日本型マネジメントとは、職務ではなく関係を束ねる技術である
日本型マネジメントという言葉がある。
この言葉を聞くと、多くの人はすぐにいくつかの制度を思い浮かべる。
終身雇用。
年功序列。
企業別組合。
新卒一括採用。
定期異動。
稟議。
根回し。
現場主義。
和を乱さないこと。
たしかに、それらは日本型マネジメントを考えるうえで重要である。
けれど、これらを並べるだけでは、何かが足りない。
制度の一覧にはなる。
しかし、なぜそれが機能したのか。
なぜそれが強さにもなり、弱さにもなったのか。
なぜ今も、多くの会社で形を変えて残っているのか。
そこまでは見えてこない。
日本型マネジメントを「古い慣行」として片づけるのは簡単である。
年功はもう古い。
終身雇用は維持できない。
メンバーシップ型は限界だ。
ジョブ型に変えるべきだ。
こう言えば、現代的に聞こえる。
しかし、人事の現場にいると、それだけでは説明できないことがある。
職務記述書を整えても、仕事は人に寄っていく。
等級制度を変えても、最後は「あの人に任せられるか」で判断される。
成果主義を入れても、評価会議では「周囲への影響」や「今後の期待」が語られる。
ジョブ型を掲げても、実際には配置転換、育成、関係調整、暗黙の期待が残る。
つまり、日本型マネジメントは制度の名前だけではない。
もっと深いところで、組織の人の見方、仕事の渡し方、責任の持たせ方、関係の編み方に入り込んでいる。
私は、日本型マネジメントをこう捉えたい。
日本型マネジメントとは、職務を先に固定するのではなく、人と関係を通じて仕事を運用する技術である。
これは、美化ではない。
批判でもない。
日本型マネジメントは、関係を資産にする。
同時に、関係を負債にもする。
その両面を見ないと、このテーマはわからない。
先に結論
日本型マネジメントは、単なる「終身雇用・年功序列・企業別組合」のセットではない。
それらは表面に現れた制度である。
その下には、より本質的な構造がある。
一つ目: 職務よりも、所属を先に置く
日本型マネジメントでは、人は特定の職務に雇われるというより、会社という場に入る。
入社してから仕事が決まる。
異動で役割が変わる。
育成しながら適性を見る。
人に合わせて仕事を渡す。
職務よりも、メンバーであることが先に来る。
これが、いわゆるメンバーシップ型の発想である。
二つ目: 個人能力よりも、関係の中で能力を見る
日本型マネジメントでは、能力は個人の中だけにあるものとして見られにくい。
上司との関係。
チーム内の立ち位置。
顧客との信頼。
現場の文脈理解。
社内調整のうまさ。
こうした関係の中で、その人の有能さが判断される。
三つ目: 明示されたルールよりも、暗黙の調整で動く
稟議や根回しは、単なる遅い意思決定ではない。
多くの場合、それは関係者の納得、リスクの事前吸収、責任の分散、実行時の協力を先に整える手続きである。
ただし、それが過剰になると、誰も決めない組織になる。
四つ目: 長期関係を前提に、人を育てる
日本型マネジメントは、長く働くことを前提にしやすい。
だから、今すぐ職務に合う人を外から買うより、未経験者を採用し、配置し、異動させ、OJTで育てる。
この仕組みは、現場知や会社固有の知識を蓄積するには強い。
しかし、環境変化が速い時代には、外部専門性の取り込みや職務の明確化が遅れることもある。
五つ目: 和は、調和であると同時に沈黙も生む
日本型マネジメントにおける「和」は、協力を生む。
しかし、異論を抑えることもある。
関係を守るために言わない。
空気を読んで止まる。
上位者の顔を立てる。
波風を立てない。
この時、和は組織の強みではなく、違和感の封じ込めになる。
今回扱う研究
今回は、日本型マネジメントを「歴史文化から紐解く」という観点で見る。
ただし、文化だけで説明しない。
日本人だからこうだ、という話にしない。
制度、労使関係、企業共同体、現場能力、社会構造がどう絡み合ったのかを見る。
1. 日本的経営を海外に示した古典
