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イスラエルの神は信仰対象としての「神」ではなく「理」である|理性の極点ヤハウェ|令和の竹取物語#8

日本の信仰文化の根幹に関わる謎を秘めた神社、伊雑宮いざわのみや。私は六芒星の謎を探究する過程で、伊雑宮のルーツは古代イスラエルに関係している可能性が高いという事に気付きました。これは神という概念の起源や精神世界の探究が主体であり、考古資料や文献を調べるだけでは決して見つからない埋もれた人類史

その精神の地中から情報を掘り起こし言語化する試みを、令和の竹取物語と題してnoteに書き記しています。今回は、話の核心となるイスラエルの神の正体に迫ります。

出エジプト記

旧約聖書に記されている出エジプト記。モーセがエジプトで奴隷となっていたヘブライ人を引き連れて約束の地カナンを目指し、海を真っ二つに割って追手から逃れたとされる伝承です。

当然ながら歴史学的にはこの話はフィクションとされています。ヘブライ人がエジプト社会の最下層で苦役に従事し、事実上の奴隷状態になっていた事は事実だとしても、数十万人以上もの人々を率いてエジプトを脱出したり、ましてや“海を割る”などはあり得ないと。

おそらくこの物語を生み出した人も、事実と考える人はいないだろうという前提で書いたと私は思います。この物語は、神話の多くがそうであるように、人類にとって重要な示唆を後世に伝え残すために編み出された象徴です。

令和の竹取物語#4で、モーセの海割りの象徴性について少しだけ触れました。

モーセの海割り神話において“海”は混沌の象徴です。それを割るのは、理(ことわり)によって秩序を構築することを象徴しています。分析や分類という言葉に「分」という文字が入っている理由を考えてみれば明らかなように、意味・論理・言葉・法を作り出すのは分ける行為です。

具体的には、古代ヘブライ人の目から見て、エジプト人やカナン人の信仰が迷信化し災いの種となっていた混沌状態から、理性によって神の概念を定義し、新たな秩序体系を生み出したことを「海を割る」と表現しているんですね。

令和の竹取物語#4

この点を改めて整理・深掘りしていきましょう。

ヘブライ人とは、カナン人を主なルーツとしつつ、遊牧・半遊牧的な周縁集団を取り込みながら形成された人々です。その意味では、カナン人が直接の先祖であるフェニキア人とも近縁ですね。セム語系の言葉を話す人々という括りでこれらの人々を総称して西アジア系セム人と呼ぶこともあります。

前回の記事では、カナン人はバアルなどの神に生きた人間を生贄として捧げる風習があったこと、そして紀元前1300〜1200年頃、海の民の襲撃によってカナン人の都市国家は壊滅的な被害を被り大混乱に陥ったことなどを書きました。

ヘブライ人は、主に二つのグループに分かれてカナンから他の土地へ移住していきました。一方はエジプト方面へ逃れていったグループ。彼らがのちにファラオの元で事実上の奴隷として従事する事になるエジプト系ヘブライ人です。

もう一方のグループは、カナン中央山地と呼ばれる高所へ移り住みました。現在のヨルダン西岸に背骨のように走る山岳地帯です。

この山地に移り住んだ人々がのちにイスラエルと呼ばれるようになります。この山地のヘブライ人社会(イスラエル社会)が記録として歴史に初めて登場するのが、紀元前1208年頃にエジプトで作られたメルエンプタハ碑文です。この碑文にイスラエルという名が刻まれています。

この時代にはまだイスラエル人の王国はなく、山地に散らばって住む人々を指す言葉でした。ですので「イスラエルの民」などと呼ばれるわけですね。

このような歴史的背景を踏まえた上で、改めて出エジプト記の象徴性を考えてみます。

カナン人社会とエジプト人社会の構造的な違い

エジプトでも、第一王朝の時代にはカナン人と同じく生贄の儀式を行っていました。しかし第二王朝以降はこの慣行が縮小していったと見られます。カナン人社会が長期にわたって生贄の儀式を続けたのとは対照的です。

