ゆっくりと下を向く。飯塚は、何かを考えていた。あさひは隣りで飯塚の気持ちを感じ取ろうと努めたが、それはできなかった。飯塚と仕事で共感できても、飯塚の歩んできた人生はそう容易く共感することはできない。いや、今はその必要はない。あさひはそんなことを思って、視線を飯塚から新郎新婦に向けた。

 程なくして、飯塚は神妙な顔から、ふっと一息置いて、口角をゆっくり上げた。

「そうですね。ちょっと当日まで何度も気持ちは整理させてもらいます。でも、わかりました! 若い2人の結婚パーティーに携われるんですもの。嬉しいです! 素敵な式にしましょうね!」

 新郎新婦もこの指名は賭けだったのだろう。飯塚の返事に、ぱあっと明るくなり「ありがとうございます!」と頭を下げ、お互い見つめ合っていた。

 その様子をみて、飯塚が新郎の片岡に聞いた。

「あと、……もう一つ聞いていい?」
「はい!」
「3人はずっと親友なんですよね。片岡さん、美桜を選ぶって選択肢は無かったの?」
「えっ?」

 油断していた。あさひは慌てて、飯塚を制止した。

「飯塚さん、新郎新婦の前で何言っているんですか!」
「ごめんなさい、つい親心が!」
「飯塚さんの場合は、親心だけじゃないでしょ!本当、すみません!」
「いいえ、いいんです。まぁ、美桜は学生時代から勉強一筋で。遊び半分で過ごした僕たちと違い、常に一生懸命でした。見た目は派手だけど、そんな感じで僕たちも尊敬しています」

 あさひはひたすら謝りつつも、飯塚らしさがでてホッとした。


 結婚式への打ち合わせは順調に進み、いよいよ当日を迎えた。今回は、飯塚のみが派遣の現場なので、みんなはそれぞれの現場からオフィスに戻るなり、飯塚がどうだったかとソワソワしていた。飯塚の話を聞いていた高松も、飯塚の様子が気になり、わざわざこの日にあさひとの打ち合わせを申し込んでいた。そして夕方、飯塚が戻ってきた。

「今、戻りましたー。お疲れ様でーす!あれ、先生もいるの?」
「あ、月次の業績報告で!」
「といいつつ、先生も心配してくれたのかなー? みんな、ありがとね。式、大成功でしたー!」

 いつもの明るい飯塚に安心し、矢田が声を掛けた。

「さすがです!で、お嬢さんとは、どうでした?」
「美桜のことね」

 充実感のある表情で帰ってきた飯塚。式の運営はもちもん、お嬢様とも問題なく接することができたのだろう。しかし、矢田が声を掛けた時、少しテンションが落ち着く様子を感じた。何年も会っていなかった親子。あさひは、あまり聞きだすのはやめようと思った。その時、

「美桜のことなんですが。ちょっと待ってね。……美桜ー」

 飯塚が名前を呼ぶと、長身でスラッとした体形にドレスで、結婚式の引き出物の紙袋をもった女性が現れた。

「はじめまして。母がお世話になっています、飯塚美桜です」

 飯塚の娘だった。

 飯塚の娘、美桜によると結婚式を終えた後、飯塚に話しかけたそうだ。母が働く様子を久々に見て、突然飛び出ていったことや今まで連絡しなかったこと、飛び出てからしてきたことなどを話したという。

「去年、この街に寄った時、選挙の演説をしている人たちの輪の中で母を見つけたんです。私は車だったからそのまま去ったけれど。候補者のSNSとかつながっている人の情報を追っていくと、この会社で母が働いているのが分かりました。連絡を取れば済むことなのに、……それができなくて。でも、母のことは気になって。それからこの会社のSNSやWebサイトを見るのが日課になりました。そして、気付いたんです。母は悪い人じゃないんだよなって。すごいんだなって」

