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真面目な人ほど、仕事で壊れることがある。

きちんとやる。
期待に応える。
迷惑をかけない。
期限を守る。
言われたことを忘れない。
相手の意図を汲む。
自分の責任として引き受ける。

どれも大切である。

会社は、真面目な人に支えられている。

約束を守る人がいるから、仕事は回る。
細部を見る人がいるから、事故は減る。
相手を気にする人がいるから、関係は保たれる。
面倒なことを引き受ける人がいるから、組織は崩れない。

でも、少し立ち止まりたい。

真面目であることは、いつも美徳なのだろうか。

真面目な人ほど、断れない。
真面目な人ほど、自分を責める。
真面目な人ほど、雑に扱われた仕事まで丁寧に拾う。
真面目な人ほど、曖昧な指示を自分の努力で補う。
真面目な人ほど、壊れかけても「まだ大丈夫です」と言う。

そして、真面目な人ほど、真面目でない人の分まで背負う。

ここに、職場のかなり深い問題がある。

真面目さは、個人の美徳である。

しかし組織の中では、真面目さは搾取されることがある。

だから私は、あえて言いたい。

不真面目になった方がいい。

もちろん、仕事を雑にしろという意味ではない。

約束を破れという意味でもない。
責任を放り出せという意味でもない。
人に迷惑をかけろという意味でもない。

ここで言う不真面目とは、仕事から逃げることではない。

過剰な真面目さに呑まれず、自分と仕事の距離を取り戻すことである。



真面目さには、二種類ある

真面目さには、よい真面目さと危ない真面目さがある。

よい真面目さは、仕事を支える。

約束を守る。
丁寧に確認する。
相手に敬意を持つ。
期限を意識する。
学び続ける。
自分の役割を引き受ける。

これは、仕事の土台である。

問題は、危ない真面目さである。

危ない真面目さは、自分を消して仕事に合わせる。

本当は無理なのに、できますと言う。
違和感があるのに、黙って進める。
役割外なのに、自分が拾う。
指示が曖昧なのに、自分の理解不足だと思う。
相手が雑なのに、自分の努力で帳尻を合わせる。
疲れているのに、疲れていると言えない。

この真面目さは、仕事を支えているようで、実は組織の歪みを隠す。

本来なら、業務量を見直すべきである。
本来なら、上司が判断すべきである。
本来なら、役割を整理すべきである。
本来なら、優先順位を決めるべきである。
本来なら、仕組みを変えるべきである。

でも、真面目な人が頑張ると、問題が見えなくなる。

仕事が回ってしまう。
納期に間に合ってしまう。
顧客には迷惑がかからない。
上司は困らない。
周囲は助かる。

そして、本人だけが削られていく。

これは美徳ではない。

組織の未処理を、個人の真面目さで埋めているだけである。


不真面目とは、雑になることではない

不真面目という言葉は、誤解されやすい。

サボる。
手を抜く。
いい加減にする。
責任感がない。
遅刻する。
約束を守らない。
人に迷惑をかける。

そういう意味ではない。

私が言いたい不真面目は、もっと知的な態度である。

全部を自分の責任にしない。
曖昧な指示を、曖昧なまま引き受けない。
無理な納期を、努力不足で処理しない。
相手の感情まで、自分が背負わない。
組織の矛盾を、自分の根性で吸収しない。
優先順位のない仕事に、自分の人生を差し出さない。

これは逃げではない。

むしろ、仕事を正しく見るための距離である。

真面目すぎる人は、仕事に近づきすぎる。

近づきすぎると、全体が見えない。

何が本当に重要なのか。
誰が決めるべきなのか。
どこまでが自分の役割なのか。
どこから先は組織の問題なのか。
この仕事は本当に必要なのか。
このやり方を続ける意味はあるのか。

こういう問いが消える。

真面目さが強すぎると、問いを持つ前に手が動く。

言われたからやる。
必要そうだからやる。
誰かが困りそうだからやる。
自分がやった方が早いからやる。

結果として、真面目な人ほど、考えなくなる。

これはかなり怖い。

真面目さは、時に思考停止を礼儀正しく見せる。


真面目な人は、認知地形を狭くする

真面目な人は、認知地形が狭くなることがある。

やるべきことが見える。
足りないことが見える。
自分の責任が見える。
相手の期待が見える。
締切が見える。
ミスの可能性が見える。

一方で、見えなくなるものがある。

やらなくていいこと。
断っていいこと。
上司に戻していいこと。
仕組みの問題として扱うべきこと。
他の人に任せるべきこと。
いったん止めて考えるべきこと。
雑に扱ってよい軽い仕事。

