『台湾のデモクラシー』渡辺将人著 読了
<概要>
アメリカ民主党の職員だった著者がアメリカとの関係も踏まえながら、アメリカとの二重国籍の有無や複雑なアイデンティティを抱える台湾人と彼らの民主主義の様相と台湾民主主義についてレポートした著作。
<コメント>
来月12月に台湾に行くこともあり、台湾関係の著作を読み進む中で出会ったのが本書で「サントリー学芸賞」を受賞したという著作。
さて、いつも通り興味深かったエピソードと自分の感想をメモる。
▪️台湾の複雑な政治的立ち位置
台湾は国民党が逃れてきて誕生した政治体制。あえて国家と言わずに「政治体制」としたのは、日本からみれば、日本は台湾を「国家」として認めていないから。
田中角栄政権の1972年日中共同声明に至って、中国には中華人民共和国のみが国家、つまり「一つの中国」だとしたからです。その前年には国連が中国の代表権を中華民国から中華人民共和国に移したことの影響も大きかったからでしょう。
というわけで台湾は「国家」ではなく「地域」というわけですが、仮に「国家」としてみた場合、台湾はその成り立ちや構造からして非常に複雑な成り立ち。
国家体制としては、1912年に大陸に誕生した国家「中華民国」にもかかわらず、戦後の中国共産党との内戦でその中華民国を単独で支配していた国民党政府が敗退し、台湾に逃れて暫定的に成り立っているのが台湾の政治体制のその発端。
つまり建前としては今の台湾政府は、中華民国の台湾省にある暫定政府。
なので本来的には南京を首都とする中華民国のはずですが、中国大陸が中国共産党に占領されてしまっているので、一時的に台北市に政府機関を置いている、というに過ぎない政権。
一方で、そもそも日本が負けてサンフランシスコ講和条約で日本が正式に台湾を放棄して、台湾の引き渡し先は不明朗だったことをもって「台湾はそもそも中華民国のものでも中華人民共和国のものでもない」という「台湾地位未定論」という考え方もあったらしい(ハロルド・ラスウェル&許慶雄)。
さらにややこしいのは、一党独裁で台湾のみを支配していた国民党政権が、民主化による総統選挙で2000年に民進党に負けてしまうのです(陳水扁総統の誕生)。
民進党政権は、主に台湾に古くから住んでいた中国人(=本省人)や先住民族が支持する政党だったので、1949年に台湾に逃れてきた国民党の人々(=外省人)の立ち位置とはまったく異なる意見の人も多く「台湾は中国とは別物」ということで、根本的にそのスタンスが国民党や中華人民共和国と違うのです。
つまり「一つの中国」原則を採用していないんですね。
私が、ボランティアなどで出会った中国系の方と話すと、大陸の中国人も、台湾人も、台湾に住む人は皆、実質「台湾人」だという認識の人がほとんどでした。
タテマエ上の区分はともかく、すでに台湾が1949年に国民党に占領されて以降、80年近く経過する状況下、台湾人は中国人だと思っている人は庶民レベルでは少ないように感じます。
台湾国立政治大学選挙研究センターは、1992年から自分は「台湾人」か「中国人」か「両方か」を問う意識調査を行なっている。1994年をピークに「中国人」という回答は減り続け、代わって「台湾人」との回答は右肩上がりとなり、2009年以降過半数を超えている。
これは「中国人」の概念が大きく変容してきたことも要因だと著者は指摘。かつて中国人は「中華民国人」という概念だったのですが、今は中国人は「中華人民共和国人」だという認識に変わりつつある、ということです。
この件は政治的に微妙な問題ではあるものの、来月台湾にいったら何気に「あなたは何人か」聞いてみようかと思います。

▪️台湾とアメリカとの深い関係
台湾の民主主義には実はアメリカの存在が大きく影響しています。なぜならアメリカには数万人規模の台湾系移民がいるから。しかもこの台湾系移民は台湾とアメリカとの二重国籍を保持しているというのです。
なので、民主化後の選挙への投票権が彼らにはあるのです。
特に多いのはニューヨーク市クイーンズのフラッシング地区。ここにはリトル台北があり、台湾系アメリカ人の一台拠点となっている。この拠点の近くにはニューヨークメッツの本拠地「シティ・フィールド球場」があるので、台湾人の多くはメッツのファンだとか。
なので下の写真のように頼清徳総統も蕭美琴副総統もメッツファンを装う。

台湾系といっても、出身地が大陸の各地方の外省人もいれば、本省人もいるわけで、外省人であれば「チャイニーズ」だとして中国人としてのアイデンティティ、本性人であれば「タイワニーズ」だとして台湾人としてのアイデンティティを保持する、と言われていますが、前述の通り、最近は「タイワニーズ」のアイデンティティが強くなっているかもしれません。
