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相場観。
最近の私のトレンドのひとつである。
いや、トレンドというと流行り廃りがありそうだから正確ではない。
私はおそらく、これからライターとしてやっていく上で、一生相場観と共に生きていくのだろう。

この相場観という言葉を、Google検索で調べてみる。
すると、出てくるのは株相場における相場観の解説ばかりだった。
続いてうちのChatGPT(無課金)に聞いてみる。

「相場観(そうばかん)」は、
ある分野における“だいたいこのくらいだよね”という感覚的な基準のこと。

もう少し噛み砕くと👇
・市場の価格帯や水準についての感覚
・経験や情報から身についた「高い/安いの判断軸」
・数字を見なくても「それは相場より高いな」「妥当だな」と分かる感覚

我が家のチャッピー

うーん。こりゃGoogle検索が減るわけだわ。
私が言っているのはどちらかというとチャッピーの方。タダ働きなのに、ようやりよる。
もう少しいうと「高い/安い」だけではない。
ある層が何を知っていて何を知らないのか、何を求めていて、何が常識なのか。そういう感覚の話である。
私はすっかり前者の意味の相場感という言葉を忘れていた。だが、おそらく金融雑誌に取り上げられる相場観という言葉は、相場観的には・・・・・・株の領域の話として受け取られるのだろう。
しかし、ライティングゼミの仲間に聞けば、当然読者層や媒体の相場観だと理解するはずだ。これぞまさに相場観。

この相場観、なかなか養うのが難しい。
自分の常識で物事を眺めていると、必ずズレが生じる。私たちにとっての「相場観」と、金融関係者の「相場観」の意味が異なるように。
このズレを抱えたままでは、読者メリットのある文章は書けない。世の中の相場観、読者の相場観を理解しなければ、その人にとって意味のある文章にならないだろう。
そういう話を、佐藤友美さんのライティングゼミで教えてもらい、数週間ずっと相場観について考えて生きている。

前置きが長くなった。さて本題。
2026年2月8日行われた、衆議院議員選挙。
与党、というか自民党の圧勝という結果は、皆さんの思ったとおりの展開だっただろうか。願った通りの結果だっただろうか。
私が選挙の情勢を見ていたのは、X(旧Twitter)が多かった。
というか、割と早い段階で投票する人も政党も決めていたので、みんなどんな感じかしらん?という具合で眺めていただけだが。

投票日が近づくにつれ、与党、というか高市早苗総理に反する声に、私のタイムラインは埋めつくされた。
特に「#ママ戦争止めてくるわ」というハッシュタグは印象的だ。
これはさすがに与党も苦戦するのではなかろうか。そんな気分にもなった。
しかし結果は、皆さんご存じの通りだ。
私、この結果がものすごくショックで。選挙や政治に絶望したとか、そういう意味ではない。
私は、開票されるたったその時まで、与党の苦戦を確信していたのだ。
それが、蓋を開けてみればどうか。歴史的大勝ではないか。
私の相場観は、世間の相場観とこれほど乖離していたのか。私が受けたのは、そういうショックである。
ここで気をつけたいのは、意見が乖離していること自体は何の問題もないという話。問題なのは「私がこう思ってるのだから、世間もそう思っているに違いない」という私の思い込みである。
この思い込みは間違いなく、X(旧Twitter)のタイムラインによって形成された。これ、本当に危険だと思いませんか?
私から見れば票を入れるなんてありえない、と思っているトンデモ政党もある。しかし、このフィルターを通すと、すごくまともで、立派な政党に見える可能性もあるのだ。

相場観を養うのに、SNSだけでは危険だと身をもって知った選挙だった。
もっと町に出よう。人に会おう。
自戒。


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