トーク・イット・イージー(第3話~第5話)
(これまでのお話:あらすじ、第1話~第2話)
第3話 勝率10割の女
専務からの告白を高松に伝えた時、怒られると思った。だから注意したんだ、と。しかし、高松の反応は違った。
「振り返ってもしょうがない。相手を信じることはいいところだけど、同時に責任をもたなければいけない」
静かに諭された。
まだ、会社を設立したばかり。融資を受けてしまったが、仕事がなくなってしまった以上、社員のみんなにはすぐ就職先を探してもらうのがいいだろう。この状況は私が招いたものだ。
オフィスにみんなを呼び出した。大橋は保育園の都合で子どもが預けられなかったようなので、申し訳ないけれど、子どもを連れてきてもらった。飯塚や矢田が「かわいいー」と楽しそうに接してくれているが、どこか無理している感もある。経営の話なので、高松も来てくれることになった。
全員が揃ったところで、あさひは話を切り出した。
「改めて、仕事がなくなりました。皆さん、本当にごめんなさい」
矢田が反論する。
「あさひさん、謝るのは違うって何度も言っているよ。みんなで決めたことなんだから」
大橋もここまでのあさひの取り組みに感謝した。
「会社をつくる手続きとか全部赤坂さんがやってくれたんですから」
島野は今回の経緯について冷静に分析していた。
「いずれにしてもリストラされていたと思いますし。悪いのはあさひさんじゃありません」
何か言いたそうだった飯塚は皆の意見が出たところで発言した。
「九蔵園にいた時よりもさらに団結した感じがしない?仕事がなくなったっていってもさ。なんか、楽しかったじゃない」
それぞれの言葉に、この起業物語の終わりが近づいている感じがした。そこで、高松は今の状況を経営のプロ目線で説明した。
「今までは司会事業部として皆さんは専門的な仕事をしてきました。今回の起業も、当初は、形式的な企業で、ひとまず仕事は継続する予定でした。その予定が変わってしまった。では、どうするか。傷口が大きくならないうちに解散するか、それとも続けていくか。続けていくなら、皆さんは司会者であり、営業であり、事務であり。皆さんしかいない小さな会社ですので、その覚悟が必要だと思います。特に第一歩は、仕事を見つけてくること。営業です」
司会の仕事よりも、先にやるのは営業。分かってはいたけれど、その現実が重くのしかかる。社員の中で営業経験が豊富なのは飯塚である。
「私、昔フリーランスでやっていたので経験あるけれど、スタートは1人だったからねぇ。みんなでやろうってなると、ある程度、ボリュームのある仕事が必要ですよね」
5人分の仕事は容易くない。飯塚の発言を受けて、島野は「ウエディング系は新規、難しそうですね」と呟き、矢田も「何か、まずスポットでもできる仕事がないとなー」と嘆くが、なかなかプラスの情報が出てこなかった。
大人たちが神妙な顔をし、低いトーンで話す様子に大橋の子どもたちも異変を感じたようで、次第にグズリはじめてしまった。あさひは、大橋にオフィスにあるテレビをつけて見せてあげて下さいと促した。
大橋がテレビをつけると、テレビからこんな声が流れてきた。
「いよいよ統一地方選挙も立候補予定者説明会が近づいています。まずは県議選ですね。」
テレビのリポーターをみて、高松は
「例えば、ウグイス嬢とかどうですか?」
と提案した。すると飯塚は、
「あー! 私、やっていました。大変なんだけど、結構、支援者と知り合いになって次の仕事に繋がったりするんですよねー。ほら、やっぱり支援者って地元の名の知れた企業の社長さんとか、団体とか、多いでしょ!」
企業の社長、団体という点に心当たりがあるようで、矢田が続いた。
「そういえば、企業の研修講師もそうでした。1つの研修を行うと、知り合いを紹介されて。次は会社を通さず矢田さんに個人的にお願いしたい仕事があるんだよーとかよく言われていましたー」
個人的にお願いされたるいう点は企業だけではない。街のイベントで司会の経験もしてきた大橋も続いた。
「それなら子育て系のイベントとか、NPOが主催するイベントも個人的に司会をお願いされることありました! 報酬は、なかなか厳しいんですけど」
島野は、今までの経験ではなく、これからのビジネスとしてWeb関連の事業を提案した。
「今ってネットで、英会話とかコーチングとか、プライベートレッスン流行っていますよね。今までやってきた話し方講座をそれでやってみるとか」
「美優ちゃんの案、面白そう!私、スナック経験もあって歌に自信があるから、カラオケ講座とかもよくない?」
「それは飯塚さん個人的にやった方がいいんじゃ……?」
あれもできそう。これもできそう。ウグイス嬢の話をきっかけに、それぞれ自分たちができそうなことをポンポンと挙げていった。私たちの仕事は、ウエディングだけじゃない。今まで、色々経験を積んできた。解散か、継続かという話が気付けば「何からやろう」という話に変わっていた。
「みんな、ありがとう。確かに私たちは色々な仕事をしてきました。やろうと思えば、これからもできるかもしれない。でも、確実ではない。動き出したら、やるしかない。真剣に考えて、どう思う?じゃあまず矢田さん」
「今までだって確実なことなんてなかったですよ。そりゃ大手に守られていましたけど。とりあえず、やるなら私、研修講師で担当した企業さんの名刺、かたっぱしに営業しますよ。美優ちゃんは?」
「私もネットでできそうなサービス、登録してみようと思います。あとは、SNSでの宣伝とか、すぐに動いてみます! 次はー大橋さん」
「私はできる限り、みんなのサポートをしたいです。じゃあ、飯塚さん、お願いします」
「高松先生。具体的にどのくらいで成果でれば、大丈夫なの?」
「資金的には3か月。ただし、それは借入れがあるから資金ショートにならないというだけです。3か月たってダメなら借金がただ残ります。」
「ということはね。こう考えるのはどうかしら?3ヵ月頑張ってみて、ダメならそれを全部あさひちゃんが引き受けるのではなく、みんなで負担すればいい。そりゃ生活大変だよ。でも、経営者やお金出したのはあさひちゃんでもみんなで作った会社。それに、なんかやれそうじゃない? さっき、あさひさん、『真剣に考えて』って言ったのショックだったなぁ。私はすーーっと真剣だったんだけど!」
たまらず島野がつっこんだ。
「え、歌のことも真剣ですか?」
「そうよ! やれることはやればいいでしょ! 喋るのも歌うのも私の武器なんだから♪」
また、活気が戻ってきたところで、矢田は異変に気がついた。
「あれ、あさひさん泣いています?」
「ごめん。本音はずっと続けたかったんです。九蔵園の仕事がなくなっても、みんなで話し合って作ったこの会社を。自分たちの力ならできるかもしれない、って。でも、それを口に出して、動き出して、みんなを巻き込むのが怖くて」