内容: 日本企業の雇用慣行や企業内の人間関係を分析し、欧米とは異なる日本企業の社会組織を示した古典的研究である。終身雇用、年功的処遇、企業別組合といった後に「三種の神器」と呼ばれる特徴を考える出発点になる。今回の記事では、日本型マネジメントを制度の寄せ集めではなく、企業を一つの社会組織として見る視点として読む。
著者: James C. Abegglen
著作: The Japanese Factory: Aspects of Its Social Organization
出版年: 1958年
2. 日本企業を「福祉的・共同体的な企業」として見た研究
内容: イギリスと日本の工場を比較し、労使関係、企業への所属、教育訓練、福利厚生、組合のあり方などの違いを検討した研究である。今回の記事では、日本型マネジメントを、雇用契約を超えて会社が生活や身分、育成まで抱える仕組みとして読む。
著者: Ronald P. Dore
著作: British Factory, Japanese Factory: The Origins of National Diversity in Industrial Relations
出版年: 1973年
3. 日本企業の水平的な情報構造を扱った研究
内容: 日本企業を、上から下へ命令するだけの階層組織ではなく、現場の知識を活かし、部門間で水平的に調整する組織としてモデル化した研究である。今回の記事では、日本型マネジメントの強みを「みんな仲良く」ではなく、現場知と相互調整による問題解決として読む。
著者: 青木昌彦
論文: Horizontal vs. Vertical Information Structure of the Firm
掲載誌: American Economic Review、1986年
4. 現場労働者の知的熟練を扱った研究
内容: 日本の製造業で、現場労働者が不確実性や変化に対応する知的技能を持ち、それが生産性や競争力に関わったとする研究である。今回の記事では、日本型マネジメントの強みを、従順な集団性ではなく、現場が考え、問題を処理する能力として読む。
著者: 小池和男
研究領域: 知的熟練論、職場内技能形成、日本の人材形成
5. メンバーシップ型雇用という整理
内容: 日本型雇用を、職務、労働時間、勤務地が明確に限定されたジョブ型ではなく、企業という共同体のメンバーになる雇用として整理した議論である。今回の記事では、日本型マネジメントの中核を「職務に人を当てる」ではなく「人に仕事を付ける」仕組みとして読む。
著者: 濱口桂一郎
論点: メンバーシップ型雇用、ジョブ型雇用、日本型雇用システム
6. 縦社会・場の論理を扱った社会構造論
内容: 日本社会では、資格や属性よりも、同じ場に属していることや縦の関係が人間関係を構成しやすいとする社会構造論である。今回の記事では、日本型マネジメントにおける上司部下、先輩後輩、部署、会社という「場」の強さを読む補助線として扱う。
著者: 中根千枝
著作: Japanese Society
出版年: 1970年
日本型マネジメントを制度だけで見ると、見誤る
日本型マネジメントを説明する時、よく使われる言葉がある。
終身雇用。
年功序列。
企業別組合。
いわゆる日本的雇用慣行の三種の神器である。
この説明は便利である。
しかし、これだけで日本型マネジメントを理解したつもりになると、かなり危ない。
なぜなら、制度の名前は見えても、その制度が何を運んでいたのかが見えないからである。
終身雇用は、単に「辞めさせない」仕組みではなかった。
長期的に育てる。
配置転換で経験を積ませる。
会社固有の知識を蓄積する。
社員の生活安定と会社へのコミットメントを結びつける。
こうした機能を持っていた。
年功序列も、単に「若手を安く使い、中高年を高くする」仕組みではなかった。
将来の昇給期待をつくる。
長期勤続のインセンティブをつくる。
年齢と役割の秩序をつくる。
社内で経験を積む意味をつくる。
こうした機能を持っていた。
企業別組合も、単に「会社ごとの組合」ではなかった。
会社の中で労使が交渉する。
会社全体の雇用と処遇を話し合う。
職種別ではなく企業共同体の中で利害を調整する。
こうした機能を持っていた。
