「問い返し」と聞くと、少し冷たい印象がある。
なぜそう思うの?
根拠は?
それは本当に正しいの?
こういう聞き方をされると、人は責められているように感じることがある。
でも、本来の問い返しは、相手を詰めるための技術ではない。
相手の考えを、相手自身がもう一度扱えるようにする技術である。
たとえば、部下がこう言う。
「もう無理です」
ここで上司がすぐに、
「何が無理なの?」
「どうしたいの?」
「じゃあ、どうするの?」
と聞くと、相手は追い込まれることがある。
一方で、こう返すこともできる。
「いまの“無理”は、量が多いという意味に近い? それとも、先が見えないという意味に近い?」
この問いは、相手を責めていない。
相手の言葉を少しほどいている。
「無理」という大きな言葉を、扱える大きさにしている。
問い返しとは、こういう技術である。
相手の言葉を受け止める。
そのまま飲み込まず、少しだけ形を整える。
相手が自分の考えを見直せるように返す。
だから、問い返しは質問力ではない。
問い返しとは、相手の思考を奪わずに、思考の輪郭を戻す技術である。
今回扱う研究
今回は、問い返しを次の研究領域から考える。
ソクラテス式質問。
認知療法におけるguided discovery。
コーチングにおける解決生成質問。
教育研究における対話的質問。
動機づけ面接における開かれた質問と反映。
それぞれの領域は違う。
心理療法、コーチング、教育、面談、1on1。
ただ、共通していることがある。
よい問いは、相手を誘導するためではなく、相手が自分の考えを発見するために使われる。
1. Socratic questioning / guided discovery
内容:認知療法では、ソクラテス式質問は、相手の考えを論破するためではなく、本人が自分の考え方を見直し、新しい見方を発見するための対話技法として扱われている。
著者:Christine A. Padesky、Justin D. Braun、Daniel R. Strunk、Katherine E. Sasso、Andrew A. Cooper など。
掲載誌:Behaviour Research and Therapy、BJPsych Advances など。
今回の記事での読み方:問い返しは、相手の間違いを指摘する技法ではなく、相手が自分の前提を観察できるようにする技法として読む。
2. コーチングにおける解決生成質問
内容:ビジネスコーチングでは、質問が解決生成や自己省察を促す主要な介入として扱われている。2026年の会話分析研究では、解決生成のWH質問に対して、クライアントがどのように応答するかが分析されている。
著者:Melanie Fleischhacker、Eva-Maria Graf、Sanna Vehviläinen。
掲載誌:Discourse & Communication、2026年。
今回の記事での読み方:問い返しは、ただ「質問を投げる」ことではなく、相手が解決を自分の言葉で作り始める場をつくる行為として読む。
3. 教育研究における対話的質問
内容:教育研究では、教師の質問の質が、学習者の発言や対話の深まりに関係することが示されている。特に、開かれた問いや、相手の発言を受けた問いは、対話の空間を広げる。
著者:Maria Vrikki、Maria Evagorou。
掲載誌:International Journal of Educational Research、2023年。
今回の記事での読み方:問い返しは、相手の答えを採点するためではなく、相手の考えが広がる余白をつくる技法として読む。
4. 動機づけ面接のOARS
内容:動機づけ面接では、開かれた質問、承認、反映、要約が基本技法として扱われる。特に反映と要約は、相手の言葉をそのまま返すのではなく、相手が自分の気持ちや矛盾を見られるようにする働きを持つ。
著者:William R. Miller、Stephen Rollnick。
今回の記事での読み方:問い返しは、質問だけで成立するものではない。受け止め、反映し、要約する流れの中で初めて機能する。
問い返しが下手な人は、質問で相手を止めている
問い返しがうまくいかない時、よく起きているのは質問不足ではない。
質問の早すぎである。
相手がまだ言葉にできていない時に、すぐ問う。
相手が感情を出している時に、すぐ論点化する。
相手が迷っている時に、すぐ選択肢を迫る。
相手が苦しんでいる時に、すぐ原因を聞く。
すると、問いは支援ではなく圧になる。
「なぜ?」
この問いは便利だが、扱いを間違えると危ない。
なぜそうしたの?
なぜできなかったの?
なぜ相談しなかったの?