真面目さは、注意を「やるべきこと」に集める。

それ自体は悪くない。

しかし、注意がそこに集まりすぎると、「やらない」という選択肢が見えなくなる。

これが、真面目さの罠である。

真面目な人は、よくこう考える。

私がやらなければ。
ちゃんとしなければ。
迷惑をかけてはいけない。
期待に応えなければ。
ここで手を抜いてはいけない。

この考えは、立派である。

でも、その裏側で別の問いが消えている。

それは本当に私がやるべきなのか。
その期待は妥当なのか。
その期限は現実的なのか。
その品質は必要なのか。
その仕事は、誰の不備を埋めているのか。
その頑張りは、何を見えなくしているのか。

不真面目さとは、この問いを取り戻すことである。


不真面目には、技術がいる

不真面目になるには、技術がいる。

ただ投げ出すだけなら、子どもでもできる。

大人の不真面目さは、投げ出さない。

ただし、全部は引き受けない。

一つ目は、仕事を軽く見る技術である

すべての仕事を重く見ない。

絶対に外せない仕事。
そこそこ丁寧でよい仕事。
一度形にすればよい仕事。
やらなくても大きな問題にならない仕事。
誰かに渡した方がよい仕事。
そもそも目的が曖昧な仕事。

これらを分ける。

真面目な人は、全部を重く見る。

だから疲れる。

不真面目な人は、仕事に重さをつける。

だから持ち続けられる。

二つ目は、曖昧な仕事を曖昧なまま飲まない技術である

真面目な人は、曖昧な指示を自分の努力で補う。

でも本来、曖昧な指示は戻してよい。

どこまでやればよいですか。
何を優先しますか。
期限はいつですか。
誰に確認すればよいですか。
この品質で足りますか。
他の業務と比べて、どちらが優先ですか。

これは反抗ではない。

仕事を成立させるための確認である。

三つ目は、申し訳なさに支配されない技術である

断ると申し訳ない。
頼まれると断れない。
相手が困っているなら助けたい。
自分がやれば丸く収まる。

この気持ちは分かる。

しかし、申し訳なさを基準にすると、仕事は無限に増える。

人は、申し訳なさを感じる相手に、境界線を引きにくい。

だから、不真面目さには境界線がいる。

今はできません。
そこまでは持てません。
先に優先順位を決めたいです。
このままだと品質が落ちます。
これは私ではなく、上司判断が必要です。

こう言えることが、不真面目の技術である。

四つ目は、完璧にしない技術である

完璧にしないことは、雑にすることではない。

目的に対して十分な品質で止めることである。

資料は、会議で意思決定できればよい。
議事録は、次の行動が分かればよい。
報告は、判断に必要な情報があればよい。
説明は、相手が動ける程度に伝わればよい。

全部を美しくする必要はない。

真面目な人は、仕事を作品にしてしまう。

でも、仕事の多くは作品ではない。

前に進めるための道具である。


組織に必要なのは、不真面目を許す余白である

不真面目は、個人の態度だけではない。

組織にも必要である。

すべてを完璧にやろうとする組織は、遅い。
すべてを会議で詰める組織は、重い。
すべてを稟議にする組織は、鈍い。
すべてに説明責任を求める組織は、挑戦しにくい。
すべての失敗を記録する組織は、学習より防衛に向かう。

真面目な組織ほど、現場に余白がない。

余白がない組織では、人は考えない。

考える前に、処理する。
試す前に、説明する。
相談する前に、整える。
失敗する前に、隠す。
違和感を持つ前に、従う。

こうして、組織は静かに硬くなる。

不真面目を許すとは、規律をなくすことではない。

大事なところを守るために、軽く扱ってよいところを決めることである。

ここは絶対に守る。
ここは六割でよい。
ここは試してから考える。
ここは現場判断でよい。
ここは後で直せばよい。
ここはやめてもよい。

この濃淡が、組織を動きやすくする。

全部を大事にする組織は、結局、何も大事にできない。


管理職は、部下の真面目さを食べていないか

管理職にとって、真面目な部下はありがたい。

言えばやってくれる。
期限を守る。
細部まで見る。
周囲と調整する。
不満を言わずに拾ってくれる。
期待以上に仕上げてくれる。

だから、つい頼る。

でも、ここで気をつけたい。

その人の真面目さを、管理職が食べていないか。

曖昧な指示を出していないか。
優先順位を決めずに渡していないか。
無理な納期を、本人の努力で吸収させていないか。
他の人の未処理を、その人に寄せていないか。
できる人だからと、負荷を増やし続けていないか。
本人が断らないことに甘えていないか。