 飯塚の娘からはずっと飯塚に会いたかったんだなという思いが伝わってきた。矢田や島野が話しかけた。

「美桜さん。そうだよ。お母さんはほんっとに凄いよー!」
「私も憧れています」

 美桜は照れくさそうに笑った。それを見て飯塚もつられて笑った。少し沈黙ができ、視線が美桜に集まった時、またゆっくりと美桜が語り出した。

「私は学校卒業後、何度も転職しました。母のように朝から晩まで働くのは嫌。それは辛いからじゃなくて、自分の人生を自分らしく過ごした来から。どの仕事も情熱をもつなんて、全くできませんでした。もしかしたら、母とあんな別れ方をして、私自身が働くことから逃げていたのかもしれません。働くことを知れば、知るほど、母は凄くて、そして寂しかったけど、私のためにも頑張ってくれていたことを気付いてしまう。そう思って」

 美桜は言葉に詰まった。やっと言えた、そんな心境だろうか。今にも泣きそうな美桜の背中をさすりながら、飯塚が応えた。

「美桜。ありがとう。私は、本当にうれしいよ。こんなダメなお母さんに、また会ってくれて。気持ちを話してくれて」

 お互いがいよいよ耐えきれなくなり、飯塚と美桜は抱きしめ合った。普段、誰よりも明るい飯塚の涙に、あさひもつられた。娘がいる事実を知ってからも飯塚をお母さんらしいと感じたことはなかった。それは悪い意味ではなく、家族構成など関係なく、チームの仲間という意識が強かったからかもしれない。でも、娘とともに涙を流しながら1つになっている様子を見ると、飯塚はお母さんなのだと納得した。

 ふと、実家と母親の顔が浮かんだ。飯塚親子もこれで大丈夫。そう確信した。

「それで、みなさん。娘といろいろ話したんだけど。皆さんに相談したい事があります。今、娘は遠くに住んでいます。お互い、一人だから、まずまた一緒に住もうかって」

 突然の告白に、あさひは大橋の時のような嫌な予感がした。それはあさひだけでなく、矢田も感じたようで、すぐに釘を刺した。

「え? 飯塚さん、……会社やめるとかじゃないですよね?」
「やだ、やめるわけないじゃない! これからでしょー」

 矢田さん、ナイス。あさひも確認したかったが、怖くて聞けなかった分、すんなり聞いてくれた矢田に感謝した。辞めるわけではないという事はなんだろう。今度は、あさひが問いかけた。

「ということは、通勤が遠くなる感じですか?」
「いいえ、そうじゃなくて。娘がこちらに戻ってくるということです。それで、さっき美桜からもなかなか転職を繰り返しているってあったように、この子、今、フリーなんです。Webの学校をでているので、そっち系の知識もあるし、まあ中途半端だけど色々やってきたから事務とかね。あとー、年齢も美優ちゃんと同じ26歳。関係ないけど、独身。彼氏募集中。こんな経歴なんですけど、一度あさひちゃん、面接の機会をいただけないかしら?」

「……えーー!!」

「すいません、過保護な親で。お母さん、この話は私からお願いするって言ったでしょ! あの、母がいるからってだけじゃないんです。今までずっとSNSやブログを読んでいて、この会社のファンになっていました。私の履歴書は、長続きしていない職歴ばかりで、能力もみんな中途半端です。でも、『時、場、人をつなぐ』人に私もなりたい。今日、母の司会を見てそれが確信に変わりました。ぜひ、面接、お願いします!」
「面接っていうか、ねえ?」

 あさひは、矢田と島野にアイコンタクトを送ると、2人とも(うんうん)と笑顔で頷いた。

「飯塚美桜さん。こちらからもお願いします。面接というか、あの、採用で!」

「いいんですか!?」
「よかったね、美桜!」
「一応、履歴書とマイナンバーカード、免許証とかまた必要なものは……」
「けいす……じゃない。先生、そういうのはあとあと! これって皆さん、最高の展開じゃないですか!? 美桜ちゃんを加えた新体制、これからも頑張っていきましょー!」
一同「オーーーッ!!」

