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人は、言葉で整える。

大丈夫です。
問題ありません。
納得しています。
頑張ります。
前向きに考えています。
特に困っていることはありません。

言葉は、整えられる。

社会人であれば、なおさらそうである。

相手に心配をかけないようにする。
場を乱さないようにする。
評価を下げられないようにする。
自分でも大丈夫だと思い込もうとする。
本当は言いにくいことを、言える範囲の言葉に変える。

だから、言葉だけを聞いていると、見落とす。

言葉では大丈夫と言っている。

でも、声が少し沈む。
語尾が落ちる。
一瞬だけ詰まる。
妙に明るくなる。
急に早口になる。
声量が小さくなる。
抑揚が消える。
笑っているのに、声が笑っていない。

ここに、何かが出る。

本音と言い切るのは危ない。

声だけで、人の内面を決めつけてはいけない。

ただ、声は問いを置く材料になる。

今回の中心命題はこうである。

人は、言葉で整える前に、声で揺れている。

だから、面談や1on1で大事なのは、本音を暴くことではない。

声の揺れに立ち止まることである。



今回扱う研究

今回は、声の揺れを、情動表現、プロソディ、声の知覚、感情コミュニケーションの研究から考える。

ここで言いたいのは、「声を聞けば本音が分かる」という話ではない。

むしろ逆である。

声は、確定判断の材料ではない。

しかし、問いを立てる材料にはなる。

声には、言葉の意味とは別に、速度、強さ、高さ、抑揚、間、震え、声質が含まれる。

人は、言葉の内容だけでなく、こうした声の情報から相手の情動状態を感じ取っている。

1. Juslin & Laukkaの声による情動伝達研究
内容: JuslinとLaukkaは、声の情動表現と音楽表現に関する多数の研究をレビューし、声には怒り、悲しみ、喜び、恐れなどの情動が、一定の音響的手がかりを通じて伝わることを整理した。
著者: Patrik N. Juslin、Petri Laukka。
掲載誌: Psychological Bulletin、2003年。
今回の記事での読み方: 声は、言葉の内容とは別に情動を運ぶ。面談では、何を言ったかだけでなく、どのような声で言ったかも重要な情報になる。

2. Schererの声と情動表現研究
内容: Klaus R. Schererは、声の高さ、強さ、速度、声質などが情動表現に関わることを研究してきた。情動は単一の顔表情だけでなく、声を含む複数のチャネルで表れる。
著者: Klaus R. Scherer。
主な文献: “Vocal Affect Expression: A Review and a Model for Future Research”、1986年。
今回の記事での読み方: 声は、情動の周辺信号である。人の反応は、言葉よりも先に、声の調子やリズムに出ることがある。

3. emotional prosodyの研究
内容: emotional prosodyは、言葉の意味そのものではなく、声の抑揚、リズム、強弱、速度などを通じて情動が伝わる現象を指す。人は、同じ言葉でも声の調子から異なる意味や感情を受け取る。
研究領域: 音声知覚、神経心理学、非言語コミュニケーション。
今回の記事での読み方: 「大丈夫です」という同じ言葉でも、声によって意味が変わる。言葉の意味と声の温度がズレる時、そこに問いを置く余地がある。

4. affect labelingと感情調整
内容: Liebermanらは、感情を言葉にすることが情動反応の調整に関わる可能性を示した。感情に名前をつけることは、感情をただ表現するだけでなく、距離を作る働きを持ちうる。
著者: Matthew D. Lieberman、Naomi I. Eisenberger、Molly J. Crockett、Sabrina M. Tom、Jennifer H. Pfeifer、Baldwin M. Way。
掲載誌: Psychological Science、2007年。
今回の記事での読み方: 声の揺れに気づいた時、相手を決めつけるのではなく、言葉にできる余白を作ることが大切である。


声は、言葉と情動のあいだにある

言葉は、意味を運ぶ。

声は、状態を運ぶ。

もちろん、これは単純に分けられない。

言葉にも情動はある。
声にも意味はある。

それでも、面談や対話では、この分け方が役に立つ。

言葉は、あとから整えられる。

大丈夫です。
納得しています。
やってみます。
特にありません。

これらは、場に合わせて出せる。

しかし、声は少し漏れる。

大丈夫です、と言いながら声が落ちる。
納得しています、と言いながら語尾が硬い。
やってみます、と言いながら間が長い。
特にありません、と言いながら急に早口になる。