「なんだ、それならそう言ってくださいよ。私は自信があります。このチームで成長できるって。しかも、巻き込まれたんじゃなくて、進んで飛び込んだんですから。やりましょう、あさひ社長!」
「せーの、社長!」
「ありがとう。あ、でもみんな。社長っていうのはやめてー」
「ここからが真の起業かもしれませんね。私も司会のことはド素人ですが、経営は精一杯サポートします!」
再スタートだ。
ホームページを作っている余裕はないので、まずSNSや以前の仲間、友人あらゆるものを使ってみんなで宣伝をした。それぞれの得意分野や関わりを活かして。チームは、起業というよりも文化祭の実行委員のようなムードだった。1つ契約に繋がりそうな話があれば、みんなでハイタッチ。時間を忘れて営業活動に没頭した。
一方、高松は知り合いを通じて、県議選に出馬予定である立候補者を後援する人物と接触していた。今回の県議選は上位が盤石であり、事実上残りの1枠を新人が取り合う構図だった。そして出会った候補者、東 直倫(38歳)はまさしく当落線上の新人だった。高松とあさひは、東と面談をした。結果、同じ30代で、お互い、いや3者とも挑戦者であることに意気投合した。あさひも、彼の掲げる街づくりに共感できるものだった。東より是非お願いしたいと依頼を受け、ウグイス嬢を担当することになった。
しかし、同じく当落線上にいるライバル候補者、阿久津ゆり子(48歳)の陣営は強力だった。阿久津自体が地域に貢献する仕事を長年やってきたことに加え、支援者には地元の名士もついている。そして何より、強力だったのは業界で有名な「勝率10割」を誇るスーパーウグイス嬢がついていたことだ。通常、選挙戦は当然ながら候補者にスポットがあたる。しかし、「勝率10割ウグイス嬢」は、たびたびメディアで取り上げられている存在。今回もメディアは候補者以上の注目度で、そのウグイス嬢を取り上げた。
「本日は、勝率10割でお馴染みの権田 正子さんに意気込みを聞いてみたいと思います。今回も連勝記録伸びそうですか?」
「今回、立候補している阿久津ゆり子は大変素晴らしい候補者です。これだけ素晴らしい阿久津ゆり子、どうぞ宜しくお願い致します!素晴らしいのは私ではありません。県政にアツク、阿久津、阿久津ゆり子でございまーす!」
実は、当初、水面下では東陣営がウグイス嬢に権田を推薦していた。権田も東陣営の知人を通じて引き受けるつもりでいたが、東と面談する前に突如この話は消えていた。人気の高い権田は、その後、競うように阿久津が依頼することになった。権田は、まだ依頼を受ける前ではあったが、勝率10割を維持すべく、38歳、若手の新人の応援シナリオを考えていた。今まで、途中で依頼が無かったことになるなんて経験がないため、ひどく驚いた。そして、権田は顔が広い。なぜ東陣営が自分を選ばなかったのか、理由はすぐに分かった。よくわからない会社の赤坂あさひという女の出現だった。
「赤坂さん? 誰それ? 株式会社トーク・イット・イージー? はぁ? すごく頭が悪そう。ご希望通り、イージーに倒すわよ。ごきげんよう」
株式会社トーク・イット・イージーは、社員一同で営業活動に邁進した。そんな中、選挙戦が始まり、ウグイス嬢はあさひが担当した。白熱する選挙戦。東と阿久津がバッティングした現場では、権田の声量が一層大きくなった。声量に圧倒されつつ、あさひが権田を見ると、権田もものすごい形相であさひを見ていた。
「こわっ……。なんで10割おばさん、私ばっか見ているの」
「県政にッ! アツク! アクツ! 阿久津ゆり子でございまーーす!!」
東とともに、あさひは真っ黒に焼けた。今までは室内での仕事が多く、オフィスに帰るたび、社員のみんなが驚いた。
隣の席の矢田が、ジロジロ眺めながら聞いた。
「あさひさん、肌大丈夫ですか?」
「身体が熱いけど、火照っているのか、アドレナリンなのか、わからないよー」
同行していた飯塚は今日の様子を皆に伝えた。
「今日は私もお手伝いにいったんだけどね。例の10割とバトルになってねー」
「バトルはしてないですよー」
「いや、あさひちゃん。バトルよ、あれは。もう、アツクッ! アクツッ!! って。怖かったわねー。あそこまで強烈だと逆効果じゃない?」
すると、大橋から思わぬ情報が飛び込んできた。
「あさひさん。東さんはもともと権田さんに頼む予定だったそうですよ」
「え、そうなの?」
「ママ友で東さんと同級生の方がいて。選挙はお手伝いしていないんですけど、東さんのとこに勝率10割ウグイス嬢がつくらしいから見に行きたいねって話題になっていたみたいです。そしたら、可愛い女性だったから何かあったのかなーって言っていました。私は知らないふり、しましたけど」
この話に、飯塚は妙に納得していた。
「あの形相。あさひちゃんのこと、恨んでいるのかもよー。美優ちゃん、何調べているのー?」
「今、ネットで権田正子さんを検索したんですけど、この人ですか? SNS更新しているんですけど……」
権田のことを詳しく知らない矢田が島野のスマホを覗き込んだ。
「どれ? おーー確かに強烈ですね。えっと、なになに。『あさひを浴びてミルクたっぷりのカフェラテタイム。take it easy♪』……あさひさん、これ、相手からのメッセージじゃないですか?」
「やめてーー」
皆で盛り上がっている中、経理書類を取りに高松がオフィスにきた。小麦色の肌のあさひをみて「昔に戻ったみたいだな」と呟いた。
そして、運命の開票日を迎えた。あさひ、高松、そして、途中からサポートに参加した矢田と飯塚は選挙事務所で速報の様子を見守っていた。選挙活動に参加していない島野と大橋はそれぞれ自宅にいたが、二人ともあさひに「ドキドキしますねー」と連絡を送っていた。
結果。あさひたちがウグイス嬢を務めた東直倫は、勝った。当確が出た時、大袈裟に喜び、バンザイする様子は今までテレビで見てきたが、実際にその当事者になると、決して大袈裟ではないことが分かった。気付けば、バンザイし、隣りにいた方々と抱き合いながら喜びを共有した。
そして、勝率10割ウグイス嬢・権田正子がサポートした阿久津ゆり子もまた、勝った。なんと蓋を開けてみれば、盤石と見られた現役候補者をお互いが倒す結果になった。気になる東と阿久津の票数は、東が一歩リードし終わった。あさひは、選挙事務所で東や高松、応援に来ていた矢田らとともに盛大にお祝いした。お祝いをしている中、テレビに阿久津陣営の様子が映った。あさひはなんとなく様子が気になり、画面を見てみると勝率10割ウグイス嬢・権田正子は笑顔だった。しかし、カメラが他に移ろうとしたとき、一瞬、勝利したとは思えない苛立ちMAXの顔をしていた。
「こわっ……」
支援者に一通りお礼の挨拶を終えた東があさひのもとにやってきた。