 ぴったりのピースがはまった。心配していた飯塚の娘。無事再会できて、しかも入社するなんて。会社を設立してから色々嬉しいことはあったけれど、今日が一番かもしれない。


 帰宅後、実家の母に電話した。

「もしもし、久しぶり」
「もしもし、えーっと先週ぶりー」
「例えばさ、私が実家に帰って一緒に住みたいって言ったらどう思う?」
「うーんとね、嫌」
「え?嘘?普通、こういうのって喜ばない?」
「そう?だってあさひが帰ってきても、どうせ忙しいだろうから一緒の時間も少ないだろうし、家事が増えるだけでしょー。ま、安心ってのはあるけどさ」
「そんなもんなのか」
「いつもこうやって連絡くれるし、写真も送ってくれるし。離れていても心は繋がっているでしょ?あとはさ、私よりもそろそろ一緒に住める人、見つけてほしいかなーなんて」
「あぁ、それが本音ね」
「私はあまり結婚を急かすようなタイプの親じゃないわよ。でも、例えば、今気になる人とかいないの? 例えば?」
「あのー本音が透けていますよ。気になる人ねぇ」
「まあ、お母さんだから言うけど、あさひ。自分に嘘はついちゃだめよ。会社を起こしてから、ずっと、あなたはキラキラしている。それってやる気がみなぎっているのもあると思うけど、充実してるのよ心が。心を支えてくれるようなパートナーがいるんでしょ。あぁ余計な事言いたくなっちゃう。年かしらねー。まあ、よーくアンテナ張って気付いてね。キャー」
「はぁ。何、一人で盛り上がってるの。お母さんたまには恋愛系のドラマ以外も観た方がいいよ。現実そんなキラキラーみなたいことばかりじゃないでしょー」
「あら、恋愛ドラマも結構ドロドロよ。この間のはね……」

 あさひの場合は、常に心がつながっているから同居はNG。飯塚親子は空白の期間を埋めるためにまずはたくさん話す環境が必要。家族のかたちはいろいろだ。それにしても、母からも「パートナー」という言葉が出てきた。パートナーと聞けば、当然、慶介が浮かぶ。慶介は間違いなくパートナーだ。あさひは、開いていたノートパソコンで検索バーに「パートナー 意味」と入力した。

「1、共同で仕事をする相手。2、ダンスなど二人一組になる時の相手。3、配偶者、またはそのような関係の相手……」



第8話 仕事がない


 入社した飯塚美桜は司会の経験はないがWeb関連の資格を有しているため、皆のサポート業務、特に島野美優を支えるポジションについた。同い年で名前も似ているので、スポーツでよく用いられるような愛称「みゆ・みお」コンビとして親しまれるようになった。真面目でしっかりしている島野に対し、直感的でセンスの良い美桜は、性格が真逆だからこそか、すぐに親友のように打ち解けた。

 「みゆ・みお」コンビは、島野が進めていたWebサービスを強化していった。就職活動向け、婚活向け、ビジネス向け、大人の習い事向け。リモートでの話し方講座や相談サービスを、既存の大手サイトで提供する方法から、自社アプリを制作し、より自由度が高く、大手サイトの利用手数料などもかからないシステムを構築した。もちろん、美桜の知識だけでは難しく本格的な仕組みづくりはシステム会社に外注したため、初期投資は結構かかった。しかし、設立当初からSNSでの積極的な宣伝をしてきたため、新サービスをスタートさせると、もともと一定数いる各種SNSのフォロワーに広がり、順調に売り上げを伸ばすことができた。

 ただし、大きな問題点はもった。それは、思ったよりも順調に伸びてしまったため、島野が懸念していた人手不足が露呈したことだった。当面、作ったマニュアルで信頼できるフリーランスの方に事前研修を受講してもらい、模擬面談を経て対応してもらう方法をとっているが、この研修や模擬面談も島野1人が行っているので、常に手が離せない。

