トーク・イット・イージー(第9話~第10話・完)
(これまでのお話)
第9話 つなぐ、つながる
オフィス・トヨオカには事務が2人いて、やや余剰ぎみだったため、面談の結果、通勤距離や本人の意思から、1名がトーク・イット・イージーへ異動した。
「城山 真琴です。事務を担当させていただきます。」
ようやく、トーク・イット・イージーも社内で経理をまとめられる人物が入った。さっそく城山はオフィスにある書棚の事務ファイルを端から確認し、どのような経理や作業が行われているのか調べていた。そこに、とある人物が近づいた。新しいモノには、とにかく根掘り葉掘り、確認したい人物。そう、飯塚さだ。
「宜しくね!えっと、いきなりだけどおいくつ?」
「35歳です。赤坂社長と同学年でした。」
「へーいい感じ!え、てかあさひちゃん今年35か!」
飯塚が城山に近づいていたので、あさひは警戒していたが、突然自分の名前が呼ばれて驚いた。
「そうですよ。起業したのが33だったんで。飯塚さーん、あまり質問攻めしないくださいねー。」
あさひの指摘に(ごめん、ごめん)というジェスチャーをする飯塚。そこで、城山が話をつづけた。
「私、起業なんて絶対できないので。あさひ社長、本当凄いですよね。」
「しかもM&Aとかしているのよー。私ももともとフリーランスでやっていて色々人生経験あるけど、もうどんどん越されているー。でね、あさひちゃんはねーー」
飯塚が余計なことを言いそうだったので、あさひは間に入って、無理やり話をまとめた。
「私もこんな人生になるなんて思いもしなかったですよ。城山さん、これは全部私ではなくてみんなでやってきたことなんです。この会社は、私ではなく、みんなの会社です。今日からそのみんなに城山さんも入ります。宜しくお願いします!」
「はい!」
飯塚はもっと語りたかった様子だが、あさひに綺麗にまとめられて(残念~)という顔をした。
その後、通常通り、朝のミーティングを行った後、あさひはとある場所へ勇み足で向かった。
「あ、大橋さん!」
「あ、あさひさん!お待ちしておりました。奥へどうぞ。」
あさひが向かった先は、株式会社MASAKO企画だった。入口では、すでに大橋が待っていて、そのまま社長室へ案内された。社長室のドアには、花柄で縁取られた「MASAKOの部屋」というプレートが掛けられていた。
「失礼します」
「はい、どうぞ」
「お久しぶりです。今日は、権田さんにお願いがあってきました」
「まあ、そう焦らずに。赤坂さん、ちょっと疲れている?顔もオーラも我々の仕事はとっても大事よー」
「色々ありまして」
「トヨちゃんの会社、買ったんだってー。ありがと」
「トヨちゃんってオフィス・トヨオカの豊岡さんですか?」
「そうよ。昔からよーく知っている。引っ越しちゃったお嬢さんはうちで少し働いていたこともあるのよ。修業ってことでね」
「権田さんはやはり顔が広いですね」
「何年やっていると思っているのー? 私もね、トヨちゃんから辞めるかもしれない、その時は社員をなんとか頼めるかって相談があったのよ。本当に良きライバルでね。昔は何十人と社員がいて、近隣の温泉地のイベント関係や派遣はもう本当に独占状態だった。でも、今、業界も厳しいでしょ。うちも少し高齢化してきていてね。トヨちゃんのためにと思いつつも、渋ってしまった。そしたら、後日トヨちゃんから連絡があってあなたたちに会ったって」
「豊岡さんから権田さんへ伝わっていたんですね」
「たくさん、褒めときましたよ。」
「え?」
権田のオーラに圧倒されっぱなしではあるが、オフィス・トヨオカの話をする権田は少し隙があった。あさひはなんとなく、権田との距離が近づいている実感があった。そして、権田はそろそろ本題を、とあさひへ質問した。
「それで、今日はなんの話?」
「あ、はい。ありがとうございます!あの、MASAKO企画はネットでのビジネスってやられないのですか?」
「ネット?だから、さっきも言ったでしょ。少し高齢化してきているの。その分、経験も技術もみんな一級品だけどね。私、ちょくちょくテレビに出ているでしょ。最近はコメンテーターとかで。だから動画の配信をやってみようかしら? なーんて思ったんだけど、不特定多数の人に情報を公開するのってどうなのかなって。私はやっぱりしっかりお金を頂き、目の前の一人一人に寄り添って仕事がしたいのよね」
「例えば、ネット上で話し方講座や悩み相談、社長なら経営相談とかを画面越しに一対一で行うサービスがあったらどう思いますか?」
「……それを私にやれって?」
オフィス・トヨオカの話の時はぐっと距離が近づいた気がしたが、権田の目力がみるみる強くなり、なんとなく身体が巨大化しているようなオーラを感じる。RPGゲームなら、これはボス戦なのだろう。余計なことがチラついてしまったが、正念場。交渉を続けた。
「あ、は、はい。実は当社では、もうやっているんです。今は社員と、当社の理念にあったほぼ専属のフリーランスの方にお願いしています。でも、このサービスの可能性をもっと広げたい。例えば私ならだれに相談したいだろうって思った時、権田さんが浮かびました」
「なるほどね。私に広告塔になれって?」
「えっと……」
「わかっているわ。あなたが私を褒めてくれたことも本心。広告塔として起爆剤になってほしいというのも本心ってことでしょう」
「はい」
全てが見透かされている。叶わないなと思いつつも、自分の人選に間違いはなかったと確信した。