「あさひさん、トーク・イット・イージーの皆さん、それに高松先生。今回はありがとうございました」
「いえ。慣れないウグイス嬢で、たくさんご迷惑をおかけいたしました。勝利、私たちもとっても嬉しいです。ね、高松先生」
「はい! ギリギリではなく、しっかり票を獲得しての勝利ですから。東さんの日頃の取組みを住民が見ていたってことですよ」
「私はここがスタートラインです。一票一票の想いと、支えて下さった皆様の想いを胸に、よりよい県政のため尽力します。トーク・イット・イージーの皆さんも頑張ってくださいね。私は勝利という結果も獲得できましたが、この選挙期間、本当に皆さんにお願いして良かったと思っています。こんな気持ちにしてくれた皆さんです。会社を発展させて、より多くの方々へ幸せを運んで下さいね」
「はい!」
「あのーすいません。東議員、ちょっと赤坂さんと話してもいいですか?」
「あ、はい。では、また!」
「いやぁ、お疲れさまでした。突然すみません。なんかまだ会社つくったばっかりだそうで。私、こういった小さな会社で代表やっているんだけどね。今年、会社の30周年パーティーをやるんですよ。ちょっと仕事の話をお願いしたいんだけど、名刺もらえますか?」
「え? あ、はい! もちろんです!」
社内のチームワークがまた強くなった。社外との関わりも広がり、少しずつ仕事に繋がってきた。
選挙事務所を後にし、高松ととともに、自分たちの祝勝会もお金がないので持ち寄ってこじんまり実施した。
第4話 彼女の人生
《勝率10割に勝った! 期待の新人ウグイス嬢》
とあるメディアが、あさひのことをウグイス嬢対決で勝利したと面白おかしく取り上げた。本来は政治家の戦いなのにな……と矛盾に感じつつ、次の市議選でもお声がかかるようになった。それだけでなく、SNSなどを通じて会社への問い合わせが少しずつ増えていった。
高松に言われたリミットの3か月。口座の残高と睨めっこの日々だったが、なんとか乗り切ることができた。いや、社員には内緒にしているが本当は乗り切れていない。あさひの役員報酬を払わずに乗り切った。あさひはみんなに負担をかけずにすんだとホッとしていたが、高松からはこの状態ではいけないと釘を刺されていた。
実家の母とは頻繁に連絡を取っている。というのも、例のウグイス嬢対決でテレビにちらっと映ったりするだけで、母から連絡があったためだ。
「やっぱり一生懸命やっている人は綺麗ねー」
「誰のこと?」
「私の自慢の娘のこと! お父さん、あさひが移りそうなワイドショー、みーんな録画して見ていたわよー。一瞬、うつった。後ろ、あさひじゃないか?とか言いながら」
「ありがとう。今まで会社の外で人と繋がるってあまりなかったんだけど、一気に人脈が広がった気がするよー」
「そりゃそうでしょー。私もあさひが選挙のお手伝いするなんて思いもしなかった。あなた、そもそも今までちゃんと選挙行っていたの?」
「まあ、何回か行ったかなー……。今後はちゃんと行きます」
「まあ、なかなか普通に生きていたら選挙とか政治とか、誰がいいのか悪いのかとか分からないものね。で、仕事はどうなの?」
「うーんとね……」
心配させないようにとは思いつつも、つい母には嘘が付けない。会社の業績を赤裸々に話してしまった。こんなやり取りを毎回していると、気付けば週末、野菜や米が届くようになった。33歳なんだけどなーと思いつつも、大変助かっている。
波はあるものの、あさひに役員報酬を支給してもお金が回る月が出てきた。なお、役員報酬は、利益操作を防止する目的で、毎月同額を支給しなければいけないらしい。当初、あさひは自分に払わずにやり過ごしていた部分は、高松によれば、無報酬ではなく、その分をあさひが会社に貸したという扱いで処理されているようだ。毎月、高松が持ってくる会社の財産状態を示す貸借対照表の借入金が、一時期増えており「お金借りたっけ?」と話すと、そんな回答が返ってきた。高松は前からそのことは説明していたようだが、あさひはあさひで選挙戦や日々の業務に追われ、なかなか経営の話については右から左の状況である。良くいえば、それだけ数字の面は高松を信頼している。
矢田は企業だけでなく、商工会や自治体の関係者と繋がり、公的なイベントも少しずつ手伝えるようになってきた。ハキハキしていて明るい矢田の対応は、ファンになる取引先も多く、新たな取引先を紹介してもらえることも多い。時折、あさひは自分よりも矢田の方が経営者向きだななんて思うが、それを矢田に話すと「絶対無理です」と返ってくる。
飯塚は、九蔵園にいた頃よりも、フリーランスでやってきた期間の長い。最もキャリアがあり、業界の中で知人が多いため、同業者からの外注という形で仕事が途切れず続いている。年齢のせいか、キャラクターのせいか、昔から知っている同業者からは株式会社トーク・イット・イージーの代表が飯塚と勘違いされることも多い。そのたびに、飯塚は「うちのあさひちゃんはすごい」とあさひをべた褒めして誤解を正す。飯塚自体、同業者の中で評価が高い人間であるため、べた褒めされると毎回ハードルが上がりすぎるのが悩みだ。
島野は、単価は安いがネット上の司会やモデレーター業務、話し方講座のスポット収入やサブスクへの展開など、売上を確保しながらも新たな展開を研究している。まだまだポツポツと問い合わせがある程度だが、高松もこのサービスは化ける可能性があると期待している。実際に現地に行って行う仕事ではなく、全国どこからでも仕事の依頼を受けることができる。また、ネット上での宣伝活動も島野が中心になってやっている。
「あさひさん。SNS投稿用の画像作っているんですけど。トーク・イット・イージーの頭文字を並べて『T.I.E』ってロゴ、作ってもいいですか?」
「いいよー。むしろ、作ってみてー。あ、でもそれってTake It Easyでも同じか。ま、いっか!」
「例えば、こんな感じとかどうですか?」
「あーかわいいね。さすが美優ちゃん」
「TIEって、ネクタイのタイなので、調べてみたら『結ぶ』とは『繋ぐ』って意味があるみたいです。繋ぐって感じでこんなデザインとかどうですか?」
「わぁー!人と人を繋ぐTIE。すごくいいねー」
こんな感じで、島野はWeb担当であり、新しいものを生み出す担当でもある。なお、このロゴは後に、会社のマークに採用された。
大橋はどうしても子どもの体調や送り迎えもあるため、全体のサポート業務をしているが、それぞれ自分なりに展開している中で皆のパイプ役を担っている。皆それぞれ得意な方向、被らない領域で営業活動をしている。新規で獲得した仕事の整理や書類の作成に追われてしまえば、一旦営業の活動がストップしてしまう。そこで、大橋が、獲得した案件の整理や書類作成、関係する場合には外注の手配など、フォローしている。これにより、皆がそれぞれなるべく途切れないように仕事を獲得するための営業活動ができている。
