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ツンケン国のお姫様│短編小説

ぴろん♪

軽い通知音が鳴って、サバチーはポケットからスマホを取り出した。

from:みゆ
もうすぐ着くよ!
いまゲッコーの前らへん🦎
楽しみだね🫶🏻

一読して、画面をしまう。
口角はちょっとだけ上がっていた。

彼はいま、悶々横丁——通称ビビ横——の入口付近に鎮座するランドマーク、「至極真顔でゲロを吐く巨大猫像」にもたれかかりながら、イヤホンでpizzicato fiveの「スウィート・ソウル・レヴュー」を流していた。


新進気鋭の芸術家「最悪若人✝︎」が手がけたこの像は、午後の光を受けると吐瀉物の金色がギラついて、なにか途方もない神格を帯びる。
猫は今日も真顔だった。
真顔でゲロを吐いていた。
サバチーはその真顔に向かって「いい面構えしてんな」と一度だけ呟いたことがあるが、誰にも聞かれていない。


数分後、人の流れが途切れた路地の向こうから、ゆっくりとした足取りで美佑ちゃんが現れた。

小走りはしない。
急ぎもしない。
でも確実にこっちへ向かってくる。
手には小さなトートバッグ、顔にはツンとした表情。
ビンビン通りの雑踏を抜けてきたはずなのに、どこか涼しい顔をしていた。

「おう」とサバチーは言った。

「なんでもういんの?」と美佑ちゃんは言った。
「気持ち悪いんだけど」

「いきなりご挨拶すぎない?」

サバチーは像から背中を離した。

「さっきのLINEなんだったんだよ。『楽しみだね』って送っといて、会ったら気持ち悪いって。ツンデレギャグか、それ?」

「楽しみだったから送ったし、気持ち悪かったから言った」

「それ別々の感情なのか……?」

「そうだけど」

「…………」

完璧な回答だった。
サバチーは反論の糸口を探したが、どこにも引っかかりがなかった。
なにかが静かに負けた。

「てかイヤホンしてもたれてたのがそんなにキモかったか」

「キモかった」

「即答かよ」

「なんかカッコつけてスカしてるなって。気持ち悪かった」

「もっとオブラートに包んで言え!!!!!」

「うるさいよ」

「俺うるさいの?????」

「そうだけど」

二度目の完璧な回答だった。
サバチーはまたなにかが負けるのを感じた。
今日だけですでに二敗している。
これはいつもよりペースが早い。

「でもな」と彼は続けた。
「LINEで楽しみって送ってくるくせに待ち合わせしたら開口一番キモいって言うのは、客観的に見て相当ヤバくねぇか?普通は通用しないだろ、その振る舞い」

「あんたが基準にしてる普通ってどこ?」

「……え?」

「変態が言う一般社会ってどのへんを想定してるの」

サバチーは一瞬固まった。
論点をずらしにきている、とは思った。
ただどう見ても正論だった。
変態が普通を語るのは、確かに説得力の問題として厳しい。

「……俺の肩書きは今関係ねぇだろ」

「関係あるでしょ」

「どこがだよ」

「全部」

「全部なのかあ……」

美佑ちゃんは特に追撃しなかった。
それ以上説明する気がないのではなく、それ以上説明する必要を感じていないのだった。
サバチーは三敗した。

そのとき、美佑ちゃんのスカートが目に入った。
裾の揺れ方が軽くて、色が少し明るい。
新しいやつだ、たぶん。

「そのスカート可愛いな」

「ありがと」

即答だった。
さっきと同じ顔で、同じ温度で言った。
「気持ち悪い」と「ありがとう」が、この子の中では完全に同列で並んでいる。
それを時間をかけてなんとなく理解したが、理解したからといって慣れるわけではなかった。

「急に素直にお礼言うのはやっぱりツンデレギャグか?」

「しつこいよ。っていうかツンデレギャグってなに?」

「いや……わかんねぇけど……なんかあるじゃん、そういうの」

「ないよ」

「あるんだあああああああああああ!!!」

「私は思ったことを言ってるだけだよ」と美佑ちゃんは言った。

「可愛いって言われて嬉しかったから、ありがとうって言っただけ」

「嬉しかったんだ……」

「そうだけど」

三度目の完璧な回答だった。
サバチーは今度は負けた感じがしなかった。
かわりになにかちょっと、うまく言えない感じがした。

「……なんか、お前ってさ」

「なに」

「いやなんでもない」

「言いかけたじゃん」

「言いかけたけどやっぱいい」

「気持ち悪い」

「じゃあ普通の状態で既に気持ち悪いんだな、俺!!!」

美佑ちゃんは小さく息をついた。
呆れているのか笑いをこらえているのか、サバチーには判断がつかなかった。
長い付き合いだが、その境界線はいまだに霧の中にある。

「行こうよ」と美佑ちゃんは言った。

「行くのかよ」

「行くよ」

返答の間すらツンケンしている——とサバチーには見えた。
ただ実際のところ、美佑ちゃんはもうビビ横の入口の方を向いていた。
早く行きたいだけだった。
それはたぶん、楽しみだからだった。

