恋愛コンペに落ちて悔しすぎるから、自作を恥ずかしげもなく完全解説する
ふざけんじゃねぇぞパテック杯!!!!!!
許せねぇ。
俺ぁ、許せねぇよ。
パテック杯の1次選考に落ちた。
いや、正確には「まだ読者推薦による敗者復活枠がある」らしい。
らしいが、これをポジティブに受け取れる人間は相当なハッピー脳の持ち主だと思う。
読者数ゼロ人に毛が生えた程度の俺が推薦で拾われる確率は、「コンビニのおにぎりが宝くじになっている」くらいの確率だ。
つまりほぼない。
何故だ!!!!!!
納得いかねぇ!!!!!!
許せない!!!!!!
……スーーーーーッ
……落ち着こう。
選考は最初から独断と明示されていたので、審査基準に文句をつける資格は俺にはない。
そこは分かってる。
分かってるが、悔しいもんは悔しい。
怒りの矛先が存在しないのに怒りだけある状態。
これ完全に幽霊みたいなもんで、成仏できないから供養が必要だ。
というわけで、自作の解説という人生最大レベルの恥ずかしい真似をすることにした。
本当は「裏パテック杯」を自分で開こうかと思ったが、それはそれで主催エネルギーが要る。
今の俺にそんなライフポイントは残っていない。
まずは自分の傷口を舐めることに専念させてくれ。
試験前に過去問を全部解いた男の話
まず最初に言っておく。
この作品はパテック氏の作品を完全にハックして作られている。
これは告白だ。
懺悔ではない。
コンペの存在を知った瞬間、俺は即座に状況を把握した。
「相手は恋愛強者のお医者様だ。俺の手癖の作風で殴り合えるわけがねぇ。」
いつもの俺のスタイルで出したら何が起きるか?
おそらく「面白い文章だけど趣旨が違う」みたいな空気でそっと外される。
それは困る。
俺は勝ちに行きたかった。
だから戦略を立てた。
審査員が何を好むかを徹底的に把握して、そこに刺さる作品を作る。
受験で言えば過去問を解くのと同じだ。
パテック氏は幸いなことに、自分の恋愛体験を元にした作品を定期的に発表している。
俺はそれを端から読んだ。
研究した。
「この人が反応するのはどこか」を抽出した。
「小賢しい」と思う人はどうぞ思ってください。
でも編集者に合わせて書くこと、媒体の読者層に合わせて書くこと、プロの書き手が普通にやっていることと何も変わらない。
そしてそれをやったからといって、作品から芯が消えるわけでもない。
結果として敗れたとしても、ハックしたこと自体は一切後悔していない。
負けた言い訳ではなく、本当にそう思っている。
多分。
言い訳じゃないんだからね!!!
パテック作品から俺が読み取った文法は三つだ。
① 固有名詞がリアリティを担保する
地名、店名、ウイスキーの銘柄。
「本当にあった話」という空気を纏わせるための小道具として機能している。
② 身体感覚の描写がある
手を引く、グラスの音、氷の質感。
触覚と聴覚が丁寧に拾われている。
③ 余韻で終わる
結論は書かない。
最後の一文に含みを持たせ、読者の解釈に委ねる。
要するに「実話っぽさ」「身体性」「開かれた結末」の三点セットだ。
これらを分解して取り出し、俺のプロットを削ぎ落として再装填した。
そうして完成したのが「銀色の猫と、ルミナス通りの入口で」である。
全仕掛けを解剖する(恥ずかしいけど)
andymoriとルミナス通りの話
固有名詞には全部意図がある。
andymoriが流しているのは「誰にも見つけられない星になれたら」。
この曲の歌い出しはこうだ。
ところで君の音楽の趣味の 少し偏屈なところが好きだった
作詞作曲:小山田壮平
この「偏屈さの肯定」が、そのまま美佑という人物への眼差しになっている。
開口一番「早すぎ。気持ち悪いんだけど」と言い、スカートを褒めれば「……ありがと」とフラットに返し、それでも手は離さない。
その面倒くさくて、でも確かにそこにある温度。
andymoriというバンド名を置くだけで、主人公が美佑のどこを好きなのかが説明なしに伝わる構造になっている。
一曲まるごと記号として使っている。