その頃、オフィスには、高松が訪れていた。異動した城山に経理の流れを説明しにきたのだ。なんせここまで、経理はほぼ高松が丸投げで引き受けてきた。城山の異動を一番喜んでいるのは高松かもしれない。
オフィスでは、城山へ「みゆ・みお」コンビが社内の案内をしていて、あとは離れたところで社内フリーランスの方が来客者向けのデスクにて書類を作成していた。高松は「みゆ・みお」コンビに、みんなのスケジュールを確認することにした。
「美桜さん。他の皆さんは、出先ですか?」
「矢田さんはトヨオカで、母は司会の仕事で、あさひさんは魔女のとこでーす」
「魔女?」
「美桜ー。その呼び方、禁止。MASAKO企画の権田社長に会いに行っています」
「あー10割さんか。なんで? 呼び出された?」
「こちらからの交渉です。当社のWebサービスについてMASAKO企画と提携できないかと。権田社長や個性的な社員さんがこちらのサービスで講師をしてもらえたら、知名度も付加価値も上がるのではと」
「人魚姫が海底の魔女に交渉に行く話みたいじゃないですかー」
「やめてよー。社運かかっているんだからー」
「まあ、魔女というのも分からなくはないな。しかし、そうきたか」
「朝、急にあさひさんが提案して。私もびっくりしたけれど、あさひさんが言っている話を聞いていると、確かに私たちの理念に通じる人選なのかもしれないって」
「時、場、人をつなぐーTIE」
「つなぐというより、締め付けるかってくらい結びそうですよねー。うちの母の上位互換的な?」
「企業理念の時もそうでしたが、あさひさん。権田社長を尊敬しているし、やり方は違っても目標にしているのかなと。」
「なるほど。あとは、交渉がうまくいくかどうか。」
「あの、すいません」
魔女呼びする美桜に対し、社運を握る存在と崇める島野。対照的な二人のコンビと話をしていると、申し訳なさそうに城山が声をかけてきた。
「あ、すいませんでした。改めまして、税理士の高松です。本日は、宜しくお願いします」
「宜しくお願いします。税理士の先生ってこんな社内の『中の話』をするんですね。前の税理士さんあまりこういう会話しなかったので」
「私の理念は、一番のパートナーを目指すというものなので。グイグイいきますよ!」
高松は、あさひがすぐに動いたこと、そしてなかなかの妙案を思いついたことが嬉しかった。(トーク・イット・イージー、そうこなくっちゃ)という顔をしていた。城山に手取り足取り経理や事務を教えると「みゆ・みお」コンビが「高松先生はやはり『中の人』だよねー」と弄った。それに対しても、高松はヤレヤレと思いつつ、嬉しそうだった。
本題を切り出したものの、その後、権田は最近のWeb事情や同業者の動向などあさひに質問し、世間話の時間が続いた。
「まぁねぇ、時代も変わるしねー。そうね」
「はい」
「トーク・イット・イージーってどんな意味?」
「え?あ、えっと、take it easyのtakeを私たちの仕事の基本であるtalkに変えた造語のような感じです。意味というよりは、響きで」
「あまり賢そうじゃないわよね」
「……すみません」
「私、最初はふざけているのかなーとか、お軽いなーとか思ったんだけどね。最近、好きよ」
「え?」
「意味なんかより『トーク・イット・イージー=あなたたち』ってなったからかしらね。あと、あれも好き。『時、場、人をつなぐーTIE』。私も時と場と人をもう絶対ほどけないってくらいグーッと繋ぎたいもの」
社名や企業理念を褒めてもらえてうれしい反面、「繋ぎたい」というジェスチャーがあまりにも強く、一瞬恐怖を感じてしまった。そういえば、今朝、美桜に「魔女との交渉ですね」と言われたのを思い出した。
「やりましょう。私にとってもチャレンジよ」
朝のミーティングを思い出し、意識が少しそれていたところ、権田の力強い言葉が刺さった。
「私と、あと何人か。うちでも濃いメンバーを紹介しましょう。そのかわり条件は2つ」
「あ、ありがとうございます。条件は?」
「1つは手数料。まあ、お金のためというわけではないけど、私たちをちゃんと評価してね。慈善事業ではないので。あと1つは、私たちを魅力的にプロデュースしてね。まずサイトとか出来上がったらすぐ見せてねー。写真とかはこちらで用意するから。この間さ、子育て中の親向けの講演会に行ったらね。小っちゃい子たちが私見てなんて言ったと思う?」
「えーっと」
「魔女だって! 失礼しちゃうでしょ! 私は心からみなさんの幸せを願ってここまでやってきたの。その講演会だって、そんな話したのよ。それが魔女だなんて!」
そのフレーズだけは今、出してほしくなかった。子どもたち、いや美桜め。あさひは「信じられませんわー」と共感する表情を必死で作った。
「権田さんはいつだって魅力的ですので! あと、手数料の件もかしこまりました。私もこれは当社のサービスとはいえ、MASAKO企画様との協同事業だと思っています。MASAKO企画様にとってもWeb事業進出のきっかけになれば幸いです!」
「ま、トヨちゃんのこともあったから、何かできればとは思っていたの。大橋さんもよくやってくれているしね。そちらから提案があったのは、こちらも都合がよかったわ」
「ありがとうございます!」
「まあ、トーク・イット・イージーさんがみんなの会社なら、私もすこーしだけ一員ってことでね。よろしく。では、ごきげんよう」
「はい!」
急いでオフィスに戻ると、矢田を含め全員が集結していた。
「あ、おかえりなさい!声、奪われてないですか?」
「美桜ちゃん、ほんとやめて。途中で魔女って話、思い出して危なかったんだから」
