見出し画像

ビットコインの価格がちょうど1年前の水準になったのは


はじめに


 なにごとも長いあいだ観察するといろいろと興味深い。いくつかの経済指標をときどき目にする。社会のようすを知るうえでも好適。ちょうどいまならばビットコインの価格。国内の取引所のひとつにそんな数値の動きをたまに見に行く。なるべく株価、為替、長期金利とともにそれとなく市況を把握する。

たまたま目にした結果、気づくことがある。

きょうはそんな話。

株価について


 世界の株価の変動のようす。たしかに昨今の種々の状況下にあって予断を許さない。原油の供給面での先行きがはっきりせず、株価に与える状況が流動的。と同時に円安もじわりじわりと進む。同時にほんの4年前は115円ほどだったなとふと思う。対ドルで3割近く、対ユーロで3割余り円の価値が変化したわけ。なにもせずにいるとわずかな手持ちは目減りしている。

もはや世界の複雑なうごきを俯瞰してそれらの値動きを把握するのはなかなかむずかしい。ましてやそんなさなかにわずかな資産をどう運用するかはなおさら。

ここ30年


 そんなわずかばかりの蓄えの一部をどうすればインフレに耐えられる状態にできるか。殖やせずとも目減り分をどうにかして避けたい。年に7~8%ずつ増やしていかねばそれに打ち勝てない。もはやそれに尽きる。

この30年ほどをふりかえると、みずからやってきたことはおそらくとんとんぐらい。このクニの状況と何ら変わりない。相対的に殖やすまでには行ってない、目減りさえ防げればよい。だがエネルギーをそこに注ぎ込んでまで運用しようともしていない。

結局のところ


 基本的にときどきに応じていくつかに分散。それで差引勘定が減るほうに向かわなければいい。インフレを上回りさえすればいい。大きな損をする一方で、たまにごく少額だけついたらあっけなくやめてしまう。利確しないともうそんな機会はめったに訪れないと悲観気味に行動する。

そんな弱気だからなかなか殖やせないのは重々承知している。思いきりがないのは自覚しているから年に何パーセント増やそうなどと意気込むことはまずない。10年に1度あるかないかの機会ですら、手をこまねいているうちに目のまえを通り過ぎていき、みすみすチャンスを失っている。ここ10年ほどは繰越控除ばかり。殖やせない状態をいくたびかくりかえしている。

ビットコインは


 たまたまビットコインをはじめとする暗号資産の価格の変動のようすを週足で見た。その「観察」は10年近くになるが、このスケールで見るのは久しぶり。ふと気づいたことがあった。ちょうど本年4月の第3週に、昨年4月の価格を超えた。今年2月末に底値からじわじわ上昇に転じ、ようやくこの4月に1年前の価格に。昨年は4月から9月末の半年間上昇をつづけた。ことしはどうだろう。

ここ数年のあいだ、年初から年度末にかけては低めの価格、夏に向けてうごく傾向。う~ん、どうだろう。あてにならない。

どんな思惑で価格が変動するのか。株価以上にさまざま複雑な要因がからんでいそう。それぞれ暗号資産絡みの情報を主とし、その他の要因を従とする感覚だろうか。それともわたしが知りえていないもっと複雑な要因が絡むのか。暗号資産絡みの新要素や量子コンピュータの開発動向にも目を向けておかないと価格に影響しそうだし。

おわりに


 社会全般にひろく視野を広げる意味でうってつけの指標ではないか。なるべくさまざまな「数字」のうごきをこれからも把握しておきたい。それが世のなかを知るうえでやはり手がかりのひとつだと思うから。


こちらの記事もどうぞ


広告


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集

この記事は noteマネー にピックアップされました

noteマネーのバナー