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もう何万回、唱えたかな。「父と、子と、聖霊の…」

サッカーの試合で ゴールが決まったとき、
外国人の選手が 十字の印を切って、
神さまに祈る姿を、見ることがあります。

私たちクリスチャンも、お祈りの前には
「父と子と聖霊のみ名によって アーメン」
と唱えながら、十字の印を切ります。

こんな感じで十字を切ります。
(モデル:末娘くんちゃん)


この前の日曜日は、「三位一体の主日」でした。
その、「父」と「子」と「聖霊」のお話。

ちなみに、今や中学生になった長男にっくんが
2,3歳の頃、十字を切るとき、
こんなふうにやってました(笑) ↓

身体のあちこちに手を動かして、
「ちちと こと せいれーの…」とするにっくん。
あ~、かわいかったなぁ♡


「三位一体」とは、
「父」である神さま、「子」であるイエスさま、そして「聖霊」
この3つが、一つになって、
一つの神である、というキリスト教の教え。

神さまは、唯一の神さまだけれど、
「父(全知全能の神)」と「子(イエスさま)」と「聖霊」の3つの位格として存在する、と、理解されてきました。

お祈りするときに、毎回(ほぼ無意識に😑)唱える
「父と子と聖霊のみ名によって アーメン」という言葉は、
「私は、『父と子と聖霊(三位一体)』の神さまに、お祈りします」と呼びかけるものなのだと、所属教会の神父様が教えてくれました。
(へぇ~!そうだったのか!と、40過ぎて初めて知る私…無意識に唱えるんじゃいかんな😅)

3つが一つだとか、
神さまは唯一だけど、3つだとか、
わかったような、わからないような感じで、
今までクリスチャンをやってきました🫣

そうしたら、
カトリック中央協議会のホームページに、

唯一の神に三つの位格があるという事実は「神秘」ですから、神が三位一体であるという事実を、人間が自らの理性と知識によって導き出すことはできません。

カトリック中央協議会「三位一体とはどういう意味ですか?」

と、はっきりと書いていました。
なぁんだ、わからないような気がしていたのは、
私の理解力の問題じゃなかったのか!(安心♡…していいのか!?)

ただ、3つのものそれぞれは、わかる気がする。

「父」は、いわゆるキリスト教の神さま。
「子」は、神さまが私たち人間のもとに送ってくださったイエスさま。
この2つは、クリスチャンでなくても知っていると思います。

「聖霊」は、神さまから私たちのところに、ふっと息をふきかけられるように届けられるようなもののイメージです。
今の朝ドラ「風薫る」で、ひゅう~っと吹いてくる「風」のようなもの?
目に見えないけれど、神さまが私たちを力づけたり、気づきを与えてくれたり、ちょっと助けられたり。
「虫の知らせ」ってありますが、ああいう時、私は「あ~これが聖霊ってやつなのかな」と思ったりします。(現実的すぎるか?!教義的に全然違ったらゴメンナサイ💦)

「父」である神さまは、私たちの目には見えません。
でも、人間になった「神の子」イエスさまのおかげで、当時の人達は、神さまのことを知ることができました。
神さまの想いや言葉、行いを、イエスさまを通して知ったのだと思います。

また、目に見えない神さまが、手の届かないところで私たちを見守っているのではなく、
「聖霊」を送って、私たちに呼びかけてくれています。
何か、前触れもなくハッと気づくときや、
誰かの言葉を通して、元気が出たり、迷いが晴れたりしたとき、
神さまが、聖霊を送ってくれたのかなぁと、感じたりします。

「子」であるイエスさまも、「聖霊」も、
神さまそのもの。神さまの想いそのもの。

三位一体って、そんな感じでしょうか。
(違ったらすいません。なんせ「人間の理性と知識で導き出すことができない」ものだそうなので…あくまで私の感じ方です😅)


日曜日のミサで、神父様が、

「三位一体を『存在・モノ』として考えると難しい。『関係性』として考えてみましょう」

と話されていました。

「父」と「子」と「聖霊」は、完全に愛しあっている関係で、
それは、自分を、相手に完全に与えるほどの愛。
相手に全てを与えてしまうと、自分はなくなってしまいます。
自分はなくなるけど、相手からも与えられて、3つが一つに交わり、一緒になっている状態。
完全な、「愛」の状態。
「父」である神さまは、「子」であるイエスさまを愛してすべてを与え、
イエスさまは、十字架の死という形で自分の全てを与え、神さまにささげました。

この「完全な愛」は、私たち人間には、
とうていできないもの。
どうしたって、自分中心になってしまうし、
全てを与えるなんて、難しい(ムリ…😑)。

そんな不完全な人間なのに、
神さまは、「父と子と聖霊」の愛の中に、私たち人間を、招き入れてくださるのだとか!
(そんなにも、人間を愛してくれている🥹)


その方法が、
イエスさまの十字架でした。

イエスさまは、人間としてこの世界に生まれ、
私たちを、罪から救うために十字架につけられました。

そして、復活して、
40日間弟子たちと過ごした後、
天に上げられました。

そのイエスさまは、天に昇られるとき、
私たちに、
亡くなった後に天国に迎え入れてくれる、と約束してくださいました。
「父」と「子」と「聖霊」の、完全な愛の関係性の中に、私たち人間が、入れてもらえる。
なんと!すごい約束!!


それなのに、私たちは、
つい、神さま以外のほうを向いてしまいます。
日常生活の忙しさに紛れ、
神さまを忘れ、
人より上に立とうとしたり、
お金を一番に求めたり(いや、お金ももちろん大事ですが!生活しなきゃいけませんから…でも、お金より大切なものもあることを忘れがち🥲)
人を傷つけたり、
困ってる人を、見て見ぬふりをしたり、
「自分だけ良ければいい」になってしまったり…。


「父と子と聖霊のみ名によって アーメン」
毎日のように唱える、この呼びかけ。
我が家は食事の前にお祈りをするので、
腹ペコの状態で、早くごはんが食べたくて、
猛スピードで十字を切ってしまいますが(苦笑)

せめてこれを唱える時は、
心を、ちゃんと神さまに向けよう。
「父と子と聖霊の、三位一体の神さま~!📣」と、
心を込めて呼びかけよう。
と思った、
三位一体の主日でした🍀


ちなみに、カトリックの御受難会の来住神父様も、
三位一体のことをnoteに書かれていました。
とてもわかりやすく、親しみのあるたとえをされているので、私の「間違ってたらスミマセン」のnoteよりも、ちゃんと伝わるかと思います。



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