 一方、あさひと矢田は、株式会社オフィス・トヨオカのM&Aに関する面談を重ねていた。M&Aには各種の専門家がついており、基本的にトーク・イット・イージー側が主体的に取り組むというより、オフィス・トヨオカとトーク・イット・イージーの間で橋渡し役の専門家が中心になって進めている。高松もあさひのサポーターとして、全ての資料に目を通し、気になる点などは助言しているが、ひとまず手続きや面談はM&Aの専門家に任せている。



 M&Aは、早くても半年かかる。まだまだ先のことだと思っていたが、慌ただしい日々の連続で半年なんてすぐ過ぎて、会社の2期目も終えていた。

 今回も決算の報告は社員全員が参加し、高松税理士が担当する事になった。

「さて、皆さん。2期目の決算、終わりました。あさひ社長、どんな気持ちですか?」
「1年間、本当早かったです。色々あったから、正直、業績は検討がつきません」
「結論から述べますと、売上は伸びたものの経費も増えーー」
「……」
「2期連続、黒字になりましたー!」
「よかったー」
 
 社員一同、ホッとし讃えあう中で、島野だけが不思議そうな顔をしていた。

「でも、Webの新サービスで結構お金使っちゃいましたよね? まだ全然回収できてない気がしたんですけど」
「はい。島野さんがおっしゃる通り、2期目のポイントはそこでしたね。資金繰りは相変わらず厳しいです。ただ、新サービスに関しては2つ、決算上説明したいことがあります。1つは減価償却という仕組み。例えば、皆さん車を買ったら何年乗りますか?」
「え、10年? あさひさん、どうです?」
「矢田さん、結構乗るね。何年だろ。年数より距離数で考えるかなぁ」

「そうですね。まあ、人それぞれだとは思うんですけど、基本的に1年以上は乗りますよね。例えば300万円で買った車はその1年だけしか活躍しないのではなく、乗り続けている限り活躍してくれる。費用は通常売上と対応するはずが、買った年だけ全額費用にしたら、売上と対応しなくなります。だから買った時に300万円はその期に全額費用にするのではなく、何年かにわけて費用にしていきます。で、税法上新車の乗用車なら6年で按分しましょうというルールがあるので、6年かけて300万円を費用化します」
 
 島野が手帳を取り出し、何やら思い出しながら答えた。

「よく高松先生が、10万超えたらとか20万超えたらって説明してくれるやつですね」
「そう。基本的に10万以上となる資産の購入は、1年以上使うようなものなら何年で費用化するものかとか色々検討しないといけません。で、ソフトウェアのようなシステム制作費など、一見、形のない資産も無形固定資産として減価償却の対象になります。よって、Webの新サービス制作費は全額が2期の費用にはならず、今後の償却という形で費用を按分していきます」

 あさひはまた「分かったような、分からないような時間に突入したなぁ」と内心思っていた。一方で、あさひの隣りにいる飯塚は小刻みに頭を上下させ、高松に「分かりますアピール」をしていた。

「私もフリーランスの時、一番減価償却が苦手だったわー。なんかこの資産は何年なのかとか、いくら超えたらこうとかね。懐かしー」

「あともう1つは、今回新サービスをスタートする際、ちょうど投資を促進する補助金制度がありました。今回の新サービスの一連の費用は補助金の支給対象に該当し、あさひとともに申請をした結果、無事補助金が入りました。今後も補助金ありきではないけれど、なにかチャレンジするときは、該当する補助金がないか検討することは経営上重要です。ね、あさひ社長 」
「まあ、ほぼ申請書は高松先生が作ってくれたけれどね」