美桜に先を越されたが、今か今かと待っていた島野が尋ねた。
「交渉、どうでした?」
「交渉は、……マル!!」
一同「オオオーーー!!」
「権田さんとあと何人か、強力な講師を派遣してくれるそうです! 条件は手数料をちゃんと評価することと、魅力的な紹介サイトにすること。サイトは『みゆ・みお』コンビ、よろしくね!」
指名された「みゆ・みお」コンビは双子のように息ぴったりで親指を立てた。この業界で長くフリーランスをしていた飯塚は、昔から権田のことをよく知っている。あの権田を口説いたという事実は衝撃で、あさひを半信半疑の表情で眺めていた。そして、盟友・矢田が声を掛けた。
「まだどうなるか分からないけれど、ナイスあさひさん!」
「ありがと。トヨオカの方はどう?」
「もうー、しんどいです。私とあさひさんの関係じゃなければ逃げていたかもしれません。でも、任せてください。こっちも負けずに軌道に乗せますよ!」
あさひは、矢田が本当に苦しんでいるのを理解した。矢田は「逃げる」なんて滅多に言わない。しかし、そんな矢田の言葉に、あさひではなく城山が応えた。
「矢田さん。トヨオカの皆さんもこの間、矢田さんはカリスマ社長だって言っていましたよ!」
「えー、みんな全然そんなこと言ってくれないのにー!今度、直接言ってって伝えといてー!」
「はい!なんか、今日一日入って、私、ずっと驚いています。みんな仲が良すぎるし、キラキラしているし、税理士は『中の人』だったし」
「あ、経理の事教わりました?あの人は、先生だけど使い倒していいからね!」
「え?あさひさん、高松先生とどういう関係なんですか?」
「え……っと。」
「元カレですよねー」
「え?」
言葉に詰まったあさひの横をすり抜けるように「元カレ」という言葉が飛んできた。その瞬間、飯塚が怒鳴った。
「美桜!!」
美桜はキョトンとしていた。(これって内緒の話だったの?)という表情だった。あさひは全身が一瞬で熱くなるのを感じた。
「みんな、……知っていたの?」
「あのー、よく九蔵園にいた頃、2人で恋バナしていたじゃないですか。で、前に付き合っていた人は同級生で、税理士の勉強しててー、ケイスケって名前でー」
矢田が答え合わせを始める。そこに島野も加わった。
「最初、高松先生を紹介されたときから、普通じゃなかったですし。あさひさん、たまに先生の事、慶介って呼んだり。先生もあさひって呼ぶし」
呼び方は、心当たりがある。あさひも何度かまずいとは思っていたが、みんなスルーしていたので安心していた。先程、凄い形相で娘を怒鳴った飯塚も、観念したように同調した。
「ま、そういうのはさ、分かるのよ!あさひちゃん!」
母親が観念した様子に、また美桜が余計なことを口走った。
「まあ、実質、今カレってことでもいいと思いますけどー」
一同「美桜ちゃん!!」
「みなさん。あ、ありがとうございます。あさひさん、すみません。変なことを聞いてしまって」
「とんでもない。城山さんは悪くないです。まあ、仕事上の良きパートナーです! み・ん・な、にとってね。今日は疲れちゃったなー、大仕事してきたし! ごめーん、私、帰りまーす! ごきげんよう!!」
あさひは逃げるようにしてその場を後にした。赤面する顔を隠し、猛ダッシュで帰ろうとすると、オフィスビルの入口で男性にぶつかった。
「すいません! いそいでて……って慶介ッ?!」
「いてて。どうした? あ、交渉、どうだった?」
「今はそれどころじゃないの! ってか、なんでいるのよ?」
「電卓忘れちゃって。通り道だから寄ろうと……」
「もうしっかりして! なんで電卓なんて忘れるの! バカじゃない? あーもう。今日は電卓諦めて! 今オフィス入るの、禁止です!」
「はぁー? どうしたんだよ。顔、真っ赤だぞ?」
「あなたのせいです! あー、ほらほらみんな出てきちゃう! 早く! 飲みいくよ。焼き鳥と沖縄料理、どっち!?」
「じゃあ、焼き鳥で」
みんな知っていたなんて。私をどんな顔で見ていたの。35歳にして、青春ドラマのような展開にあさひは、過去のどの時点を振り返っても恥ずかしかった。とにかくビールを頼み、飲み、頼み、飲み、赤面する顔の言い訳を作った。
一応、今日のメインであった権田との交渉結果について話した。慶介は、普段と変わる様子もなく、この交渉結果がもたらす未来を熱く語りはじめた。あさひは「少しはこっちの異変に気付け」と思いつつも、勢いよく飲みすぎたせいか、途中で頭がぼーっとしてきてしまった。
「大丈夫か? 今日は泊めないぞ? 交渉が終わって、ほっとしたか?」
「うんー。慶介ー」
「ん?」
「慶介がいうパートナーってさ、何? 『イチ、共同で仕事をする相手。ニ、ダンスの相手。サン、配偶者、またはそのような相手』」
「ヨン、かな?」
「ヨン?」
「イチ、タス、サン」
「はー?」
「いろんな意味ってことだ。さ、帰ろう。飲みすぎー」
あさひは酔って会話が半分も入ってこない状態だが、この状況で普通に帰すのか?という思いはあった。しかし、慶介は「明日は大事」「明日は大事」と言って急かす。こっちは何年も待っているのに。夜風にあたり、少し酔いが覚めたが、なかなかしんどい。結果、一生懸命、帰宅した。
明日がなんだー。
第10話 パートナー (最終話)
昨夜は酒に飲まれてしまったが、飲み始めたのが早く、朝までに時間があったので、思ったよりお酒が残らずにすんだ。あさひは「量よりペースの問題だったな」と反省した。しかし、酔いながらも覚えていることがある。
「イチ、タス、サン」
これって、告白だろうか?