私の主観ですが、この違いを生んだ最大の要因は、民族全体の意識として女性性優位か男性性優位かの違いにあったのかもしれません。

女性性優位であったカナン人の社会は、小規模な都市国家が共存する、分権的で流動的な水平意識の社会構造でした。それぞれの都市国家に王はいましたが、位置付けとしては「族長」に近く、絶対的な権力者ではありませんでした。戦に負けたり不作が続くなどして王が神に守られていないとカナン人が判断すれば、その王を見限り別の王が立てられることもありました。

カナン人の神は物言わぬ偶像神です。偶像神はもちろん言葉を話せません。話が通じない神に対しては王も誰もNOと言えないために、カナン人の“神との契約”は半永久的に有効で、生贄の儀式が続けられたのもこの社会構造に要因がありそうです。

それに対し、エジプト人は比較的男性性優位で、垂直意識。エジプトの王ファラオは、ピラミッドに象徴される中央集権型の階層社会の頂点に立つ絶対的な存在であり、神の声の代理人です。ファラオは人間なので、カナンの偶像神とは違って話ができます。ファラオが一言「生贄の儀式は廃止する」と言えばそれで終わるのです。

マアトと呼ばれる国家の秩序を維持するのがファラオの役割で、生贄として人を殺すことは労働力としての国の財産を損なう非合理な行為となり、この社会構造であれば生贄が廃止されるのは必然です。

また、カナン人社会には絶対的な権力者が存在していなかったため、人々は精神的に自由ではあるが、同時に自分の身は自分で守らなければならない弱肉強食の社会でもありました。

エジプトの中央集権国家は、基本的に全てを中央が管理していたため、人々はファラオに逆らわない限り、生活の安定は保証されていました。その反面、中央集権国家には社会の下層の人々からの搾取という、カナン人社会にはない負の一面がありました。

エジプトの農民も農閑期にはピラミッドなどの巨大建設事業に駆り出されてはいましたが、彼らには「食料の配給」や「死後の保証」という明確なリターンがありました。生活の保証はあくまでエジプト人にとっての話であって、他所からやってきた異民族であるヘブライ人などはエジプト社会の互助システムの枠外に置かれ、使い捨ての駒として搾取されていました。

ピラミッド型の組織は、その組織内部の人々の意識とは無関係に、ピラミッド構造を維持すること自体が目的化します。人々の豊かさのために在るはずの国という構造が、やがて国を守るために自国民を犠牲にし始める。この矛盾がいつの世にも普遍的に見られます。

現代において「国」を「会社」に置き換えても同じです。もしも国や会社が豊かなら、それは彼らの目に見えないところで発展途上国や自然が搾取の対象になっているだけ。誰かが好き好んでそうするわけでなく、構造そのものがそうさせるのです。遅かれ早かれ必ずそうなる法則性があります。

エジプトの官僚は、異民族からの搾取だけでは官僚構造が維持できなくなると、やがて自民族であるエジプト人からも搾取するようになりました。その歴史はエジプトの記録に実際に残されています。結果、王朝は滅亡、そしてまた新たな王朝が生まれる。この繰り返しがエジプト王朝の歴史です。

人身供犠に象徴されるカナン人社会が直接的に命を奪うのに対し、エジプト人社会は搾取という形で人の生命力を吸い取る。カナンでは偶像信仰に抗えず、エジプトではピラミッド構造に抗えない。ヘブライ人は、この両方の苦難を身をもって経験したのです。