つまり、日本型マネジメントの制度は、単独で存在していたのではない。
互いに支え合っていた。
長期雇用があるから、OJTが成り立つ。
OJTがあるから、職務を固定しなくても人を動かせる。
人を動かせるから、会社固有の経験が積み上がる。
会社固有の経験があるから、社内での評価と昇進が意味を持つ。
社内評価が意味を持つから、社員は会社の中で未来を描く。
この連鎖が、日本型マネジメントの本体である。
歴史的には、会社が「家」のような機能を持った
日本型マネジメントを歴史文化から見る時、避けて通れないのが「家」や共同体の発想である。
ただし、ここで注意がいる。
日本型マネジメントは、昔から変わらない日本文化がそのまま企業に入ったものではない。
江戸時代の商家。
明治以降の近代企業。
戦前の工場労務管理。
戦後の労使関係。
高度成長期の人材需要。
それぞれの時代で、制度は作り替えられてきた。
だから、「日本人は昔から会社を家族のように考える」と言い切るのは粗い。
しかし、会社が単なる契約の場ではなく、生活、身分、将来、仲間、評価、育成を含む場として機能してきたことは確かである。
会社は、職務契約ではなく所属の場になった
欧米型のジョブ発想では、まず職務がある。
その職務に必要な能力を持つ人を採用する。
職務が変われば、契約や役割も変わる。
一方、日本型では、まず会社に入る。
その後で、配置される。
育てられる。
異動する。
役割が変わる。
会社の中で人が作られていく。
この仕組みでは、仕事は固定された箱ではない。
仕事は、人と組織の関係の中で変化する。
会社は、能力を社内で育てる場になった
日本型マネジメントでは、未経験者を採用し、社内で育てることが重視されてきた。
新卒一括採用は、その典型である。
最初から完成された専門職を採るのではない。
将来のメンバーを採る。
育てながら、配置しながら、適性を見る。
これは遅い。
しかし、会社固有の知識を蓄積するには強い。
顧客の癖。
工場の暗黙知。
社内の意思決定経路。
品質の勘所。
組織内の信頼関係。
部門間の調整感覚。
こうしたものは、職務記述書だけでは渡しにくい。
長期関係の中で体得される。
会社は、個人の生活と将来を抱え込んだ
日本型マネジメントでは、会社が社員の生活に深く関わってきた。
賃金。
福利厚生。
住宅。
企業内教育。
異動。
昇進。
定年。
退職金。
会社は、単に仕事を渡す場ではなく、人生の見通しを与える場でもあった。
このことは、社員に安心を与えた。
同時に、会社から離れにくくもした。
会社の中で評価されることが、人生の安定に直結する。
だから、会社の論理は強くなる。
ここに、日本型マネジメントの温かさと息苦しさが同時にある。
文化的には、「場」と「縦の関係」が仕事を動かした
日本型マネジメントを文化から見る時、重要なのは「個人」よりも「場」が強いことである。
中根千枝の議論では、日本社会では資格や属性よりも、同じ場に属していることや縦の関係が人間関係を構成しやすいとされる。
この見方をそのまま企業に当てはめすぎるのは危険である。
ただ、日本企業の人事やマネジメントを見ていると、場の力はたしかに大きい。
部署。
会社。
同期。
上司。
先輩。
プロジェクト。
取引先。
人は、これらの場の中で意味づけられる。
人は「何ができるか」だけでなく「どこに属しているか」で見られる
同じ能力を持っていても、どの部署にいるかで期待は変わる。
同じ発言でも、誰の部下かで受け取られ方が変わる。
同じ成果でも、どの文脈で出したかで評価が変わる。
これは不合理に見える。
実際、不合理な面もある。
しかし、組織は完全な市場ではない。
人は、関係の中で動く。
誰が言うか。
誰が支えるか。
誰が責任を持つか。
誰が後ろにいるか。
これが仕事の進み方に影響する。
縦の関係は、教育装置にも統治装置にもなる
日本型マネジメントでは、上司部下、先輩後輩の関係が強い。
これは、単なる上下関係ではない。
仕事を教える。
顧客を紹介する。
社内の動き方を伝える。
失敗をかばう。
評価につなげる。
暗黙のルールを教える。
縦の関係は、教育装置として働く。