そもそも、元カレから復縁をするときってどういう手続きを踏むのだろう。告白ってあるの?告白なら、あんなシチュエーションで、あんなさらっとある?雑過ぎない?なんなんだ、あの足し算は。
昨日のことを思い返してみると、まず権田との話、そして実はみんなが高松慶介を元カレだと知っていたという話、そしてイチ、タス、サンの足し算。あー、気持ちが悪い。色々ありすぎて、また寝込みたくなった。
一人、部屋の中で思い出しては、「あー」とか「うー」とか「えー」とか口に出しながら、枕に顔を埋めたり、鏡の前で自問自答したり、両手で思いっきり顔を隠したり。今、私の部屋がモニタリングされていたら、さぞかし恐怖映像だろうとあさひは思った。
少し冷静になったところで、昨夜もう1つ印象的だったことを思いだした。そういえば、慶介はしきりに「明日は大事」と言っていた。あさひは、手帳を見てみた。特に思い当たる節はない。気になってとりあえず、慶介に昨日、急に飲みに誘ったことや電卓を取りに行かせなかったことを謝るLINEを送った。しばらく眺めても既読にはならなかったので、ひとまず会社に行く支度を整えた。
オフィスでは、昨日のカミングアウトが夢の出来事だったかのように、皆いつも通り働いていた。ただ、さすがにあさひが話しかけると、誰もがぎこちなさそうな表情をする。今日はしょうがないかと諦めつつ、スマホを見る。LINEがきていた。しかし、アイコンは見慣れたものではあったが、高松ではなく母だった。
「今日明日、友達と旅行で、そちらのほうにいきます。明日の昼以降でお茶できませんか?」
明日は大丈夫だけど。もっと事前に言ってくれていたらよかったのに。「大丈夫だよー何時がいい?」と送ると同時に、他の人からのLINE通知がきた。
「返事遅くなってごめん。いや、俺も楽しかったよ!電卓のこと忘れてた。昼休憩あたりに取りいきます!」
少し顔が赤くなった。オフィスであまり赤ら顔を見せたくないので、いろいろ考えないよう、文章をうつのに集中した。
「了解。電卓は商売道具でしょ! そういえば今日大事なことがあるって言っていたけど、それは大丈夫なの?」
「今終わったとこ。あ、じゃあ電卓取りにいくついでに、その話もしようかな! あと1時間後くらいっている?」
「ギリいる」
慶介とのLINEをしていると、お互いで競い合っているのかというタイミングで母からも通知が来る。
「じゃあ、3時頃どうかな?」
「わかったー駅はどこが楽? 場所はこっちで探しとくよー」
「ありがとうー。気が利く娘で大好きー」
それぞれにLINEを返し、45分くらい経つと、高松がオフィスにやってきた。少し汗ばんでいるあたり、急いでくれたようだ。「ギリいる」というのは若干誇張していたので、少し申し訳ないと思いつつ、少し嬉しかった。
「城山さーん。すみません、電卓!」
「あ、先生。いえ、色々質問してしまって書類出したので、電卓が埋もれちゃっていたみたいです。どうぞ」
「ありがとうございますー。あさひ、じゃあ、ちょっといい?」
「うん」
高松は周りをキョロキョロ見回し、少し離れた社内フリーランスや来客者用のデスクへ移動した。高松が周りを見るたび、城山はソワソワしていた。高松は席に着き、隣の机の椅子を取り出し、自分の方に向きを変え、あさひに座るよう促した。
「まぁ皆さんに聞かれても全然いいことなんだけど、俺個人的なことだからここで話そうか」
「ここならみんなの仕事の邪魔にもならないしね」
「あのさ、俺、税理士法人を作ることになったんだ」
「税理士法人? 今は違うの?」
二人だけの秘密のような雰囲気を出すので、あさひは少しドキドキしていたが、予想の斜め上をいく「税理士法人」というワードに戸惑った。
「今は高松慶介税理士事務所っていう個人事業なんだけどさ。税理士って資格者が1人だと会社にはできないんだよ。で、今回受験していた頃の可愛い後輩がさ、一緒に法人にしませんか?って誘ってくれて。それで、今日は後輩の事務所に挨拶に行ってきたんだ。こっちは1人でやっているけれど、あちらはスタッフが4人もいるから、どちらかというと合流する感じかな」
「一夫多妻が限界になってきたってこと?」
「その言い方は気に食わないけど、確かに1人での限界は感じていた。人を増やすにも今、忙しすぎて教えるのも難しいなって感じだったからね。でもそれよりも、いつか一緒にやりたいねって言っていた後輩とパートナーになれるっていうのが嬉しくてさ!」
一瞬、パートナーという言葉にドキッとした。
「そういう形のパートナーもあるのね」
「一緒になったら、あっちのスタッフも俺の仕事を手伝ってくれる。事務作業の負担が減れば、より専門的な税務や経営の仕事に集中できる。あと専門家が2人で相談し合える環境も良い。ということで、いいことずくめなんだ」
「そうなんだ。話している表情見れば、すごく嬉しいことなんだなってわかるよ! 相手はどんな人なの?」
「名前は、あ、ちょっと待って。名刺があるから!」
堰代会計事務所 税理士 堰代 裕美
Sekishiro Hiromi