これは、理由を聞いているようで、責任を探しているように聞こえる。
もちろん、理由を確認する必要がある場面もある。
ただ、対話の初期に「なぜ」を連発すると、相手は自分の考えを探索する前に、防御に入る。
問い返しが下手な人は、相手の思考を開く前に、相手の防衛を開いてしまう。
ここが大きな違いである。
問い返しには、順番がある
問い返しは、思いついた質問を投げることではない。
順番がある。
私は、実務では次の五段階で考えると使いやすいと思う。
一つ目は、受け止める
問い返しの前に、まず受け止める。
「そう感じているんですね」
「かなり詰まっている感じがあるんですね」
「いまは、整理する前に少し重さが出ているんですね」
これは、同意ではない。
相手の見方を正しいと認めることでもない。
相手がいま見ている世界を、いったんこちらも受け取ったと示すことである。
これがないまま問い返すと、相手は聞かれているのではなく、裁かれているように感じる。
二つ目は、言葉をほどく
相手の言葉は、最初から整理されているわけではない。
「無理です」
「しんどいです」
「合わないです」
「納得できません」
こういう言葉は、大きすぎる。
大きい言葉は、そのままでは扱えない。
だから、問い返しではまず言葉をほどく。
「無理というのは、量が多いという意味に近いですか。期限が厳しいという意味に近いですか。それとも、進め方が見えないという意味に近いですか」
「納得できないのは、結論そのものですか。説明の仕方ですか。決め方ですか」
この問い返しは、相手を詰めていない。
相手の言葉の中にある複数の意味を分けている。
三つ目は、前提を見る
言葉がほどけてきたら、次に前提を見る。
相手が何を当然だと思っているのか。
何を怖れているのか。
何を守ろうとしているのか。
どの基準で良し悪しを判断しているのか。
ここに問い返しを置く。
「その時、何が起きたら一番まずいと思っていましたか」
「それを失敗と見る基準は、どこから来ていますか」
「その判断の前提にある“こうあるべき”は、何でしょう」
前提を見る問いは、相手を否定するためではない。
相手が無意識に握っている判断軸を、いったん外に出すためにある。
四つ目は、別の見方を開く
前提が見えたら、ようやく別の見方を開く。
ここで初めて、視点をずらす問いが効く。
「もし同じ状況を、半年後の自分が見たら、何と言いそうですか」
「相手の立場から見ると、何が見えていそうですか」
「これを失敗ではなく、情報が増えた出来事として見るなら、何が分かりますか」
「今の選択肢以外に、小さく試せるものがあるとしたら何ですか」
別の見方を開く問いは、正解を押しつけない。
ただ、相手が今いる視点から、一歩だけ外に出るための補助線を引く。
五つ目は、次の一手に落とす
問い返しは、気づきで終わらせない方がいい。
最後は、次の一手へ落とす。
「では、明日一つだけ変えるなら何ですか」
「誰に、何を、どの順番で相談しますか」
「次に同じことが起きた時、最初に見るサインは何ですか」
「今回の学びを、次の行動にすると何になりますか」
問い返しの目的は、相手を深く悩ませることではない。
相手が自分の現実を、少し扱いやすくすることにある。
だから最後は、行動へ戻す。
問い返しは、問いよりも「返し」に本質がある
問い返しという言葉には、「問い」が入っている。
だから、つい良い質問を探したくなる。
しかし、本質は問いそのものよりも、返し方にある。
相手の言葉をどう受け取るか。
どの言葉を拾うか。
どの感情を無視しないか。
どの前提をそっと外に出すか。
どのタイミングで聞くか。
ここに技術がある。
たとえば、部下がこう言う。
「自分はこの仕事に向いていない気がします」
ここで、
「なんでそう思うの?」
と聞くこともできる。
しかし、少し早い。
別の返し方もある。
「向いていない、という言葉が出るくらい、今の仕事で手応えが持てていないんですね」
そのうえで聞く。
「向いていないと感じた場面は、最近だとどこでしたか」
これなら、相手は防御しにくい。
問い返しは、質問を鋭くすることではない。
相手が考え続けられるように、問いの角を整えることである。
管理職がやりがちな悪い問い返し
現場で特に多い悪い問い返しがある。
一つ目は、正解誘導型
「それって、要するに優先順位の問題じゃない?」
「まず上司に相談すべきだったんじゃない?」
「結局、準備不足だったということだよね?」
これは問いの形をしているが、実際には答えが決まっている。
相手は考えるのではなく、上司の正解に合わせにいく。
問い返しではなく、柔らかい詰めである。
二つ目は、原因追及型
「なぜできなかったの?」
「なぜ報告しなかったの?」
「なぜもっと早く言わなかったの?」
必要な確認ではある。
ただ、タイミングを間違えると、相手は原因を考える前に言い訳を探す。
原因追及は、信頼がある場面で使う。
初動では、まず状況を分ける問いの方がよい。
三つ目は、解決急ぎ型
「で、どうするの?」
「次は何をやるの?」
「結論は?」
これも必要な問いである。
ただ、まだ状況がほどけていない時に聞くと、相手は雑な答えを出す。
解決を急ぐ問いは、思考を進めることもあるが、思考を閉じることもある。
四つ目は、一般論押しつけ型
「普通はこう考えるよね」
「社会人ならこうするよね」