これは、嘘を見抜けるという話ではない。

声が揺れたから、隠していると決めるのは雑である。

ただ、その言葉のそばに、まだ処理されていない情動があるかもしれない。

ここで立ち止まる。

これが、声を聞くということである。


「大丈夫です」は、声で崩れる

「大丈夫です」は、便利な言葉である。

本人も使う。
上司も安心する。
人事も一度は受け取る。

しかし、大丈夫です、という言葉はあまりにも広い。

本当に大丈夫。
今は大丈夫。
大丈夫と言うしかない。
大丈夫と思いたい。
大丈夫ではないが、言えない。
これ以上聞かれたくない。
心配をかけたくない。
評価を下げられたくない。

全部、大丈夫です、になる。

だから、言葉だけでは足りない。

声を見る。

声が沈んだか。
語尾が消えたか。
急に明るくなったか。
声が硬くなったか。
言うまでに間があったか。
言った後に沈黙があったか。

ここに、問いを置く。

大丈夫かどうかを詰めるのではない。

「大丈夫です」という言葉が、どのくらい身体と情緒を伴っているかを聞く。

声が崩れるところに、未処理の情動があることがある。


本音を暴くな

声の話をすると、危ない方向へ行きやすい。

相手の本音を見抜く。
嘘を見破る。
隠れた感情を読む。
声で心理を分析する。

これは、あまり品がない。

人事や管理職がやるべきことは、本音を暴くことではない。

本音を暴かれる場で、人は安心して話さない。

むしろ閉じる。

守る。

整える。

さらに読みにくくなる。

だから、声の揺れを見つけた時にやるべきことは、追及ではない。

問いを柔らかく置くことである。

今のところ、少し言いにくさがありますか。
言葉にはできているけど、まだ引っかかりがありますか。
ここは、少し慎重に扱った方がよさそうですか。
今の返事、すぐに結論にしなくても大丈夫です。
少し間を置いてもいいですよ。