そんな中国系アメリカ人も、今のボストン市長は民主党台湾系のミシェル・ウーだし、2020年の民主党の大統領予備選で名前が上がったアンドリュー・ヤンも台湾系。
中国系アメリカ人としては、従来から主流の広東・香港系に対抗して台湾系も相当に大きな力を持っている状況。
とはいえアメリカ人の中国認識は浅く、台湾と中国の区別もほとんど理解していない状態らしい。アンドリュー・ヤンの母親ナンシー・ヤン曰く
多くのアメリカ人が中国と台湾の区別もついておらず、コロナ禍でアメリカ人の反中感情が高まったことでアンドリューは割りを食った。
▪️台湾とキリスト教の関係
個人的にキリスト教勉強中の身としては、台湾とキリスト教の関係も興味深い内容でした。キリスト教は、アメリカを台湾に振り向かせる大きな役割を果たしていたと言います。
前に紹介した蒋介石も、夫人の宋美齢が敬虔なキリスト教徒だったこともあって本人も仏教徒からキリスト教徒に改宗。
この改宗がアメリカの支持を取り付けてアメリカが日本を仮想敵国とするのに大きな役割を果たした、といわれています。ちなみに二人とも宗派はイギリスを発祥とするプロテスタントの宗派メソジスト派(詳細は以下)。
現在の副総統「蕭美琴」は、前職が台湾の駐米代表で長老派のキリスト教徒。
日本の神戸生まれで育ちは台南。中学卒業後一旦は家族でアメリカ移住し、大学時代に台湾民主化への思いを強くし、在外台湾人として台湾民主化に向けた政治活動に没入。父が台湾人で母がアメリカ人のハーフ。彼女自身も二重国籍でしたが2002年にアメリカ国籍離脱。
蕭美琴の父親は長老派の牧師でアメリカ人の母親も長老派だというその影響で蕭自身も敬虔な長老派のキリスト教徒になったということか。
蕭美琴が駐米代表としてアメリカ社会に浸透できた、隠れた武器の一つはキリスト教徒だったと語るアメリカ人は少なくない。
長老派ということはトランプ大統領と同じ宗派で、スコットランド系のアメリカ人に多い宗派。カルヴァン派→改革派系統で、アメリカ人が信仰する宗派の中でも主流の宗派。熱心に聖書を勉強する宗派ですね(詳細は以下参照)。
蔡英文総統時代に、駐米代表だった蕭美琴は、長老派のコネクションをフル活用してアメリカの台湾への関与強化に成功。
アメリカから「台湾独立」を疑われていた民進党の頼総統は、アメリカを安心させるために駐米代表だった蕭の対米パイプを喉から手が出るほど欲しがり、三顧の礼で蕭美琴をワシントンから台北に引き戻したと言います。
対米関係以外でも、長老派は台湾の民主化に大きな役割を果たす。1979年に起きた台湾の民主化デモ「美麗島事件」では民主化を主導した多くの長老派の牧師が逮捕。その後の台湾民主化にお大きな影響を与えたらしい。
この経緯もあって、台湾デモクラシーを象徴する民進党と長老派の繋がりは非常に大きいのです。
▪️世界最高峰の民主主義を体現した「台湾デモクラシー」
台湾といえば、民主主義度数がトップクラス(世界10位でアジアトップ)。
このランキングは、ジャーナリズムが成熟するほど国内政治状況に辛辣になるので民主主義指数が下がる、などの問題はあるものの、台湾の民主主義へ肯定的な見方は国際的コンセンサスになっていると言います。
台湾の民主主義指数が高い大きな要因は、第一に政権交代可能な政党が2つあること。蒋介石の息子蒋経国は第三代総統でしたが、民主化を主体的に主導したわけではなく、その後の第四代相総統李登輝が主体的に推進。
つまりクーデターや暴力革命によって民主化が達成できたわけではなく、一党独裁だった国民党の内部改革による民主化というのが特徴的。
さらに台湾人気質の特徴として強い主権者意識があるということ。これは大陸では民主化が成功せず(天安門事件など)、台湾では民主化が成功した、という自負も大きいのでは、と思います。
その自負が台湾人自身に民主主義の内面化につながり、未だ民主化ができない大陸を尻目に、台湾人のアイデンティティとして確立されたからでしょう。
そしてここでもやはりアメリカの影響が大きい。巨大な中共支配の中国と対決するためには、アメリカに頼るしかありません。
そして反共政策だけでは共和党は支持してくれるものの、民主党には響かない。民主化を実現し、それを体現することでアメリカの特に民主党支持者からの支援も可能にしたのです。
2022年に台湾訪問した民主党のペロシ下院議員議長は決して反中でも親台でもなく、あくまで反人権弾圧・反独裁で、彼女にとって天安門事件も台湾の国民党による白色テロも同列の罪だった。
つまり台湾において国民党独裁時代が続いていれば、アメリカの半分の人たち(民主党支持者)の支援は受けられなかったというわけです。
このように台湾のデモクラシーは、彼らの誇るべきアイデンティティであり、強大な中国と対抗するための不可欠な根本政策でもあるのです。