目の前にとても上品な名刺が置かれた。税理士というよりも美術家や美容系のお仕事の名刺のようだった。名刺の左上には事務所のロゴだろうか。可愛らしい桜のマークがある。和紙のような質感の白い紙に、ピンクと紫の中間色、おそらく桜を意識した色で印刷されていた。
「へぇー。せきしろって読むんだ、珍しいね。桜とか色合いが可愛い。すごく、品が良さそう」
「裕美は全然上品じゃないよー。向こうのイメージカラーはピンクなんだよなぁ。俺はネイビーをカラーにしてきたから、一緒にやるとすれば、カラーは悩むなぁ。一緒になったってことで、ネイビーとピンク並べるのか。それか裕美は29歳だから、年功序列でネイビーにするか。あとは名前もどうしようかなーとか、今そんなことばかり考えているよ!」
「29歳なんだ。若いね。税理士って30代でも若そうななのに」
「税理士の平均年齢は60代だからね。AIで仕事が無くなるって言われることもあるけどさ、20代30代で起業する人にとっては同年代の専門家を選びたいって人もいる。そういう人をよりサポートできるように、専門家2人体制でパワーアップしようと思っているよ」
「よかったね」
あさひは、少年のように興奮して語る慶介を親のような視線で眺めていた。ここまで同じ高さの目線で歩んできたつもりだったが、どうやっても慶介のテンションに同調できなかった。「よかったね」が精一杯だった。
「あさひのおかげでもあるよ。あさひがM&Aとか頑張っているのを見てきてさ。俺もチャレンジしなきゃなって。あ、急だけど、明日の午前中って空いている? 裕美とまた会う予定だから、もし良かったら紹介するよ!」
「ごめん、明日はお母さんが1日遊びきているから無理なんだ」
「あ、そうか。お母さん、懐かしいな。いつかの花火大会であさひの実家行ったとき、会ったよね」
「そうだっけ。じゃあ、打ち合わせあるから、また」
「お、おう!」
ビジネスパートナーと分かっていても、なぜ共同で法人化する相手が女性なのか。名刺一つとってみても、文字の書体や色、紙質それぞれが知性や気品を表しているように感じた。高松慶介に相応しいパートナーは、堰代裕美。そう言われたような気がして、あさひは、一日中、母といるという嘘をついた。
翌日、予定通り15時に母と合流してお茶をした。母は親友の女3人でひたすら食べて、ひたすら語った旅だったよう。一泊で何キロ太った、声が枯れた、笑いすぎて頬が筋肉痛……という話が続き、楽しそうな母の様子をみて心から嬉しかった。けれど、一通りの思い出話が終わったところで、母はあさひの異変に気が付いた。
「お母さんはそんな感じー。で、あさひ、どうなの最近? この間、電話したときよりもちょっと元気ないんじゃない?」
「あ、うん。仕事がなかなか今耐え時というか。色々と悩みつつ、考えつつって感じ」
「そう。でも、そんな時こそ慶介くんの出番じゃない? この間みたいによく飲みに行ったりはするの?」
「まぁたまに。高松先生も忙しいから。あくまで、私は仕事上のパートナーだよ」
あさひは慶介の話をあまりしたい気分ではなかった。なるべく感情が出ないよう、選んだ呼称は高松先生だった。しかし、その判断は母の前では悪手だった。
「ふーん。……なんかあったんだ」
「え?」
「わざわざ、わかりやすく『仕事上の』なんてつけちゃって」
「……お母さん。私、わかんないよ。もう35にもなるのに」
「恋に年齢なんて関係ないわ。ただひとつだけ、過保護のお母さんからアドバイスしてあげる。分からないときは怖がらずに相手に聞きなさい。自分の中で解決させようとしちゃだめ」
「……ありがと」
母からアドバイスをもらったが、仕事が忙しい中で自分が傷つくのが怖く、高松とは『仕事上のパートナー』として接した。今までもそうだったかもしれないが、慶介に対しても『慶介』と呼ぶことは控えた。
知名度がある権田正子やMASAKO企画の社員がWebサービスに加わり、話し方講座やお悩み相談、経営相談は、高めの料金設定にしたにも関わらず、すぐに人気コンテンツになった。特に勝率10割ウグイス嬢として、コメンテーターもしている権田へのリクエストが凄まじかった。
MASAKO企画の面々だけでなく、島野をはじめ以前から担当しているフリーランスの方々も能力は高い。もともと口コミで人気になっていたコンテンツであり、利用した方のリピート率やSNSなどの拡散率も高い。思惑通り、権田が起爆剤となり、全体の利用率が向上し、回復の見通しがたった。
またこの提携で嬉しいことがもう1つある。この提携のMASAKO企画側の窓口担当が大橋亜美になったことだ。もちろん、まだ下の子どもが未就学児のため、時短であり、大橋以外の担当もついた。ご主人の体調もよく、子どもたちも以前よりは手がかからなくなったようだ。大橋には大橋の人生がある。会社が別でも、こうやってまた一緒に仕事ができる喜びをあさひや大橋、仲間みんなが感じていた。
そして、同様のサービスを展開している十文字グループも、この権田が提携する動きを見逃さなかった。
株式会社テンプロでは毎月頭に役員会議がある。
「社長。例の参考にしたトーク・イット・イージー株式会社のサービスですが、タレントを使ってきましたね。零細企業の割にしぶといですな。こっちも、広告塔を関連会社のタレント事務所に依頼してみますか?」
