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📚嘘つきな君がくれた、生涯で一番確かな温もり📚


こんばんは‼️ 💝柊紅葉です💝


人は、騙されたと知ったとき、

何を思うのでしょうか。


怒り、悲しみ、絶望。


けれど、もしその「嘘」の中に、

自分を救ってくれる「一瞬の真実」があったとしたら。



​この物語の主人公は、

もうすぐ40代を迎える、

恋愛経験がほぼゼロの独身男性です。



そんな彼が、

人生で初めて掴んだ幸せは、

残念ながら砂の城のようなものでした。



​しかし、城が崩れ去った後、

手の中に残った砂は、

彼にとってただのゴミだったのでしょうか?


それとも、

キラキラと光る宝石だったのでしょうか。


​「嘘と愛」の境界線。


寒空の下、

ポケットに残ったカイロのような、

微かだけれど確かな温もりを感じていただければ幸いです。


🌹柊紅葉🌹



第一章:空白の履歴書


​山下健太、三十九歳。

あと三ヶ月で四十の大台に乗る。


彼の人生における「女性交際歴」の欄は、限りなく白紙に近い。

いや、正確には一度だけある。

保育園の時、近所に住んでいたカヨコちゃんだ。

毎朝、小さくて温かい手を繋いで一緒に通園した。

健太にとってそれは立派な「お付き合い」だったが、

世間一般ではそれを「幼馴染」と呼び、恋愛カウントには入れない。

つまり、健太の女性経験はゼロだった。


「このまま一生独りなのだろうか」


四十歳という年齢の重圧が、彼を突き動かした。

週末のたびに婚活パーティーへ出向き、

ぎこちない笑顔で自己紹介を繰り返す日々。

成果が出ず、心が折れかけていたある冬の日、その出会いは訪れた。


「山下さん……ですよね? お話、すごく面白かったです」


​絵里香と名乗ったその女性は、

長い髪が似合う、清楚で控えめな美人だった。

なぜ自分のような人間に声をかけてくれたのか分からなかったが、


彼女の笑顔を見た瞬間、健太の灰色の世界に色が着いた。


​第二章:夢のような季節


​それからの三ヶ月は、健太にとって人生の絶頂だった。

週末の映画、水族館、彼女の手料理。

絵里香は聞き上手で、健太の拙い仕事の愚痴も、

「健太さんは真面目で素敵ね」と優しく肯定してくれた。


(カヨコちゃん以来だ、こんなに胸が高鳴るのは)


​初めて繋いだ大人の女性の手は、

驚くほど柔らかく、壊れ物のようだった。


「私、健太さんとなら、将来のことを考えられるかも」


その言葉に、健太は舞い上がった。

結婚。

その二文字が現実味を帯びてきた矢先のことだ。

​「実は……父の会社が倒産しそうなの」

​カフェの薄暗い照明の下、絵里香は涙を流した。

連帯保証人、借金、闇金。

不穏な単語が並ぶ。


必要な額は五百万円。


健太は迷わなかった。

二十年間、質素に暮らして貯めた定期預金があった。


「これで、君が笑顔になれるなら」


​震える手で通帳と印鑑を渡した時、

絵里香は一瞬、何か言いたげな、

痛みに耐えるような表情をした気がした。


だが、すぐに涙を拭い、「一生かけて返すから」と抱きついてきた。


その時の彼女の香水の匂いを、健太は生涯忘れないだろうと思った。


第三章:抜け殻と残り香



​翌日、絵里香とは連絡がつかなくなった。

一週間後、彼女のマンションを訪ねると、

そこは「マンスリー契約」の空室だった。


​警察署の無機質な部屋で、事務的な口調の刑事が告げた。


「典型的な結婚詐欺ですね。プロの手口です。名前も偽名でしょう」


​怒りが湧いた。


金を奪われたことへの怒りではない。


自分の純粋な想いを、

土足で踏みにじられたことへの激しい怒りだった。


「騙したのか。あの笑顔も、あの言葉も、全部……」


夜毎、酒に溺れ、

見えない彼女の幻影を罵った。

壁を殴り、拳から血が流れても、胸の痛みは消えなかった。


第四章:嘘の中にあった真実


​季節が二つ巡り、セミの声が聞こえる頃。

健太の心境に変化が訪れていた。

​通帳の残高は減ったままだ。


生活は少し苦しくなった。


それでも、ふとした瞬間に思い出すのは、

水族館の水槽の前で「綺麗ね」とはしゃぐ彼女の横顔や、

風邪を引いた時に作ってくれたお粥の味だった。



​(騙されていたとしても……あの時、俺は確かに幸せだった)