しかし同時に、統治装置にもなる。
言いにくい。
逆らいにくい。
空気を読む。
顔をつぶさない。
序列を乱さない。
これが強くなると、異論や挑戦が出にくくなる。
日本型マネジメントの難しさは、同じ関係が育成にも抑圧にもなることである。
和は、協力の技術であり、沈黙の技術でもある
日本型マネジメントでは、和が重視される。
和は、悪いものではない。
対立を調整する。
相手の立場を考える。
全体最適を意識する。
実行時の協力を確保する。
組織の摩擦を下げる。
これらは、明らかに強みである。
しかし、和は沈黙も生む。
反対意見を飲み込む。
違和感を言わない。
上司の意向を先読みする。
本音と建前が分かれる。
決定前に過剰な根回しをする。
和は、協力の技術である。
同時に、対立を見えなくする技術にもなる。
経営的には、現場知と相互調整が強みだった
日本型マネジメントの強みを、精神論だけで語るのはもったいない。
日本型マネジメントには、かなり実務的な強みがあった。
その一つが、現場知と相互調整である。
青木昌彦の研究は、日本企業を、単に上から命令する階層組織ではなく、現場や部門が情報を持ち寄り、水平的に調整する組織として捉えた。
これは、日本型マネジメントの重要な本質である。
現場が考える
日本型マネジメントの強さは、現場がただ指示を待つだけではなかった点にある。
現場が問題を見つける。
現場が改善する。
現場が不具合を拾う。
現場が顧客の反応を読む。
現場が部門間のズレを調整する。
小池和男の知的熟練論でも、現場労働者が不確実性や変化に対応する知的技能を持つことが重視されている。
つまり、日本型マネジメントの現場主義は、「現場に任せる」という美談ではない。
現場が考える能力を持っていることが前提である。
部門間で調整する
日本型マネジメントでは、職務が明確に切られすぎていないからこそ、部門間調整が起きやすい面がある。
製造と設計。
営業と開発。
人事と現場。
本社と支店。
上司と部下。
境界が曖昧だから、話し合える。
境界が曖昧だから、助け合える。
境界が曖昧だから、現場で吸収できる。
これは強みである。
しかし、同時に弱みでもある。
境界が曖昧だから、責任が曖昧になる。
境界が曖昧だから、誰かに負荷が寄る。
境界が曖昧だから、調整できる人に仕事が集中する。
日本型マネジメントは、曖昧さを運用することで強かった。
しかし、曖昧さを可視化しないまま放置すると、強みは負債になる。
改善は、現場の小さな知の蓄積である
日本企業の強みとして、改善、品質、現場の工夫がよく語られる。
ここにも、日本型マネジメントの特徴がある。
大きな戦略だけで組織を動かすのではない。
日々の小さな問題を見つける。
少し直す。
共有する。
標準化する。
また変える。
こうした積み重ねが、品質や生産性につながった。
これは、職務が明確で個人が自分の範囲だけを守る組織では起こりにくい。
会社への所属、現場への責任、長期的な改善意識が結びつくことで生まれた強みである。
日本型マネジメントの弱点は、古さではなく過剰適応である
日本型マネジメントは、よく「古い」と言われる。
たしかに、古くなった部分はある。
しかし、問題は古さだけではない。
むしろ、かつて機能した仕組みが、前提の変化に合わせて更新されないことが問題である。
長期雇用は、育成の土台にも固定化の原因にもなる
長期雇用は、人を育てるには強い。
会社固有の知識が蓄積する。
信頼関係ができる。
短期成果だけで人を見なくて済む。
未経験者を育てる余裕が生まれる。
しかし、長期雇用は固定化も生む。
合わない配置が続く。
外に出る選択肢が弱くなる。
中高年の再配置が難しくなる。
役割が変わっても処遇を変えにくい。
長期関係は、安心を生む。
同時に、動きにくさも生む。
年功は、秩序にも停滞にもなる
年功は、組織に秩序を与える。
経験が尊重される。
将来の見通しが立つ。
若手が安心して学べる。
長期勤続に意味が生まれる。
しかし、年功が強すぎると、能力や役割とのズレが大きくなる。
若手の挑戦が遅れる。
中堅が詰まる。
役割に合わない処遇が残る。
年齢が暗黙の権威になる。
年功そのものが悪いのではない。