「前にも言ったよね」
これは問い返しではない。
規範の提示である。
規範を示す必要がある場面はある。
しかし、規範を示すことと、相手に考えさせることは違う。
ここを混ぜると、対話は一気に固くなる。
よい問い返しは、相手の主語を奪わない
問い返しで一番大事なのは、相手の主語を奪わないことだと思う。
上司が優秀だと、すぐに構造が見える。
問題の原因が見える。
次にやるべきことも見える。
だから、言いたくなる。
「つまり、こういうことだよね」
「じゃあ、こうしたらいい」
「それは考え方を変えた方がいい」
しかし、それを言いすぎると、相手は自分で考えなくなる。
または、自分で考えたふりをする。
問い返しの流儀は、ここにある。
相手より先に答えが見えても、全部言わない。
相手が自分の言葉で見つけられるところまで、問いで伴走する。
これは、遠回りに見える。
でも、人が本当に変わる時は、自分の言葉で納得した時である。
他人に言われた正解は、行動を一時的に変える。
自分で見つけた言葉は、次の判断を変える。
問い返しの価値は、ここにある。
1on1で使える問い返しの型
実務で使いやすいように、問い返しの型をいくつか置いておく。
言葉をほどく問い
「その“しんどい”は、量、難しさ、人間関係、見通しのなさのどれに近いですか」
「“納得できない”と感じたのは、結論、プロセス、説明、扱われ方のどこですか」
「“不安”の中身を分けると、何が一番大きいですか」
前提を見る問い
「その時、何を守ろうとしていましたか」
「何が起きたら一番まずいと思っていましたか」
「その判断の基準は、どこから来ていますか」
視点をずらす問い
「相手側から見ると、何が見えていそうですか」
「半年後の自分が見ると、この出来事は何に見えそうですか」
「失敗ではなく情報が増えた出来事として見るなら、何が分かりますか」
行動に戻す問い
「明日、一つだけ変えるなら何ですか」
「次に同じことが起きた時、最初に見るサインは何ですか」
「誰に、どの順番で相談しますか」
境界を確認する問い
「ここから先は、相談として聞いてほしいですか。整理を手伝ってほしいですか。それとも、判断材料を一緒に見たいですか」
「今は答えを出す段階ですか。まず状況を分ける段階ですか」
この境界の問いは、かなり重要である。
上司はよかれと思って助言する。
しかし、相手が求めているのは助言ではなく、整理かもしれない。
または、整理ではなく、決めるための判断材料かもしれない。
問い返しは、相手のための技術である。
だから、こちらが何をする役割なのかを確認した方がいい。
問い返しの新しい概念: 思考の返球
私は、よい問い返しを「思考の返球」と呼びたい。
相手が投げた言葉を、そのまま打ち返すのではない。
強く打ち返すのでもない。
相手がもう一度受け取れる形にして返す。
「無理です」
という言葉を、
「量の問題なのか、見通しの問題なのか、関係性の問題なのか」
として返す。
「納得できません」
という言葉を、
「結論、決め方、説明、扱われ方のどこに引っかかっているのか」
として返す。
「自信がありません」
という言葉を、
「能力への不安なのか、経験不足なのか、失敗時の扱いへの不安なのか」
として返す。
これが思考の返球である。
相手の言葉を奪わない。
相手の感情を否定しない。
相手の責任にだけ閉じ込めない。
ただ、相手がもう一度考えられる形に整えて返す。
問い返しがうまい人は、質問が多い人ではない。
返球がうまい人である。
人事が問い返しを扱う時の実務ポイント
人事が問い返しを扱うなら、個人スキルに閉じない方がいい。
管理職研修で「質問例」を配るだけでは足りない。
なぜなら、問い返しは言葉のリストではなく、対話の姿勢だからである。
人事が整えたいのは、次の三つである。
一つ目は、問い返しの目的をそろえる
問い返しは、詰めるためではない。
相手を正解へ誘導するためでもない。
相手が自分の考えを扱えるようにするためである。
この目的をそろえないまま質問例だけ渡すと、管理職は質問で詰める。
二つ目は、悪い問い返しを共有する
よい問いだけを学ぶより、悪い問い返しを知った方が実務では効く。
正解誘導型。
原因追及型。
解決急ぎ型。
一般論押しつけ型。
これらを管理職同士で見える化する。
すると、現場の1on1や面談の質が変わりやすい。
三つ目は、問い返しを記録ではなく振り返りにする
1on1の記録に、話した内容だけを残しても、対話は育たない。
どの問いで相手の言葉が広がったか。
どの問いで相手が止まったか。
どの返し方で、相手が自分の言葉を取り戻したか。
ここを振り返る。
問い返しは、使って終わりではない。
対話の後で育てる技術である。
注意点: 問い返しは万能ではない
問い返しには限界もある。
相手が強い不安や混乱の中にいる時、問い返しは負担になることがある。
ハラスメント、休職復職、メンタルヘルス、深刻な労務相談では、問い返しよりも安全確保、事実確認、専門家連携が優先される場合がある。
また、業務上の明確なルール違反や緊急対応では、問い返しよりも指示が必要な場面もある。
問い返しは、指示の代替ではない。
責任回避の道具でもない。
「あなたはどう思う?」
という問いを使って、上司が決めるべきことから逃げてはいけない。