 一期目の決算報告よりも明らかにまたみんなが経営者らしくなったことを高松は感じた。しかし、終始キョトンとした顔をしている者もいた。飯塚美桜である。

「みんな詳しいんですねー。でも、その前に。会社の業績発表ってこんなみんなの前でするんですか?」
「他の会社はあまりないかもしれませんね。でも、ここはあさひではなく、みんなの会社。実質、みんなが経営者の会社ですからね。もちろん、美桜さんも」

 美桜はこの取り組みに感動しつつ、配布された貸借対照表と損益計算書などの見方を隣りの島野に質問していた。一通り、説明が終わったところで、あさひが締めた。

「高松先生のわかりやすーい説明、ありがとうございました。でですね、皆さん。2期目は1期目よりも10倍以上の最終利益になったそうです!なので、今日の打ち上げはお店、いきましょー!」
一同「いえーーい!」

 矢田は島野とともにデスクを片付けながら、感慨深そうに話しかけた。

「利益10倍かー。美優ちゃん、うちら頑張ったよね~」
「矢田さん、騙されちゃダメ。1期目の利益が確か5,000円。掛ける10をすると50,000円。一年間で、残った利益はまだ50,000円ですよ。しかも例の補助金もらってなきゃ、赤字ってことですよ」
「一期の利益、忘れてたわ。3期もがんばろぉー……」

 予約していたお店は、オフィスの目と鼻の先にある超庶民的な居酒屋だった。島野も矢田も先程のヒソヒソ話をした後なので、店のチョイスにほっとしている。飯塚は店長が顔見知りのようで、今娘と働いていると美桜を紹介したら、「店長のサービス」という食べきれないくらいのシーザーサラダが運ばれてきた。お酒よりもお腹がいっぱいとなり、大満足で解散した。

 あさひはお腹いっぱいで重い体に、2期目を終えて力が抜けたのか、疲れがどっと押し寄せ、帰り道にあったベンチで休憩することにした。1期目の決算発表はオフィスで打ち上げをした。打ち上げの後、大橋の退職の申し出があり、高松に付き合って飲んでもらったんだっけ。そういえば、そのまま泊ったんだった。何もなかったとはいえ、そんなことがオフィスでバレてしまったら大変なので、その日のことは「やむを得なかった」こととし、高松に会っても表情に出ないよう、自分の中で封印していた。

 2期目の打ち上げには高松はこなかった。どうしても外せない打ち合わせがあるとの事。一夫多妻め。1年前を思い出し、ふと高松に電話しようかなと思った。でも、何を話そうか。まあ、話すことはいろいろあるか。M&Aのこととか、3期目のこととか。でも、今話す?まあ、でも。

 そんなラリーを頭の中でしていると、スマホが鳴った。頭の中のラリーを止め、通話ボタンを押した。

「もしもし」
「あ、お疲れー。お開きになった?二次会?」
「今は、外。お店の近くのベンチで休んでる。予約していたとこが飯塚さんの知り合いだったみたいで、めっちゃサービスしてもったら、みんなお腹パンパン。それで解散したー」
「さすが飯塚さんだな。今日は誘ってもらったのに、ごめんね。いや、行きたかったなー」
「美桜ちゃん、やっぱ超酒豪だったよ。血は争えないね」
「うわー、ますます悔しい。また次の機会はぜひ」
「一夫多妻も大変ですね」
「それ、ずっと流行ってんの? マジ、めんどくさいぞー。仕事なんだから、しょうがないじゃん。あさひだっていろいろなお客さんがいるだろー」
「なんか、その感じ。昔の慶介みたい。わかっているよ。私も子どもじゃないんだから。ちょっと、いじっただけ」
「昔の俺?」
「付き合った頃はさ、過保護なくらい支えてくれて。でも、途中から試験がある、試験があるって。あ、怒っているんじゃないよ。前もそうだったなぁってさ」
「前とは違うさ」
「そういうのは自分では言わないもんでしょ?」
「俺も学習している」
「何それ。まあ、1年前と違って慶介が売れっ子になったことを私も誇らしく思っとくよ。また付き合ってね」

