見出し画像

見えていなかった。

仕事をしていると、そう思う瞬間がある。

同じ会議に出ていた。
同じ資料を読んでいた。
同じ現場を見ていた。
同じ人と話していた。
同じ数字を見ていた。

それなのに、ある時、急に見え方が変わる。

あの人が反抗的なのではなく、判断軸を渡されていなかったのかもしれない。
この制度が悪いのではなく、制度が見せている価値がズレていたのかもしれない。
この1on1が浅いのではなく、上司が本音を受け取れる地形を作っていなかったのかもしれない。
営業が弱いのではなく、顧客の要望ではなくプログレスを読めていなかったのかもしれない。
復職支援は、戻す手続ではなく、安全に着地させる情報のリレーだったのかもしれない。

事実は、前からそこにあった。

でも、見えていなかった。

見えないものが見えるようになるとは、情報が増えることだけではない。

同じ情報の意味が変わることである。

同じ現象を、別の構造として見られるようになることである。

今回の中心命題はこうである。

見えないものが見えるようになるとは、目がよくなることではない。見ている前提を、いったん外に置けるようになることである。

人は、世界をそのまま見ているわけではない。

名前を通して見ている。
経験を通して見ている。
役割を通して見ている。
感情を通して見ている。
制度を通して見ている。
組織の常識を通して見ている。

だから、見えないものを見るには、遠くを見る力よりも先に、自分が何を通して見ているのかを見る力がいる。



今回扱う研究

今回は、見えないものが見えるようになる技術を、気づき、類推、変容学習、成人発達理論から考える。

ここで言いたいのは、観察力を上げようという話だけではない。

見えていないものは、単に注意不足で見えていないとは限らない。

そもそも、今の見方では見えない。

だから必要なのは、情報量を増やすことだけではない。

見方の前提を変えることである。

1. Schmidtの気づき仮説
内容: Richard Schmidtは、第二言語習得において、学習者が入力の中の特徴に気づくことが学習に重要であると論じた。学習者が何を意識的に捉えたかが、ただの入力を学習に使える取り込みへ変えると考える。
著者: Richard Schmidt。
掲載誌: Applied Linguistics、1990年。
今回の記事での読み方: 目の前に情報があるだけでは、学びにはならない。人は、気づいたものだけを扱える。見えるようになる第一歩は、これまで背景として流していたものに気づくことである。

2. Gentnerの構造写像理論
内容: Dedre Gentnerは、類推を、表面的な類似ではなく、ある領域の関係構造を別の領域へ写し取る認知プロセスとして説明した。重要なのは、対象そのものの似ている点ではなく、関係の構造である。
著者: Dedre Gentner。
掲載誌: Cognitive Science、1983年。
今回の記事での読み方: 見えないものは、遠いものと比べることで見えることがある。復職支援を航空管制として見る、営業を臨床面接として見る、評価制度を翻訳装置として見る。遠い構造が、近すぎて見えなかったものを浮かび上がらせる。

3. Mezirowの変容学習
内容: Jack Mezirowは、成人の学習を、単なる知識獲得ではなく、ものの見方や意味づけの枠組みが変わる過程として捉えた。人は、自分の前提や解釈枠組みを省察することで、より包括的な見方へ変容しうる。
著者: Jack Mezirow。
主な著作: Transformative Dimensions of Adult Learning、1991年。
今回の記事での読み方: 見えるようになるとは、知識が増えることだけではない。自分が当然だと思っていた前提を問い直し、意味づけの枠組みが変わることである。

4. Keganの主体・客体理論
内容: Robert Keganは、成人発達を、かつては自分と一体化していたものを、対象として見られるようになる過程として捉えた。自分の感情、価値観、他者の期待、信念、関係性などを客体化できる範囲が広がるほど、より複雑な現実を扱えるようになる。
著者: Robert Kegan。
主な著作: The Evolving Self、1982年、In Over Our Heads、1994年。
今回の記事での読み方: 見えないものが見えるようになるとは、自分がそれを通して見ていたものを、それ自体として見られるようになることでもある。


見えないものは、どこに隠れているのか

見えないものは、遠くにあるとは限らない。

むしろ、近すぎるものほど見えない。

いつもの仕事。
いつもの会議。
いつもの上司。
いつもの評価。
いつもの疲れ。
いつもの違和感。
いつもの言い訳。
いつもの社内用語。

こういうものは、近すぎる。

近すぎるものは、背景になる。

背景になると、人は見なくなる。

たとえば、会議で誰も発言しない。

よくある光景である。

だから、見逃される。

でも、見方を変えると、そこにはかなり多くの情報がある。

発言しても意味がないと思われているのか。
発言すると損をする地形になっているのか。
上司が結論を先に持っているのか。
評価される発言の型が決まっているのか。
沈黙が、安全策として学習されているのか。