これを「ずるい」と言う人もいるかもしれないが、それが狙いなので「そう」としか言えない。
ルミナス通りは架空の地名だ。
実在しない。
でも「ルミナス」という語感が光と賑わいを連想させ、クレープ屋や人混みという情報と重なって、実在しない場所に嘘っぽくないリアリティが生まれる。
固有名詞は意味だけでなく音で機能することがある。
これは発見だった。
俺の中での。
いや、世界の。
「橈骨」という単語のあからさまな下心について
「橈骨の突起に触れる指先」という表現がある。
手首を引かれる場面は恋愛小説において最もありふれた場面のひとつだ。
誰もが書いてきた。
擦りに擦られてきた。
ランプよりもずっと。
そこに解剖学的な単語を一つ埋め込むことで、陳腐になりがちな場面に冷たい精度が生まれる。
読者の身体感覚が一瞬ピンで留められる。
そしてここに、もう一つ、もっとあからさまな下心がある。
パテック氏はお医者様だ。
医療従事者が「橈骨」という単語を読んだとき、一般読者とは全く別の質感で受け取る。
審査員の職業的感受性に対してピンポイントで直接刺しに行っている。
あざとさの極みだ。
恥ずかしいか?
恥ずかしくない。
これを恥ずかしいと思ったらコンペで勝てない。
イヤホンが外れる瞬間——この作品の心臓部
「手首を引かれた拍子にイヤホンが外れた」。
ここが構造的な核だ。
イヤホンが外れることで主人公の内側の音楽(andymori)が切断され、外側の街の喧騒が流れ込んでくる。
「自分の世界に閉じていた男が、彼女によって現実に引っ張り出される」という関係性の比喩として機能している。
説明はしていない。
ただ起きている。
「これって比喩ですよね?」と聞かれたら異様にハニカミながら「そうですよ」と答えるが、聞かれなければ永遠に黙っていた。
今日初めて言った。
視点の逆張り——「今」の切り取り
パテック氏の作品の多くは、過去の恋愛を現在から振り返る時制を持っている。
終わったことが分かっているから、美しく見える。
静かな諦念がある。
あの柔らかさはそこから来ている。
俺の作品はその逆張りだ。
この物語は「今」の切り取りで、終わっていない。
「分からなくてもいいような気もした」という最後の一文は、分からないまま終わるのではなく、分からないまま歩き出している。
閉じていない。
むしろ一番開いている瞬間だ。
それと、バニラの匂いが作中に2回出てくる。
1回目は人混みに入る前、2回目は手を引かれたまま歩いた後。
関係性の温度が変わっても、匂いは変わらない。
この反復が「この瞬間は動かない」という確かさを静かに担保している。
こういうことを事前に言うのは野暮なので本当は言いたくなかったが、供養なので言う。
南無……。
「体温がない問題」への全力反論
この作品に対して想定される最大の批判は「語り手に作者の体温が載っているか?」という点だろう。
「andymoriという記号と、読者の想像に頼りすぎでは?」という話だ。
大いに反論する。
声を大にして反論する。
「体温」と「分かりやすさ」は別物だ。
「共感しやすい」と「人間の核がある」は全然違う。
むしろ分かりやすい体温ばかり求めていたら、人間の面白い部分は全部こぼれ落ちる。
解説なので恥も外聞もなく言うが、この作品の「体温」は「分からないという肯定」そのものだ。
主人公は美佑のことが分からなくてもいいと思う。
その態度こそがこの男の人格であり、関係への誠実さだ。俺はこれを人間賛歌と呼んでいる。
一人で。
正直に言う。
この作品を書きながら考えていたことはたった一つだ。
「美佑、面倒くさ可愛すぎだろうが。」
以上だ。
それ以上でも以下でもない。
ただ、ここで一点だけ正確に言っておく。
実際には美佑はツンデレではない。
これは重要なので繰り返す。
ツンデレではない。
「楽しみだね🫶🏻」とハートをつけたのは、本当に楽しみだったからだ。
主人公がキモいと言ったのは、なんか早く来てカッコつけて待ってて普通にキモいと思ったからだ。
「……ありがと」とフラットに返したのは、嬉しかったから素直にそう返しただけだ。