年齢、経験、役割、貢献を分けて扱えないことが問題である。
和は、協力にも忖度にもなる
和は、組織を動かす力である。
しかし、和が過剰になると、意見が消える。
反対しない。
問い直さない。
違和感を言わない。
決定責任を曖昧にする。
その結果、表面上は穏やかでも、深いところで問題が進行する。
離職。
不正。
ハラスメント。
品質問題。
顧客不満。
管理職の疲弊。
和を守っているようで、組織の健全性を損なうことがある。
現場主義は、現場任せにもなる
現場主義は強い。
顧客に近い。
問題に近い。
改善に近い。
実行に近い。
しかし、現場主義が過剰になると、現場任せになる。
本社が決めない。
経営が優先順位を出さない。
制度が曖昧なまま現場で吸収させる。
管理職が板挟みになる。
現場が強いことと、現場に背負わせることは違う。
ここを間違えると、日本型マネジメントは静かに人を消耗させる。
現代の人事は、日本型マネジメントをどう扱うべきか
日本型マネジメントをすべて捨てる必要はない。
しかし、守るべきものと更新すべきものを分ける必要がある。
1. 長期育成は残し、無限定な働かせ方は減らす
日本型マネジメントの強みは、人を長期で育てることだった。
これは今も価値がある。
未経験者を育てる。
現場知を蓄積する。
複数部署を経験させる。
会社固有の文脈を理解させる。
こうした長期育成は、簡単に捨てるべきではない。
一方で、無限定な働かせ方は見直す必要がある。
どこへでも異動できる。
何でも担当できる。
いつでも残業できる。
会社の都合を優先できる。
これを前提にしたマネジメントは、もう持続しにくい。
長期育成と無限定性を切り分ける。
ここが現代の人事の重要課題である。
2. 関係性を活かしつつ、職務と責任を明確にする
日本型マネジメントは、関係性に強い。
上司が見る。
先輩が教える。
チームで支える。
部門を越えて調整する。
これは残してよい。
しかし、関係性だけに任せると、責任が曖昧になる。
誰が決めるのか。
誰が支援するのか。
誰が評価するのか。
誰が説明するのか。
どこまでが本人の役割なのか。
ここを明確にする。
関係性を捨てるのではない。
関係性に、職務と責任の輪郭を与える。
3. 和を守るのではなく、対立を扱えるようにする
現代の組織では、和を保つだけでは足りない。
むしろ、違いを扱う力がいる。
世代が違う。
雇用形態が違う。
専門性が違う。
価値観が違う。
働き方が違う。
国籍や文化が違う。
これらを「和」で包み込むだけでは、限界がある。
必要なのは、対立を壊さずに扱う技術である。
反対意見を言える。
違和感を出せる。
論点を分ける。
責任を明確にする。
合意できない点を残せる。
これからの日本型マネジメントは、和を守るマネジメントから、対立を扱うマネジメントへ進む必要がある。
4. 現場知を、属人化ではなく組織知に変える
現場知は日本型マネジメントの宝である。
しかし、属人化したままだと危うい。
あの人しか知らない。
あの人がいないと回らない。
あの人の感覚に頼る。
あの人の調整力で吸収する。
これは強みではなく、限界である。
現場知を記録する。
共有する。
標準化する。
更新する。
教育に組み込む。
現場知を人から奪うのではない。
人の中にある知を、組織が学べる形に変える。
日本型マネジメントを再定義する
日本型マネジメントを、単に「古い日本企業のやり方」と見ると、捨てるか守るかの二択になる。
しかし、本当に必要なのは再定義である。
私は、日本型マネジメントを次のように分解したい。
関係資本のマネジメント
人と人の関係を、仕事の資産として使う。
上司部下。
先輩後輩。
同期。
部門間。
顧客との長期関係。
これらは、信頼、調整、学習、協力を生む。
ただし、関係が閉じると、排他性や忖度も生む。
文脈熟達のマネジメント
職務そのものだけでなく、その会社、その現場、その顧客、その製品、その業界に熟達する。
これは、外からすぐには買えない力である。
しかし、文脈に閉じると、外部で通用しにくい能力にもなる。
曖昧性運用のマネジメント
職務や責任が完全に切られていなくても、関係と調整で動かす。