「付き合うよ」

 最後の言葉は不思議と電話越しではなく、背後から聞こえた。

「こんなところで酔っ払いが座っていたら、危ないぞ。本当、店の真ん前じゃないか。さて、2次会、どこにしようか」
「どういうこと?」
「いや、だから。俺はトーク・イット・イージーの一番のパートナーだぞ。飯塚親子がいるから絶対2次会があると思って乗り込んできたのに、お腹がいっぱいで解散かぁ。それは予想できなかったわ」

 慶介は少し遠くから、このベンチに座るあさひを見つけ、小走りに合流したのだろう。車道を走る車のハイビームで、額の汗がほんのり光った。あさひは、重いお腹をさすりつつ立ち上がり、提案した。

「まあ、でもいいじゃん。1年前と同じく、サシ飲みで」
「その方が、いいか」

「え?」
「焼き鳥と沖縄料理、どっちがいい?」
「……だから、お腹いっぱいなんだって!」

 ソーキそばとゴーヤチャンプルを学生かって勢いで食べる慶介を見ながら、海ブドウとニンジンシリシリをつまんだ。サシ飲みなので、何話そうと思ったが、結局、M&Aのことや翌月の賞与のこと、資金繰りについての検討など、社長と税理士の会話が続いた。それでも、楽しかった。

 「俺も学習している」か。

 登場の仕方がかっこよぎない?泡盛が美味しくて、ついお酒が進んでしまったが、私も学習している。今夜は気持ちよく解散した。家に帰ると母からLINEが来ていたことに気づいた。焼き菓子を頂いたので、色々詰め合わせて週末送りますという内容だった。母に

「やったー! 楽しみ」

「さっきまで慶介と飲んでたー」

と返した。いつもはなかなか既読にならないのに、今夜はすぐ既読がつき、ペンギンのキャラクターがバンザイしているスタンプがついた。吹き出しには「good job!」とあった。「仕事の打ち合わせだよ」と返した。すぐにペンギンがハテナを浮かべているスタンプが返ってきた。これはエンドレスでスタンプが返ってくるパターンだな。

 母には悪いと思いつつ、スマホを置き、シャワーを浴びた。



 株式会社オフィス・トヨオカをM&Aで取得する最終契約が締結された。通常のM&Aは小規模でもマッチングから入るが、今回は当初からお互いが基本的には合意しているスタートだったため、条件で揉めることはなかった。むしろ、豊岡社長が自分の娘よりも若い世代のあさひ達を応援したいということで、事業を承継しやすいよう資産の整理や資料作成など動いてくれた。

 自分たちがM&Aを行うこと自体、驚きだったがさらに驚いたのはその手続き。最終契約の際は、調印式があった。豊岡社長と、ご主人の実家に転居した前社長である娘、あさひと、M&Aの専門家、高松と先方の税理士や司法書士などが集結し、様々な書類にハンコを押す。最後はM&Aを取りまとめた専門家が用意したオフィス・トヨオカの変遷をまとめた映像と、引き継ぐトーク・イット・イージーの映像が流れ感動的な編集がされていた。まるで結婚式。あさひは、オフィス・トヨオカを引き継ぐことについて改めて気が引き締まるとともに、「こう言った場面でもビジネスチャンスがあるかも」とか「そういえば高松が法人は、法律上で作る人みたいなこと言っていたな」ということも浮かんでいた。

 当初検討もつかなかった購入金額。現在業界が苦境であり、かつオフィス・トヨオカは今誰かが経営を承継しない限り危険な状態である。直近も赤字決算であったことから、資産総額から負債総額を引いた純資産の時価をベースに500万円となった。高松によれば、M&Aには様々な企業価値の算出方法があり、通常は売り手が最も有利な評価方法を選択する。しかし、今回はあさひたちに託したいという豊岡社長が非常に低い譲渡金額での売買で話を進めたのだろうと話していた。調印式で初めて会えた豊岡の娘も、この決断は完全に同意出会った様子で、涙を浮かべながら終始、感謝を述べていた。