美佑という人間は、自分の感情のアウトプットに対するフィルターが極端に薄い。
不穏でも断絶でもなく、彼女にとってはただの、誠実でいつも通りのコミュニケーションだ。
読者がこの作品に感じるだろう「都会のドライさ」や「関係の不穏さ」は、主人公や読者の解釈フィルターによって発生しているものだ。
美佑は一貫してまっすぐだ。
「分からなくてもいいような気もした」という最後の一文は断絶じゃない。
主人公が美佑のフィルターのなさに引っ張られて、自分の解釈フィルターを手放しかけている瞬間だ。
美佑が開いているから、主人公も、読者も、開かれたまま終わる。
この非対称性が溶けかけている瞬間こそが、この作品の体温だ。
……と俺は思っているが、伝わらなかったのでボロカスに負けた。
余白とは「欠如」ではない
この作品は意図的に削ぎ落とされている。
しかし削ぎ落とされたからといって、体温が消えることはない。
例えば、美佑にはハリネズミが好きという設定がある。
作品内では一切語られない。
なぜか?
そんな情報を入れても体温にならないからだ。
「かわいい動物好き設定で人格出しました」みたいなことをやると、記号の薄さが逆に目立つ。
配置は記号として置かれているが、向こう側にはれっきとした意味と設定と意思がある。
余白というのはそういうものだ。
何もない空白は余白ではなく、ただの欠如だ。
向こう側に何かがあるから、余白として機能する。
俺が設定を持ちながら書いているのは、その「向こう側」を担保するためだ。
これが伝わらなかったとしたら、それは俺の技術不足だ。
悔しい。
それでも落ちた、という話
通過した作品はいずれも優れていた。
これは本当にそう思っている。
嫌みではなく。
ただ正直に言えば、俺が本気で意識して戦っていたのは、選考に残った絶望ナース田中氏を含む数人だった。
同じ方向性の刃を武器にして戦っているという意味で。
仮想敵として設定して、本気で削り合いをしていた。
その結果として俺は負けた。
最も素直な敗因はこれだ。
コンペでは、「体温は伝わらなければ負け」だ。
作品としての精度を優先しすぎた。
「俺はここにいる」を隠しすぎた。
余白の向こう側が読者に届かなかった。
それだけだ。
独断での選考は最初から承諾済みなので文句はない。
ただ、それだけ本気で書いたから、悔しかった。
それだけの事だ。
最後に一個だけ言わせてくれ
前述通り、敗者復活枠がまだある。
読者推薦だ。
俺の読者なんかやってるクソ共へ。
推薦しやがれ。
ただし条件がある。
実際に作品を読んで、本当に面白いと思った時だけだ。
「サバチーさんが可哀想だから」とか「応援してるから」とか、そういう理由で推薦するような恥ずかしい真似は俺が絶対に許さない。
破門だ。
破門。
お情けってのは自己満足であって、相手のためには一切ならない。
公正・公平ってのはそういうもんだ。
読んでつまらなかったなら黙っていろ。
それが誠実ってもんだ。
俺は同情票で復活したくない。
面白かった時だけ推してくれ。
それ以外はいらない。
それともう一つ。
パテック氏は参加作品にレビューをくれるらしい。
ありがたい話だ。
本当に。
ただ——眠たいレビューをしようもんなら、こっちからパテック氏の作品を逆レビューしてやるから覚悟しやがれ。
互いに本気でぶつかってこそのコンペだろう。
「良かったです、情景が丁寧で」とかそういうやつは要らない。
俺の橈骨に込めた下心まで全部看破してから出直してきてくれ。
……まあ、楽しみにしてます。
本当に。
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「銀色の猫と、ルミナス通りの入口で」のオマージュ作品です。
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「銀色の猫と、ルミナス通りの入口で」の調整前作品です。
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