EUのワイン余剰在庫蒸留作戦ってサステナブルですか?~わこさんのワイン片手の経済視点~
(第七十五回)「市場の失敗」?「政府の失敗」?
前回は日本のコーポレートガバナンス・コード改訂のお話
前回は、6月にも発表される予定の、日本企業のコーポレートガバナンス・コード改訂についてのお話でした。あれをやれ、これをやれと言われて、形式的に対応してきたけれど、実質的に企業価値向上につながっていないのではないかという問題意識で、項目を削減して「コンプライ・オア・エクスプレイン(遵守せよ、さもなくば説明せよ)」をより徹底させる方向になっています。上場企業が自立して企業価値向上を考えて努力することを促す望ましい流れです。ただ、コードという「仏さま」に魂を入れないのも入れすぎるのも困るわけで、「それってサステナブルですか?」という感覚が必要なんでしょう。
今回はEUのワイン政策の変化についてのお話
さて、今回はEU(欧州連合)のワイン政策についてまたお話いたします。プレミアムワインの価格はブルゴーニュなどでは高値が続いていますが、普及価格帯のワインは供給過剰状態が続いています、というのはこれまで何度もお話してきました。この状況をどうするのか、幾度となく政策が打たれていますが、EUの中心国の一つ、フランスはなんだかんだ言って農業従事者の声が大きいわけで、そこを押さえないとEUの経済政策、そしてワイン政策は理解できないでしょう、というのがわこさん的な考えです。
新たな供給過剰対策に「危機蒸留」
で、2026年2月に新たな供給過剰対策を含むワイン政策が発表され、その中に「危機蒸留」が含まれていた、というのが今回のお題です。
世界のワイン需給の流れを振り返ります
EUのワイン政策を評価する前に、世界のワインの需給バランスを改めて概観しておきましょう。一昨年創立100年を迎えたOIV(国際ブドウ・ワイン機構)のレポートから切り取った世界のワインの生産量と消費量のチャートを見てみます。これについてはかなり前ですがネタにさせてもらいました。

ワイン生産は1979年にピーク
第二次世界大戦が終わった後、世界のワイン生産および消費は右肩上がりの増加を見せました。生産の方は1979年に385百万ヘクトリットル(mhL)でピークを打って、年ごとに上下振れながら1995年くらいまで減少、その後は約30年間250~300mhLの間で推移した後、気候変動の影響などで2024年に下振れ、2025年に少し持ち直した見通しです。
消費は1983年にピーク、ワイン余りは続く
一方、消費は同じように第二次世界大戦後に増加、1983年に約300mhLでピークを付けた後低下、220~250mhLの間を行ったり来たりです。いずれにしても、残念ながら毎年ワインは余ってます。
生産・消費は引き続きヨーロッパ中心
また、生産と消費のトレンドを地域別に示したチャートでは、ヨーロッパのワイン生産や消費はかつては世界の大半、今も半分以上を占めていることがわかります。


第二次大戦後にヨーロッパは政策的に農業振興
第二次世界大戦後にヨーロッパでのワインの生産および消費が伸びたことは、当然戦後復興と関連して生活水準が向上したことと関連していますが、ヨーロッパとして農業振興を図ってワインの質および生産量の増加を後押ししたことも寄与しています。
1960年代は「作れば作るほど報われる」仕組み
歴史の教科書ではないので、細かい話は抜きにして大きな流れを整理しておきます。
1962年に共通市場組織(CMO、のちのCAP(共同農業政策))が作られて農家の所得補償と自給率向上が最優先されました。要は最初のバラマキですね。「作れば作るほど報われる」仕組みが、生産者の増産意欲を極限まで高めることになりました。
現代のワイン生産技術はこのころからの政策サポートのおかげ
補助金に投資が加わって、栽培や醸造の技術革新もいろいろと進展して、今我々が見聞きするようなワイン生産の技術が共有され、質・量ともに底上げが始まったということでしょう。これに関しては、EU(当時はEEC(欧州経済共同体)ですね)の政策にお礼を言わなくてはいけません。消費の増加とも相まって、イケイケドンドン状態になったと想像されます。
1970年代には「合成の誤謬」状態