「発言が少ない」という現象は一つである。

しかし、見方によって見えるものが変わる。

同じ現象でも、個人の性格として見るのか。
会議設計の問題として見るのか。
権力関係として見るのか。
心理的安全性として見るのか。
認知地形として見るのか。

ここで見える世界が変わる。

見えないものは、現象の奥に隠れているのではない。

自分の見方の外に置かれている。


技術1: 名前をいったん外す

見えないものを見る最初の技術は、名前を外すことである。

名前は便利である。

評価制度。
1on1。
復職支援。
管理職育成。
キャリア自律。
営業会議。
心理的安全性。

名前があると、会話が早くなる。

でも、名前があると、考えなくなる。

これは評価制度です。
これは1on1です。
これは復職支援です。
これは管理職研修です。

そう言った瞬間、見え方が固定される。

名前を外すと、機能が見える。

評価制度は、人の貢献をどの言葉で拾い、どの未来機会へ接続するかの仕組みである。
1on1は、部下の経験を次の行動へ変換する編集時間である。
復職支援は、本人の回復と会社の就業判断をつなぐ情報のリレーである。
管理職育成は、人が動ける意味と条件を作れる人を育てることである。

名前を外すと、問いが変わる。

評価制度は公平か。

だけではなく、

この制度は、どんな貢献を見えるようにしているのか。
どんな貢献を見えなくしているのか。
評価された人の未来を開いているのか。
管理職に、どんな観察を強いているのか。

こう問えるようになる。

名前は、世界を便利にする。

しかし、名前は世界を隠す。

だから、見えないものを見るには、まず名前を外す。


技術2: 遠いものと比べる

近いものだけを見ていると、見え方は変わりにくい。

人事は人事として見る。
営業は営業として見る。
教育は教育として見る。
復職支援は復職支援として見る。

これでは、既知の中でしか考えられない。

遠いものと比べると、構造が見える。

復職支援を航空管制として見る。

すると、復職は「戻す手続」ではなく、情報、タイミング、関係者、負荷、リスクを調整する管制として見える。

営業を臨床面接として見る。

すると、営業は「提案する仕事」ではなく、相手の語りから変化準備性を読み取る対話として見える。

評価制度を翻訳装置として見る。

すると、評価は「点数をつける仕組み」ではなく、組織の価値を行動と処遇へ翻訳する装置として見える。

遠いものを持ち込むと、比喩になる。

ただし、比喩で終わってはいけない。

どの構造が似ているのか。
どこは違うのか。
どこまで使えるのか。
その見方で、どんな行動が変わるのか。

ここまで見る。

遠いものと比べる技術は、飾りではない。

近すぎて見えなかった構造を浮かび上がらせる技術である。


技術3: 違和感を捨てない

見えないものは、違和感として最初に現れることが多い。

何か変だ。
うまく言えないけど引っかかる。
説明は正しいのに納得できない。
制度はあるのに動いていない。
相手は笑っているのに、何か閉じている。
会議は進んでいるのに、誰も本当には参加していない。

この違和感は、面倒である。

すぐ片づけたくなる。

そういうものだ。
現場の意識が低い。
本人のやる気がない。
管理職のスキル不足だ。
運用が足りない。

こう言えば、話は終わる。

でも、未知は終わらせなかった違和感から立ち上がる。

違和感は、まだ言葉になっていない知識である。

だから、違和感は不満として処理しない。

問いに変える。

なぜ、制度はあるのに現場が動かないのか。
なぜ、研修は理解されても行動へ移らないのか。
なぜ、1on1は対話ではなく報告になるのか。
なぜ、管理職は部下を見ているのに、変化の兆しに気づけないのか。

問いに変わった瞬間、違和感は思考の入口になる。


技術4: 自分の見方を疑う

見えないものを見る時、一番難しいのは外を見ることではない。

自分の見方を見ることである。

自分は、何を当然だと思っているのか。
どの言葉で現象を切っているのか。
誰の立場から見ているのか。
何を問題として扱い、何を問題ではないとしているのか。
どんな感情が、見方を狭めているのか。

ここを見る。

たとえば、部下が動かない。

そう見えた時、すぐに部下の問題にしない。

自分は、部下を「動かす対象」として見ていないか。
判断軸を渡しているか。
失敗できる余白を作っているか。
部下の沈黙を、反抗ではなく不安として見られているか。
自分の焦りが、相手の遅さを過剰に問題化していないか。