これは、変化や例外に強い。
しかし、曖昧さを誰かが背負い続けると、疲弊が起きる。
長期育成のマネジメント
今できる人を採るだけでなく、時間をかけて人を育てる。
これは、人材不足の時代にはむしろ重要になる。
しかし、長期育成が遅い昇進や固定的な処遇と結びつくと、若手や専門人材を失う。
違和感として締める
日本型マネジメントは、よく批判される。
遅い。
曖昧。
同調圧力が強い。
年功的。
職務が不明確。
意思決定が見えにくい。
その批判は、かなり正しい。
しかし、それだけでは少し浅い。
なぜなら、日本型マネジメントは、ただ遅いから遅いのではない。
関係を先に整えようとするから遅い。
ただ曖昧だから曖昧なのではない。
職務よりも人と状況で仕事を動かしてきたから曖昧なのである。
ただ同調圧力が強いのではない。
和と協力を、組織の実行力に変えてきたから強いのである。
問題は、日本型マネジメントに価値がないことではない。
価値があったものを、更新しないまま使い続けていることである。
長期育成は必要である。
しかし、無限定な忠誠はもう危うい。
現場知は必要である。
しかし、属人化したままでは継承できない。
和は必要である。
しかし、異論を殺す和はいらない。
関係性は必要である。
しかし、関係だけで責任を曖昧にしてはいけない。
日本型マネジメントの本質は、終身雇用でも年功序列でもない。
もっと深いところにある。
人を、職務だけで見ない。
仕事を、契約だけで動かさない。
組織を、ルールだけで統治しない。
関係、文脈、時間、育成、調整を通じて、人と仕事を結び直す。
これが日本型マネジメントの核である。
だからこそ、これから問うべきことは「日本型を捨てるか、守るか」ではない。
どの関係を資産として残すのか。
どの曖昧さを明確にするのか。
どの長期性を育成に使うのか。
どの和を、対話に変えるのか。
どの現場知を、組織知に変えるのか。
日本型マネジメントは、過去の遺物ではない。
更新されなければ負債になる。
しかし、うまく編み直せば、職務だけでは捉えきれない人と組織の力を扱う、かなり高度なマネジメント技術になりうる。
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指示や命令を超えて、人が動く条件を扱っています。
根拠・確認メモ
James C. Abegglenの The Japanese Factory に関する整理を確認した。日本企業の雇用慣行や企業内社会組織を考える古典として、終身雇用、年功的処遇、企業別組合に関する議論の出発点になる。
JILPTの日本型雇用システムに関する資料を確認した。高度成長期から安定成長期にかけて、長期雇用、年功主義、企業別労働組合が日本的雇用慣行の「三種の神器」と呼ばれてきた。
Ronald P. Doreの British Factory, Japanese Factory と関連する解説を確認した。日本企業を、雇用契約を超えて生活、育成、福利厚生、所属意識まで含む企業共同体として見る視点がある。
青木昌彦の Horizontal vs. Vertical Information Structure of the Firm を確認した。日本企業の強みを、現場知と水平的な情報調整の観点から捉える補助線として参照した。
小池和男の知的熟練論に関するレビューを確認した。日本の製造業における現場労働者の不確実性対応や問題処理能力を、日本型マネジメントの現場知として読んだ。
濱口桂一郎氏のメンバーシップ型雇用・ジョブ型雇用に関する議論を確認した。日本型雇用を、職務・労働時間・勤務地が限定されない、企業共同体のメンバーになる雇用として整理する視点を参照した。
中根千枝の Japanese Society に関する解説を確認した。場と縦の関係を重視する社会構造論を、日本型マネジメントの文化的補助線として扱った。ただし、文化決定論にならないよう、制度・歴史・経営機能とあわせて整理した。
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