​四十年の人生で、誰かに必要とされ、

誰かを守ろうとしたあの日々。


それは幻だったかもしれないが、

その時感じた自分の鼓動だけは「本物」だった。


彼女がいなければ、自分は愛することの喜びも、

失うことの痛みも知らずに老いていっただろう。



​「……もう、いいよ」



​ある夜、健太は独り言のように呟いた。


高い授業料だったかもしれない。

でも、彼女は自分に「夢」を見せてくれた。


人生で一番輝く季節をくれた。



憎しみは、いつしか静かな感謝のような、

諦念のような感情へと溶けていった。


第五章:詐欺師の独白



​遠く離れた北の街



絵里香――本名・玲子は、

安アパートの窓辺でタバコの煙を吐き出していた。



​手元には、次のターゲットの資料がある。

金持ちで、女遊びの激しい老人だ。


いつものように騙し、奪い、消える。

その繰り返しのはずだった。

だが、ここ数ヶ月、仕事に身が入らない。

​瞼を閉じると、あの男の顔が浮かぶ。



山下健太。



不器用で、会話も下手で、

ファッションセンスも皆無な男。


カモにするには容易すぎる相手だった。


​けれど、金を渡す時、彼は言ったのだ。


『君が笑顔になれるなら、それでいい』と。


疑うことを知らない、澄み切った瞳。


他の男たちは、

金と引き換えに私の体を求めた。

あるいは、自分のプライドを満たすための装飾品として私を扱った。


でも、彼だけは違った。


彼は、私の「幸せ」だけを願って、

全財産を差し出したのだ。



「……馬鹿な人」



​玲子の頬を、一筋の雫が伝った。


騙していた時は、彼の純朴さを嘲笑っていたはずだった。


なのに、離れてから時間が経つほど、

あの不器用な優しさが、

冷え切った玲子の心を焼き尽くすように温め続けている。


彼との時間は嘘で塗り固められていた。


けれど、彼に向けられたあの真っ直ぐな愛情に触れた時、

自分の心臓が確かに跳ねたことだけは、嘘ではなかった。



「ごめんなさい……」



​誰もいない部屋で、玲子は初めて、

被害者のためではなく、失ってしまった愛のために泣いた。


二人が再び出会うことはない。


しかし、嘘から始まったその関係は、


終わった後で初めて、真実の愛へと昇華したのだった。


エピローグ:記憶の交差点​



あれから、三年が経った。


街はクリスマスのイルミネーションに彩られ、

行き交う人々は白い息を吐きながら足早に歩いている。​


四十二歳になった健太は、

仕事帰りの雑踏の中にいた。


以前のような焦りはもうない。


あの事件の後、健太は少しだけ強くなった。

人を信じることの痛みを知った分、

小さな親切や日常の平穏が愛おしく感じられるようになっていたのだ。


結婚はまだしていないが、

今の穏やかな独り暮らしも悪くないと思っている。


​信号が青に変わり、

スクランブル交差点を渡り始めたときだった。


向こう側から歩いてくる人波の中に、

見覚えのあるベージュのコートを見つけた。


​時は止まったようだった。


少し髪は短くなっていたが、間違いない。


絵里香――いや、玲子だ。


彼女はスーパーの買い物袋を提げ、

どこにでもいる主婦のような、

つつましくも柔らかな表情で歩いていた。


かつての派手さや、

どこか影のある妖艶さは消え、

地に足の着いた生活の匂いがした。


二人の距離が近づく。

三メートル、二メートル。


​ふと、玲子が顔を上げた。



視線が絡み合う。


コンマ数秒の静寂。


彼女の瞳がわずかに見開かれ、

そしてすぐに、

痛みを堪えるように細められたのが分かった。


彼女もまた、健太に気づいたのだ。



​(声をかけるべきか?)​



健太の足が一瞬止まりそうになる。


「金は返せ」と言うべきか。

「元気だったか」と聞くべきか。

だが、健太はどちらも選ばなかった。



視線をわずかに逸らし、

何事もなかったかのように歩く速度を緩めなかった。​


もしここで声をかければ、

彼女はまた「詐欺師」の顔に戻らなければならないだろう。


あるいは、罪悪感で押し潰されてしまうかもしれない。

今の彼女が、誰かを騙すことなく、

穏やかに暮らしているのなら。

あの時の五百万円が、

彼女がまっとうな世界に戻るための手切れ金になったのなら、それでいい。


(元気で。……幸せになれよ)


​健太は心の中でそう呟き、

彼女の横をすり抜けた。

ふわりと、

懐かしい香水の匂いが鼻先をかすめたが、

振り返らなかった。


​一方、玲子もまた、

すれ違った背中を感じながら、

強くバッグの持ち手を握りしめていた。


心臓が早鐘を打っている。


健太は少し白髪が増えていたが、

あの頃と変わらない、

実直で温かそうな目をしていた。


彼が自分を睨みつけることも、

罵倒することもなく、

ただの他人として通り過ぎてくれたこと。


それが、彼なりの最後の優しさだと痛いほど分かった。


あの時、彼から奪った金は、

借金の返済に消えた。


けれど、彼から受け取った「無償の愛」の記憶だけは、

汚れた世界から足を洗い、

レジ打ちのパートをして慎ましく生きる今の玲子の支えになっていた。​



(ありがとう。……あなたこそ、どうか幸せでいて)​


玲子は一度だけ立ち止まり、

振り返りそうになる首を懸命に制した。


二度と交わらない二つの人生が、

冬の交差点で一瞬だけ重なり、

そして遠ざかっていく。​


空から、粉雪が舞い降りてきた。


それは街の喧騒も、

二人の過去の過ちも、

すべてを白く優しく覆い隠していくようだった。



​【完】




​最後までお読みいただき、

ありがとうございました。


『幻の温度』、いかがでしたでしょうか。



今回は、「騙された男」と「騙した女」の間に芽生えた、

言葉にできない奇妙な絆を描きたいと思いました。


​主人公の健太は、

社会的に見れば「被害者」で、

可哀想な人かもしれません。


でも、彼はあの数ヶ月間、

間違いなく世界で一番幸せだったはずです。


そして詐欺師である玲子もまた、

彼の純粋すぎる想いに触れ、

自身の凍りついた心を溶かされてしまった。



​ラストシーンの交差点でのすれ違い。


二人は一言も交わしませんでしたが、

あそこで声をかけないことこそが、

健太なりの「愛」であり、

玲子への「許し」だったのだと思います。



二度と会わないことで完成する関係もあるのだと、

書いていて改めて感じさせられました。



​もし、どこかの街角で、

すれ違う誰かの背中が少し寂しげに見えたら。



その人にも、

他人には見えない「幻の温度」の物語があるのかもしれません。



💝柊紅葉でした💝



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