駅そばのカフェで何かしらノートPCに向かう方々はいったいどんな作業をされているのだろう
はじめに
ここはターミナル駅近くとはいってもどこか地方のゆったり感を残した場所。駅まわりをいったん更地にして何もかもが新しくなった。スーパー、しゃれた菓子店、学習塾、コンビニ、そしてチェーン店の外国資本のカフェ。こうして既視感のある街角に変わった。
なかでも四半世紀前にはほとんど見なかったカフェの存在。馴染み深い「喫茶店」とは違うどこか敷居の高さを感じてしまうエリア。
きょうはそんな話。
ようやく
都会に出るとやむなく歩く。あきらかに地方よりも足繁く歩く。しかもみなさん早足で健脚だなと思ってしまう。当然だがついていけず、疲れてまわりを見渡すがなかなか手軽に腰かけられる場所を探すのは難しい。そんなとき、ガラス張りのむこうに止まり木のように腰かけていらっしゃる方々をお見受けする。
カフェはそんな形態の店が多く、否応なく目に入る。これも宣伝の一種か。いわば店の広告をそんなかたちで担っていただく、ドリンク等がつく有料のベンチ。
わたしの住処のそばにも遅ればせながらそんなカフェが数年前に登場した。20年前、この地方都市の駅の小さく薄暗い待合で、お年寄りたちの方言がこだましていた。そんな方々はどこへ追いやられてしまったのか、そういえばほとんど目にしなくなった。駅にはせわしなく人が出入りする。同時に街の周囲も小綺麗になると、ここを出入りする方々に違いが生じるものだろうか。
カフェですること
その無言の「宣伝」に引き寄せられて、各自止まり木のごとく腰掛ける。そこで何をやっているのかほんのすこし気になる。というのもわたしはふだんノートPCを持ち歩く。ただし開くのは職場のデスクの上。そこ以外では以前はしっかりやっていた主業の学習サポートの出先の拠点となる各教室で専ら使いしごとをこなす。
あと外出先ではかろうじて新幹線の7号車にあるS Workシートを利用。ここは事前にEX予約で、通常の普通車指定席料金で利用可能。ここでは取り決めでふだんどおり気兼ねなくノートPCの操作や小声でならば打ち合わせなどができる。
なるほど、この駅前のカフェはコワーキングスペースの一種といえそう。ノートPC作業を可能と銘打っている店舗ならば、訪れるお客さんも承知の事項なのかと気づいた。いままで喫茶店の一形態ぐらいに捉えていたが、わたしの認識がずれていたらしい。このあたりが認識できていなかった。もちろんもともとPC作業禁止のカフェもあるだろうし、1杯のコーヒー程度ならばマナーとして長居ができない。そのあたりは店に尋ねたほうがよさそう。
有料ベンチ
ところでわたしの場合、ほしくなるのは街なかでほっとできて休憩できるベンチかスペース。人に酔いがちなわたしはそれを必要とする。どこか人の洪水のなかに息を継げるタイミングがほしくなる。
いくつかの系列のカフェはそれでも躊躇してしまう。まるでシステムがわからない。おそらく利用しさえすれば何ということはないのだろうが、それでもなんとなく腰が引けてしまい、もっと入りやすいところはないかと見渡してしまう。
どうもわたしより年齢はずっと下の息子でもそうらしい。大阪のオフィス街で周囲に昼食を軽くとれる所が見当たらず、ようやくカフェが見つかった。やむなく意を決して入口に足が向かいかけたが、「やっぱり無理」と息子のほうがわたしを引き止める始末。わたしひとりだったらしかたなく入っていたかもしれないが。
おわりに
じつはこの「敷居が高い」と感じがちな系列のカフェが、ようやく日本にちらほら店を出した段階で、アルバイトをした学生の卒論を担当したことがあった。この学生の話によると、店の敷居を高く感じられないようにむしろフランクにお客さんに接するように心がけたとのこと。店側もそれに気を使っていたらしい。従業員同士でもそのほうがいいよねと話していたとのこと。海外旅行でその店の1号店に訪れ、そこもそんな感じだったという。そんな裏話をわたしはそうなのかと聞いてはいたのだが。
一方、コワーキングスペースならばふつうに利用中。そういえばほとんど中のようすは、わたしと息子が尻込みした系列のカフェと何ら変わらない。一方には難なく入れて、もう一方は無理というのもおかしな話。
今は同じカフェでも、郊外型の庶民的なタイプの系列のカフェは大いに利用している。そろそろわたしひとりならば、ノートPCではなく小脇に本でも抱えて、わが街の「敷居が高い」と感じてきたカフェへのデビューを近々果たすかもしれない。
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