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鈍色の犬と、ノレミナス通りの入口にたつ

ある日、夜の入口あたり。
駅前の広場で、僕はあのひとと待ち合わせた。


ポケットの中で、スマホが震えた。
短いメッセージ。


「もう着く」


​彼女のメッセージは常に殺し屋みたいにハードボイルドだ。
いつ何時も様式美だけ纏う。


画面を閉じ、僕は再び視線を上げた。

​気配のようなものを感じたのだ。

鈍色にびいろの、牙を剥いて目を猛々しくつり上げ、それでいてやたら寂しげな、毛の長い犬の像が隣に立つ。

駅前商業施設の強い照明のせいか、毛の織りなす陰影が濃く見えた。
なんだか生きているみたいと思ったが、別の激しい感情にかき消された。


左耳のイヤホンに意識を戻した。

流れていたのは、andymoriの『1984』。

小山田壮平のハイトーンヴォイスが、キラキラ輝くアコギの音色と混ざり合い、ターミナル駅の喧騒に、明るさに、紛れていく。


サビの「ファンファーレと熱狂!」
が、いつもと違って響く。


未侑みゆちゃんと待ち合わせている。


たぶん僕たちは今から、ラブホテルへ行く。


前回、飲んだ時、話が出た。
どっちからだったか忘れた。

「じゃ、いまから行く?」、
しれっと言った。が、もちろん、バックバクだ。

「明日、コンビニバイトが早朝だ……次回だ」



数分後、人の流れの切れ目から彼女が現れた。


​「……あんでぃもりるわけ?」


​開口一番、そう言った。

僕は
「や、逆に、なんでわかったの?」、
びっくりして、真顔で言った。

たぶんそれでよかったみたいだ。

言った直後、えっもしかして未侑ちゃんandymoriのこととか全然聞いてなくて「なんでもういるわけ?」って言ったのか、と狼狽した、が、


「気が合う。私も、あんでぃもりりたい……」

僕はそれを受けて、
​「いや、なんのはなしですか……」、思わずつぶやいた、すると

「早すぎるぞ。回収期間、来月11日からな」

​吐き捨てながら、彼女は僕の横に並んだ。

こちらを見ることもなく、そのまま前を向いている。

ふと、彼女の足元に目をやった。
今日の彼女は、グレーのプリーツスカートを履いていた。
歩くたびに規則正しく揺れる裾のラインが、いつもよりワイセツだ。

下ろしたてなのだろう。
そして、その下も……。

なんでもかんでもシモに変換される。
彼女が悪い。
いや、僕が悪い。

​「スカート、似合う」

​僕がそう言うと、彼女はこともなげに言った。

「……サンキューセックス」

​さっきまでの拒絶が嘘だったかのような、あまりにフラットな響きだ。
っていうか、今、なんて?
立ち眩みがする。

​「……行かないのか?」

​彼女が不服そうに呟いた。

僕が動かずにいると、不意に手首を強く引かれた。

彼女の指先が、僕の手根骨しゅこんこつの突起に触れた。
そこだけ、やけに熱く感じた。

​「行くぞ」

​彼女はそのまま歩き出した。
僕はその足取りに従う。          

けばけばしい顔で街が僕らに襲いかかり、飲み込んでいく。

ノレミナス通りは、うちらの大学の生徒ならだいたい知っているだろう、この街の通りの名だ。

道の終わりの方に、ラブホテル「ノレミナス」がある。

人の数がぐっと減る。

道端のケバブ屋から漂う強い匂いも、今は僕をただ昂らせてくれる。

未侑の手は固い。離されない。

さっきの彼女の言葉を思い出す。

「サンキューセックス」は、どういうつもりで言ったのか。

彼女の横顔を見る。
けど、何も、読み取れない。

僕らは、いや、未侑、君は、この足取りで、リズムで、今どこに向かっているのか。

でもだんだん、別に分からなくてもいいような気もした。


かの有名な「HOTEL ノレミナス」のネオンサインが、遠くに見えてきた。


「なあ『3、2、1』って言って」


「へっ?」


「早くしろ」


「あ、はい……3、2、1」


「ヴアァァァァァァァンン!!!!!!!」、


叫ぶより早く手を離した未侑が、ダッシュでホテルの前を通過し、さらに先へ、遠くへ、走り去っていく。


1秒、2秒。
はっとして、僕も駆け出した。

駆け出す直前、気配を感じて、道の後ろを振り向いた。
少し離れた場所に、犬がいた。
どこかでみたような、鈍色の犬。

そいつが、にたっと、笑った。
うえっと思った。
が、そうだった、それどころじゃなかった、そう意識を戻す。

「おぅい、こらって!」
僕は再び前を向き直し、駆け出した。


結局未侑はどこまでも未侑過ぎて、つまり、ハードボイルド決めたがるくせにいざとなるとギャップギャグを仕掛けてくる体質すぎて、常にこんな調子だった。
なもので、僕らが文字通り結ばれるのは、あの暑すぎる夏の入口まで待つ必要があった。

あの頃、僕は、僕らは、ただ入口に立っていただけだった。


(終わり 1,984文字)



サバチー氏が応募に落選して荒れているので、

ノリで書いてみました。
どぞ。

(蛇足解説)
「サンキューセックス」は、たぶんですが、未侑ちゃんの中で当時流行っていたフレーズで、それをただ言いたかったんでしょね。

(さらに蛇足)
補足解説など含む記事です。

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