彼らがエジプトを出て約束の地カナンを目指す出エジプト記は、“苦難からの解脱”を象徴的に描いた物語と言えます。

ヘブライ人の苦悩が生んだヤハウェ

エフライムよ、わたしはお前をどうしたらよいのか。ユダよ、お前をどうしたらよいのか。お前たちの愛は朝の霧。すぐに消えうせる露のようだ。

それゆえ、わたしは彼らを預言者たちによって切り倒し、わたしの口の言葉をもって滅ぼす。わたしの行う裁きは光のように現れる。

わたしが喜ぶのは愛であって生贄ではなく、神を知ることであって焼き尽くす献げ物ではない。

ホセア書 6章 4-6

霊的な感覚、いわゆる第三の目は、苦悩によって磨かれ、研ぎ澄まされます。ヘブライ人はエジプトで奴隷という立場に置かれていたからこそ、エジプトの上級支配者層が見失っていった太古のエジプト神学の真髄を第三の目で見た──。

エジプト神学の中心にあるのはマアトです。この言葉は一般的には「真理・正義・秩序」と訳されますが、その本質は言葉や文字では表せないほど深く「宇宙のあるべき状態」「万物を貫く調和の原理」といった意味があります。

他者から知識として伝えられるものではなく、内発的な気付き(悟り)でのみ知ることのできるもの。ヘブライ人の覚者は、マアトの本質を自ら悟り、カナン人の精神性と合わせたハイブリッド型の概念を新たに生み出しました。

これがのちにヤハウェとなる概念の原型です。この覚者が実際にモーセという名だったかはわかりませんが、モーセのモデルになった人物は実在したはずなので、この覚者のことをひとまずモーセと呼ぶことにします。

ここから先は聖書にも書かれていない領域であり、私自身の直観によってモーセの思考を再現したものになります。

万物を貫くマアトは、今の言葉でいうワンネス意識に通じるものがあります。人間には知覚することのできない道を通じ、時間や空間を超えてひとつに繋がっている全宇宙そのもの。

人は全宇宙そのものが「在る」ことだけは知覚できますが、その何かを名で呼ぶ事はできません。なぜなら、名付けという行為は「それ」と「それ以外」の境界線を定義することだからです。その「在る」ものを神と呼ぶ時、その神と、その神以外のものとの間に意識上の境界線を引いたことになります。

神とそれ以外に分けてしまったならば、それは最初に呼ぼうとしていた全宇宙ではないことになります。よって「名で呼べない」んですね。

前回記事で書いたように、原カナン人は神に名を付け、そのことによって偶像崇拝という信仰文化が生まれ、さらにそれが生贄の儀式モレクへと繋がりました。

信仰心に取り憑かれた人々が自ら覚醒しない限り、生贄の儀式そのものをやめさせようといくら圧力をかけても解決しません。モーセはこの「全宇宙は名で呼べない」という考え方を土台とした統一解釈を広めることによって、人々の覚醒を即し、カナンの秩序体系をより良い形にできると考えました。

モーセの十戒にみだりに神の名を呼んではならないという戒めがあります。ユダヤ教の伝統的解釈としては「神の名を軽々しく使うな」という文脈で理解されていますが、モーセの真意は、論理的に考えて全宇宙そのものである何かを名で呼ぶことはできないことを指摘するものであったはずです。つまりこれは、戒めではなくことわりです。

水平意識の民族であるカナン人社会の大きな利点は、エジプトのような搾取を前提にした縦の支配構造ではなく、自律分散型の平等な社会。もしそのカナン人がバアル信仰に代わる、この新たな秩序に目覚めれば、マアトの理想にもっとも近い社会が実現できる…その社会こそ、人類全体の幸福な未来を切り開く希望である──。

モーセはそんな思いを胸に、一部のヘブライ人と共にエジプトを脱出し、山岳地帯に住む同族と合流するため、カナンへ向かったのでしょうね。カナンが聖書の中で「約束の地」と称される理由はこのあたりにあると思います。

しかし、彼らにはまだ難題が残っていました。「名で呼べない何か」「言葉で伝えられない概念」をどうやって他者に伝えるのか?という問題です。モーセの思いを継ぐヘブライ人の賢者たちもこの問題に四苦八苦していたことが、ヤハウェに関係する様々な記録から窺い知れます。

この難題は預言者イザヤに託され、さらに伊雑宮へと繋がっていくのです。続きます。

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