南京事件考4):「南京戦─元兵士102人の証言」の編者・松岡環 付記・本多勝一の関連著書
CNNで「南京戦・閉ざされた記憶を尋ねて──元兵士102人の証言」の編者・松岡 環氏が紹介されていた。
CNN: Japanese teacher seeks truth about Nanjing massacre
人民日報においても紹介記事
松岡環氏に関して、Wikipediaの「評価」の箇所を引用する。
日本版Wiki:評価
中国のマスメディアの中には「日本の良心」と呼ぶ声がある[4]。
東中野修道と阿羅健一らの南京大虐殺否定派は、2002年の元兵士の証言について、証言がすべて匿名や仮名であり第三者の検証ができないことや、証言の不自然なことなどを批判した[5]。一方、本多勝一と小野賢二ら虐殺肯定派も、これほど間違いの多い本も珍しいなどと批判した[6]。
これに対し、証言を集める活動をしている市民団体のメンバーである林伯耀からは、兵士自身の体験に係わるような部分については史料を示して否定派こそ実態を知らずに誤っていることを示して反論、さらに、否定派の兵士の生年月日の単なる誤植を突いて揚げ足をとるようなやり方は勿論、大虐殺存在の否定派・肯定派ともに証言者の証言の重箱の隅を突つくような事をするのではなく、当事者たちが当時実際に信じ、思っていたままの証言を得ることこそ大切で、それを突き合わせてこそ、そこから見えてくる真実がある筈なのではないかとの批判がなされた[7]。
『歩兵第33連隊史』を編集した市川治平(歩兵第33連隊第5中隊第1小隊長)は「私のところに聞き取りには来ませんでしたが、元気な2人の戦友に尋ねたら、2人にも来なかったと言っています。(略)確かに予備役には悪い事をする人もいましたが、この本をざっと読んだところ、強姦などの話は、創作8割、本当2割でしょう」と評した[8]。さらに「102人の元兵士のうち59人が歩兵第33連隊所属とされていますが、虚構と断言できます。我々は郷土部隊として出征し、連帯感があるので、誰かがインタビューを受ければ相互に連絡しあいます。しかるに誰一人として、インタビューを受けたことを知りません。そもそも三重県在住の参戦者は調査が行われたとされる平成12年当時、30人足らずしか存命しておらず、59人から聞けるわけがありません」と評した[9]。
一方で、当事者の証言の模様はビデオに録られているとされ、実際にその一部はニュース・ステーションの中で放映されている。
英語版もあるが…
https://en.wikipedia.org/wiki/Tamaki_Matsuoka
しかし、これには彼女が批判されている事柄の部分の英訳がなかったので、それも含めて日本語版の英語拙訳を次に掲載する。
英語版Wiki: Evaluation
Some Chinese mass media outlets have referred to it as “Japan's conscience.”
Nanjing Massacre deniers like Shudo Higashinakano and Kenichi Ara criticized the testimonies of former soldiers in 2002, pointing out that all testimonies were anonymous or pseudonymous, making third-party verification impossible, and that the testimonies themselves seemed unnatural[5]. On the other hand, Massacre affirmers like Katsuichi Honda and Kenji Ono also criticized the book, stating it was rare to find a book with so many errors[6].
In response, Hakuyo Hayashi, a member of a civic group collecting testimonies, countered by presenting historical documents to refute the deniers' claims regarding aspects tied to the soldiers' own experiences, demonstrating that the deniers were mistaken due to their lack of understanding of the actual situation. Furthermore, he argued that methods like nitpicking over simple typographical errors in the deniers' soldiers' birthdates, or the tendency of both the deniers of the massacre's existence and affirmationists alike, who nitpick at the minutiae of witnesses' testimonies, are problematic. Rather, he argued that what truly matters is obtaining testimonies reflecting what the participants genuinely believed and felt at the time. Only by cross-referencing these testimonies can the truth that emerges from them be revealed[7].
Ichikawa Jihei (Commander of 1st Platoon, 5th Company, 33rd Infantry Regiment), who edited the History of the 33rd Infantry Regiment, stated: "They didn't come to interview me, but when I asked two still healthy comrades-in-arms, they said no one came to them either. (...) While it's true some reservists did bad things, skimming this book, I'd say stories about rape and such are 80% fiction, 20% truth.“[8] He further stated, ”Of the 102 former soldiers, 59 are said to have belonged to the 33rd Infantry Regiment, but I can assert this is fiction. We deployed as a local unit and share a strong sense of camaraderie. If someone were interviewed, we would contact each other. Yet not a single one of us knew anyone had been interviewed. Moreover, at the time of the alleged survey in 2000, fewer than 30 participants residing in Mie Prefecture were still alive—it's impossible that 59 could have been interviewed."[9]
On the other hand, the testimonies of the individuals involved are said to have been recorded on video, and parts of them were actually broadcast on the News Station.
