影を抱いたまま光を生きる
昨日、自分の中から出てきた言葉が、衝撃でした。
「もし1週間だけ寂聴さんになれるなら、完成された姿ではなく、批判の嵐の中で出家を決めた、あの一週間に立ってみたい」
私は寂庵に憧れているのに、その姿ではないところを選びました。
なぜだろう・・・
でも、何回考えてもそこを選んでしまうのです。
寂聴さんの晩年は、あんなに穏やかで温かい。
法話の言葉は柔らかく、笑顔はまるで光そのものみたいで。
でも、あの柔らかさの奥にあるものに、私は惹かれているのかもしれません。
世間を騒がせた大恋愛は、道ならぬ恋でした。
でも、彼女は激しく燃える炎で貫いた。
出家はその激しさを手放したからではない、のではないでしょうか。
激しさを、ちゃんと自分の中に持ったまま、あそこに立ったのだと私は思います。
漢方には「陰陽太極図」というものがあります。
黒と白の勾玉が組み合わさり、一つの丸が作られています。黒の中にも白があり、白の中にも黒がある。 それぞれが相手を内包しています。
どちらも否定しない。どちらも、ちゃんとそこに在る。
寂聴さんの人生は、まさにそれだった気がします。
不倫も、出家も、どちらかを消して丸くなったのではありません。 両方を抱えたまま、丸くなった強さを感じるのです。
もしあなたにも、誰かに責められた記憶があるなら、、、
自分の影を、どこかに隠そうとしてきたなら、、、
そんなあなたのことを思いながら、書いています。
人それぞれに影を抱いていると思います。
私にも、影があります。
義母の介護をしていた時期、批判の嵐に晒されました。
寂聴さんが受けた批判とは比べものにならないけれど 「誰も認めてくれない」という感覚は、心の深いところに冷たく刺さりました。
それでも今、あの時間があったから見えるものがある、と思えています。
影があったからこそ、すこしの光にも気づけます。
影を消そうとしなくていい。
光だけを見せようとしなくていい。
両方持っているから、同じように影を持つ人の前で、静かに座っていられる。
寂聴さんのあの一週間に惹かれたのは、もしかしたらそれを深く感じたから、なのかもしれません。
余すことなく全うする、というのは きれいな部分だけを積み上げることじゃなくて、全部ひっくるめて、丸ごと生きることなんだと思うのです。

最後までお読み頂きありがとうございました。
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