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変わらない言葉、変わり続ける文字|モンゴルとキリル文字の関係をのぞく【モンゴル10日間一人旅】ウランバートル・サインシャンド・カラコルム

GWにモンゴルへ行った。ウランバートルに6泊、サインシャンドでは寝台列車旅、カラコルムでは2泊した。

モンゴル滞在のテーマの一つに、キリル文字とモンゴル語の実態を知りたいというものがあった。

キリル文字とモンゴル語、ロシア語

モンゴルで話されているモンゴル語は、現在キリル文字で書かれている。これは国として採択されたものなので、空港から道路標識から全てキリル語ベース。もちろんモンゴル文字で併記されているものもある。

これはキリル文字。ロシア語と同じ文字。意味は美術館

モンゴル語を表記する際のキリル文字と、ロシア語を表記する際のキリル文字(ロシア語キリル文字)は少しの違いはあれど、ほぼ同じなのでロシア語キリル文字がわかればほぼキリル語表記のモンゴル語は、音として読めるのだ。

ロシア語話者の私は、キリル文字自体は読めるもののモンゴル語はわからない、つまり何が書いてあるかは全くわからないけれど発音はできるという状態になってしまう。文字と言語の狭間で迷うということはどんな感覚なのかを体験してみたかった。

読めるのに分からない、ひいては意思の疎通が図れない時私はどんなことを感じるのか知りたかった。純粋に文字が読めない、発音できない以上のフラストレーションを感じるのか、それとも全く予期していない感覚を得るのか。

不思議な感覚と積もっていく焦り

読めるけど全く意味がわからない。そして人の話していることが全く聞き取れず、わからない。

バス停

これは本当に不思議な感覚だった。例えばバス停。路線図は地名なので、意味がわからなくても音で判断できる。ナライハに行きたいなら Налайх がナライハだと分かるし、発音もできる。 Налайх 行きのバス停がこの場所で合っているかどうかをバス停の周りに立っている人に聞きたいなら、 Налайх? と聞くと何となくわかってくれる。

優しさをありがたく受け取るにも、多少の語学が必要なのだ。

でもそこで Налайх? と聞いたことによって、その人は、私が多少なりともモンゴル語を理解していると思ってモンゴル語で詳しく説明してくれる。でも私は全くわからない。優しさをありがたく受け取るにも、多少の語学が必要なのだ。この人は優しく教えてくれている、でも理解することはできない。申し訳ない気持ちが焦りを生むと同時に、SF映画のような、何か不思議なことが起こっていて日常生活に矛盾が生じているような感覚を得た。

モンゴル語と文字の簡単ではない関係

私はモンゴル語を全く知らないし、歴史に詳しいわけでもないけれど、モンゴル滞在中にお世話になった滞在先のオーナーや、観光地で偶然居合わせたモンゴル人旅行者、カラコルムのツアーガイドさん、東京在住のモンゴル出身の知人、オーストラリア在住のモンゴル出身の知人によると、モンゴル文字の表記はとても複雑で難しいらしい。

東京在住の知人。ありがとう!

キリル文字が採択された理由の一つに、この複雑で難解な文字表記を解決するためにシンプルに整理し直す狙いがあったとのこと。

モンゴル文字は縦書き、左から右へ

キリル文字を使用する以前のモンゴル語(モンゴル文字を用いたモンゴル語)は、本来縦書き。そして左から右へ進んでいく。

ウランバートルで見つけたグラフィティ
これもキリル文字。サインシャンドと読む。

建物の名前や駅の駅名など公共性が高いものはキリル文字(モンゴル文字併記も多い)で、でもその建物やカルチャーの文化やこだわりを示す場合にはモンゴル文字だけが堂々と記されていることも多く、そのバランス感やその文化的な奥行きに毎日わくわくと街を見つめていた。

モンゴル書道

そんな感覚の中、カラコルムツアーで出会ったのがモンゴル書道。伝統的なモンゴル文字の表記で美しい装飾的な特徴を持った書道。一筆書きで書かれるのも特徴的で、川のように流れを持ち、しなやかだが時に荒々しい。このモンゴル書道についてはまた別の note にてまとめる。

ちなみにタイトル写真は、ウランバートルで見つけた看板。キリル文字でニュートーキョーと書いてある。セーラームーンみたい!(セーラームーンはクリスタルトーキョーだよ)

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