相変わらずドタバタしているが、『繋ぐ』という意味を込めた会社のロゴもでき、我武者羅に営業活動してきた最初よりも最近は自分たちの「カラー」を意識しながら活動している。
そして、気付けば起業騒動から、1年がたった。
毎月、月次の業績を高松が説明に来る。最初のうちは社員みんなで聞いていたが、徐々にその場にいる人のみ参加するようになり、最後の3ヵ月は、あさひのみ参加していた。毎月、最終業績を予想してもらっていたが、なかなか黒字は難しいかもしれない。そう言われ続けた運命の決算確定日。
この日は、みんなで集まった。高松税理士が、発表を始めた。
「さてでは皆様、よろしいでしょうか。」
「はい!」
「株式会社トーク・イット・イージー、第1期決算は。上半期、非常に厳しい状況で、借入れが無ければ開業即、資金ショートという事態でした。そこから、徐々に売上げを伸ばし、少しずつ利益が出て。結果、黒字決算になりました!」
文化祭の実行委員のような気持ちで邁進していた社員たちは歓喜した。あさひもほっと肩をなでおろした。実は前月の業績予測で、もう一伸びすれば黒字の可能性もあるよとは、とは言われていたのだ。
フリーランスで経営者の経験がある飯塚は、高松に質問した。
「黒字で、いくら利益でたんですか?」
他の社員も「確かに気になるー」と盛り上がった。
「利益は、5,000円です!」
高松が答えたあと、全員「え?」という顔をした。聞き間違いかな?と思って、再度質問しようとすると、高松がもう一度、はっきりと答えた。
「1年間のトータル、5,000円です!」
あと1つでも仕事が無ければ。あと1つでも何か買い物をしていたら。そんな赤字スレスレの第1期も無事?終えた。
続いて、高松はあさひにもうひとつ大切なことがあると話した。
「では、株主の方。株主総会を開催するのでお願いします」
「株主って私だよね? 総会って?」
「1人の会社でも決算を確定させるには定時株主総会を実施します。役員が株主に対し、決算報告をし、株主がその承認をします。今回は、あさひ社長が株主のあさひさんに決算を報告するってことです」
なんとも不思議な説明に、飯塚があさひの気持ちを代弁した。
「一人二役の寸劇でもするのー? これだから、法人って難しーのよね!」
あさひによるあさひへの報告は、無事?承認され、決算が正式に確定した。

それから、みんなで持ち寄ってオフィスでこぢんまりと第1期を黒字で終えたお祝いをした。お祝いしながらも、社員のみんなはそれぞれ経営者のような顔つきで、高松に質問攻めしていた。
島野は「それぞれの仕事ごとの利益率とか単価設定を分析したほうがいいですかね?」と管理会計に繋がる質問。矢田は「経費って最近は月どのくらいになりましたー?」と損益計算書の見方を確認し、飯塚は「消費税なんですけど、外注さんのインボイス対応についてこんな取決め考えたんですけどー」と税制度への対応を確認していた。
一年前からは想像できない専門用語が飛び交い、対応する高松もなんだか嬉しそうだ。一通り盛り上がったところで、今日はお開きとなった。一人、二人と帰っていき、あさひが最後に一人残った。戸締りや電源を切って、オフィスを出ようとしたとき、外でスタッフの一人があさひを待っていた。
「お話したいことがあります」
小さな子どもがいるので、いつもは1番早く帰る大橋だった。この時間まで待っていること自体、違和感があったが、表情と口調で嫌な予感がした。
「どうしました? なにかー」
「退職したいと思っています」
予感は的中した。
こんな嬉しい日に申し訳ないと謝りつつ、大橋は率直な思いを話してくれた。前職を辞め、あさひについてきた時から今この瞬間まで後悔はない。この会社が本当に好きだし、続けたい気持ちもある。でも、みんなと温度差を感じていたのも事実だったという。本当は自分ももっともっとみんなのように動き回りたい。でも、ずっと応援してくれていた夫も、夫の勤める会社がまだまだ育児に理解がなく、夫が心身ともに限界に達しているとのことだった。
「この間、倒れてしまって。医者からも、無理をしないよう、仕事を配慮してもらったり、家族に支えてもらったりと工夫が必要だって言われました」
「そうだったんですね」
「みんなのことは大好きだけど、夫や子どもを守れるのは私だけなんです」
週1日だけでもいい。このチームに大橋さんが必要。そう、引き留めたい気持ちだったが、それでは結局大橋を苦しめるだけなのだと理解した。
「今日、少しでも黒字になったと聞いて、なんだかもう当事者ではなく、みんなを応援したい気持ちになったんです。今までも私はサポーターの立場でしたが。自分は夫を支えつつ、無職になるわけにもいきません。そこで、この家庭環境でも無理なく働ける場所を探したいと思います。この仕事が好きなので、できればこの業界で続けたいですが」
何度も自問自答をしたうえでの言葉だと思った。
「私も大橋さんを応援しているよ。今まで、ありがとう。もし、落ち着いたら戻ってきてくれますか?」
「あさひさんや皆さんが許してくれるなら、ぜひ」
そういって抱き合って、あさひは大橋を見送った。
大橋が帰り際、急に「えっ?」と驚いた。実はもう1人あさひが出てくるのを待っている人間がいた。高松だった。事故とはいえ、退職の話を盗み聞ぎしてしまったようだ。お互いバツが悪そうに会釈をし、大橋は去った。
「高松先生。なにしてんの」
「忘れ物してしまって。あの……さ、一杯付き合うよ?」
「……」
「もちろん、おごりで」
飲みに誘い、乾杯はしたものの重い空気が流れた。ようやく、あさひが今日のことについて話し始めた。
「大橋さん、ずっと辛かったのかな」
「うん。みんなと一緒になってやりたいけれど、家庭のことも考えなければいけない。義務感とかそういうのではなく、大橋さんにとってはどちらも大切な宝物で。今一番大橋さんを求めている場は家庭だったってことかな」
「両立は、できない?」
「その人と置かれた状況にもよるかもね。大橋さんは、今はそうでなかったってことかな。でも、俺は今まで楽しそうな大橋さんの顔しか浮かばないよ」
「うん」
「今日くらい、ぱぁーっと飲もう!」
高松の言葉にあさひは同意した。結果、本当にベロベロになるまで飲んだ。
「ねぇー、慶介。一年、ありがとーー」
「おい。もうさっきからそれ10回目だぞ?」
「慶介ってさ、暇なの? なんか困ったとき、いーつもきてくれるじゃん」
「暇じゃねーわ。サポートするのが仕事だし、まぁ設立一年目だから、そりゃサービスするよ」
「ほんとにーー? 仕事、ないんじゃないのー?」
「全然感謝してくれてないなぁ。」