松岡環・関連図書
本多勝一・関連図書
★★★☆☆ 山田中
自虐史観を知るのに適している
フォーマット: 文庫Amazonで購入
この本に書かれている日本人の非道な行為が本当に有ったと信じたら、日本は原爆を投下されても仕方ないほどの悪の国だったと思うのも無理はない。
日本の自虐史観がどのようにして作られたのかを知りたくてこの本を読んだが、なかなか参考になった。読み始めの時は、日本人の悪行の記述の連続に
うんざりする。読み進めているうちに、話の内容がノンフィクションではなく小説のようだと気付く。中国人証言者の話が、劇の台本のように作り話めいているのだ。そして、証言の裏付けは一切されてない。こんなものでも、情報が少ない出版当時は事実であると信じられたのだ。現代では保守派による自虐史観への反論もあり、嘘は通じない。今この本を読む意義は、中国の反日思想や、日本の共産主義者の嘘に騙されずに反論する訓練になることである。
それにしても、日本軍による中国人虐殺を涙ながらに話していた中国人証言者が、犠牲になったという人の遺骨を蹴って地面に出すなどの、ついうっかりのボロが出ているのに一昔前の読者は気づかなかったのか?
★★★★★ ミスター・ディグ
日本の「負の歴史」を直視せよ 日本は紛れもない「侵略国家」であった
2018年10月31日に日本でレビュー済み
フォーマット: 文庫
この本に批判的なレビューが多いようだが、明らかに内容をよく読んでいないし、当時の事情もよく知らないのだろう。
当時の中国では、今よりも報道規制が厳しく、無理に取材しようとすれば、命の保証はないような状態だった。
そもそも、中国側の言い分が当時の日本では碌に報道もされていなかったのだから、本多氏が中国側の言い分を紹介したのは、何もおかしくないし、ジャーナリズム的には非常に意義のある事であると言える。
ただ無批判に向こう側の言い分を紹介している訳ではなく、万人坑については「どういったものかよく納得できない」など、疑義も投げかけている。
この本でよく話題になるのは、南京大虐殺と百人斬りだが、本多氏としてはそれらを主題にするつもりは全く無かった。南京大虐殺に関しては、1章を割いているだけだし、百人斬りに至っては僅か20行程である。
それらを広めたのは、本多氏でも中国政府でもなく、日本の右翼・右派言論人である。彼らが本多氏の記事に様々な事実無根の言いがかりをつけ、それに対して本多氏の他、歴史家が調査した結果、両方とも歴史的事実である事が判明したのだ。右翼・右派言論人からすれば、ヤブヘビもいいところである。
本書は他にも、強制労働、731事件による人体実験、三光作戦を始めとする中国各地での虐殺・残虐事件について報じているのに、何故南京大虐殺や百人斬りがやたら注目を浴びたのか分からない。
日本が中国をかつて侵略し、1000万人以上とも言われる死者が出たのは事実だ。今日では誰もそれを否定する人間はいないだろう。
その総数から見て、南京の死者が20万だろうと30万だろうと、誤差の範囲なのである。犠牲者総数から目を背けてはいけない。
本多氏が本書で報じた内容は、後の調査・取材によって、多少の細かい違いはあれど、事実として認められている。朝日新聞や本多氏が捏造をした、と良く言われるが、そういう人は自分で取材もしないだろうし、都合の良い情報だけを集めて満足しているに過ぎない。
これを自虐史観ならぬ、自慰史観と呼ぶ。
そういう人達には、以下の言葉を贈ろう。
過去に生じた「戦争の惨禍」は、それが人間の生命と心身とに
与えたものについては、永久に回復できず、その責任を、
