サポートしている生徒の出来ぐあいに応じて教材をつくる・えらぶ作業は苦にならない
はじめに
さまざまな児童・生徒・学生の学習を支援してきた。じつにいろんな発達段階にあり理解度もさまざま。ときに応じてその日のようすを見つつ、こちらで予習で準備したものを急遽とりやめ、手もとにあるべつの適したものを臨機応変にみつけて呈示する。それだけストックを空き時間で用意してそれに備えた。どれもやりがいのあるしごと。
きょうはそんな話。
じつにさまざま
学習サポートにはまなびの困りごとを抱えた生徒たちがきょうも訪れる。その多くを早い段階で解消すべく、やりとりしつつ対策を打っていく。それで一旦はひと安心の顔つきになる。だがあらたな課題が露呈するのがふつう。
学習で困りごとを抱えて訪れるということは、じつはほかにもいろいろと抱え込んでいるのがふつう。通いはじめてしばらくのあいだにいくつかぽろぽろと出てくるもの。それはいたしかたない。
それにおうじて
たいてい、困りがちなところは共通しがち。こちらですきま時間にその対策のためのオリジナルの教材を作る。それをストックしてファイルしておく。たいていべつの困りごとを抱えたべつの生徒へ適用できる。たとえば高校ならば数学の三角比や三角関数のあたりだろうか。
そこは高校数学の胸突き八丁のところといえるし、わたしも高校当時は難渋した。その経験の「おかげ」でそれを確実に解ける単位円の考えをわかりやすく表現したものを独自に準備。「数学はクラスでいつも居残りで…」という生徒に使ってみたら、何とクラスの教え役に抜擢されたほど理解が進んだ。以来、その生徒は「クラスメイトに教えたよ」と話すほど数学に自信が持てたようで残りの単元はわりとするするとクリアできていった。
きっかけ
数学はとくに積み重ねの教科。わかりにくい個所から決壊して追いつけなくなりがち。そのまま泥沼に。わたしは見事にその底なし沼から足が抜けずもがいた。そこからなんとか這い出してようやくはまった沼のようすをふり返れたのは働きはじめた頃といっていい。その経験は、沼から手を差し伸べてもらえると難なく抜け出せるという今のしごとへつながった。
独学で抜け出すのは容易ではなかった。
それだけに学びで困っているヒトを見ると放っておけない。手をさしのべサポートしたくなる。沼はそこだけでない。案内役、サポート役こそわたしのやるべきことだし、それに従事するあいだはまったく苦にならない。転職して自営でこのしごとに就いた。
教わりに来る
じつはわたしはそろばん以外にこうした学習支援の場や学習塾に通ったことがない。それでもみずからの理想の形のサポートの場にしようと開業。試行錯誤しつつようやく理想的なかたちへとおちついた。
それだけにこんな場ですよとの案内を提供したいが、世間にはそのようすがなかなかつたわるものでない。きっとイメージが湧きにくいのかも。興味を持たれた方には、従来のいわゆる学習塾の「修練の場」とは一線を画しているとお伝えする。
おわりに
サポートしている生徒の出来ぐあいに応じて教材をつくり・えらぶ作業、そしていっしょにまなぶ時間はあっという間。もちろん予定時間どおりに終えてお迎えに来られる保護者のもとへと送り出す。その時間感覚はおのずと身についた。
学校やご家庭がすこしでもいごこちのいい場所になるように、あるいは将来にむけてすこしでも選択のチャンスがおとずれるようにさまざまな機会をつうじて、それをつねに意識しつついっしょにまなぶ。
こちらの記事もどうぞ
広告