この問いが出ると、見え方が変わる。

見え方が変わると、行動が変わる。

指示を増やすのではなく、判断軸を渡す。
詰めるのではなく、詰まっている前提を聞く。
やる気を問うのではなく、動けない条件を見る。

自分の見方を疑うとは、自分を責めることではない。

自分が世界を見るために使っているレンズを、いったん手に取ることである。


技術5: 仮説を置いて見る

見えないものは、何もない状態では見えにくい。

仮説を置くと、見えるものが変わる。

これは能力の問題ではなく、関係の問題ではないか。
これは研修不足ではなく、転移の回路がない問題ではないか。
これは主体性不足ではなく、選択可能性が見えていない問題ではないか。
これは営業力不足ではなく、顧客の変化準備を読めていない問題ではないか。
これは職場復帰ではなく、働ける条件を再接続する問題ではないか。

仮説は、正解でなくてよい。

むしろ、最初から正解にしない方がよい。

仮説は、見る方向を変えるための仮の足場である。

仮説を置くと、観察が変わる。

能力の問題ではなく関係の問題ではないか。

そう思うと、本人だけでなく、上司、同僚、役割、情報アクセス、評価者の見方を見るようになる。

転移の回路がないのではないか。

そう思うと、研修内容だけでなく、研修後の1on1、実践機会、フィードバック、管理職の関わりを見るようになる。

仮説は、まだ見えていないものを照らす仮の光である。


技術6: 見えたものを、行動に変える

見えないものが見えるようになっても、行動が変わらなければ弱い。

見え方の変化は、行動の変化で確かめる。

部下が動かない理由が、能力不足ではなく判断軸の不足に見えたなら、次は判断軸を渡す。

評価制度が、貢献を拾えていないと見えたなら、次は評価項目や面談で拾う言葉を変える。

1on1が、対話ではなく報告になっていると見えたなら、次は問い方と沈黙の扱いを変える。

復職支援が、戻す手続ではなく情報のリレーだと見えたなら、次は本人、主治医、産業医、上司、人事の情報接続を変える。

見え方だけ変わって、行動が変わらないなら、それはまだ概念遊びである。

本当に見えるようになったものは、次の一手を変える。

だから、この技術の最後は行動である。


人事にとって、なぜ重要なのか

人事は、見えないものを扱う仕事である。

意欲。
不安。
納得。
信頼。
違和感。
期待。
関係性。
将来可能性。
組織文化。
学習の兆し。
壊れかけているサイン。

これらは、数字だけでは見えない。

もちろん、数字は必要である。

離職率。
残業時間。
欠勤。
評価分布。
エンゲージメント。
採用充足率。
研修受講率。

数字は、現象を知らせる。

しかし、数字だけでは意味が分からない。

なぜ離職が起きているのか。
なぜ残業が偏っているのか。
なぜ評価に納得がないのか。
なぜ研修を受けても行動が変わらないのか。
なぜ制度があるのに使われないのか。

ここから先は、見えないものを見る力が必要になる。

人事の仕事は、処理だけではない。

見えない構造を見えるようにする仕事である。

そして、見えた構造を、制度、言葉、配置、教育、労務対応、マネジメントへ翻訳する仕事である。


最後に

見えないものが見えるようになる。

これは、特別な天才の能力ではない。

技術である。

名前を外す。
遠いものと比べる。
違和感を捨てない。
自分の見方を疑う。
仮説を置いて見る。
見えたものを行動に変える。

この繰り返しで、世界は少しずつ別の顔を見せる。

人は、同じ現実を見ながら、まったく違うものを見ている。

だから、仕事で差がつくのは、知識量だけではない。

何が見えているか。
何を見落としているか。
何を問題として立ち上げられるか。
どんな仮説で現実を見るか。
見えたものを、どんな行動へ変えるか。

ここで差がつく。

見えないものが見えるようになるとは、世界が急に親切になることではない。

自分の見方が、少しだけ外に出ることである。

そして、外に出た見方は、もう一度、現実を見直すための道具になる。

その時、未知は立ち上がる。


関連記事

既知から未知を生み出す方法

《”思考”の教科書》考えているのに、なぜ前に進まないのか。思考とは、頭の中で悩むことではなく、世界を扱える形に変換する運動である。

器の成長とは、何が客体化されることなのか


根拠・確認メモ

Richard Schmidt, “The Role of Consciousness in Second Language Learning,” Applied Linguistics, 1990.

Dedre Gentner, “Structure-Mapping: A Theoretical Framework for Analogy,” Cognitive Science, 1983.

Jack Mezirow, Transformative Dimensions of Adult Learning, 1991.

Robert Kegan, The Evolving Self, 1982; In Over Our Heads, 1994.


#AI
#人事
#HR
#人事の仕事
#これからのHR
#思考
#認知地形
#未知生成
#既知から未知
#創造性
#成人発達理論
#学習
#問い
#仮説
#違和感
#組織開発
#マネジメント
#人材育成
#キャリア
#評価制度
#1on1
#心理的安全性

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集