加害者の処罰や加害国の物質的賠償によって償わせたとしても、
失われた生命や傷つけられた心身を元通りにすることの永久に
不可能な以上、もっとも有意味な償いは、将来における「惨禍」
の再現を阻止する責務を達成することにあると考えざるを得ない。
その目的を果たす努力こそが戦争責任を自覚するものにとって、
最高の償いとなるものと信ずる。(1985年 家永三郎)
過去に目を閉ざす者は、結局のところ現在にも盲目になります。
非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またその危険に
陥りやすいのです。(1985年 ワイツゼッカー西独大統領)
われわれは、自国の歴史を前にした責任、そして自国の歴史
に対する責任を担う。たとえ個人的な罪はなくとも、
過去を心に刻むものだけが、自分たちの歴史に責任感をもって
たちむかうことができる。これこそ、われわれそしてわが国に
とって良き未来をつくっていくうえでの前提である。
(2005年 シュレーダー独首相)
追記 本多氏が「中国側の言い分を代弁しただけ」との発言をもって、本多氏は信用ならないとか、南京大虐殺は当てにならないなどという主張を見かけるが、はっきり言って間違いである。
万人坑に関する論争の中で、本多氏に反対する久野健太郎氏に対する返信の一節がそれである。
それを、久野氏の仲間の田辺敏雄氏が自らの本で、本多氏の許可も得ずに一方的に公開してしまった。
「追伸。いま万人坑のところを読みましたところ、ほんの一ページ足らずをもって、あれを全面否定しておられます。しかしながら私はこれだけの内容をもって、 あれが全部うそだというにはとても説得力を感じないのであります。また私は中国側の言うのをそのまま代弁しただけですから、抗議をするのであれば、中国側に直接やっていただけませんでしょうか。 中国側との間で何らかの合意点が見つかったときには、それをまた本で採用したいと思っております」
「代弁しただけ」という言葉は飽くまでも万人坑に関してだけであり、南京や百人斬りは関係ない。
本多氏が捏造などしていない事がお分かりいただけよう。むしろ、右翼・右派言論人の方が捏造しているのである。
そもそも、取材対象の言い分を代弁(この流れでは「紹介」の方が適切か)する事の何が悪いのだろうか。
全ての発言の裏を徹底的に取らねばならない、と言うのであれば、報道が成立しなくなってしまう。
無責任・無根拠な発言ばかりしている人間が、文句を言える立場ではないだろう。
★☆☆☆☆ Amazon customer
出鱈目
フォーマット: 文庫Amazonで購入
どのような嘘記述かと興味本位で買いました。中共が決めた30万人の遺体は何処にあるのでしょうね。南京では、昔から大虐殺が何回かあったと聞きました。地面を掘り返して出てきた骨は時代鑑定をしなければ、皆、日本軍の犠牲者にされてしまいますね。
しかし、30万人とは、それほどの犠牲者を出すにはどれ程の弾丸と兵士が要った事でしょう。無駄に銃弾を使うなとは日本陸軍の厳しい戒めだったそうではないですか。銃剣、軍刀で殺傷出来るのは数が知れています。軍刀で100人斬り競争があったそうですがとんだお笑い草です。軍刀如きで何人斬れるものか無知な者への法螺話を信用するのは馬鹿でしょう。黒沢明監督の「七人の侍」をご覧なさい。三船敏郎扮する菊千代が、何本もの太刀を用意して、襲撃に備えたか。黒沢監督は細かいところまで写実、事実にこだわった事で有名ですが、菊千代が何本もの太刀を地に刺していた場面などはまさにその事を証明する場面です。
★★★★★ イエスちゃん!