 世間的に低い価格とはいえ、まだまだ資金繰りが安定していないので、全額融資を受けて購入した。今まで自動車ですらローンを組むのに躊躇していた。創業融資に加え全体の借入残高を聞くと卒倒しそうになるが、高松からは「会社の創業期、成長期とはそういうものだ」と言われた。

 オフィス・トヨオカはトーク・イット・イージー株式会社が豊岡社長から100%の株を購入したため、トーク・イット・イージーの子会社という位置付けになった。会社名はそのまま残している。設立3年目で役員含めた社員が5名の会社が親会社、創業40年近くで社員が7名の会社が子会社という状況である。

 そして、M&Aの交渉期間を含め1年以上実質的な経営者が不在であったオフィス・トヨオカは、正直マイナスからのスタートだ。敏腕社長だった豊岡の娘は、よくも悪くもワンマン経営であり、そんな大黒柱が家庭の事情で辞任した状態。社員は優秀でも、経営には従事しておらず、この一年仕事がガクンと減っている。歴史もあり、お客様の幅が広がることや当社の社員とは異なる得意分野もあり、買収によるシナジー効果やスケールメリットを感じる点や、外注への依存が高いトーク・イット・イージーの現状を2社で受け持つ体制づくりとして行動したが、ひとまず立て直すことが先決である。

 そこで、あさひは矢田にオフィス・トヨオカの代表取締役を託した。これは豊岡やオフィス・トヨオカの社員も望んでいた。矢田は、トーク・イット・イージーにも在籍しつつ、今後はオフィス・トヨオカの頭脳となる。矢田もすぐに了承はしなかったが、オフィス・トヨオカの副代表を専門学校時代の友人が担い、どちらの企業も矢田を全面的にバックアップする体制を築いたことで引き受けてくれた。

「とにかく今は仕事がないので。それは社内風土や能力の問題ではないです! オフィス・トヨオカも良い会社ですが、トーク・イット・イージーのような『みんなの会社』と言う空気がありません。ここから、始めます!」

 矢田の決意。あさひは嬉しかった。もともと、矢田の能力は、あさひも信頼しているし、尊敬している。経営手腕だって、正直矢田の方があると思ってきた。しかし、矢田自身は「自分はトップに立つタイプではない」といい、今までの人生でも「副」というポジションの相性がいいと主張してきた。そんな矢田が子会社となるオフィス・トヨオカの代表を務めてくれる。

 あさひは、矢田の決意表明に触発され、トーク・イット・イージーの仲間により一層の発展を目指して、号令をかけた。

「トーク・イットの仕事も矢田さんは今までよりセーブしなくてはいけません。確実に売上は落ちます。でもここは高く飛ぶための準備期間として。なんとかみんなで乗り切りましょう!」

 矢田の熱意があさひに伝わり、あさひの熱意が飯塚に伝わった。

「なんか私までプレッシャー感じるわ。今、勝負の時ってことね!」

 飯塚の熱意が、島野に伝わる。というのがいつものトーク・イット・イージーだったが、意外なことに島野は浮かない顔をしていた。
「……そうですね」
「あら、美優ちゃん? 元気ないわね? 怖い?」
「いえ、矢田さんやあさひさんのことは信頼しているし、これからの成長のために乗り切る期間というのもよくわかります。ただ、タイミングが悪いなぁと」

 島野の異変に気付き、あさひは島野にその懸念している「タイミング」について尋ねた。

「はい。実は、Webのサービスが最近ピタッと新規問い合わせが減っていて。かなり、仕事がありません」
「最近、確かに悩んでいたね。需要が減っているのかな。原因は内にあるのか、外にあるのか」