声の揺れは、相手を支配するための材料ではない。

相手が言葉にするための余白を作る材料である。


声の揺れを見る五つの観点

声の揺れを見る時、複雑な分析はいらない。

まずは五つでよい。

一つ目: 高さ

声が高くなる。

または、急に低くなる。

緊張、焦り、怒り、抑制、落胆が、声の高さに出ることがある。

ただし、高いから不安、低いから怒りと決めつけてはいけない。

普段の声との違いを見る。

二つ目: 速さ

急に早口になる。

逆に、急に遅くなる。

早口は、焦りや防衛のこともある。

遅さは、慎重さや言葉選びのこともある。

ここでも大事なのは、普段との差である。

三つ目: 強さ

声が強くなる。

声が小さくなる。

強くなる時、そこには怒り、主張、防衛、踏ん張りがあるかもしれない。

小さくなる時、そこには不安、諦め、遠慮、恥があるかもしれない。

しかし、決めつけない。

問いの入口として受け取る。

四つ目: 間

返事までの間。

言った後の間。

途中で詰まる間。

間は、かなり大事である。

人は、言葉を選ぶ時に間を置く。

言えない時にも間を置く。

考えている時にも間を置く。

だから、間を急いで埋めない。

間は、声の一部である。

五つ目: 温度

声には、温度がある。

あたたかい。
冷たい。
乾いている。
硬い。
軽い。
重い。
薄い。
張っている。

これは主観的である。

だから、扱いには慎重さがいる。

しかし、人事や管理職の現場感では、この温度がかなり大事になる。

言葉は前向きなのに、声が冷たい。

笑っているのに、声が張っている。

納得していますと言いながら、声が薄い。

ここに、問いを置く。


声を聞くとは、比較することである

声を聞く時に大切なのは、一般論ではない。

その人の普段との比較である。

声が小さい人は、いつも小さいかもしれない。

間が長い人は、もともと慎重に話す人かもしれない。

早口な人は、普段から早口かもしれない。

だから、声だけを切り取って判断してはいけない。

見るべきは変化である。

普段より声が落ちた。
この話題だけ声が硬い。
ここだけ急に丁寧になる。
この質問の後だけ間が長い。
この言葉を出す時だけ声が薄くなる。

この変化を見る。

声は、単独ではなく文脈で聞く。

これができないと、声の観察はただの決めつけになる。


人事と管理職に必要な聞き方

人事と管理職に必要なのは、相手の本音を当てる力ではない。

相手が言葉にできるように、場を整える力である。

そのために、声を聞く。

大丈夫です、と言った声が落ちた時。

「本当は大丈夫じゃないんですね」と言わない。

それは決めつけである。

代わりに、こう聞く。

今のところ、少し迷いがありますか。
大丈夫と言い切るには、まだ確認したいことがありますか。
ここは一度、言葉にしにくいまま置いても大丈夫です。
もし引っかかりがあるなら、何から話せそうですか。

声の揺れを、相手の言葉を引き出す入口にする。

これが、人事の品性である。

声を聞ける人は、沈黙も急がない。

声が揺れた時に、すぐ詰めない。

相手が言葉を整え直す時間を待つ。

人は、自分の声の揺れに、自分で遅れて気づくことがある。

その時間を奪わない。


採用、1on1、復職支援での使い方

声の揺れは、いろいろな場面で出る。

採用面接

候補者が、前職の退職理由を話す。

言葉は整っている。

しかし、特定の上司の話になると声が硬くなる。

この時、決めつけない。

ただ、問いを置く。

その経験は、今振り返るとどんな意味がありましたか。
当時、何が一番難しかったですか。
次の職場では、何を大事にしたいですか。

声の揺れは、深掘りの入口になる。

1on1

部下が「特に困っていません」と言う。

でも、声が薄い。

この時、すぐに「本当ですか」と詰めると閉じる。

代わりに、こう聞く。

困っているとまでは言わなくても、少し気になっていることはありますか。
今週、少し引っかかった場面はありますか。
まだ言葉になっていないことでも大丈夫です。

声の揺れを、言葉になる前の状態として扱う。

復職支援

本人が「大丈夫です、戻れます」と言う。

言葉は前向きである。

でも、声に焦りがある。

この時、復職意欲だけを見ると危ない。

戻りたい気持ちは受け取りつつ、焦りも扱う。

戻りたい気持ちは伝わっています。
同時に、少し急いで戻ろうとしている感じもあります。
復職後、最初の一週間で一番不安なことは何ですか。

声の揺れは、本人を疑うためではない。

復職後に崩れないための確認点である。


最後に

声は揺れる。

言葉は整う。

人は、自分を守るために言葉を整える。

相手を安心させるために言葉を整える。

場を乱さないために言葉を整える。

自分でも大丈夫だと思うために言葉を整える。

だから、言葉だけを聞いていると、見落とす。

でも、声を聞くとは、本音を暴くことではない。

声の揺れを、問いの入口として受け取ることである。

声が落ちた。
声が硬くなった。
声が薄くなった。
声が急に明るくなった。
間が生まれた。

その時、決めつけずに立ち止まる。

ここに、まだ言葉になっていないものがあるかもしれない。

そう思えること。

それが、人を聞く技術である。

人事は、言葉だけを聞いているのではない。

声の温度を聞いている。

そして、その温度が少し変わったところに、静かに問いを置く。


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根拠・確認メモ

Patrik N. Juslin and Petri Laukka, “Communication of Emotions in Vocal Expression and Music Performance: Different Channels, Same Code?” Psychological Bulletin, 2003.

Klaus R. Scherer, “Vocal Affect Expression: A Review and a Model for Future Research,” 1986.

Matthew D. Lieberman, Naomi I. Eisenberger, Molly J. Crockett, Sabrina M. Tom, Jennifer H. Pfeifer, and Baldwin M. Way, “Putting Feelings Into Words: Affect Labeling Disrupts Amygdala Activity in Response to Affective Stimuli,” Psychological Science, 2007.


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