ところが、1970年代に入ると、消費の伸び悩みが現れてきます。1973年には第一次石油危機もありました。しかし、バラマキで持ち上げられている生産にはそう簡単にはブレーキはかかりません。特にプレミアムワインの産地にいるわけではない個々のワイナリーにしてみれば、生産技術向上で生産性が良くなり、投資資金の回収なども考えると自らの生産を最大化することが最適な戦略になります。ところが、市場全体ではそうではない、といういわゆる「合成の誤謬」状態になります。
1970年代後半に「Wine Lake」
結果どうなるか?ワインのお勉強をしていると、「Wine Lake(ワインの湖)」という言葉に出会います。つまり、過剰生産されたワインの余剰在庫が大きな問題になったということです。これが起きたのが1970年代の後半。
政策の方針転換で抜根と危機蒸留
それを受けて当時のEC(欧州共同体)はCAPの方針転換をします。そこでの政策が抜根と危機蒸留でした。つまり、補助金を使ってブドウの樹を引っこ抜いてブドウ畑をつぶして供給過剰(過剰生産能力)を調整するとともに、公的資金で余剰在庫を買い取って工業用エタノールに蒸留する、という政策です。過剰生産の入口と出口をコントロールしようという試みです。
1980年代に作付面積は減少したが供給過剰は解消せず
こうした政策もあって1980年代に入り、ブドウの作付面積(最初のチャートの棒グラフ)は減少しましたが、物事はそう簡単ではなかったんでしょう。その後も世界全体でみたときの供給過剰状態は解消しませんでした。様々なキーワードが挙げられます。「残存者利得と生産性改善」、「社会的要請による消費量減少」、「ワイン生産地域の拡大と貿易量の増加」、「既得権益」など、それぞれで独立したお話ができそうです。
抜根政策で供給抑制の一方、消費抑制政策も
供給過剰調整の政策に関して言えば、1980年代に抜根補助金が導入されたわけですが、結果的に残った畑の生産性が上がりました。一方で、1980年代ごろから各国政府の財政赤字が問題になり、医療費を含む社会保障費を抑制する必要性が出てきたこともあって、アルコール飲料の広告が規制されるなどワイン消費に逆風が吹くようになりました。フランスで1991年に制定されたアルコールおよびたばこ広告規制法の「エヴァン法」などというのが有名だったりします。供給を抑制しながら、需要も減らしちゃったんですね。政策面の「合成の誤謬」かもしれません。
2008年には名目上蒸留補助は廃止
その後、危機蒸留は単に在庫の枠を減らすだけ(つまり過剰在庫を減らしても次の年にまたその枠が埋まるだけで供給過剰が解消されるわけではない)、ということで2008年には名目上、蒸留補助は原則廃止、今後は「抜根」で供給源を減らし、残りは「販売促進」で市場を広げるべきだ、という話になりました。
コロナ禍などで特例の「危機蒸留」、それでも過剰在庫解消せず
なのですが、現実にはその後も「予期せぬ市場の混乱」を言い訳に加盟国はEUに「特例」を求めました。最大の例はコロナ禍です。飲食店が閉鎖され在庫が積み上がる中で、消毒液(エタノール)需要があったことで危機蒸留が正当化されました。ただ、その後もインフレや食のトレンドの変化、Z世代のワイン離れなどで需要は回復せず、過剰在庫は解消しませんでした。
抜根は来年以降、でも蒸留しないと今年の受け入れができない
そうした間もタンクの中、ボトルの中に「売れ残り」が積み上がっていきます。抜根も来年以降の生産減少のために必要ですが、売れ残りを処分してタンクやボトルの倉庫を開けないと今年の収穫が受け入れられません。さらに、市場への供給元はヨーロッパだけではありません。普及価格帯ワインは南米などニューワールドからも流入が続きます。
農業従事者のデモは相変わらず
これまで政策的にサポートされてきた農業従事者は、不満を募らせるとトラクターでの道路封鎖などの大規模デモを行います。ワインの供給過剰問題だけが理由ではなく、コスト高や過剰な環境規制(農薬使用の抑制)に対する不満などもあって、デモは頻発しているようです。
ある種の「モラルハザード」だったりするが政治的に放置できない
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