南京百人斬り競争は、中国兵捕虜を、後ろからバッサリの<据えもの斬り>であった。剣道の達人なら何人でも殺せた。刃毀れなしで。
フォーマット: 文庫
南京百人斬り競争裁判で、種々の証言や歴史史料で明確になったが、<戦闘中での>中国兵の殺害では、まったくない。
実際は、中国兵捕虜の殺害の競争であり、動かない様に座らせておき、後ろから首を切り落とす、<据え物斬り>であった。
だから、上海から南京への進軍中で、<中国兵を百人斬り競争した>事実そのものはある。つまり、新聞報道は、<半分は事実で>あった。
部下が、斬るための捕虜を他部隊から集めていた証言もある。更に、本人も、戦中において、日本に戻っている間に、有名だから講演をしたが、そこでも、南京百人斬り競争そのものを否定はしなかった。
当然、書いた新聞記者は、敗戦後の蒋介石の南京軍事法廷において、「新聞報道は全くのウソ・作り話である」と<記事を否定する証言>はしなかった。
静物・動かない者・据え物…ならば、剣道の有段者・居合の達人なら、後ろからだから、何人でも首を斬れる。刃毀れなど起こさずに。
問題は、戦闘中での殺害でなく、<軍事裁判もせずに>捕虜の殺害だから、明確な戦争犯罪である。だから、<結果的には>南京軍事法廷で死刑になったのは、正当であった。当然であった。
第16師団長・中島今朝吾の個人の陣中日記でも、日本刀の切れ味を確かめる為に、捕虜を殺害する記述がある。殺害の一番簡便な方法が、日本刀で首を切り落とすことであった。勿論、素人が切ろうとしても、なかなか一度では、斬れない。更に、下手なら、場合によっては刃毀れも起こす。
だから、南京百人斬り競争を否定する側は、これで南京大虐殺そのものを否定しようとして躍起になるが、無駄なことである。
なお、1937年12月の南京陥落から、70ヶ年目、2007年に南京大虐殺記念館を、完全にリニューアルし、倍に拡張したが、もはや、この南京百人斬り競争は、以前の様には<前面には>出していない。
それよりは、この「南京への道」にも証言が記述されている…庶民の虐殺事件である、夏淑琴さん一家の強姦・虐殺事件を<前面に>出している。等身大で一家虐殺場面・3つの部屋を復元している。これは生き証人の夏淑琴さん(銃剣で刺され瀕死の傷を負った)、マギー牧師の映像、歴史史料、3つの<鉄のような証拠>が証明している。
捕虜の虐殺事件の方も、師団長・中島今朝吾の日記を、<明確な歴史史料として>大々的に展示している。
また、日本兵の証言の映像フィルムも保管されている。
結論として、数万~十数万の虐殺は、否定できない。
日本軍が長い間占領し、その後も日本の傀儡政権を立てたので、戦争犯罪の調査ができないまま、史料が少ないので、蒋介石のB級戦犯への南京軍事法廷の判決である「30万人殺害」、その後の東京裁判の判決での、総論における「20万殺害」を否定できない。
なお、東京裁判では、各論で、総司令官であった・松井石根に対しては、より確実な数字として「10万人殺害」を認定して、死刑にした。
中国は、建国の最初は連合国の権威から東京裁判の「20万人殺害」であったが、今では、自国の南京軍師法廷の「30万人殺害」としている。
なお、南京安全区に逃げた20万人は、南京大虐殺から免れ、生き残った中国人である。ここから、虐殺したのではない。夏淑琴一家は、南京安全区に避難していなかった。
昭和12年の古い中国社会である。多くは文字も読めず、口コミだけであり、デマ情報が多く何が正しいのか解らない、正しい情報は知らなかった。
更に、上海から南京への進軍で、<極くまれではあるが>モラルを守った部隊も存在したことも、中国人は証言している。
要は、日本軍のトップが、戦争犯罪の防止を徹底しなかったのが大問題であり、取り締まる憲兵も、実質いないも同然であった。
南京大虐殺は、起こるべくして、起こった。総司令官松井石根の命令を、部下の司令官は馬鹿にして、無視した。
★★★★☆ ビン・ラーディン
本多勝一本の中では(値段以外は)良心的
フォーマット: 単行本
本来なら『貧困なる精神』シリーズに収録されそうな主として『週刊金曜日』に書かれたコラム集に、他誌への論評や講演記録を加えたもの。『貧困なる精神』がしばしば雑多な内容のコラムを寄せ集めただけで、テーマに統一性の無いものでありがちなのに対し、本書にはタイトルどおり「戦争論」というテーマがあり良心的。また本のサイズや厚さ、ソフトカバーの体裁なども『貧困なる精神』と同じだが、なぜか日本共産党系と目される新日本出版社から出されている。なぜKK金曜日から『貧困なる精神』として出されなかったのか?巻数を示すアルファベットを使い切ったせいか?
内容的にはこれまでにも増して反米的なスタンスが強調され、「日本軍のタテマエは、欧米の侵略に対するアジア解放であった。これはある意味では半分正しいとも言えよう。つまり太平洋戦争は、実態は侵略国同士のケンカだが、開戦初期に限れば、植民地解放になっていたのも事実だからである。」(p.128)などと、以前の本多氏からすれば考えられないような記述や、「南京大虐殺」での中国側が主張する30万人という被害者数も過大な数と述べるなど、最近の本多氏のスタンスの変化とも取れる面が見られたのは収穫だった。
次は是非『本多勝一の天皇論』を出して、小林よしのり『天皇論』3部作を真正面から批判していただきたい。