 そう言って、あさひが原因について島野に確認しようとしたところ、同じくWebサービスをサポートしている美桜が答えた。

「外ですよ。正直、もう確信を持っている原因があります。ね、美優」
「はい。ライバルが出てきました。それも超強力な」

 そういって、島野は類似するサービスを提供するWebサイトをいくつか紹介した。

 ライバルは一社というわけではなかった。例えば婚活向けの話し方講座や相談サービスは、婚活大手サイトの無料特典として提携を始めた企業がある。就活に関しても、同様に就活大手サイトと特典として受けられる。私たちのように、すでに悩んでいる利用者が講座や相談サービスを検索して辿り着くような方法ではなく、悩む前に、入口から無料またはリーズナブルに講座や相談が受けられる方法。提携することで、サイトを展開するそれぞれの大手も他の大手と差別化することができる。付加価値ビジネスだ。そこで、手数料収入などによりこれらライバル企業は収益を上げているのだろう。

 そして、もう1つ。あさひは、とあることに気付いたことがあった。各サービスを提供している会社のロゴだ。

「これって、みんな……」

 あさひが気付いた様子を察して、島野が答えた。

「そうです。十文字グループです」

 十文字という言葉を聞いた瞬間、矢田と飯塚は憤慨した。

「十文字。はぁ、もうまたあそこに悩まされるの!」
「私、あの専務、嫌いじゃなかったけどー。もう、無理! トラブルメーカーじゃない!」

 トラブルメーカー。そういえば高松も吉井のことをそう言っていた。あさひも当然、怒っていた。しかし、ここは冷静になり、十文字グループのサービスをよく眺めてみた。

「これってでも、サービスがそっくりすぎるよね。なんとか権とかの問題にならないのかな?」

 あさひの指摘に、みんなが納得した。Webサービスはよく著作権や商標権の問題が指摘されている。あさひたちがWebサービスを始めるときも、その点は制作会社から十分説明を受けていた。なんとか権の話であれば、おそらく弁護士に相談することになるのだろうと思ったが、ひとまず高松に電話してみることにした。

 高松に連絡すると、近くのクライアントのとこにいるので、もうすぐオフィスに寄れるとの回答だった。高松がくるまで、相手のサイトと比較した莉、今後どうすべきかを皆で話し合っていた。

 程なくして、高松が来た。今までのことを話すと、こう解説を受けた。

「結論から言うと、訴えることはできないだろうと思います。もちろん私は税理士で、弁護士の仕事はできないし、一素人の意見です。まず、サイトの構成自体は全く別物でコピーしたものではない。そして、サービス内容。トーク・イット・イージーがやっているサービスは、目新しいサービスだから人気が出たのではない。正直、このサービス自体は昔からどこでもやっています。それをSNSなど通じてクチコミでここまで人気にした。権利を主張したとしても、このサービス自体、そもそもトーク・イット・イージーが生み出したものでもないんです」

 Webサービスをまとめている島野は、静かに頷いた。

「冷静に考えれば、そうですね。私だって、確かにいろいろなサイトを見ながら、このサービスを選びました」

 高松は、少し考え、次の作戦を提案した。

「相手は大手グループ。関連企業が多数ある中で、各企業のサービスに付加価値をつける方法を展開してヒットさせている。こちらが今まで提供してきた付加価値は、満足度。口コミで分かるように、評判がよいということ。しかし、それだけでは勝てない状況になっているのでしょう。もし、戦うとしたら、どんな価値を付けられるか」

 価値。満足度や能力には自信がある。でもそれを広げる資本力はない。そして、もともとのブランド力も知名度も、大手にはかなわない。

 オフィス・トヨオカの立て直しだけでなく、Webサイト事業も窮地に。あさひもここ数か月は、司会の仕事をセーブしつつ、経営の仕事に時間を割いてきていた。

 仕事がない波乱の第3期が幕を開けた。


【 続き 】

♦ 第9話~第10話(完)


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