「ううん。逆!めっちゃ感謝してるー。本当に慶介とまた出会えてよかった。じゃなきゃもう会社なんてやってないよー。だからね。こんないい税理士なのにー、電話したらすぐ来てくれるっておかしくない?もっと売れっ子にならなきゃ、おかしくない?ってことーー」
「わかったわかった。ありがと」
「かっこいいんだしー」
「え?」
聞きなおそうとしたとき、あさひは机に雪崩れ込んで、そのまま寝てしまった。飲ませすぎたのか、それとも相当疲れていたのか。朝までやっている店でもない。自宅に送るか。こんな状態で送って平気かな。うちに連れていくか。それってもっと平気かな。
高松も10年前、あさひと別れた後、誰とも付き合うことはなかった。ひたすら受験や仕事をしていた。女性と二人で飲み、そして相手が動けないほど潰れてしまう経験など無かった。店員さんが何度も周りの片付けを始めた。高松のいるテーブルを拭きにくるのも2回目になった時、さすがに席を立った。そして、やむを得ず、あさひを担ぎ、タクシーに乗り自宅へ向かった。
高松はタクシーの中で、何度も自分に対し囁いた。運転手も、酔いつぶれている女性を抱える男性のカップル。汚さないでくれよと後部座席をチラチラ確認しつつ、無言で走り出した、
「これは、やむを得ずだ」
「はい?」
「あ、すいません。独り言です」
自宅につき、あさひをベッドに寝かせると、高松はシャワーを浴びソファで寝ることにした。疲れているし、お酒も相当入っているが、この状況ではなかなか寝付けない。
ぼーっとしていると、最初に大橋さんのことが浮かんできだ。高松も株式会社トーク・イット・イージーと共に歩んできた自負がある。経理に関しては一社員のように丸投げで引き受けてきたし、あさひはもちろんそれぞれの社員とも、外部の人間としてではなく同じ仲間の感覚で接してきた。自分は何かできただろうか。大橋さんのため、トーク・イット・イージーのため、あさひのため。うーん。しかし、1期終えたな。大橋に続いて、今度は会社の1年間を思い返した。思い返している中で突然、権田の顔が浮かび、むせてしまった。いろいろあったな。そして、次のあさひとの1年間を思い返した。あの小麦色に焼けたあさひ。気付けば、夢の中で、学生時代のあさひが隣りにいた。
朝、起きると、当たり前のように頭が痛い。「これが分かっているのに飲んでしまうんだよなぁ」と毎回の反省をしてから、高松は体を起こした。身体が少し痛い。一瞬、なぜソファで寝たんだっけと思ったが、すぐに思い出した。急いでベッドへ視線をうつすと、あさひの姿は見当たらなかった。机の上には、手帳の切れ端が置いてあった。
担いでもらったり、ベッド借りたり、ほんとごめん。強がっても、自力じゃどうにもならないなって。何度か意識はあったけど、甘えさせてもらいました(普段から男性の家に泊まるわけじゃないからね)。昨日はほんとありがと。 あさひ
もっと恐縮するかと思いきや、割と図々しい手紙だった。しかし、高松は少し安心していた。昨夜はやむを得ずの出来事で、あさひも自分がただベッドで寝ていたことを断片的に覚えているということ。こちらによこしまな気持ちはなかったことが伝わっているなら。
「やむを得ず、だったからね」
独り言をつぶやき、高松も朝の支度を始めた。
後日、大橋はみんなの前で退職について説明した。皆、反対したが、最後はあさひと同じように大橋の想いを尊重した。あさひと高松は一夜を共にするということがあったが、特にギクシャクすることはなく、何事も無かったように関わっている。どちらかというと、そんなあまりに変わらない様子に高松が若干ソワソワしているくらいだ。
しかし、大橋が退職した後は大変だった。みんなの業務のサポートをしていたので、いざ大橋がいなくなると業務量が倍増するような感覚だった。誰もがつい「大橋さーん」と大橋がいたデスクに声を掛けたくなる状況。特に最近は仕事の依頼が増えたことで、自分たちではなく、フリーランスの同業者に外注するケースもあり、その際の書類作成や連絡など、何かと大橋に助けてもらっている場面が増えていた。限られた時間の中で精いっぱいみんなのために動いてくれていた功績を、改めて実感していた。
特に、営業活動に一生懸命でお客様の幅を拡げていた矢田は大ダメージだったようだ。
「あー。大橋さんって今何しているんですかねー。本当、帰ってきてほしいー。美優ちゃん、今暇?」
「矢田さん。ちょっと営業のペース配分を考えましょうよー。でも、大橋さん。同じ業界で、無理なく働ける制度があるところを見つけたって言っていたので、どこかでまた会えるかもしれませんね。」
「ねー。飯塚さんは、忙しいですよね?」
「はーい、がむしゃらにやっているので、ムリでーす。まあ、本人も帰ってきたいとは言ってくれていたし、今は亜美ちゃんもご主人も心身とも健康で過ごすことが第一よ。この会社はほら、戦場だから!」
「あーやるっきゃないかー。あ、あさひさーん。テレビ見てください! またあさひさんが好きな人でていますよー」
「え? 好きな人?」
「さあ、こちらは汚職事件による辞職で補欠選挙が実施されている参院選です。候補者上和田 文雄陣営には強力な助っ人がついています!あの勝率10割でお馴染み!今回も、勝利間違いなしでしょうか、権田さん?」
「上和田文雄は大変素晴らしい候補者です。だから、私の力ではなく、この素晴らしい上和田 文雄が必ず勝利します!上和田ー、上和田ー文雄を宜しくお願い致しまーす!」
「好きな人って……」
「なんかパワーアップしていますね。あれ、10割おばさんの後ろにいるのって?」
「え?」
矢田とともに島野も何か気付いたようだ。
「……やっぱり、ですよね?」
何を言っているか分からないあさひと飯塚に対し、島野は権田の後ろで、同じカラーのポロシャツを着ている女性を指さした。口角を上げてこぶしを振り上げている女性は、間違いなく大橋 亜美だった。彼女の就職先は、なんと10割ウグイス嬢の権田正子の事務所だった。
一同「そこーーーー!?」
第5話 私の人生
大橋亜美が、権田正子の事務所に入ったことに衝撃を受け、早速電話をかけてみた。円満に退職していったので、その後も連絡を取ることは特に抵抗がなかった。すると、権田の事務所には様々な採用制度があり、スポットの短期契約から、小さな子どもがいる親向けに様々な配慮がされた契約、雇用契約ではなくフリーランスの委託契約制度まで多様性に富んだ内容だそうだ。大橋は、ご主人の体調の問題もあり、基本は午前中だけの勤務で、イベント時などスポットの仕事の時のみ一日働くなど、融通が利く雇用契約を結んだようだ。
権田の強烈なオーラから、勝手にブラック企業なのではないかと一同思っていたが、実態はそうではなく、かなり社員思いのやり手経営者のようだった。大橋に薦められて権田の事務所、株式会社MASAKO企画のWebサイト(ホームページ)を社員みんなで見てみた。