「それは不要でしょう。我々はあくまで各関連企業のサービスに付加価値をつけ、魅力度を上げる目的でやっています。零細企業は、正直、ライバルでもなんでもないんですから。弱いものイジメをするよりも、もっと大手として大きなこと、やりましょう」
「まぁ、そうですね。脅威になることはまずないですもんな。でも、小さいとこは大変ですよねー。一つ一つが、保険がないチャレンジ。このタレント使った投資もうまくいかなきゃ、資金回らないでしょうし。それじゃあ、我々みたいな大きなチャレンジはできない。チャレンジできないなら成長できない。そうやって、現実問題、結局は大手だけ生き残るという流れでしょうなー」
「そうですね。さ、次の議題に入りましょう」
十文字グループのイベント企画会社、テンプロ。その経営陣会議で、トーク・イット・イージーの話題が出たが、吉井社長はそれを広げようとしなかった。会議が終わり、役員たちは社長室を出た。
1人になった吉井社長は、株式会社トーク・イット・イージーのWebサービスを開いてみた。劇団のキャスト紹介かのように、個性的な講師陣、相談員が紹介されている。とっても、面白い。花柄で縁取られた権田の自信満々のプロフィール写真からは、広告塔として依頼を受けているのではなく、自らが楽しんで参加しているのだろう。そんな様子が透けて見えた。
「あさひさん。トーク・イット・イージー。やっぱり、ライバルまで上げてきましたね。」
吉井は、株式会社トーク・イット・イージーが設立されたから今まで、絶えず情報を追いかけてきた。
「私は私の仕事を頑張るわ。お互い、頑張りましょうね。ありがとう」
吉井は、トーク・イット・イージーのWebサイトを閉じ、社長業務を再開した。
オフィス・トヨオカはWebサイトのビジネスのようにトントン拍子とはいかない。長く続けてきた会社。今まで築いたものは宝物であるが、その分、整理しなければいけないもの、見直さないといけないものなど、課題も蓄積している。矢田はまず仕事が減っていることと、単価が長年変わっていないことを早急に解決しなければいけないと動いていた。仕事が減っている理由は、やはり実質的な経営者の不在期間があったことが大きい。以前、仕事があった地元ラジオ局のMCやテレビ局のリポーター業務など宣伝効果も大きい取引を再度交渉したり、新規の受注に関しては単価を相場にあったものにしたりしたうえで交渉をした。
単価を交渉しながらの改革のため、なかなか軌道には乗れないが、それでも、途切れていた仕事がいくつか戻ってきている。矢田も週1回ラジオ局でのMCをすることで、地元ではラジオのリスナーの中ではちょっとした有名人になっている。地元のテレビ局での仕事も、内容によりトーク・イット・イージーと振り分けつつ、再開してきている。
当初、矢田は双方の会社を行き来していたが、このような状況なので、オフィス・トヨオカに専念し、代わりに社内フリーランス状態だった事業主の2名が雇用契約によりトーク・イット・イージーに加わった。
「改めまして寺尾 光莉です。いつも、オフィスに来ながら入社できたらな~なんて思っていたので、とても嬉しいです。島野さんと同じく、以前はCAをやっていました。結婚して子供が生まれ、仕事を休んでいたのですが、子どもが小学校に入り、フリーランスで復帰。その際に、こちらのWebサイトの仕事を従事させていただいておりました。これからも宜しくお願い致します。」
「改めまして佐野 翔平です。ちょっと女性ばかりの職場にむさくるしいものが入るので、恐縮ですが宜しくお願いします。私は、寺尾さんと同じようにWebサイトのお仕事からこちらに通うようになりました。司会やアナウンサーの経験はなく、大学で心理学を専攻し、その後、コーチングやカウンセラーの勉強をし、実際にカウンセラーとして働いてきました。今回、赤坂社長より、私のような分野の人間も増やしていきたい。その特攻隊長を依頼されましたので、一生懸命頑張りたいと思います!お願いします。」
社員の層も幅も広がり、より一層活気がでてきた。
高松は、無事、税理士法人を設立した。名前やロゴ、チームカラーなどいろいろと悩んでいたようだが、結局名前は「税理士法人 高松堰代会計」で、ロゴは桜を背景にイニシャルのTとSが融合したもの、チームカラーはネイビーとピングがグラデーションした色になった。
あさひは、新しい名刺を見た時「面白味がないなー」とは思いつつも、一言「おめでとう」と伝えた。高松とは、仕事上のやりとりは変わらず続いている。相変わらず、高松は「中の人」のようにサポートしてくれている。しかし、高松自身も法人化の準備があり、何かと忙しかったようで、業務連絡以外はほとんど連絡を取ることがなかった。あさひにとっては、それはそれで都合がよかった。法人化の話をする高松は、常に輝いている。その輝いている理由は、私ではなく堰代裕美。そんなことを想像すると、涙が出そうになるためだった。
オフィス・トヨオカとトーク・イット・イージーの決算が近づいてきた。もともと、この2社は決算月が異なっており、高松から異なっていても都合が良い面もあるから、そのままでも良いのではという提案を受けていた。両社を一緒に決算処理するのも大変だろうから、と。しかし、あさひと矢田は業績を把握するためにも「同じ月にしましょう」という結論に至った。そこで、オフィス・トヨオカは定款の会計期間を変更し、その旨を税務署や県、市へ届出してあった。