美佑ちゃんはおもむろに手を伸ばして、サバチーの手首をぐいと引いた。
引っ張られた拍子にイヤホンが片耳から外れ、音楽がぷつんと途切れる。
そのまま無言で、ビビ横の入口へと引きずり込んでいく。

カラオケの呼び込みと、プリクラ機の電子音と、タピオカ屋の甘い匂いが一気に押し寄せてきた。
頭上には色とりどりのネオンサインが連なって、昼でも薄暗いこの横丁を、別の時間軸みたいに染め上げている。

サバチーは引かれるままについていった。

この女のことは、わかっているようでわからない。
わからないけど、まあ、それが美佑ちゃんだった。
引っ張られながら、そんなことをなんとなく思った。
別にいいか、と。

LINEで「楽しみだね」って送ってくる子が、会ったら開口一番キモいって言って、でもスカート褒めたら嬉しかったって言う。
それが全部嘘じゃないのが、この子のすごいところだとサバチーは思っている。
思っているが、今日は口には出さない。
今日は三敗で留めておきたかった。


ビビ横の奥から、学生たちの笑い声がどこかで弾けた。




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⬇⬇⬇以下、あとがきになります。余韻に浸りたい方はスキを押してから去りやがってください。⬇⬇⬇






あとがき

前回の記事で「銀色の猫と、ルミナス通りの入口で」は、既に存在しているプロットをパテック杯仕様にハックして作り替えたと話した。

この「ツンケン国のお姫様」が、その元となったプロットである。
既に書き上げていたものから一切弄っていない。
つまりこっちが素の状態で、あっちがよそ行きだ。

さて、まず言わせてもらいたいのだが、俺は世間に公表していないだけで、サバチーを主人公にしたドタバタエロコメディを書いている。
自分で書いていて自分でも引くくらいには書いている。
要は公表しないのであれば、自分を主人公にするのが最大の没入感になり自己投影できるという寸法だ。
恥ずかしいことだが、公表していないのだから恥ずかしくても問題ない——というロジックではあったが、今こうして公表しているのでやっぱり恥ずかしい。
完全に自爆だ。
誰も頼んでいない。

そんなことを言うと、我らがノラマガ執筆陣のひとりである佐藤パコ氏に申し訳ない気がしなくもないけんども、あの人には敬意しかないし、そもそも俺みたいなのと同列に語ること自体が失礼かもしれない。
申し訳〜。

今回これを公開した理由を正直に言う。
“マジで考えて作ってますけど?”というのを誇示したい、というどうしようもないプライドと虚栄心だ。
クリエイターとしての矜持とかそういう高尚な話ではなく、ただの自意識だ。
わかってる。
だから敢えて主人公の名前も変えずそのままお出しした。
「これ俺が書いた俺の話です」という顔をして堂々と出した。
羞恥心はどこへ行ったのか。

とはいえぶっちゃけて言えば、「ビビ横」「ゲロ猫」などの単語から垣間見えるように、この世界はかなり強固に作られている。
設定がある。
地名がある。
住人がいる。
真顔でゲロを吐き続ける猫の像に作家名まである。
どう考えても連載に耐えうる構造をしている。
俺だけが知っているが、俺は割と本気だ。

ただ、俺のnote運営は自転車操業というかその日暮らしというか、当日まで何を書くか決まっていないタイプの運営をしている。
こういう記事を出すと言って出さないこともある。
というかそっちの方が多い。
なのでこのシリーズをシリーズとして世に出す未来は、無きにしも非ずといったところだが、有るとも言い切れない。
シュレディンガーの連載だ。
もしシリーズ化するなら、主人公としてのサバチーをはじめ、美佑の名前も含めて変えなければいけないとは思っている。
今の名前のままだと俺の私小説になってしまうので。
いや今でも大概そうだが。

が、今回はあくまで「銀猫〜」のプロトタイプであり、このシリーズのパイロットであるという位置づけで見てもらえればと思う。
パイロット版なので粗があっても許してほしい。
いや粗というか、これが素なので粗もクソもないが。

結局長々と言い訳させてもらったが、自分の出したものに対してこうやって言い訳をするのは、自分が主人公の作品を書いていることよりも恥ずかしいことで、自ら自分を敗北に追い込んでいる。
しかも公開の場で。
しかもあとがきという形式で。
読んでくれた人に謝りたい気持ちがある。
いや謝らないけど。

このあとがきは本編から数えて、都合5敗目だ。


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