権田のオーラだけでなく、充実した内容に圧倒された。企業理念、概要、採用情報。全ての項目がしっかり繋がっており、社内にも社外にも、得意先にもおそらく金融機関や行政などの機関にも好印象を与えるような内容だった。育児や介護、LGBT、SDGs。すごいことは、ただ並べているだけじゃなく、実際にそこに掲げる思いにあった行動も実行し、その取り組み事例が掲載されているところだった。飯塚が感心しながら言う。
「すばらしいわね。むしろ権田さんが政治家になればいいのにー」
飯塚の発言に一同、強く頷いた。各ページをハシゴしながら、島野があさひに提案した。
「あさひさん、ずっと保留にしていましたけれど、私たちもそろそろWebサイトを作ったほうがいいかもしれませんね」
「島野さんの意見に、一票!」
背中の方から声が聞こえてきた。高松税理士だった。オフィスに入る時は「失礼します」とか一言声をかけるのがマナー。というか常識だ。皆も「いたの?」という怪訝な表情をしたが、最近はより『社内の人間』のレベルで出没するので、そのまま高松の話を聞いた。
「大橋さんが退職して経費の面では人件費が減りましたが、やはりそれ以上に売上の伸びが鈍化しています。皆さんも感じているように人を採用した方が良い状況、人材投資の時だと思います。みなさんは当然あさひさんのことを知っているし、この会社がどんな会社か知っている。でも、これから就職しようという人はこの会社を知りません。求人情報にはどんな会社でどんな仕事で…とは書きますが、やはり相手が欲しいのはもっと詳細な情報です。」
島野が、同調する。
「そこでWebサイトってことですね」
「そういうことです。まあ、ずっと作りましょうとは言っていたものの今はSNSでもいろいろWebサイト代わりになるので、問題なくやってきました。でも採用となればいよいよ動く時でしょう」
高松の言うことに反論することは一切ないが、では実際何からすればよいだろうか。あさひは、その点を確認してみた。
「先生、Webサイトをつくるにはどうしたらいい?」
「制作は制作会社を探せばよいでしょう。今は値段もピンキリだし、皆さん忙しいので、自分で作るのは得策ではない。問題は内容。企業理念とかね。そういったものをまずしっかり言語化することです」
「なるほど」
「本当は起業するときに最初に考えるのが企業理念だったんだけどね。ミッション・ビジョン・バリュー。ただ、設立した時はドタバタだったからな。ま、いい機会だと思います!」
Webサイトを作ることよりも、後半の説明に力が入っているあたり、どうやら高松は前々から企業理念というものをあさひに考えてほしかったようだ。やる気にみなぎっている高松とは対照的に、苦手な分野の宿題を投げられたあさひは頭を抱えていた。
Webサイトは、採用だけでなく宣伝効果や受注する相手にとっても信頼につながる。あさひが社長として会社の理念や概要、仕事内容をまとめてくることになったが、ひとまず採用条件については、社員みんなで意見を出し合ってみた。
島野がハローワークの求人用記載リストと、同業他社の採用情報をいくつか印刷し、整理したものを皆に配った。まず、矢田が上からなぞりながら進行した。
「美優ちゃん、ありがと。あさひさん、性別ってあまり限定しない方がいいんですかねー。あとは、年齢とかもなー」
「他社の採用情報をピックしていても、結構年齢は幅広い感じでした」
「うん。矢田さんや美優ちゃんが言うように、正直年齢とかじゃないもんね。フィーリングとかいうか。」
「あさひちゃん、私に気を遣っていないー?」
「いや、飯塚さんだって40代じゃないですかー。むしろ見た目はもっと若いですしーーアハハ……」
「気持ちはまだ20代だからね! 私も10代でもいいし、それこそ50代、60代の方がきてもパイプ役になれるわよ。まぁでも。例えば、美優ちゃんは娘と同い年だから余計話しやすいってもあるけど、ベストはやはり20代ではあるのかな? 今後の成長とか、続けてくこととか考えると」
「え?」
あさひは、飯塚の「気持ちは20代」も「60代もパイプ役になれる」も「ベストは20代」もストレートに納得できたが、1つだけとんでもない変化球が放り込まれたことを見逃さなかった。
「どうかした?」
「飯塚さん、今、なんて言いました?」
「えっとー、20代が成長とか考えるとベストかなってーー」
「いや、その前ですよ。美優ちゃんと同じ年の娘って言いませんでした?」
「あ、それ? 26歳の娘がいますよー。」
一同「えーーっ!」
唐突なタイミングで、飯塚には一人娘がいることがわかった。飯塚は小さいころからアナウンサーに憧れていて、高校卒業後、アナウンサーやタレントの養成学校に通っていた。20歳の時、当時お付き合いしていた男性との間に子どもを授かり、出産。男性とは結婚せず、シングルマザーとして昼も夜も働いていたらしい。子どもが小学校に入学した頃、幅広く活動するため、ダブルワークよりも個人事業主として開業。司会やイベントのお手伝い、時には掃除やなんでも屋の仕事など、人脈を活かしてできることをこなしてきた。娘が20歳になった時、そろそろがむしゃらにやるのはやめようと就職したのが九蔵園の司会事業部だったそうだ。
「私、飯塚さんのお嬢さんと同い年って、すごく変な感じです」
「まー若いとき産んでいるし! 私もキャラが若いしねー?」
あさひも動揺が隠せないが、矢田がなるほどな指摘をした。
「確かに大橋さんがいた時、子育てのことで共感していましたね」
そうだ。会社を設立するとき、小さい子供がいるからなかなか決断できない大橋に対し、飯塚がかなり寄り添っていたのを思い出した。しかし、あさひとしては、九蔵園でも親しく過ごし、今はこの小さなオフィスで日々談笑している間柄なのに、娘がいるという重大な情報を知らなかったことに疑問が生じた。
「今まで隠していたんですか? それともただ言ってなかった?」
「うーん、両方かな。正直ね、娘は20歳になった頃、出てってね。それから連絡とっていないの」
「え?」
さっきまで誰よりも明るかった飯塚の表情が曇った。飯塚もいつも明るいわけではなく、当然、困惑したり怒ったり悲しんだりすることはある。しかし、今見せている飯塚の顔はあさひも始めて見る顔だった。
「娘のためにって、女手1つで働いてきたでしょ。この仕事を受けたら次の仕事に繋がる。このお付き合いを断ったら仕事がなくなる。そんなことばかり考えて働いていたから、いつも娘にはさびしい思いをさせていた。私はお母さんのつもりでも、娘にとってはお母さんではなかったのよ。ただ、一緒に住んでいる、普通のお母さんのように甘えられない人。最後、娘に『今までありがとう。もう関わらないでいいです』と言われて。出て行っちゃって、そのまま。もし扶養とかだったら、社長であるあさひちゃんには話さなきゃいけなかったけど、そういうのでもないし」