2社の決算を同時に進めていく。この段取りについて、あさひは高松の事務所でまず二人だけで打ち合わせをすることになった。あさひが久々に高松の事務所を訪れると、表札のところには立派な看板が付けられていた。
「よいしょー。じゃあ、そこに座って。ひとまず、オフィス・トヨオカは基本的に矢田さんと話を進めていくけれど、全体の流れをあさひに説明するね。」
「はい。さっそく、看板も変わったんだねー」
「あ、そうそう、ありがとう。無事、法人化の手続きが終わってね。事務所はそのまま2つの拠点を残す感じ。向こうから1人スタッフさんが今月異動してくるから、色々片付けなきゃなんだよねー」
「高松先生も今度は社長になるの?」
「二人なんだから慶介でいいよ。いや、税理士法人って株式会社ではないんだよ。合名会社に準じた法人っていう特殊な存在で。その中で俺は代表社員となる」
「代表社員? なんか、社員の代表って管理職みたいだね」
「まあ、そういう法律だからね。さて、で、今回の決算は忙しくなるよー。まず……」
「失礼しまーす。あ、すいません来客中ですか?」
高松が、決算準備リストという紙を指さしながら説明しようとした時、ノックも無しに勢いよく人が入ってきた。
「ん? あ、そうそう。どうした、なんか急ぎ?」
「いえ、大丈夫です。ちょっと社員の件で打ち合わせしようかなと。すいません、アポなしで」
「もし時間あったら、ちょっと待ってて。あ、そういえばあさひ、まだ会ってなかったっけ?」
「うん。どちら……様ですか?」
「あ、じゃあちょうどよかった!裕美!ちょっと挨拶して。こちら、株式会社トーク・イット・イージーの代表の赤坂あさひさん」
「あ、あーーー!あの、赤坂さん! いや、慶介さんからよーく聞いています。うわっ、めっちゃ綺麗じゃないですか先輩! えーーと、税理士法人高松堰代会計の堰代 裕美です。この度、慶介さんと一緒にやることになりました。宜しくお願いしまーす!」
「……あ、はい。赤坂です。宜しくお願いします」
突然現れた人物は、あの堰代裕美だった。
しかし、堰代はあさひが想像していた人物とは大きくかけ離れていた。身長は高松と同じくらい。でも幅は高松の二倍はあるだろうか。頭の横と後ろを短く借り上げ、短髪の髪がジェルで光っている。こんがり焼けた肌、満面の笑み、光る白い歯。体は汗ばんでいるものの、暑苦しさよりも不思議な爽やかさがある。おそらく元スポーツマンだろう。
そして、男だ。
「いや、何度か紹介しようと思ったのに、あさひがいつもタイミング悪くてさ。でかいでしょ?」
「い、いや。堰代さんって男性だったんですね。私、てっきり女性かと。」
「え?あれ、言ってなかったけ?ほらー、また勘違い起きてんじゃん。」
高松はあさひの反応に驚きつつ、以前も堰代裕美が女性に間違われたことがあるような口ぶりだった。それに対し、堰代が反論した。
「いや、それはだから、俺じゃなくて親に言って下さいよ! 俺は小学生の頃からずっと間違われているんですからー。芸能人とかでもいるんですけどねー」
「名前もそうですが、名刺も女性らしかったので……。桜のマークとか、配色とか」
「名刺? あ、前のやつですね! 桜のマークは、あれですよ。ほら、慶介さんも付けていますけど、税理士のマークですよ!」
「あれ? 昔あさひに話さなかったっけ? 弁護士はひまわりの中に天秤があるけど、税理士が桜なんだよ」
「あと、あのピンク色はですねー。自分、大学までラグビーやっていて。高校もその大学の附属だったんですけど、高校大学って7年間同じユニフォームだったんですよ。で、そのユニフォームのカラーがピンクなんです。この体型なんでラグビーやっていたって気付いてもらうことが多くてですね。そこでこの色の名刺渡すと、ラグビー好きにはガッツリ、ハマるんですよー。愛校心も強いんで、ピンク大好きなんですよー」
「俺はピンク、似合うと思うけどなー」
名前、桜のマーク、ピンク色の謎が解けた。じゃあ、あの和紙のような質感の紙は?とあさひは一瞬思ったが、その答え合わせはもはやどうでもよかった。沈黙するあさひ。男たちの会話は続く。
「さすがに受験仲間で戦友だとしても、女性と二人は難しいかなぁ。夫婦になるなら、いいかもしれないけど」
「いや、結構ありますよー! まあ、でも慶介さんはモテますから、奥さん怒っちゃうかもしれませんね! 怒っちゃいます?」
「慶介はモテる」に動揺したところに、「奥さん」と呼ばれたことでさらに動揺して、あさひはしどろもどろに答えた。
「え? あ? 私? いや、男女とかあまり気にならないかなーと。あ、あと私は奥さんじゃないです」
その後、決算に向けての話し合いが続いたが、正直、堰代が男だったこと以外、よく覚えていない。母の言葉が、頭をよぎった。
もっと、早く聞けばよかった。
決算の報告については、2社それぞれで実施した。当初、合同での開催も検討したが、オフィス・トヨオカはまだまだ立て直し段階。勢いのあるトーク・イット・イージーと比較するような流れになるのは、好ましくないと判断したためだ。
