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主体性を育てる。人は、見える世界の中でしか選べない。

「もっと主体的に動いてほしい」と言われても、動けない人がいる。

本人も、分かっていないわけではない。

このままではよくない。
変わった方がいい。
相談した方がいい。

挑戦した方がいい。
今の働き方を見直した方がいい。

頭では分かっている。

でも、動けない。

それは、根性がないからだけではないかもしれない。
覚悟が足りないからだけでもないかもしれない。

本人の目の前に、選択肢がまだ見えていないのかもしれない。

相談することが、弱さに見えている。
挑戦することが、失敗の入口に見えている。
休むことが、脱落に見えている。

助けを求めることが、迷惑に見えている。
変わることが、今の自分を否定することに見えている。

そう見えている世界の中では、人はなかなか選べない。

人は、自由に選んでいるようで、実は見えている世界の中からしか選べない。

これは、少し怖い話である。

やる気がないから動かない。
主体性がないから選ばない。

覚悟がないから決められない。
能力が低いから変われない。

そう見える場面は、たしかにある。

でも、本当にそうなのだろうか。

もしかすると、その人は選んでいないのではない。
選択肢が見えていないのかもしれない。

行動していないのではない。
行動が自然に立ち上がる地形の上にいないのかもしれない。

考えていないのではない。
問いの置き方を、まだ持っていないのかもしれない。

私は最近、ここがとても大事だと思っている。

人は、見える世界の中でしか選べない。

だから、人生を変えるとは、根性を入れ替えることではない。
見える世界を変えることである。



人を変える前に、見え方を変える

人事やマネジメントは、すぐに人を変えようとする。

もっと主体的に動いてほしい。
もっと考えてほしい。
もっと相談してほしい。
もっと責任を持ってほしい。
もっと成長してほしい。

言いたいことは分かる。

でも、人は命令されただけでは変わらない。
正論を浴びただけでも変わらない。
研修を受けただけでも変わらない。
制度を読んだだけでも変わらない。

なぜなら、人の行動は、その人が見えている世界から生まれるからである。

上司が怖い人に見えていれば、相談はリスクになる。
失敗が恥に見えていれば、挑戦は危険になる。
評価が減点に見えていれば、無難な行動が合理的になる。
キャリアが自己責任に見えていれば、助けを求めることは弱さになる。
人事が会社側の窓口にしか見えていなければ、本音は出ない。

この状態で「もっと動け」と言っても、あまり意味がない。

本人から見えている世界では、動かないことの方が合理的だからである。

だから、人を変えたいなら、まず見え方を変えなければならない。

私はこれを、選択肢の地形を変えることだと思っている。


選択肢は、意志より先に狭くなっている

人は、選択肢を見てから選ぶ。

しかし、実際には、選択肢を見る前にすでに世界は狭くなっている。

自分には無理だ。
今さら遅い。
どうせ変わらない。
言っても無駄だ。

失敗したら終わりだ。
相談したら迷惑だ。
目立つと損をする。
本音を言うと評価が下がる。

こういう見え方があると、人は選ぶ前に降りてしまう。

本人は「選ばなかった」のではない。
選ぶ前に、選択肢が消えていたのである。

これは個人の話でもある。
組織の話でもある。

若手が質問しないのは、質問力がないからだけではないかもしれない。
質問することが、無能の証明に見えているのかもしれない。

管理職が部下に任せられないのは、信頼できないからだけではないかもしれない。
任せることが、自分の責任放棄に見えているのかもしれない。

人事が制度を作っても現場が変わらないのは、制度が悪いからだけではないかもしれない。
その制度を使うことが、現場にとって面倒な追加作業に見えているのかもしれない。

選択肢は、意志より先に狭くなっている。

だから、人事の仕事は、選択肢を増やす仕事でもある。

ただし、制度上の選択肢を増やすだけでは足りない。

本人から見て、選べるものとして立ち上がる必要がある。


人事は、人生の選択肢を直接渡せるわけではない

ここで、少し冷静になりたい。

人事は、誰かの人生を直接変えられるわけではない。

本人の代わりに決めることはできない。
本人の代わりに挑戦することもできない。
本人の代わりに傷つくこともできない。
本人の代わりに働き方を引き受けることもできない。