「そう……だったんですか」
「もうね、がむしゃらにはできないなーってメンタルブレイクしてね。それでも私は食べていかなきゃいけない。それで好きな司会の仕事を続けられる九蔵園に就職したわけ。美優ちゃんが入社してきたときは生年月日聞いて一瞬で誕生日覚えちゃった。ノビノビ仕事できるな~なんて思っていたら、退職騒動からのこれでしょ! 私は結局、がむしゃらが似合うってことなのかなーアハハ!」
あさひも矢田も島野も、飯塚に対しどう声をかけていいか分からなかった。ただ、さっきまで曇っていた飯塚の表情は、清々しく晴れやかだった。
「まさか、ホームページの会議でこのカミングアウトができるとはね~。でも安心して。みんなへの隠し事が無くなってすっごくスッキリ! 娘のことは私の問題だから。みんな、人生いろいろあるでしょー。人生いろいろよ!」
採用情報は結局決まらなかった。今は、それどころではない。
そのことを高松に連絡すると、高松は高松なりに飯塚に共感していたのだろう。少し間を置き、今後の経営上のアドバイスを話してくれた。
まずは、なによりも企業理念を整理し、他の項目はそこから導き出すしかない。要は、採用情報もあさひの宿題を終えてからの話ということだ。1年前も肝心の会社名がなかなか決まらなかったが、今回もまた同じ流れだ。
高松もあさひの頭の中が白紙なのを察したのか、企業理念のヒントとして、次の図が送られてきた。

「資料の見方なんだけど、何をやりたいか、何をできるか。そして、現在の経営環境の中で何をやるべきか。それが合わさるところに、目標や理念がある。こんなイメージで、探すのはどうかな?」
「やるべきこと……なるほどー。ありがとう。」
とりあえず「ありがとう」とは伝えたが、なんなんだこの図は。経営の話になると、高松はよく円や四角を使って分かりやすいであろう資料を用意してくれるが、私にとっては数学の図形問題にしか見えない。ヒントを与えられたのか、余計難しくされたのか。オフィスでは直近の司会の仕事の段取りで忙しいため、自宅に帰り、深夜PCと睨めっこしつつ考えることとした。
そして、結局。睨めっこが終わらないので、あの人に電話した。
「あ、お母さん。久しぶり」
「久しぶり。昨日ぶりね」
「お母さんってさ、生きていく上での理念?生きがい?みたいなものってなんかある?」
「はーなにそれ。私が何も考えて無さそーってバカにしているの?」
「ごめん、ごめん。そうじゃなくて。今、会社の理念ってなんだろうなーって考えていて」
「なるほどー、さすが社長ね。お母さんはそうだなぁ。生きがいはやっぱり家族のことかな。家族の元気な様子が生きがいで、理念は家族の健康を守ること!お父さんにもご飯なら文句を言わせないわよ」
「お母さんらしい。そうか、思う相手がはっきりしているんだね」
「そうよ。あさひのことももちろん。野菜送っているでしょ。感謝してー」
思い詰めると、こんな感じでヒントをもらう。電話の後、「野菜以上にパワーをもらっているよー」とLINEすると、例のペンギンのtake it easyスタンプが返ってきた。ふと、飯塚の顔が浮かんだ。飯塚さんのお嬢さんは、今、飯塚さんのことをどう思っているのかな。あさひにとって母は昔からいつも見守ってくれている存在。小さいころから、私を見てくれていないという気持ちが芽生えていたら、どうなっていたのだろう。顔も知らない飯塚さんのお嬢さんの心境を想像するのは難しいことだったが、胸がチクチクする感覚があった。
いろいろ思いを募らせてみると、私は世界とか社会とかの広い話ではなく、お母さんのように何かを「人」したいのだろうと思った。けれど、そこから先は言語化が難しい。慶介には悪いが、送ってもらった図はますます迷宮入りしそうなので、そのまま放置させていただいた。
「表現の参考に」と権田のMASAKO企画のWebサイトを再度見てみた。相変わらず、凄い。企業理念や会社概要、採用情報がしっかりつながる。理念にあった行動、行動に合った理念が記載されていて、どんな会社なのかが伝わってくる。ふと、トップページのお知らせ欄に、新着のセミナーイベントを見つけた。
「MASAKO塾-社員が笑顔で働く仕組みづくり」
ふと予定を見るとその日は空いていた。自然と申込フォームへ進み、クレジット払いの入力を終え「ありがとうございました」というメッセージの画面で我に返った。
「あれ、……申し込んじゃった!!」
セミナー当日は、少し髪型を変え、眼鏡とマスクという簡易的な変装で参加した。堂々と参加すればいいもののなんとなく隠れた方が良い気がしたからだ。しかし、その変装も入口で無意味なものと化した。受付担当がまさかの大橋で、目が合ってすぐ「あさひさん!」となった。受付で名前に〇をする必要があるから「違う」とも言えず、あっさり認めることになった。というより、大橋はあさひがくることを入力情報の事業所名と氏名で知っており、前職の代表がくるということを大橋は権田にも伝えてあるとの事だった。
会場は200名程度入るサイズだった。やや後ろの席に座ったが、あさひは権田とよく目が合った。あさひを意識しているのか、それともすべての参加者と目が合うようなテクニックがあるのか。目が合うたびに、以前の恐怖体験が蘇ってきたが、セミナーの内容はさすがというものだった。気付けば資料にびっしりメモ書きしている自分がいた。セミナーを終え、筆記具をカバンに入れている時、後ろから肩をたたかれた。大橋だった。
「あさひさん、権田社長がちょっと話したいそうです。控室に来られますか?」
「え? 10割さんが?」
あいにく時間が……っと言えばよかったものの、もしかしたら企業理念のヒントがもらえるかもしれないと気持ちが揺れ動き、断るタイミングを逃してしまった。「うん」と会釈し、大橋とともに権田がいる控室へ向かった。
「失礼します。赤坂さんと一緒に参りました」
「どうぞーー」
「あ、はじめまして。株式会社トーク・イット・イージーの赤坂あさひと申します」
「あ、どうもーー! MASAKO企画の権田正子です。本日はお越しいただき、ありがとうございましたー」
「いえ、本当に勉強になりました。じゅ…権田社長は本当に色々なことに気付き、気遣い、実行されているのだなぁーって」
「いえいえ、そんなことはないわよ。私もまだまだ勉強中です。いつかの県議選ではねー、私も赤坂さんから多くのことを学びましたしー」
根に持っている。やはり私のことをよーくわかっているようだ。最近、権田社長は本当は凄く良い人だと思っていたけれど、一気に怖さが戻ってきた。
「あ、あのー、メディアってどうしてあーいうこと面白おかしく書くのかなーって。私はもう尊敬でしかなくてー」