問い返しが機能するのは、相手に考える余地があり、その考えを扱うことが本人の成長や納得につながる時である。
だから、問い返しには流儀がいる。
問いを使う前に、今は問う場面なのかを見る。
これも技法の一部である。
まとめ
問い返しは、相手を詰める技術ではない。
相手の考えを、相手自身がもう一度扱えるようにする技術である。
よい問い返しは、相手の言葉をほどく。
前提を見えるようにする。
別の見方を開く。
次の一手へ戻す。
そして何より、相手の主語を奪わない。
管理職や人事が対話をうまくしたいなら、質問リストを増やすだけでは足りない。
必要なのは、問いを投げることではなく、相手の思考を返すことである。
問い返しとは、思考の返球である。
強く打ち返すのではない。
正解へ打ち込むのでもない。
相手がもう一度受け取れる形にして返す。
その返球がうまくなった時、1on1は面談ではなくなる。
部下の言葉を通じて、本人も、上司も、組織も、自分たちの見え方を変えていく場になる。
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任せ方、1on1、報連相、育成、判断軸など、管理職が見落としがちな論点を扱います。
根拠・確認メモ
Christine A. Padeskyの「Socratic Questioning: Changing Minds or Guiding Discovery?」を確認した。問いは相手を変えるためではなく、発見を導くために使うという視点を参照した。
Braun, Strunk, Sasso, Cooperによる2015年の研究を確認した。認知療法におけるソクラテス式質問の使用が、次セッションの抑うつ症状変化を予測するという結果が示されている。
Camilo, Huguet, FragosoによるBJPsych Advancesの記事を確認した。ソクラテス式質問は、協働的な臨床コミュニケーションの中核として整理されている。
Fleischhacker, Graf, Vehviläinenによる2026年のコーチング研究を確認した。解決生成のWH質問に対して、クライアントが応答・拡張応答する可能性が分析されている。
Vrikki, Evagorouによる2023年の教育研究を確認した。教師の質問実践、とくに開かれた問いや対話への招待が、学習者の応答や対話の深まりに関係することが示されている。
出典:
Padesky, C. A. (1993). Socratic Questioning: Changing Minds or Guiding Discovery? https://padesky.com/wp-content/uploads/2012/11/socquest.pdf
Braun, J. D., Strunk, D. R., Sasso, K. E., & Cooper, A. A. (2015). Therapist Use of Socratic Questioning Predicts Session-to-Session Symptom Change in Cognitive Therapy for Depression. Behaviour Research and Therapy. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4449800/
Camilo, C., Huguet, A., & Fragoso, A. (2019). Socratic questioning put into clinical practice. BJPsych Advances. https://www.cambridge.org/core/journals/bjpsych-advances/article/socratic-questioning-put-into-clinical-practice/8C44C0BF33871FB55349695407700738
Fleischhacker, M., Graf, E.-M., & Vehviläinen, S. (2026). The cooperative coaching client: Clients’ responding activities to wh-questions for solution generation in coaching. Discourse & Communication. https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/14614456261418103
Vrikki, M., & Evagorou, M. (2023). An analysis of teacher questioning practices in dialogic lessons. International Journal of Educational Research. https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0883035522001811
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