見出し画像

夕方のほうが明け方よりもすこしずつ日が長くなっていくようすがわかる気がする


はじめに


 昨年末の冬至からまだそれほど日は経っていない。それにもかかわらず夕刻の時間と明るさのずれをすこしずつ感じる。おそらくわずかずつだが太陽のしずむ時刻は遅くなり日が長くなっているのだろう。まだ西の山際の日没の位置にさほどの違いはわからないが。

きょうはそんな話。

天体の運行


 地球は自転しながら1年かけて太陽のまわりを公転する。地軸の傾きが原因で1年のあいだで日の長さが季節ごとに異なる。このしくみは小学校と中学校の宇宙の単元でまなぶ。しかし中3の受験間際であり、入試対策にすかさず移ることもあり大部分のヒトにとり、この単元の印象は残りにくいかもしれない。

地球の動きは実生活においてじつはけっこう身近な存在。わがクニにおいては人工衛星による宇宙からの観測により日ごろの天気情報について、はかり知れないほどの恩恵を受けている。地震に関しても学校でまなぶのはごく短期間。生活するうえで重要にもかかわらずあっさり終わってしまう。一般に津波や洪水などについてはなおさら学校で学ぶ機会はほぼない。

日長に関して


 日の長さが1年のあいだで変わることはだれもが知っている。しかしそれを意識しつつ生活するヒトビトはどれほどいるだろう。現代の生活はこれ以上ないほど人工的な環境に覆われる。年間をつうじて室内において寒暑をさほど感じずに快適にすごせるようになった。その感覚で外界のようすにどれほどの興味を示すものなのか。

科学や理科への興味・関心はヒトそれぞれ。月日の経過にともない室内に射す日光の向きにどれほど敏感に気づくだろうか。たとえば直射日光にあたりつづけるとプラスチック製品は日をおかずして劣化していく。季節ごとに覆いをかけるか、陽のあたる場所から移動させるとよさそう。

太陽が低い


 たしかにこの12月と1月はいつものおなじ場所から外を見上げると太陽の南中の位置がとても低い。夏の天頂に近いのではないかと思えるほど高いところからの陽射しとくらべて、これならばあっさりと西に向かって一気に沈んでいきそう。

温まりきらないうちに陽がまたたく間に沈んでしまう。それで夜明けまえに地面は冷え切ってしまう。逆に夏の日光はいつまでも遅い時間までぎらぎらと居残る。そのせいで部屋の温度は夜半過ぎでも下がらないまま。

独楽のように

 傾いたまま独楽のようにくるくる自転する地球。さらなる公転の年間のようすを思い浮かべる。銀河系の中心からわりとはなれた位置にある太陽系。気の遠くなるような時間をかけて、ものすごい速度で銀河系をまわっている。わたしが生まれて数十年。高速なはずの運動なのに銀河系があまりに大きいためにそのスケールでみるとほんのわずかな動きにすぎない。

地球の自転・公転とともにそんな銀河系のうごきもくわえると、ある固定した視点から観察した地球の動きはじつに複雑。まるで舞踊会でペアが腕を組みワルツの曲にのり、広い会場を颯爽とくるくると舞うかのよう。

おわりに


 そんな空想をふとしていると室内の陽がみるみるうちに移動。冬の日はみじかいが、季節は確実にすすんでいく。地球の南半球を大きくくまなく照らしつづけてきた太陽。すこしずつ赤道方面を天頂から照らす位置へと向きを変えつつある。


こちらの記事もどうぞ


広告


いいなと思ったら応援しよう!