「いいえ。結果が全てですから。で、今日はどういった目的でお越しに? 視察か何か?」
「いえ、視察だなんて。大橋から話を聞いて、本当に今回のテーマや権田社長の考えが聞きたくて。今、私、会社の企業理念を考えているんです」
「企業理念?」
「はい。権田社長のように理念を掲げ、それに基づく組織をつくりたいと」
「ちょっと待って、赤坂さん。ということはトーク・イット・オーバーさんは今、企業理念が無い状態で動いているの?」
「はい、あのートーク・イット・イージーはまだ理念を定めていません。」
「そんなことってある? 理念なんて大前提よ」
「はい。」
「……ちょっと残念ー。理念がないのも残念だけど、考えてみて今も理念が出てこないってことでしょー。それって、目的もなくただ仕事してるってことじゃなーい?」
「いいえ、そんなことは。お客さんに幸せになってほしいとかはあります」
「そんなの当たり前。お客様に幸せになってもらうために、自分たちはどうするか。どんな存在でありたいか。自分たちの個性は。強みは」
「……はい」
「じゃあ、そもそものこと聞くわ。株式会社トーク・イージー・イージーってさ、あなたの会社なの? あなたたちの会社なの?」
「あ、トーク・イットです……」
「今、そのー頭の悪そうな名前の話じゃないでしょ。あなたの会社か、あなたたちの会社か。どちらが正解とかじゃないわよ。あなたはどっちの会社をやっているの?」
「一緒に頑張ってきたみんなの会社です」
「じゃあ、簡単じゃない。あなた一人で考えず、みんなで考えるの。それだけじゃない? みんなの理念で動く会社なら、一人で考えていたって一生答えなんて出ないわよ」
「え」
「狭い業界、これからいろいろとね。お会いする機会があると思いますが、どうぞ宜しくお願いします。Take it easy♪」
「あ、えっと……トーク・イットです」
「『リラックスして~』ってシャレで言ってあげたんでしょー! さぁ、おしまい。さよなら、ごきげんよう!」
大きなヒントをもらった。逃げるように控室を出ながらも「ありがとうございました」と返した。権田のイライラした顔が最後、ふっと笑顔になったような気がした。
帰り際、大橋にお礼をいい、お互いの健闘をたたえ合った。
「あさひさん、今日はお疲れさまでした。権田社長、不思議な人ですよね」
「うん。でも、大橋さんがここを選んだ理由が少しわかった気がするよ」
オフィスに戻り、社員を集めた。権田のセミナーに行ったこと、大橋に会ったこと、そして権田から企業理念のヒントを頂いたことを話した。
矢田はあさひの突然の行動に驚いていた。
「10割さんのセミナーに乗り込むって結構やりますね」
島野は、事前に聞いていたら、自分を参加したかったという趣旨の話をしつつ、嬉しそうな表情であさひの話を聞いていた。
「大橋さん、元気そうでよかったですね」
そして、権田をことを昔から知っている飯塚は納得の表情をしていた。
「さすが10割。そのアドバイスには完敗ね。その通りだわ」
「権田さんの意見を活かして考えていきます。今からみなさんの思うこの会社の理念を教えてください。」
あさひの号令とともに今までやってきたことや、この会社ができること、やっていきたいこと、やるべきことが矢継ぎ早に交わされた。
「一期一会。その時、その場をより素敵なものにしたいってことですね。これはあさひさんと一緒に司会部立ち上がった時から、ずっと思っています」
「あと、あさひちゃんが言うように、私たちと言えば『人』よ。月並みだけど、理念には人という言葉がほしいかなー」
「前にTIEってロゴ作った時、『つなぐ』って私たちっぽいなって思いました」
社員と意見交換をしはじめると、今までの苦悩が嘘のようにアイデアがたくさん出てきた。しかも、全ての意見が共感できるものばかり。結局、闇雲に行動してきたのではなく、チームとして同じ志で仕事ができていたということだろう。「文化祭の雰囲気、もどってきましたね」とみんなで盛り上がりつつ、企業理念が決まった。
《 時、場、人をつなぐ -T.I.E 》
その会場にいるひとりひとりが、その時とその場、そしてそこにいる人をつないで素敵な思い出に残してもらいたい。時、場、人をつなぐサポートをするのが我々トーク・イット・イージー。決まった理念を高松に電話で報告した。
「なるほど。みんなで決めたのか」
「権田さん、すごいよね」
「あさひに宿題を課したのは俺だからね。今、反省している。権田社長の言うとおりだ。経営者はあさひだから、企業理念もあさひが決めるものって勝手に思い込んでいた。確かに法律上取締役があさひでも、トーク・イット・イージーはみんなの会社だね。今度、みんなで会社のいいとこ、悪いとこSWOT分析してみるのもありかもだな」

「ふーん。また詳しく教えて。最近、いろいろ経営の考え方も紹介してくれてありがとね」
「みんな、どんどん経営に詳しくなってきているからね。こちらも提供する情報のレベルを上げているよ」
「なるほど!先生も今日の会議、参加したかった?」
「まあ、そうだな。でも、俺は自分の事務所の理念で『誰よりも分かりやすく、経営者の一番のパートナーを目指して』ってのがあるから」
「そうだよね。会社をつくる人に出生届の話って今もしているの?」
「余計な事覚えているよなー。あの例え、自信あったけど、封印しているわ!」
「ごめんごめん。あれ、続けた方がいいよ。それにしても。経営者の一番のパートナーか。お客さん増えても、先生は1人でしょ。そんな一夫多妻制みたいなことって、できるの?」
「夫婦で例えないでくれ。まぁ、もちろんできる限りだよ。トーク・イット・イージーに対しては、自信をもって一番のパートナーだと思っている」
「うん。まぁ、会社もそうだし、私自身も慶介が一番のパートナーだと思ってる」
「え?」
「これからも信頼しているので、宜しくね。Webサイトは、美優ちゃんの知人に安い値段でセンス良く作ってくれる人がいるみたいだから、こっちからあたってみる!」
「お、おう!また細かいことは相談してくれ」
電話を切った後、あさひは少し違和感があった。話の途中、慶介の様子がおかしかったような。電話の内容を思い返してみる。
「私自身も慶介が一番のパートナーだと思ってる」
これって。
あさひは、仕事上のパートナーという意味で伝えたが、よくよく考えると、愛の告白ともとられかねない。いや、その前に自分から「パートナー=夫婦」という伏線を出していたし。
あさひの様子に気付いて、矢田が声を掛けた。
「ん?あさひさん、どうしたんですか?顔抑えて」
「え、あ、なんでもない!!」
その頃、高松はネットで「パートナー 意味」を調べていた。
「1、共同で仕事をする相手。2、ダンスなど二人一組になる時の相手。3、配偶者、またはそのような関係の相手……」
