吉田拓郎論〜永遠の嘘をついてくれ
吉田拓郎は、自ら作詞・作曲した「イメージの詩」で衝撃デビューした。因みにこの曲のコード進行はボブ・ディランの「風に吹かれて」のそれをなぞったものであることを吉田が告白している。
D G
これこそはと信じれるものが
D A7
この世にあるだろうか
D G
信じるものがあったとしても
D A7 D
信じないそぶり
この曲により、吉田は反体制のフォークのシンガー・ソング・ライターとして学生運動シンパの若者たちにとってのカリスマとなった。しかし、元々アイドル歌手になりたかったミーハーな彼にとって、そのついてしまった、まさに”イメージ”のために苦しみ、曲が書けなくなってしまった。「たどり着いたらいつも雨降り」(アルバム「元気です」に収録)も吉田が作詞・作曲した初期の傑作だが、皮肉なことにまさに彼の自らの行き詰った心情・状況を表現する曲であったとも言える。
拓郎ラジオ、たどり着いたらいつも雨降り、制作話
中島みゆきは、吉田より5歳年下だが、吉田の大ファンの追っかけ女子高生だった。中島の作詞・作曲の「ファイト」は、歌詞は深夜ラジオ放送の中卒の女性の投稿に触発されたものだったが、曲は吉田拓郎調のメロディに似せて書かれた傑作である。
"ファイト!闘う君の唄を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト!冷たい水の中を
ふるえながらのぼってゆけ"
この曲を聴いてショックを受けた吉田は、自分にはもうこんな大傑作は書けないと感じ、自分の“遺言”になるような曲を書いてくれと中島に依頼したが、中島は吉田に、“最期の曲”にはならないという約束を取り付けた上で、中島の作詞・作曲による「永遠の嘘をついてくれ」を提供した。
一見すると、未練たらたらの男性がもうすでに別れることを決心している女性に「関係を終わらせないでくれ」と懇願しているような曲である。
"永遠の嘘を聞きたくて 今はまだ 二人とも旅の途中だと
君よ永遠の嘘をついてくれ いつまでも たねあかしをしないでくれ
永遠の嘘をついてくれ 何もかも愛ゆえのことだったと言ってくれ"
しかし、実はこれは吉田拓郎への中島みゆきの激励の曲だと言われている。"反体制の旗手などと祭り上げられているが、自分は単にアイドルになりたかったミーハーなんだ"と弱音を吐いた吉田に対して、そんな弱音ではなく、"永遠の嘘"をつき通してくれ、と中島は叱咤激励しているのだと言うわけだ。
(注1)さらには、学生運動に敗れた国際テロリストに向けた曲だと深読みする者もいる。
⇒「永遠の嘘をついてくれ」歌詞の意味
⇒中島みゆき「永遠の嘘をついてくれ」の正しい解釈
(注2)因みに、学生運動の挫折を描いた曲として一般に認知されているのは、中島みゆき「世情」である。歌詞の内容を見れば、そう単純ではないが、学園闘争の最後の世代である彼女が見ていた反体制派と体制派の葛藤の情景が思い浮かぶ。
"シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく
変わらない夢を 流れに求めて
時の流れを止めて 変わらない夢を
見たがる者たちと 戦うため"
まさに学生運動の挫折を描いた傑作としては、森田童子のこれらの曲も必聴に値する。
いずれにせよ、吉田拓郎を"買い被る"者は多い。例えば、次の曲は傑作だ。
・「外は白い雪の夜」
・「アジアの片隅で」(本当はフジTV「夜のヒットスタジオ」の時のパフォーマンスが良いのだけれど、残念ながら削除されてしまった。)
2曲共、通常、単に"吉田拓郎の曲"だと紹介されるが、実は前者の別れる際の男女の心の機微を描いた曲を作詞したのは伝説のバンド"はっぴいえんど"の元メンバーで、後に松田聖子などの曲の多くの作詞を手がけた松本隆である。また後者の作詞者は、吉田拓郎の曲の歌詞を数多く担当した岡本おさみだ。(但し、同じ動画の2曲目は「マークⅡ」でこれは、作詞・作曲共、拓郎による。)
傑作と言われる「落葉」も、作詞は岡本おさみであり、メロディに至っては有名なアルゼンチン民謡の「花祭り」に酷似している。
とにかく、作詞を他者に任せることによって、吉田拓郎はスランプを脱出した。
⇒池袋文芸坐で観た映画の印象と記憶
⇒玉置浩二「田園」考
⇒浅川マキ こんな風に過ぎて行くのなら・歌詞英訳
⇒うた 金子マリ&バックスバニー ( 歌詞翻訳付き)
⇒カルメンマキ それはスポットライトではない (英語原詞付き)
⇒雑考:椎名林檎・ 丸ノ内サディスティク
⇒檄文:GLIM SPANKY「ダミーロックとブルース」