まずは、オフィス・トヨオカの決算報告。トーク・イット・イージーと同じように、社員を集め、矢田が行った。社員は今まで決算の数字など全く知らなかったので、この取組み事態に驚いた。社員の他、高松と親会社の代表としてあさひも同席した。赤字決算。苦しい業績の説明を行う矢田は、神妙な面持ちであった。しかし、その面持ちが序盤のみで、翌期に向けての種まきをしてきた報告がなされた。1つ1つが花を咲かせれば、きっとうまくいく。たくさんの明るい材料に「翌期こそは黒字だ!」。そう、皆が思える報告だった。
トーク・イット・イージーも、今まで高松が報告してきたが、今回から高松は参加せず、あさひが社員へ報告することにした。高松は変わらずパートナーだ。でも、これからは会社も4期目に入る。経営について、経営者としてしっかりと報告したい。高松がいると、つい甘えが出そうだったので、事前に原稿を作って挑んだ。上半期は、何もかもがうまくいかなかった。設立以来、最大のピンチ。しかし、MASAKO企画との連携をきっかけに、徐々に売り上げを伸ばしていった。オフィス・トヨオカとの連携でも、今まで取引が無かった地元テレビ局など、下半期に業績が上向き、最後は新規雇用ができる状況になった。結果、3期目も最終利益が過去最高となった。オフィス・トヨオカと合算すれば、グループとしては赤字だった。オフィス・トヨオカを代表して説明に同席した矢田は「翌期こそ黒字」と熱弁した。ずっと一緒に頑張ってきた矢田の熱意に「自分たちも負けてられない」と思いがつながった。
決算報告後の打ち上げは、2社合同で日を改めて開催することにした。徐々に合同で交流する機会を増やし、企業理念を浸透させ、皆が協力し合える環境をつくりたい。それでも、決算報告後、例年の流れもあり各々で打ち上げに行きたいという話があり、退社時間を早めに設定した。あさひも誘われたが、少し残業したいということを伝え、オフィスに残った。
日没後のマジックアワー。
誰もいない、淡く金色に照らされているオフィス。ふと、あの日を思い出した。吉井さんから会社を売らないかって提案を受けて、悔しくて、泣いて、待っていたんだっけ。金色の景色が終わるまで、今日も待ってみようかな。壁に掛けた時計を見ようと視線を動かした時、入口のドアが開いた。
「遅い」
「何が? 何も約束してないだろ?」
「あの日のリプレイだよ」
「あの日? なんだっけ。決算報告、うまくいった? 今、来る途中、みんなとすれ違ったよ。あさひはまだオフィスいるって」
「心配してくれてありがとう。一応、経営者らしくできたよ」
「そうか。嬉しいような、寂しいような」
「慶介」
「お、久々に下の名前で呼んでくれたね」
「イチ、タス、サンのこと、分かりやすく教えて」
「は? イチ、タス、サン、ハ、ヨンだよ。」
「talk it easy」
「え?」
「分かりやすく説明するのが得意なんでしょ」
「自分で会社名、イジるなよ。まあ、そのままだよ。イチは、共同で仕事をする相手。サンは、配偶者またはそのような関係の相手。俺はずっとそう思っているよ」
「全然、わからない」
高松は、少し考えて、ゆっくり歩みだした。あさひの前に立ち、あさひが立ち上がったところで抱きしめた。
「遅い」
「そうだな。遅すぎたな」
気付けば、マジックアワーが終わっていた。
暗くなった夜空。静けさの中で、急に大きな物音がした。
「ちょっと、飯塚さん。押さないでっていったじゃないですか!」
「矢田さん、私、押してないわよ!下がって下がって!」
「もう、お母さん無理だよー。バレてんだからー!」
オフィスに行く高松が気になり、みんなでダメとは思いつつも引き返してきていたようだ。みんなで盗み聞ぎしていたら、おしくらまんじゅう状態となり、体勢を崩して入口が開いたという展開。そこにいる誰もが、ベタすぎる展開に顔を赤らめた。
次々に盗み聞ぎした面々が謝りだす。その中には、創業メンバーはもちろん、新しく入った城山や佐野、寺尾の姿すらあった。
ほぼ「中の人」だが、外の人である高松が大きな声で謝罪した。
「いや、いや、いや、いや! むしろこちらが、すみません!!」
「高松先生も場所ー、考えましょうよー」
「そうです、そうですー」
高松の応援団のような謝罪に「みゆ・みお」コンビが野次を飛ばした。そこに飯塚が艶やかな声で囁いた。
「ときには、時と場なんて言ってられないときがあるのよ。ね、先生」
飯塚の一撃は、あさひと高松にクリティカルヒットした。このままでは、2人の関係を根掘り葉掘り追及される。あさひは慌てて号令をかけた。
「とにかく! さ、暗くなってきたし、みんな打ち上げいきましょう! さ、いくよいくよ!! ほら、高松先生も何とか言って!」
「えーっと……3期お疲れ様ってことで、奢りますよ! さぁ、行きましょう! 行きましょう!」
みんなでワイワイガヤガヤとオフィスを後にする。戸締り、消灯をしたあさひに、盟友・矢田が囁いた。
「良かったですね」
「うん!」
これからもトーク・イット・イージーと、
私の人生をよろしくね、慶介。
トーク・イット・イージー Fin.
(本文:83,345字)