人事ができることには、限界がある。

でも、できることもある。

人事は、見え方を変える言葉を置ける。
制度の意味を変えられる。
管理職の問いを変えられる。
相談の扱い方を変えられる。

失敗の意味づけを変えられる。
評価で見るものを変えられる。
教育で、何を成長と呼ぶかを変えられる。

これは、人生を直接変えることではない。

でも、人生の選択肢が見える地形を作ることにはつながる。

たとえば、復職支援を「休んだ人を戻す手続き」と見るか。
それとも「働ける条件を再接続する仕事」と見るか。

この見え方が変わるだけで、確認することが変わる。
本人への声かけが変わる。
主治医や産業医との連携の意味が変わる。
上司に求める役割が変わる。
復帰後の観察ポイントが変わる。

結果として、本人の選択肢が変わる。

働くか、休むか、耐えるか、辞めるか。
その四択しか見えていなかった人に、働き方を調整する、負荷を段階化する、関係者と条件を再確認する、別の役割を試す、という選択肢が見えてくる。

これが、人事が人生に関わるということだと思う。


言葉は、見える世界を変える道具である

だから、言葉は軽くない。

言葉は、ただ説明するためのものではない。
現実の見え方を変えるための道具である。

「心が弱い」と言えば、その人の人格が問題に見える。
「回復路が細い」と言えば、戻る道をどう太くするかが見える。

「やる気がない」と言えば、本人の意志の問題に見える。
「選択肢が見えていない」と言えば、環境や問いの置き方が見える。

「管理職が巻き取る」と言えば、責任感に見える。
「学習機会を奪っている」と言えば、育成の問題に見える。

「相談対応」と言えば、話を聞く仕事に見える。
「相談の翻訳責任」と言えば、感情を事実、制度、責任、行動へ変換する仕事に見える。

名前が変わると、見る場所が変わる。
見る場所が変わると、問いが変わる。
問いが変わると、行動が変わる。
行動が変わると、人生の進み方が少し変わる。

だから私は、概念を作りたいのだと思う。

かっこいい言葉を並べたいのではない。

読者が、自分の現場や人生を別の角度から見られる言葉を作りたい。

その言葉が、明日の一つの選択を変えるなら、それはもう単なる文章ではない。


文章は、読者の中に別の選択肢を作れるか

いい文章とは何か。

きれいな文章だろうか。
論理的な文章だろうか。
役に立つ文章だろうか。
読まれる文章だろうか。

もちろん、それらも大事である。

でも、いま一番大事にしたいのは、読者の中に別の選択肢を作れるかである。

読んだあとに、上司への見方が少し変わる。
部下への問いが少し変わる。
自分の弱さの扱い方が少し変わる。
怒りの見方が少し変わる。

働くことの意味が少し変わる。
人事という仕事の輪郭が少し変わる。

この「少し」が大きい。

人は、一回の記事で劇的に変わるわけではない。

でも、見え方が少し変わる。
問いが少し変わる。
明日の一言が少し変わる。
選ばなかった選択肢が、少し見えるようになる。

その小さな変化が積み重なると、習慣が変わる。
習慣が変わると、関係が変わる。
関係が変わると、仕事が変わる。
仕事が変わると、人生の進み方が変わる。

だから、文章は侮れない。

文章は、読者の認知地形に小さな道を作ることがある。


明日から見る場所を変える

もしこの記事を読んで、何か一つ持ち帰るなら、これでいい。

人を変えようとする前に、その人には何が見えているのかを見る。

部下が動かない時。
上司が分かってくれない時。
現場が制度を使わない時。
自分が進めない時。

誰かが怒っている時。
誰かが黙っている時。

すぐに人格や能力へ戻さない。

その人には、何が危険に見えているのか。
何が損に見えているのか。
何が恥に見えているのか。
何が自然な選択肢に見えているのか。
何が最初から見えていないのか。

ここを見る。

この問いを持つだけで、人の見え方は変わる。

そして、人の見え方が変わると、こちらの行動も変わる。

責める前に、地形を見る。
説得する前に、選択肢を見る。
励ます前に、何が危険に見えているかを見る。
制度を作る前に、その制度がどう見えるかを見る。

人は、見える世界の中でしか選べない。

だから、人事も、管理職も、書き手も、まず見える世界を変えるところから始める。

そこに、人生が少し変わる入口がある。


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