真面目な人は、壊れる直前まで機能する。

だから、管理職は気づきにくい。

むしろ、問題が見えた時には遅い。

突然休む。
急に表情が消える。
ミスが増える。
相談が減る。
退職を切り出す。

その時、管理職は言う。

そんなに負担だったとは思わなかった。

でも、違う。

見えていなかったのではない。

見ようとしていなかったのである。

部下の真面目さを前提にして、仕事を組んでいたのである。

管理職の仕事は、部下を真面目に働かせることではない。

部下の真面目さが、搾取されないように仕事を整えることである。


人事は、不真面目を制度化できるか

人事にも、不真面目の視点がいる。

制度は、真面目な人を前提にしがちである。

みんなが正しく入力する。
みんなが面談を丁寧に行う。
みんなが評価コメントを書く。
みんなが研修後に行動する。
みんながキャリアを自分で考える。
みんなが制度趣旨を理解する。

でも、実際の現場はそうではない。

忙しい。
忘れる。
面倒くさい。
後回しにする。
形だけで済ませる。
理解したふりをする。
本音を言わない。
とりあえず前例で処理する。

ここを見ずに制度を作ると、制度は真面目な人だけに負荷を乗せる。

ちゃんと入力する人だけが損をする。
丁寧に面談する管理職だけが疲れる。
育成に向き合う上司だけが時間を奪われる。
声を上げる人だけが面倒な人になる。

だから、人事は不真面目を制度に織り込む必要がある。

人は忘れる前提でリマインドする。
面倒ならやらない前提で簡素化する。
時間がない前提で入力項目を減らす。
上司が逃げる前提で責任を明確にする。
形骸化する前提で運用を点検する。
本音が出ない前提で複数の相談経路を置く。

これは、人を信じないという話ではない。

人間を、過剰に美化しないという話である。

真面目な制度は、人間をきれいに見積もりすぎる。

よい人事制度は、人間の不真面目さまで含めて設計されている。


不真面目は、真面目さを守る

ここまで来ると、不真面目の意味が少し変わる。

不真面目とは、仕事を軽んじることではない。

むしろ、真面目さを守るための態度である。

本当に大事な仕事に力を残すために、軽い仕事を軽く扱う。
本当に守るべき約束を守るために、曖昧な期待を引き受けすぎない。
本当に向き合うべき相手に向き合うために、不要な処理を減らす。
本当に考えるべき問いを考えるために、作業に埋もれない。
本当に壊してはいけない自分を守るために、全部を背負わない。

不真面目は、真面目さの敵ではない。

過剰な真面目さから、真面目さを救い出す技術である。

仕事に誠実であることと、すべてを引き受けることは違う。

責任感があることと、境界線がないことは違う。

期待に応えることと、期待に支配されることは違う。

丁寧に働くことと、自分を削ることは違う。

ここを間違えると、人は真面目に壊れる。


最後に

不真面目であれ。

ただし、雑になるな。

不真面目であれ。

ただし、逃げるな。

不真面目であれ。

ただし、考えることをやめるな。

ここで言う不真面目とは、仕事との距離を取り戻すことである。

全部を抱えない。
全部を重く見ない。
全部を自分の責任にしない。
全部を完璧にしない。
全部に応えようとしない。

そして、本当に大事なものを見失わない。

真面目な人ほど、不真面目さを学んだ方がいい。

なぜなら、不真面目さがない真面目さは、やがて自分を壊すからである。

仕事を大事にするために、仕事から少し離れる。

組織に貢献するために、組織の未処理を一人で吸収しない。

人に誠実であるために、自分にも誠実でいる。

これが、不真面目のススメである。


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根拠・確認メモ

この原稿は、過剰適応、境界線、仕事の優先順位、管理職の負荷配分、人事制度の形骸化を、「不真面目」という逆説的な言葉で束ねたコラムである。

ここでいう不真面目は、怠惰や無責任ではない。

過剰な真面目さに呑まれず、仕事との距離を取り戻し、本当に大事なものに力を残すための態度として扱っている。


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